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ブレベたん~ブレイブ・ベルの小さな冒険譚~  作者: 高岡やなせ
第一章 「ギルド」後編~林応都市ベルホーミ・ターズ大森林~
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第17話

 アカサは視界の先に赤く揺らめく炎を見た。その刹那、白く染まりゆく世界の中で熱く吹き抜ける風を受け、身を屈ませ耐えることで精一杯だった。


 幸いにも炎の中心から距離があった為かアカサは熱風にも関わらず軽度の火傷をおったくらいだ。隣ではアーシスも体勢を整えたように既に前を見ていた。


 一体何が…。


 本来なら音を持ったはずの言葉だったが、どうやらまだ脈打つ心臓を含めて体が現実的に稼働していないらしく声が出なかった。


 それでもアカサはとにかく場の様子を伺った。


 距離があるアカサがあの衝撃だったのだ。ならば、その発生源の付近にいたアルフアやアウンは。


「大丈夫かよ、アルフア」

「あ、ああ。助かったよ、アウン殿」


 どうやら無事だったようだ。アウンがアルフアの前に盾のように立っていた。そうして後ろに控えるアルフアに声をかけていたのが聞こえてきた。


「二人とも無事だったんだ…良かったっ」

「何とかな」

「ええ、アウン殿が瞬時に盾を作ってくださり事なきを得ました」


 よく見ればアウンの手甲は氷に覆われていた。あの炎の最中にアウンは氷による防御を行ったらしい。


「氷?」

「なるほど。それで私達も無事で済んだわけデスネ」


 アーシスが納得したように頷いた。アカサ達が無事だったのは距離だけのせいではなかったようだ。


「でもあの氷って…」


「転化ってんだよ、兄ちゃん。…立てるか、アルフア?」

「すまない。私一人では後ろまで防ぎきれなかった。しかし、転化か…私も初めて見たな」


 アウンがアカサに答えながらアルフアに手を差し伸べる。アルフアもその手を取りながら立ち上がり、アウンの手甲にまだ残り輝く氷を見た。


「そっか?」

「しかも闘色転化…超闘士の肩書に恥じないものだな。あの瞬間に氷壁を生み出すとは…」

「な、な…アタシんとこではハイブリットカラーって言ってたまぁに出来る奴がいんだよ…だから、たいした事…ねぇよ」


 照れたようなアウンは早口で捲し立てたが、最後は消え入りそうな声で謙遜した。しかしアルフアが立ち上がると共に構えを直し敵に備えた。


 いまだ炎の力が行使された森の中は爆煙の如く舞った土埃や落葉に包まれていた。が、見えないほどではない。


「新手か?」


 アルフアがアウンの一撃にて地に伏せた熊型怪獣の横に小さな影が動いたのが見つけた。見通しの悪さを無視して四人の視線が一気にそこへ集中する。影は猿モドキと同じ葉で作られた面の様なものを被っていた。


「あのお猿サンが使ったのは間違いなく発音媒介式の法術デス」


 姿を捉え、アーシスが先ほどの炎をそう断言する。


「あれが本当の発音媒介式の…」

「厄介なまでに強力だな…」

「法術を駆使する怪獣の中でも上位級か…」


 アカサがその威力に驚愕し、アウンはアルフアと戦況把握に徹した。アーシスの補助系統法術の効果がまだ残っているのか体力的な面は問題ない。後はやはり新手の猿モドキの法術の実力。どうやって立ち向かうか。と、そこへ「たぁっ!」 と、愛が降ってきた。


「みんな、大丈夫だった?なんか足元、スッゴい爆発したんだけど…」

「ああ、愛か。当たり前だ…と、言いたいところだがアウン殿がいなければ兄様達を危険にさらしていた…く、情けない話だ」

「…あー、なんての。助け合うための私らじゃん。それはさ、それ。ありがとね、アウンさん…で、いいよね、アウンさん」

「愛の言う通りだな、アルフア。それより愛、上の猿はどうした?」

「…うう、ごめん、逃げられたっ。爆風に足とられてさ…だぁっ、もぉっ!」


 愛は剣を叩きつけるように突き刺し、苛立ちをあらわにした。


「良しとしようぜ。大物はほとんど動けないだろうしな」

「ああ…法術は注意しなければならないが…今がいい機会だ、行こう」

「しゃっ!」「おしっ!」


 愛を慰めながらアウンは拳に力を込めてさらなる氷塊を手甲に装わせる。アルフアも大剣に法纏を仕掛け敵に狙いを定める。大物も気を払わねばならないが新手である法術を操る猿モドキを何とかしたい、そう考え、自然と目線が下がった。


