第2話
「勇者って?」
アルピジィガムには数多くの職業があった。人里にてその真価を発揮する商工人をはじめアカサも就く開墾者等がある「一般職業」。それとは反対に戦闘に特化した「戦闘職業」、大きく別けるとこの二つである。更に細かくは内容、肩書きの項目にて別れている。例えるなら、
職業・開墾者(農業) 肩書き 農夫
である。
これは開墾者という名称の耕作を主とする「農業」従事者であることを示す。更に肩書きの項目。これによりだいたいの階級や地位、その人の技量が判る、という仕組みだ。一般職業の方は大概が自分の意識による影響で、戦闘職業の方は大概が所属する組織による影響でステータスメモの方へ銘記される。
アカサはここまでの説明を愛に一通りし、尚且つ自身の知識の中には「勇者」という職業も「次元を超えし者」という肩書きも見たことも聞いたこともない、と告げた。
そうしてアカサと愛がお互いに出会って疑問を投げ掛けあってから時間だけが経っていた。
結局のところわからない人間同士が考えてもわからないのだから別のことをしようとということになった。しかし何をするか思いつかない為現在はアカサが用意した朝食を二人で食べているのだ。メニューはアルピジィガムでも日常から食される小麦製のパン。それとアカサ特製のコーンスープと簡易サラダである。
「アルピジィガム……だっけ?こっちにもコーンスープとパンってあるんだね」
愛がモゴモゴと口を動かしながら感想を述べる。お腹が空いていたのか一生懸命食べながらしゃべる姿はアカサの目には妹のように可愛らしく見えた。
「パンもコーンスープもそっちにあるの?ほとんど一緒だね」
アカサもパンを噛みながら喋る。
あれからわからないなりにアカサと愛はお互いのことを話した。
「うん、日本……ってか地球にもあるよ」
「へぇ……聞いてると発達した文明には違いがかなりあるようだけど生活文化なんかはそんなに変わらなさそうだね」
聞いた話を思い返し、アカサは言った。
愛の話によると一致するものがいくつもあったからだ。例えば台所で使われている器具。パンを焼くトースター、鍋に火をかけられるコンロ、食材を保管する冷蔵庫等である。違いがあるとすればその原動力となる存在であった。このアルピジィガムには「法霊石」と呼ばれる独特の力をや宿した鉱物がある。この力を使い、火や水等を調整、制御していた。しかし愛のいた地球にはそんな鉱物が存在せず全て「電気」と「機械」により賄われている、とのことだった。単純な生活用品に対して愛曰く「やるじゃん、異世界」とご満悦だった。
違う事も多数にわたりあった。愛の言う情報を映像化する「テレビ」、常時連絡手段「ケータイ」、空を飛ぶ乗り物「ヒコーキ」等である。どれをとってもアカサにとっては想像さえしずらい物ばかりだった。だが愛から「ケータイみたいなモンだよ」と「スマホ」という初見の物を渡されたときは信じざる得ないほどにその機能の特殊性に驚いた。ちなみにこの村には無いけれど都市部へ行けば鉄道はあるよ、と愛に言うと「ファンタジーのくせに生意気な……」とわけのわからない反論をされた。
そして話は愛の事へとなる。もともと愛は地球と呼ばれる世界の日本という国にいたらしい。職業は「勇者」ではなく「学生」だったと言っていた。勉学に勤しむ未成人専用の職業らしい。それが気づけばこちら側、つまりアルピジィガムへと来ていた。そして職業「勇者」になっていた、とのことらしかった。
「だね、こういう食べ物なんか一緒なのは助かる。正直、ゲテモノとか食べさせられそうになったら殴らなきゃ、って思ってた」
けらけらと笑顔で恐ろしいことを口にする愛に「殴ることを選択肢に入れちゃダメだよ」と一応釘を刺しつつ、
「でさ、これからどうする?」
とアカサは尋ねる。どうする、とはもちろん食事を終えた後の事である。
「さぁ……ね。決めてないけど」
と愛はおざなりに答え、音をたてながらスープを飲み干した。そしてドンっと強めに皿を置き、
「逆に聞くけど、どうしたらいいわけ?あんたわかるの?」
「……全然。こんなこと初めて出し……」
「でしょ。私だってそう。こんな風になってかなりテンパってんだから」
と肩を揺らす愛は……どこか余裕そうに見えた。が、テンパってんだから、言葉はよくわからないがおそらく混乱してると言いたいのだろう、とアカサは理解する。だから、
「そう……だよね」
と愛を見つめて一度呼吸を整える。
「君だってわけがわからないままあの法力陣で連れてこられたんだしね、不安だよね……ごめん」
アカサは言い終わると頭を下げ身を縮める。それを見て愛は、
「何であんたが謝んの?」
と驚く。
「だって……」
「別にあんたがその法力陣っての?それを作ったわけじゃないでしょ?だったら謝んないでよ。むしろ起きたときベッド借りてたみたいだし、ご飯もね……ありがと」
アカサの言葉に被せるように愛の声が重なる。そんな愛にアカサは、「君は……」と感動していた。
なぜならこの目の前の少女の話と今朝がたの出来事を省みるならば、現在愛のおかれた状況は特殊を越えて異常だったからだ。それだと言うのに愛は現状を─少なからず見た目ではわからない程度には─不安がらず、むしろアカサがした行為にたいしてのお礼が言えるのだ。
自分なら出来るか?
