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ブレベたん~ブレイブ・ベルの小さな冒険譚~  作者: 高岡やなせ
第一章 「ギルド」後編~林応都市ベルホーミ・ターズ大森林~
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第16話

 風の運ぶ臭いを頼りに巨体の怪獣ことダーディは目的の場所を目指す。ダーディは元々牙獣種と呼ばれる怪獣で、外見は一回り大きめの熊の姿をしていた。しかし額に伸びた黄一角、鋭い眼光は赤く映え、その口元から覗く牙はより獰猛さを体現するかのようだった。


 怪獣、さらに言えば牙獣種の中でも中型・・を誇る巨体はこの森の主として怪獣を始め、他の鳥獣達にも認められていた。ただ、どうしても熊の姿が原型にある為四つ足歩行が主となり、背中にしがみついているセーラの乗り心地は最悪だった。だからセーラは普段は滅多に移動の際に乗ることは無かった。


 それでもこちらを目指すように向かって来る人間達の臭いを辿るうち、森のざわめきが自身にも移り始めるとダーディの背中を握る小さな掌に込める力が強くなった。そして、安心感が生まれる。ダーディもそれを感じたのかチラリとセーラを覗き見た。何も言わないが合った視線を受けてセーラは微笑み返す。


「大丈夫だよ、ダーディ」


 そうだ、自分にはダーディが居る。守らなきゃならない存在ひとがいる。


 乗り心地のとても悪く、それでいてとても頼りになる背中をセーラは一度眺めて、後は前を見つめた。





 ─────




 ある程度アカサ達が進むと森の木の雰囲気、もしくは醸し出す気配が変わった。それは力の籠った感覚であり、とても視覚でとらえられないようなものだった。


 木の太さが違う。木の聳える高さが違う。そこに生きる獣達の息遣いが違う。…………とにかく何かが違うのだ。


 そう戦闘未経験であるアカサを含む五人が肌に感じて尚突き進むと、最初の難関とも言える事態が起こった。


 ナリカケ特有の羽を持つ甲虫の襲撃だった。


 森に足を踏み入れた侵入者どもを駆逐しようと、ナリカケの甲虫達が群れをなして目掛けてきた。


 愛は体の一部が霧がかかったような甲虫を一刃にて払い除ける。しかし続けざま別の甲虫が飛んでくる。


 愛はリマジハ村の自警団の剣持ちの男からもらって以来愛用してい剣を振るいながら喚いた。


「キモい、キモい、キモい、キっモぉぉぉぉぉいっ!」

「煩い、黙って剣を振れっ!大した強さではないが数が大いっ!」


 等身ほどある大剣を振るいながらアルフアがそれに返した。大剣で甲虫を薙ぎながらアルフアの顔にも焦りとは違う表情が浮かんでいた。


 それは、嫌悪感だった。


 普通の甲虫よりも大きく、人の拳だいほどある体を持つ甲虫のナリカケは強さよりも黒光りする体面、節張った関節、そして意志の映さないその眼球がどうしても心の奥底に追いやったはずのアルフアのその感情を引き上げていた。また、霞む靄にも似たナリカケ特有の羽を持つこの甲虫の羽音と奇声がそれをさらに引き立たせたのだ。