 見ればまだ立ち上がることの出来ない熊型怪獣の側を離れようとせずにいる法術を放ったとみられる猿モドキがいた。まるでそれは大人を心配する子供のように見えたが…相手が怪獣で、実際今まで戦闘していたのだ。そこまで慈悲深く見ることは戦闘職業者として、また騎士としてアルフアには出来ない。


 アルフアは剣を下段で構え、飛び出した。 そして、それを合図にするかのように愛とアウンも駆け出した。





 ……………すると、それを待ち構えていたように熊型怪獣が立ち上がった。


 突然の事に三人の反応が遅れた。いや、対処できていたとしても構わず突っ込んでいたのは間違いはなかった。猿モドキ、熊型怪獣。どちらにせよ勝利を確実にするためにはどちらかに必殺の一撃を決めなくてはならないのだから。今はその絶好の機会なのだから。


「「「だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」


 三人の声が重なった。






 彼奴等は強い。


 セーラは確信した。そして思う。その実力はこの森のナリカケは当たり前として怪獣達、ひいては実力者ダーディでさえ凌ぐ程ではないか、と。


 始めのうちは人数を分担したり、力の反応を阻害する事でどうにか対処出来ると思ってた。甘かった。


 一人だけセーラの発する声に力を乱されてはいたものの、取り乱したのは一時的だった。距離を置き、退いたのかと思えば何のその。気が付けば空を舞うようにセーラ目掛けて飛んできた。種類こそ違えど、あれがカンナが言っていた「法術」というものなのだろう、とセーラなりに答えを導き出した。ただ、その答えを導き出す事に気をとられ自身に対する危機回避が遅れてしまったのは…正直なところ危なかった。


 あの時、駆け付けてくれたカンナが得意ので放つ炎の法術を繰り出してくれていなければ…おそらくやられていたのでは、そう考えるとさらに恐怖が身を支配しそうになった。


 ……。


 ………。


 …………情けない。


 確かこの感情はこういう風に言い表すのだ、と教わった。


 誰に。


 カンナに、だ。


 カンナは沢山のことを教えてくれた。人が使う言葉を。人が住む町の事を。人が繰り出す術を。そして人が持つ感情を表現する事を。


 楽しい事や怒りたくなる事。哀しくなる事や楽しくなる事。それを感じることは沢山あった。けど、感情それ感情そうと教えてくれたのはカンナだった。


 晴れた空を見て笑う表情かおが嬉しいという事なのだと教えてくれた。雨の日は退屈で口を結んだ表情かおを見て怒ってるのだと教えてくれた。カンナやダーディと喧嘩をして泣きそうな表情かおと気持ちを哀しみなのだと教わった。これから始まる二人と一匹の未来を想像し語る表情かおこそが楽しんでいる何よりの証なのだと教えてくれた。


 そうだ…忘れてた。


 セーラは身を潜めながらダーディに近づき歯を食い縛るように力を込めた。


 アクセーラ(・・・・・)という名前もアルカンナ(・・・・・)が付けてくれたのだ。ダーディの名前もそうだ。


 なのに私はカンナちゃんに守られた。


 いろんな事を教えてくれて、優しい、あのカンナに。


 本当は自分が守ってあげたいのに…。


 力を込めた小さな手が森の大地の土を掴む。小さな手。弱い手。


 熊型怪獣のダーディのように敵を薙ぐ力はない。


 カンナのように炎を作りあげる力はない。


 なら、どうする。


 ……。


 ………。


 …………そんなの決まってる。


「私がカンナちゃんを守るんだ」


 小さな声が大きな決意を生んだ。


「だから、ダーディ」


 ソッとセーラはまだ地に伏せるダーディに敵から姿を隠せる位置から触れた。


「力を…貸してっ」


 触れた掌から伝わる力の激流を感じる。その瞬間、ダーディ(・・・・)の視角を通し重なるように脳内に映像が映し出される。同時にダーディの体とセーラ自身の感覚が同調シンクロしたようにセーラの意識に伝わってくる。