そう己に問いかけたとき、絶対……とまではいかなくても難しいだろうと思っていた。アカサだっていろんな諸事情により両親はいない。が、キョウダイはいて回りに力になってくれる大人もいた。だからこそ、なんとかなった、なんとかしてきた。
それがどうだ?
愛は今この世界で一人ぼっちだ。頼れる者等いないだろう。ならば自分に何が出来るか。
「愛、君さえよければ僕も協力させてくれないか?どれだけ役に立つかはわからないけど」
と感極まったように言った。それに対して愛は、
「へ……?もとからそのつもりだけど?」
と平然といってのけた。加えて勢いよく立ち上がり、
「ちょっとまさかあんた!私一人でどうにかしろって思ってたわけ?んな無茶ぶりやめてよね、こんな可愛くてか弱い私を一人で放り出すようならあることないこといい回ってあんたがこの家に……ううん、この村に居られないようにしてやる」
と捲し立てられた。その勢いに「えっ?……あ、うん。ごめん」とアカサは言わざる得なかった。
汗をかきつつ焦りながらも決して「あれ?悪いの僕だっけ?」なんて思っても言わなかった。防衛本能のままに飲み込んだから。
朝食も終わり、協力する流れになったがアカサは一つ思い出したことがあった。それは、
「愛、そう言えば今日僕の妹が帰って……」
「兄様っ!ただいま戻りました!」
「……来た。昼頃って書いてあった気がするけど予定よりかなり早いな」
「へぇ、アカサあんたあんた妹いたんだ?」
「うん、アルフアって言うんだ」
玄関の開閉音と共に響く声にアカサはその姿を直ぐに確認する。
ハッキリ言って広くない家。今居る部屋は居間兼台所兼玄関なのだ。だから扉を開ければご覧の通り、と言わんばかりに来訪者がわかる。それでも困ることは滅多になかった。
玄関、方開きの扉を開けたそこには銀色の長髪を後ろでくくった可愛らしい少女がいた。その身は麻製のマントに包まれていたがその隙間から白を基調とした服と軽装だが鎧をつけており、下の方はなんとも涼しげな短パン姿が見えていた。腰の後ろ側にぶら下げマントからはみ出た剣は少女に相応しくないほど大きかった。
「お帰り、アルフア。かなり早かったね…」
アカサが笑顔を向けると、
「………………だっ!」
とアルフアは発した。アカサは首をかしげ、
「だっ?」
と妹の発した言葉を繰り返した。問われたアルフアは下を向き表情がわからない状態で拳をわなわなと震わせていた。
「だっ、だっ、だっ、だっ」
「ちょっと、あんたの妹……調子悪いんじゃないの?途中から「だっ」しか言ってないんだけど?」
「た…確かに」
愛の言葉に頷き、アカサは「そう言えば疲れてるって言ってたな」と説明して立ち上がり近寄る。すると、
「誰ですかっ兄様ぁ、この女はぁぁぁっ!!!」
「あああああああああああ」
滅茶苦茶首を揺さぶられた。それはもう力の限り高速で職業・剣士、肩書き騎士であるはずの妹の力は非力さを嘆く兄の意識を刈るには充分な膂力であったのだった。
────
「…………ほぉ、なるほど。事情はだいたいわかった」
アルフアは食卓に備え付けの四つある椅子の一つに座り、お茶で喉を潤しながら頷いた。その姿は「騎士」の肩書きがすんなり受け入れられるほどの品格が見てとれた。
「つまりお前は朝方早くに押し掛けて兄様をたらしこもうとした私の予想通りの尻軽女……というわけだな」
「ちぃっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁうっ!」