「ってか虫もナリカケになんの!んなの、聞いてないんですけ…どっ!」


 今襲ってきていた甲虫の群れ、その最後と思われる一匹に愚痴を込めた剣撃を愛は落とした。ようやく一息付いたようで愛は剣を地に差し、額に浮かぶ玉のような汗を拭った。


「で、アルフア。虫のナリカケがいるなんて聞いてないんですけど?」


 隣で同じように一息ついたように呼吸を整え、汗を拭うアルフアに半眼になりつつ愛が溢した。


「……言ってなかったか?いるぞ」

「ざっけんなあっ!」


 愛は拳を振るい、アルフアがそれを面倒くさげに避ける。愛も最初から避けられる事を当然と受け止めていたのか、追撃は無かった。


「ごめんね、愛。僕ももっと前以て言っておけば良かったのに…」


 気がすんだのか愛は大人しく休息をとろうと座れそうな場所を探していた。そこへアカサが声をかけた。愛は座れそうな高さと太さの木根を見つけ、座りながら首を横に振った。


「いや、アカサが謝る事じゃないし。たださ、この間さ、リマジハ村の縄張り調査の時には虫型こんなんはいなかったから」


 そう言って愛は万能帯にぶら下げていた水筒に口をつけた。


「あの周辺はモンスタースポットではないからな。あくまでも突然変異がいないかの調査だ。ナリカケでさえ少なくて当然だ」


 座る愛にアカサと共に近づいてアルフアは言った。「あっそ、そーですか」と釈然としない返事を愛は返した。


「しっかし愛。本当に強かったんだな…小型のナリカケとはいえあの数を対処するなんてよ」


 少し機嫌を損ねたような愛に今度はアウンが絶賛するように話しかけた。すると愛は、アウンの回りに積み上げられたナリカケの甲虫達の屍を数えるのを諦めて、


「アウンさんに言われてもなぁ」


 とより不貞腐れたように呟いた。そんな愛の態度にあはは、とアウンは返し、


「んなことねぇって。なぁ、兄ちゃん」


 とアカサに話を持ち掛けた。アカサは心得たとばかりに頷いて、


「本当に凄いよ。僕なんて…見てることしか…出来なかったのに…」


 そう言いながら語尾が段々と聞こえなくなりそうになってきた。自身で言っていて情けなくなってきたのだ。いくら理解していたとは言え実際の戦闘を目の当たりにして下手に動く事さえ出来なかった自分に。


「あ……ごめん。比べることじゃ無かったし、虫の事も、要は私の勉強不足だった…つう事だしね」


 そう言って愛は自身の頬を気合いを入れるように叩いた。


「うし、もう大丈夫っ!キモくても強さは下の下だしね…後は気合いだっ!」

「下の下?!そうなの?」

「そうですね、小型ですし、ナリカケでしたしね」

「…そ、そうなんだ」


 愛の言葉に思わずアカサは驚いたが、他の面々は同意だったらしく平然としていた。寧ろアルフアの冷静な肯定さえアカサにとっては驚愕だった。


「ちなみにさ、他にどんなんいんのさ」

「アタシんとこでは魚なんかもなってたな」

「ふむ。お前は帰ってからそう言ったことの知識も学べ」

「学べって、えっらそうに……へぇ、へぇ、わかりましたよ、アルフア先生」


 さらに先程の戦闘をもはや気に留める様子もなく話し込み始める三人にアカサはかける言葉がなかった。すると後続に控えていたアーシスが、


「頼もしい限りデスね」


 とアカサに話しかけてきた。「ええ、本当に」とアカサは素直に返した。


「私は白兵戦は得意ではないのでお任せしきりデス」

「何言ってるんですか、ティアントさん」


 謙遜したようなアーシスの言葉をアカサは否定した。


「ティアントさんが法力を辿ってくれているから僕達は迷わずに進んでこれたんじゃないですか」


 実のところアカサ達がターズ大森林に入った当初、一行は目的地もなく歩いていた。


 当然の事ながら調査目的である〃法力の発生〃する場所など検討がつくはずもなく、予測もつかなかった。その為、今回は下調べ程度に終わるかもしれないと思っていた。しかしアーシスがこの大森林から溢れる微弱な霧散法力とはまた違う、不可解に強力な法力を森の奥から感じ取ったのだ。


 それは緩やかに強弱を変え、例えるなら吐息、もしくは呼吸・・をするかのような反応だとアーシスは説明した。だが流石の聖騎士や同等の勇者、超闘士の肩書きを所持者であれど補助系統法術の最高位、大司祭を持つアーシス以外はそれを感じる事が出来なかった。そこでアーシス以外の戦闘職業者が前衛に回り、アカサと並びアーシスが補助と誘導をしつつ森を進んできたのだった。


 そして現在、結果として今の戦闘が行われた。これまで怪獣にこそ出会ってはいないが、甲虫のナリカケが群れをなしての襲撃はそれだけ霧散法力の濃度があがっている事を示していた。