 そして。


 まだ地に伏せ続けていた熊型怪獣ダーディは、自身の意識を手放したまま、敵を迎え撃つ為に立ち上がった。


  その背中に 小さな体を乗せながら。






 立ち上がり迎え撃つ熊型怪獣はこれまでと打って変わったように俊敏だった。例えるなら小柄な猿(・・・・)の様な動きをやってのける程に。


 純粋な力だけならこの戦場もりで屈指のものだろう。しかし愛やアルフア、アウンが対抗出来ていたのはそれを上回る機動性と連携、最低限押し負けない力と技術があったからだ。


 だがその一つ、機動性という利点が拮抗した。


 この事実は勝利を目前にした三人にとって僅かとはいえ焦りを覚えさせた。決して引けをとることは無いものの、敵の底が見えないというものはそう思わせるには充分だった。


「ってか、なんかさ」


 素早く重たい一撃をギリギリに交わしながら愛は冷や汗を流した。


 自身の思い過ごしかと考えていたが、だんだんと確信じみてきた。幾度となく繰り出される熊型怪獣の攻撃の手が愛に集中し始めているのである。


「なろっ」


 ほとんどアルフアとアウンを無視するようにまずは(・・・)愛を仕留めようとする意思が伝わってくる。愛も必死に避け、アルフアとアウンもその隙を狙って一撃を放つが俊敏性を増した熊型怪獣はそれを交わしつつ攻めたて来た。


 この時、愛が狙われたのは事実だった。何故なら一時とかかっていないこの闘いにおいて愛が一番「経験不足の未熟者」だと熊型怪獣の目を通して見た猿モドキ(アクセーラ)には解ったからだ。