愛から話を聞き、自分なりの結論をアルフアが言うとこうなった。アルフアはそんな愛を煩わしそうに耳を押さえながら見た。その目には胡散臭いモノを見るような色が浮かんでいた。それを血圧上昇中の愛が椅子を蹴飛ばし立ち上がって続ける。
「あんた聞いてた?ねっ!ねっ!マジでさ、聞いてた?どこをどぉ聞いたらそうなんのよ」
「うるさい女だ……」
「私はっ、法力陣でっ、この世界に、連れて来られたの!その第一発見者がアカサなの!おーけぇ?」
肩で息をしながら愛がアルフアを睨む。
「ってか、アカサ」
「…………え?」
目はアルフアをとらえたまま愛がアカサを呼ぶ。
アカサと言えば実は愛の「ちぃっがぁう」の部分でようやく気絶状態から意識を取り戻したばかりでまだ朦朧としていた状況だった。
そして気絶している間はというと、
「あぁ、お目覚めになりましたか兄様」
「あれ、アルフア。おはよう」
アルフアの膝枕で寝ていた。なので目を開ければアルフアとバッチリ顔を合わせることとなる。
正直気絶しているのでベッドの方がいいのでは、と愛に言われたが、「足をはみ出させ、体で一つ椅子を使い、頭を私の膝に乗せれば問題ない」と断固として譲らなかったため、「……好きにすれば」と愛の方が折れたからである。
その状態に気づいたアカサは「ごめん、アルフア。重かったよね」と慌てて起き上がった。そして「まだ寝ていた方が……」というアルフアを無視して、
「愛、呼んだ?」
と尋ねた。その時横の方で「ギリッ」と何かが強く擦れるような音が聞こえた気がするがアカサは気にしない。一方愛は、
「…………あんたの妹。馬鹿なんだけど」
腕を組み、あからさまに不機嫌そうな声色で言う。先ほどまでの瞬間的な怒りとは全く別物だということがアカサにもわかった。
「え?え?え?僕が気絶している間に何があったの?」
アカサはあからさまに狼狽しながら愛とアルフアを交互に見た。
「いえ、兄様。たいしたことはありません。この女の説明に私の解釈をいれたところそれが気に入らなかったようです。懐の狭い女だ」
「むぁかぁつぅく」
机をバンバン叩き子供のように怒りを露にする愛。
「さっきから聞いてりゃ、あんたねぇぇ!ただのブラコン妹が兄に突然出来た恋人にたいする態度と同じじゃない!」
「恋人?お前が?馬鹿も永眠してから言え!」
「永眠してたら口が開きませぇぇん、ばぁか!」
「………………」
「………………」
お互いに立ち上がり無言で睨み合う愛とアルフア。その視線の間には火花さえ生まれそうだった。それを見ながら「本当に何でこうなった?」と今さら聞けないアカサだった。
呆然と二人を眺め、時間が過ぎる。それでも女の戦いは続くようで、冷戦のような無言の睨み合いは終わる様子がなかった。
「………………」
「………………」
いたたまれなくなるのはアカサでこの場を納めるため必死で策を考える。巡らせる。
「と、とにかくさ!」
間に入り込むようなアカサの言葉に二人の視線が突き刺さる。アルフアの方はアカサにたいする視線は柔らかいものはあるものの「なぜ止めるのですか」と物語っていた。愛の方に至っては「止めんな」と言わんばかりの剣呑さだった。
「アルフア」
「……何でしょう、兄様」
まずアカサは妹の説得を試みる。アカサに呼ばれ微笑みを浮かべながらアルフアは返事をする。
「愛はさ」愛の名前を出したとたんに不機嫌そうになるが無視して「今、大変なことになってるんだよ。聞いたんならわかるよね」と頑張って繋げた。
「……わからないでは……ないです」
渋々と言った感じのアルフアの返事。
「だったら何かしら協力出来ることがあれば力になってあげよう?僕たちだって色んな人達の協力があって頑張ってこれたんだしさ…………ね」