「そうだと良いのデスが」


 アカサの言葉に対して、信頼に応えようとする中に困惑を混ぜた表情でアーシスが頬に手を当てて呟いた。そこでアカサはぐっと拳に力を入れて、


「ティアントさんがいなかったら手がかり一つありませんでした。本当に助かってます!」


 と言った。一瞬、間をあけてからアーシスはふふ、と表情を崩し「ありがとうございマス」と返した。


「では、行きマショウか。もう皆さんお待ちかねのようデスし」


 そう言うアーシスの視線の先、すでに話は終わったようで立ち上がり、こちらを伺っている三人の姿があった。アカサはアーシスに頷き返し三人に歩み寄った。


「早く行こ、アカサ、アーシスさん。んでさっさと帰ろうっ!」

「そう上手くいけばいいがな」

「少なくともこの面子で全滅はないだろぉよ」

「全滅って…不安になるような事、言わないでください」

「大丈夫デスよ、アカサさん。即死さえしなければ、何とかなりマスから」

「即死…笑顔でそう言うのやめましょ、ティアントさん」


 さらに一行はアーシスの感知を頼りに森の深きへと足を運んだ。



 途中、小型の怪獣に出会った。原型もとは鼠のようで、長く細い鞭のような尾を持った茶色の体毛に包まれた姿をしていた。顔付きは鼠のそれだったが目付きは鋭く、眼球は赤く輝いていた。そして、大きさが子供ほどあった。


 数は三体。アカサは一瞬身構えたがそれより早く三人は動いた。元よりアカサから数歩分前を歩いていたが、三人の踏み込みによる移動はアカサがはっきりと怪獣てきを認識した時には既に怪獣達あいての眼前だった。


 愛は細身の剣を法纏で強化しているので殆ど力任せといった具合に縦一閃の如く降り下ろした。鼠の怪獣は見事に真っ二つに分かれ、そのまま地に還るように体躯は消え、あとには何も残らなかった。


 アルフアは甲虫相手に対峙していた時と同じように大剣を軽々と扱い、抜刀と共に音も無く凪ぎ払った。怪獣はやはりその一撃で息絶えたようで地面にその身が落ちきる前に消え去った。


 アウンは二人と違い刃状の武具を持たない。そこで銀色の攻防一体の手甲に装われた拳が繰り出される。その威力は触れた怪獣の絶叫さえも許すこと無く掻き消す程であった。


「す、すごい…」


 アカサは余裕で振り向き安全を伝える三人に、月並みの言葉しか出てこなかった。


 その後も大人程の大きさで金色に輝く爪を持つ赤目の狼型怪獣、同じく翼を広げれば大人程度の青い牙を持つ蝙蝠型の怪獣等を相手に五人は突き進んだ。


 その時発生する戦闘がほぼ一瞬で決まる事は前衛の三人の強さが軒並みならないものである何よりの証拠であった。そして、ナリカケでは無く怪獣達が迫り出したのは強力な法力の在処を示しており、アーシスが正しいという何よりの証拠であった。


 こうした要因を含み、歩みを止める事無く進んでいくと、遂に五人は出会ってしまった。


 見上げる限りこの森で出会ったどの怪獣よりも巨大な姿と黄一角を持つ、熊型の怪獣に。


 そして、その怪獣の肩越しに覗くようにアカサ達を見ている、葉っぱをかき集めて作られたような顔立ちの小さな猿のような生き物に。






「さっすが、ボスって、感じだね」


 肩で息をしながら愛が顎を伝う汗を拭う。剣は構えているが少し足元はおぼつかなくなりかけていた。


 熊型の怪獣とその周りをうろうろ飛び交う猿モドキとの遭遇からまだ十分もたったかわからない。しかし必然的に戦闘になり、前衛三人と熊型怪獣の力の差が均衡し、愛は慣れない連戦の疲労が出てきた為である。


 巨大な怪獣がいくら強かろうと、数の利が一匹と強者三人との実力差を埋めていたはずなのに、何故こんなにも均衡したのか…。


 ひとえにあの猿モドキによるところが大きいだろう。


 あの葉の面を持つ猿モドキは戦闘が始まるや否や熊型怪獣の肩を飛び出し木へと移った。戦闘を熊型怪獣に全任するための行為かと考えたが、これが間違いだった。


 木の枝へと移り、全域を見下ろす。最初こそ全員が注意を払っていたが、あから様な熊型怪獣の威嚇により警戒が一点に移る。実戦が開始されても猿モドキは動く事が無かった。そのため愛とアルフアの剣撃に一瞬の隙をつくようなアウンの一撃が早々に決まりかけた。