 後衛むこうを攻めてカンナに近づかすわけにはいかない。ならば攻め手を一人でも減らせれば…。セーラはひたすらに熊型怪獣の身体で愛をつけ狙った。





「愛っ」

「駄目デスよ、アカサさん。今、近づけば皆さんの邪魔にしかなりマセン」


 熊型怪獣の攻撃を一人懸命に避けている愛に思わずアカサが飛び出そうとする。それをアーシスが制するように立ち塞がる。


「でも…」


 尚も食い下がろうとするアカサに首を振り応える。アカサは握り拳を作り、その場で歯痒さを感じる。


 なんで僕は戦闘職業者じゃ無いんだ。


 言葉に出来ない悔しさが込み上げてくる。自身に出来ることを…なんてそんなもの(・・・・・)、体のいい慰めだと思い知らされた。


「ティアントさん。…何か僕に出来ることって…無いんですかね」

「アカサさん…」


 俯かない約束を律儀に守り、愛達が戦う姿をその目に焼き付けるアカサにアーシスは言葉を失ってしまった。


「法術に関してならば私も多少はどうにか出来るのデスが…」

「法術…。そう言えばさっきの炎の法術の時………普通・・怪獣が使うときもあんな感じなんですか?愛は違ってたような」

「愛さんが使っていたのは〃陣形〃と言いまして…」「あの猿みたいなのが使っていたのが発音媒介式…ですよね」


 アーシスの言葉を遮るようにアカサが確認事項を述べる。それにアーシスは首肯する。「だとしたら…」とアカサは前を向きつつ考える。


「あの猿みたいな生き物…何か変(・・・)じゃなかったですか?」

「…変、デスか?」


 アカサの疑問にアーシスは首を傾げる事で応えた。アカサは自身の違和感を伝えることが出来ずによりもどかしさを感じた。


 何か変なんだ。何が変なんだ。


 アカサは思考を巡らせた。


 しかしその間も戦闘は続く。


 苦戦する愛。そしてせめて狙いが愛に定まっているのを活かそうと奮闘するアルフアとアウン。それでもすんでのところで鬼気迫る勢いの熊型怪獣は止まらなかった。


 そして、愛は最初の戦闘から蓄積されてきた疲労により足を滑らした。


「しまっ」「くっ」


 その一瞬を見逃すまいとする熊型怪獣の渾身の一撃が鋭爪をもって放たれる。何とかアルフアが間に入り込み、大剣を盾に全力で法纏を仕掛けそれを防いだ。


 アウンやアーシス、アカサもそれに胸を一様に撫で下ろした。



 が、それで良かったのだ。


 相手にとっては。


 アルフアが大剣で防ぎ動きを止め、アウンは安堵に気をとられ足を止め、愛は腰をつき動けずにいて、アーシスとアカサには距離があった。


 それで充分だった。


 小さな体は熊型怪獣の背中から飛び出した。


 この全ての動きが一瞬でも静止する、この瞬間を狙って。


「わぉ」


 愛は一転するように際どく交わした。むしろ、相手の動きが早すぎて自身でも制御しきれておらず当たらなかったのかも知れない。とにかく当たらなかった、一撃目・・・は。


 既に猿モドキは二撃目の予備動作を行っていた。狙いを定めるように愛を見ている。


 愛は転がったことによりさらに体勢が崩れた。


 アルフアが駆け付けようとする。が、熊型怪獣が先程の俊敏性を無くした状態で追撃してきた。仕方なくいなすように応戦したが時間をとられた。


 アウンもこの時を狙うかのように放たれた炎の法術を防ぐ為に出遅れた。


「ちょ、これ、ヤバ…」


 愛が猿モドキを視界に捉えたとき、猿モドキは愛を目掛けて一直線に突撃してきた。






 いいか、アカサ。


 アカサの脳裏に隣畑のおじさんの声がする。


 困ってる人がいたら必ず助けてやる、なんて言う必要はねぇ。絶体なんて明日の天気よりも当てにならんからな。…だがな。


「手を差し出してやれる男であれ」


 泣いてる奴がいて、慰めの言葉一つ出てこねぇのも仕方がねぇ。涙の理由なんざ害虫よりも厄介なもんはねぇからな。…だがな。


「せめて側に居てやれるような男であれ」


 強い弱いだ関係ねぇ。見栄や恥、世間体なんて畑の肥料にでもしちまえ。いいか、好きな奴や愛する女が危険に晒された時は… 、


「体を張れる男であれ…だよね、おじさん」


 アカサは気が付けばアーシスの横を過ぎ駆け出していた。


 アーシスの補助系統法術ぎじほうてんがアカサにも影響し効き及んでいるのか体は重さを感じなかった。


 速い、これなら。


 一心不乱に愛の元へアカサは走った。そして。


「愛っ」

「ア、カサ?」


 ギリギリのところでアカサは間に合った。猿モドキの激突を、猿モドキを抱え込むように飛び込んで、退けたのだ。


 アカサごと吹き飛んだ猿モドキはアカサの乱入に驚きつつも距離を計るように直ぐ様立ち上がり、後ろに跳ねた。


 一緒に転がったアカサはまだ立ち上がることは出来なかったが、視界に自分の事を心配そうに見ている愛に気づいて安堵した。


 良かった…間に合った。


 無我夢中ではあったが、それでも最悪の事態は免れたようだった。アカサも痛みが無いか確かめながら心拍数の上がった体を持ち上げた。


 その時、気がついた。


 そこで、影に気づいた。


 自身を多い尽くすように伸びる黒い影に。


 いつの間に…。


 アカサはいつの間にかアルフアに攻撃を仕掛けて弾かれた(・・・・・・・・)熊型怪獣の手前に転がりこんで居たのだ。後ろを見なくてもわかるほどの威圧感に振り…、


「…あ、がっ!」


 返る間もなく背中を抉られるように熊型怪獣の鋭爪の餌食となった。


 吹き飛ばされこそしなかったものの大地に押し付けられるような衝撃を受けた。次いで遅れながら激痛が走る。


 アカサは痛みと衝撃に一瞬目を見開いたが、何が起こったのか理解に至らなかった。何故なら、まるで世界が停止寸前なのではないかというほど急激に感覚が鈍くなり、次第に失われていったからだ。