「……兄様がそこまで仰られるのでしたら……多少は」
溜め息を交えながらアルフアは了承する。
その姿を見てアカサは「うん、ありがとう。さすが僕の妹だ」とアルフアの頭を撫でる。それだけでアルフアは「に、兄様……」と頬を染めて満足そうに椅子に座った。
頬を赤く染めて照れているらしいアルフアを見て「さすがに人前で頭を撫でるのは恥ずかしかっただろうな。今度からはやめておこう」とアカサは心に決めてから今度は愛を見る。
「何よ」
「改めて言うよ」
不機嫌そうな愛の視線をアカサは真っ直ぐ受けながら、
「愛。僕たちは君に協力するよ。一緒に元の世界に戻れるよう考えよう……困った時はお互い様だ」
と言った。言えた。なるべくこの場を治めるために精一杯の誠意と笑顔と共に。
「…………………………まぁね」
時間をかけて愛は少し照れたようにプイッとアカサから顔をそむける。
「最初っからぁ、あんたには、協力してもらおうと思ってたし……」
「うん、頑張ろう」
止めとばかりにアカサはもう一度笑う。「笑顔ってこんなに必死で作るもんだったかな?」と内心では冷や汗をかきながら。
「…………ん。しょうがないなぁ」
チラッと愛はアルフアに視線を向ける。アルフアの方もそれを確認して「なんだ?」とばかりに受け止める。
「アルフア……だっけ?私は愛。愛・上尾。よろしく」
「……はぁ」
アルフアの溜め息に愛は軽くイラっとしながらも今回は黙って耐えた。 と、
「アルフア・テイベットだ。兄様たっての頼みだ、よろしく」
アルフアが手を伸ばしてきた。驚きつつも愛がその手をとりこうして第一次冷戦は二人の握手と共に終結へと向かった。
「で、兄様。愛を戻す手立てというのに心当たりがあるのですか?」
落ち着きを取り戻した食卓でアルフアがアカサに尋ねた。アカサは「それが……」と切り出した。
「実際何の手がかりもなくて困ってたんだ。何かわかるかと思ってメモも見せてもらったんだけどね」
とこれまでの出来事を話した。ただ気づけば朝食に何を食べたかが主になってろくな説明にならなかったのにアカサは驚いた。
「そうですか……朝から兄様の作った朝食を。……やはりこの女は役に立たない、とそう言うわけですね」
「あんたねぇ」
この一瞬で愛は拳を握り立ち上がりアルフアは平然と座し愛を見据え、アカサは必死でその間に入った。
「落ち着けぇ、私。…ふぅ、…よし。ならあんたはわかるわけ?」
深呼吸をし、引くつる頬で愛はアルフアに問う。アルフアは愛の問いを受け、顎に手をかけて考える。
「とりあえず私にもそのステータスを見せてくれ」
アルフアは手を差し出し愛からメモを受けとる。取り出すときにアカサに「こう……だっけ?」と慣れないようでやり方を確認するために太ももを見せている愛にたいして「この女、わざとしてるのか」とわずかに苛立ちを覚えたのは内緒で。
アルフアが気をとり直して目を落とすと、
愛・上尾(十五)
職業・勇者 肩書き・次元を超えし者
と聞いた通りのことが書き込まれていた。
「なるほど。で、愛」
「なにさ、アルフア」
お互いにメモを覗き込んでいた為近い距離で顔を合わせる。今度は火花の気配がないことにアカサは心底安心した。
「勇者……とはなんだ?」
アカサと愛は「やっぱそこかぁ」と往年の夫婦漫才師の如く揃って頭を押さえた。その反応に「な、何ですか兄様。その申し合わせたような行動は」とアルフアがアカサと愛を交互に見た。
勇者。
アルピジィガムに存在しない職業。一般職業なのか戦闘職業なのかもからない職業。それを職業に持つ少女。
どうやら三人が抱える事になった問題は振り出しに戻ったようだった。