 力なく地に伏せている草と土を変色させるほどの血が流れているのが少しだけ見えた。


 …これは、危ない、かな。でも…。


 おじさんの言葉と自身の意思による結果に、アカサは薄れいく意識の中で後悔はしないと決めた。





 ─────





 愛は世界が瞬間的に音を、色を、輪郭を、構築する全てを失ったように思えた。


 鈍足なんて遅さではなく、鮮明なんて程遠い。温度なんて忘れてしまい、形の全てが原型を留めていないような感覚に包まれながら。


「ア……カサ?」


 愛は名前を呼ぶ。しかし、目の前で血を流す(・・・・・・・・)その名を持つ少年からは返事がない。辛うじて呼吸をしているのがわかる。


 なんでこうなった。


 …なんで、こう(・・)なった。




 数日前、火連車の車内にてアルフアと話したのはなんだ。


「そう言えばアルフアさ」

「何だ」

「あんた、ちっさい頃にナリカケ一人で倒したんだって?スッゴいじゃん」

「…ふん。あの頃は未熟過ぎた。今なら完全に叩き潰していた…二匹・・ともな」

「二匹?一匹じゃないの?」

「ん?聞いていないのか?その日現れたナリカケは猪と鷹の二匹だ」

「…ん、じゃぁさ、もう一匹は誰が?まさかアカサが?」

「兄様じゃない。倒したのはあの頃の自警団の大人達だ。…だが」

「だがって、何?意味深じゃん」

「あの日、私が未熟が故に大人達の意識が私に集中していた。だから、気付くのが遅れたのだ…兄様以外」

「は…どゆことさ」

「今言った通りだ。気付かなかったんだよ、兄様以外。誰一人、私に意識をとられ過ぎて。一人距離を置いていた兄様だけが上から滑空してくる鷹のナリカケを発見できた」

「…あー、で、大人達に知らせたんだ」

「違う。あの時、兄様は…その身を盾に大人達を含めて私を守ろうとしたんだ」

「…………なんで、また」

「傷だらけの私の治療を優先した結果だっ!」


 この時アルフアは自分の膝を強く、強く叩いてたっけ。愛は思い出す。


「いいか、兄様はそういう(・・・・)人間なんだ。敵う敵わないじゃない。そんな事に自分の命を惜しまないような人間なんだ。…だから、だから私は強くなりたかった。…なろうと、思った」

「…………アカサ、そんな事をしたって言ってなかった。おじさんも」

「おじさんは兄様に頼まれて口止めされていたらしい。それを含めて問い詰めた」

「なんでわかったのさ」

「兄様の胸には傷がまだ残ってる。嘴にやられたそうだ」

「ふぅん。あんたに心配かけたくなかったんだろうね」


 そして私はその後、いろいろ回って何て言った。


 思い返される時間の中の自分自身に、愛は問いかける。


 屈託なく笑う、馬鹿な自分に。


「だったらさ、二人で守ろう。ギルドでは戦うこともあるっしょ?私達は強い。だからさ、二人で、守ろう…ね」


 ……本当に馬鹿だ。馬鹿丸出しだ。こんな馬鹿にアルフアは何て言ってくれた。


 愛は涙が込み上げてきそうになった。


「…………お前にしては珍しく良案だな。そうだ。私はその為に強くなったのだから。……だが、確かに、お前もいれば…心強い」


 そっぽを向いて照れたんだ。


 だから、それが嬉しくて。


 だから、それを実行したくて。


 アカサに言ったんだ。この森に入る前に。


「アカサ、その為に私達が居るんだよ」


 と。守るために。アカサ自身を、アルフアとの約束を、全部、全部、全部…守るために。





 だが、結果はどうだ。目の前で倒れ込むアカサが写る。アカサが伏せる大地の土と草は、アカサの血を吸い変色している。


 呼吸は変わらずしているが、荒くなっている。ときどき思い出したように痙攣している。


 思考が中断されてから何時間たった。思考が動き出してから何日たった。わからない。


 だから、愛が言えたのはたった一言。


 いまだに鈍く、色と形の無くなったこの世界でアカサ以外に認識できる人間を探して呟いた一言。


「…どうしよう、アルフア。アカサが、死んじゃう…」





 ─────





 アルフアは咄嗟の判断が遅れてしまった。まさか、自分に弾かれた怪獣の足元にアカサが転がってくるとは思いもしなかったからだ。


 アルフアも何が起こったのか理解仕切れずに一瞬とはいえ全思考、全行動が停止してしまっていた。


 しかし。


「どうしよう、アルフア。アカサが、死んじゃう…」


 弱々しい声が聞こえたとき、アルフアは我を取り戻せた。


 しまった…。アルフアは一瞬でも思考を行動を停止していた自身を激昂したい気持ちに陥りそうになった。だが今はそんな場合ではない、と遅れながら冷静に考える。


 アカサの様子を伺う。血を流す姿こそ痛々しいが息はしている。意識があるかわからないが、とにかくまだ生きている。


 当然安堵など出来るわけなどないのだが。


「アーシス、アウンっ」


 敬称もなくアルフアが二人を呼ぶ。二人は呼ばれる前から行動に移してくれていたらしく、アルフアの理想に近い位置取り、段取りをしてくれていた。


 アウンは熊型怪獣への牽制的襲撃。これ以上伏せるアカサや立ち尽くす愛の側に近付かせないために氷を両甲に装い全力らしい気迫を見せ戦い始めていた。


 逆にアーシスは一目散にアカサの側へと駆け付けた。錫杖を鳴らしながら近付くことにより発音を媒介した法術空間で先行してアカサを包んだ。そして側へ近付き直接触れ、陣形媒介によりその傷口を癒し始めた。


 流石は「奇跡」の代名詞とも云える大司祭である。アーシスの補助系統法術による効果、《治癒促進》によりみるみるうちに傷が塞がっていったようだった。あれほど乱れていた呼吸は落ち着いたようだった。


「流石だな」

「ええ、傷口は何とか。デスが血を流し過ぎているようデス…」

「それでも応急措置としてはこれ以上はない」


 アルフアは猿モドキを相手にしながらアーシスを称賛した。しかしアーシスはまだ顔を曇らせている。やはり顔色はまだ優れていないらしい。


「愛っ!しっかりしろっ!何時まで突っ立っているつもりだっ」


 アルフアはまだ呆然としている愛に檄を飛ばす。この森を無事に脱出するために、どうしても愛の戦力を必要と感じたからだ。


 ………しかしアルフアは内心に、まさかこれほどとは、と苦渋を隠した。相手をしている猿モドキを力付くで払いのけ、愛を見る。


 考えてみれば不思議だった。


 アルフアが戻ったあの日、愛は異世界から一人現れたと言う。だと言うのに不安の一つも見せていなかった。


 対決する流れになり聖騎士という強者の実力を知ってなお、一歩も怯む様子を見せなかった。


 村で行った縄張り調査で初めてナリカケを前にしたときでさえ、恐れる事など欠片も無いように見えた。


 この森に足を踏み入れ、主とおぼしき巨体の怪獣を相手にしたときなど、自身の不甲斐なさに癇癪を起こしさえすれど、諦めることは無かった。


 それが今はどうだ。


 異世界での孤高ひとりを受け入れたはず愛の目に涙が浮かぶ。


 幾多の強者てきを前に立ち向かう事を選んだ愛の足が震えている。


 疲労こそあるものの、愛の体には傷一つ無いはずなのに立ち尽くすことしか出来ないでいる。


 アルフアは自身の思慮の浅さに苦虫を噛んだ思いだった。


 アルフアが戻る前の話は聞いていた。では、それ以前・・は。


 アカサからは部屋へ運び、介抱した後、眠りに就いてしまったと聞く。その時、先に目覚めたのは愛の方らしい。


 つまりアカサが起きる以前の事だ。


 答えは「否」だ。


 聞けば先に起きた愛は、まだ眠りから目を覚まさないアカサを起こした、という。


 考えてみれば見慣れない部屋で見知らぬ人間が居たのだ。警戒するのが当たり前だ。最悪、逃げるか拘束されても可笑しくなかった。だけど愛はそのどれもをしなかったのだ。


 慕っているとは思っていたのだ。なついているとは思っていたのだ。


 あの日、アカサが目が覚めるまでの間に愛は何を思い、何を考えていたのかわからない。が、事実がそうだったから。


 そう考えながらも思わなかったのだ。


 まさかこれほどまでに愛が……〃アカサを心の支えにしていた〃とは。


 気付けなかった、とアルフアは拳を強く握った。いき過ぎる力が腕を震わせた。


 何故、気が付かなかったのか。これはまるで自分自身アルフアと何一つ変わらないではないか、と。


 両親を亡くし、早々に自立し遠くへ行った年の離れた姉ではなく、側に居てくれた義兄ヒトに依存していた昔の自分に。いや、今も変わらないかと自身を皮肉りながら声を出す。


「愛っ、聞けっ」

「………」


 首だけでアルフアに向き、涙をこらえるように無言で佇む。


 この世界に愛が来てからアルフアはそんな姿を一度たりとも見たことが無かった。


 自身に決意を促すため、奥歯に力を込めた。


「兄様は無事だっ。しかし、現状不味い事は変わりない」

「私の…せい、で」「違うっ!」


 アルフアの声に愛はビクンと体を震わせた。


「これは誰のせいでもない。起こりうる可能性のあった事故だ」

「でも」

「馬鹿かっ。ならば私とて同罪だろ。私が気が付かず兄様の側へと怪獣を弾いたのだから」

「…っそれは……」


 愛は言葉が続かずに俯いた。


 一人健闘するアウンを気にしつつ横目に猿モドキを捉え、アルフアは愛の沈黙を破るように叫ぶ。


「そしてお前はここに来る前に言ったな」

「…っ!」


「だからこそ私達が居るんだ…と」


「そ、それは…」


 愛は顔をあげた。ようやくアルフアとまともに視線を合わせた。


「だったら、しっかりしてくれ。今は…お前の力が必要なんだよ。頼む、力を貸してくれ」


 愛、とアルフアは優しく呟いた。


「…………」


 愛は泣くのを堪えるようにアルフアを見た。次いで一人奮闘するアウンを見た。最後にアーシス、そしてアーシスの膝に頭をのせ眠るアカサを見た。


「…………アルフア」

「何だ」

「…………ごめん」

「ふん。さっさと片付けるぞ」


 愛はごしごしと目元を拭いて剣を強く握りしめ、敵を探した。


 アウンと交戦中の巨体の熊型怪獣。こちらを警戒し続ける猿モドキ一号。今は姿を隠している猿モドキ二号。


 倒すべき相手(じゃまものすべて)を捉えた。





 ─────





「あれ…僕は…」

「アカサさんっ…」


  アカサは疼く背中の感覚に目を覚ました。痛みは無いが僅かながら違和感が残り、その理由が熊型怪獣による一撃だった事を思い出す。


「もしか…しなくてもティアントさんが治療を?」

「ハイ。しかし短時間とはいえ流血が多く、とても心配しマシタ」


 アーシスは優しい口調で口元だけで笑い、困ったように眉を下げていた。


「即死以外なら…とは言いマシタが、まさか本当にこんなことになるとは思いもしませんデシタ…」


 と続けてアカサの頬を撫でた。アーシスの手の温度を感じながらアカサは「すみません」と自身の現状に恥ずかしさを覚え目を反らした。そこへ、


「どうしようアルフア。私、今度こそ本当に力が溢れてくるんだけどっ」


 愛の声が聞こえてきた。心無しかアカサが気を失う前よりも遥かに力の籠った声が。


「自分の為、皆の為、何よりアカサの為にって考えたら……もぉっ、止まんないって感じ」

「……無駄口、無駄な時間はもう充分だろ?溢れる力?だったら見せてみろ、その力」

「任せとけっての。そう、この溢れみなぎる力に名前をつけるなら…」


 良かった、大丈夫そうだ、とアカサは安堵した。


 アカサが気を失う前は疲労や焦燥により愛の持ち前の元気の良さが損われていた。だから何が合ったのかはわからないが、愛がそれを取り戻せていたのならば何よりだ、とアカサは判断したからだ。


 血が抜け落ちた分ふらつく頭を抑えつう、頼もしく語る愛を見た。


「アカサへの愛の力だっ!!」


「何でっ!何があったの愛?」


 愛の想定外の台詞にふらつきなど関係なく、アカサはつい叫んだ。


「お、兄ちゃん。随分元気になったじゃねえか」

「兄様、良かった。意識が戻ったのですね」

「アっカサぁ…良かった、本当に良かったよぉ」


 三人はアカサの無事を喜んでくれたが当の本人は急激に動いたために「っつう」と頭痛に顔を歪めた。


 アーシスはそんなアカサをまた優しく自身の膝の上に促した。


 アカサはアーシスに促されながら「ティアントさん、一体全体何があったんですか」と尋ねた。すると、


「私もよくはわかりマセン」「ええっ!」

「しかし…今、愛さんはアカサさんとの絆を経て愛の力を産み出し」「だからそれっ!それですよっ、そこが知りたいんです」

「…愛とは突然であり自然であり、それが当然の物なのかも知れマセンね」

「………」


 アカサの疑問をさらに混沌に突き落とすような返答をもらえた。語るアーシスの瞳は何故だろう…とても輝いていた。アカサはもはや頭痛やふらつきによるものでは無い何かに襲われ「わけがわかりません」と眉間を寄せた。


「とにかくアカサさん。今、愛さんは貴方の事を想い、貴方の為に戦うのデスよ…さぁ」

「…だから、その過程がよく理解できないのですが…」

「しかとその勇姿を目に焼き付けてくだサイ」


 アーシスはアカサの言葉を無視して愛の方を指し示すように手を伸ばした。顔をしかめたアカサだったが、視線は指し示された通り愛に向けた。


「アカサの無事は確認した。よっしゃぁ!アウンさん、アルフア、ちょい下がってて」

「何で」「アウン殿。ここは愛に任せたほうがいい…いけっ!愛っ」


「ふるぱわぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 愛の言葉に従いアルフアとアウンが下がる。すると続く愛の叫びに熊型怪獣も何かを感じたのか威嚇するように唸りながら動きを止めた。猿モドキは攻めの姿勢を完全に失い、身を震わせているようだった。



愛の暴風雨(らぶすとぉぉぉむ)っ!!」


 愛がそう発した瞬間、愛の持つ細身の剣を中心に渦巻く力が目に見える(・・・・・)ほど生じた。


 天高く巻き起こる風をその刀身に宿した剣は、竜巻の形状を維持したまま愛の全力払い(ふるすいんぐ)に従うように轟音と共に森の木々と熊型怪獣を凪ぎ払った。


 屈強な枝も、堅固として佇む幹も纏めて空を舞った。それはまるで旋風に巻き込まれた枯葉のようにふわりと重力さえも感じさせず、中には頑強なる根元さえも残さずに吹き飛ばされているものあった。


 それほどまでの力を込められた竜巻の一閃は流石の熊型怪獣も完全に受け止めることは出来ず、鈍い重低音を響かせ大地に叩きつけられた。


「おいおい、兄ちゃん。確か大森林ここの木の伐採は慣れた人間でも時間がかかるんじゃなかったか?」

「……そう、聞いてました。ってからぶすとぉむって……何?」

「発音媒介式の類いでショウか?一時的に莫大な法力を感じマシタ」

「いえ、アーシス殿。発音媒介式そんなたいしたものではないんだ」


 アーシスの疑問に首を振りアルフアは答えた。


「聞くところによると…技名を入った方が格好いいから、らしい」


 言い終わる頃には吹き飛ばされた木々も地響きと共に落下し始めていた。そして満足げに四人に笑顔を向ける愛の姿があった。



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