 結果としてアウンは一撃を決める事が出来なかった。


 アウンが踏み込んだ機会を見計らうように猿モドキが口笛を吹く仕草で甲高い音を鳴らし、突然の乱入者に見舞われたからである。


 乱入者は鳥型で通称〃有翼種〃と呼ばれる怪獣だった。


 有翼種の怪獣それは巨大な翼を広げ、アウンに襲い掛かった。仕方なくアウンは熊型怪獣への攻撃を諦めて、迎撃したのだ。


「生意気に連携かよっ」


 怪獣達の思わぬ戦略に舌打ちと共にアウンは愚痴を溢した。 今の一撃が決まれば致命的なはずだったのに、そう考えるとどうしても悔しかったのだ。


「アウン殿、怪獣の中には知能の高い種がいると聞く。そして、おそらくこいつはこの大森林でも屈指の実力者と考えられる…こちらも冷静にいかなくては」

「だな。…悪ぃ、今の一撃がどうしてもな…っしゃ、次だっ」


 アルフアに諌められアウンは髪を掻き上げて怪獣を見据えた。アウンが落ち着いたのを見てアルフアは今度は愛と視線を交わす。


 特別なやり取りや取り決めは無かったが愛は頷き剣を構えた。その剣から愛の法力の気配を感じアルフアは意思が伝わったことを認識し、自身も持つ大剣に力を送り纏わせた。


 牽制ではなく、隙をつくような技巧ではなく、全員が必殺に及ぶ一撃を。これがアルフアが伝えたい事だった。


 アウンも仕切り直したように銀色の手甲(シルバガレット)を景気よく鳴らし構える。愛は今にも飛び出そうとするのを抑えているようだ。


 アルフアは頃合いを見て、叫んだ。


「行くぞっ」


 アルフアの一喝するような声を号令に三人は動いた。今度は熊型怪獣も真っ向から迎え撃つように牙を剥き出しにして爪を掲げる。


 お互いの攻撃が触発する。その直前、突然のあの猿モドキが奇声を上げた。


「何?」「気にするなっ」「ああ、だな」


 アルフアが先ずは熊型怪獣を優先する為に促した。三人の本気は多少気が削がれたからといって劣る事はない。だからこそ促した。しかし。


「あれ?ちょ、たんまっ!」


 愛の様子がおかしかった。今まで攻めの姿勢だったのが力を無くしたように横に退いたのだ。


 何をしてる。


 アルフアも始めこそそう思ったが今度は自身の番だった。法纏こそ解けなかったが、突然の脱力感に包まれたのだ。


「くっ」


 そのため放った一撃は難なく熊型怪獣の爪にいなされた。そして愛の攻撃が無くなった事で出来た余裕によりアウンの攻撃もすんでに近いが交わされる事となった。


「どおした、二人とも?」


 アウンが大声で問う。


 アルフアは剣を構え直したようだが自身の状態に訝かしんでいるようだった。愛に至っては剣を振り、あから様に首を捻って傾げていた。


「急激な脱力感に見舞われた…」

「あっ!私もそれっ!ってか、法纏解けちゃった…」


 アルフアの言葉に愛が人差し指で応えた。アウンは驚いたように二人を見るが当人達の方が状況についていけないかも知れない。


 不味いか、アウンがそう考えた時、


「もっ回っ!もっ回やろっ!」


 愛が剣を構え、力の気配を感じさせる。アルフアも「ああ」と首肯し同様に力を込める。


 アウンはニッと口の端を上げ拳を握りしめた。


「しゃっ、やるか」「私らの連携見せたろ」「よし」


 愛とアルフアが法纏を使用し牽制を含めつつ攻め始めた。そこへ隙を狙うようなアウンは一撃に渾身を込める。が、それを猿モドキが呼び出す有翼種に阻まれる。そうして愛とアルフアが迎撃に加わると猿モドキが奇声を上げる。するとやはり法纏こそ解けないが脱力感が二人を襲う。


 こうして約十分。完全には解けないとはいえ法纏を維持し続ける事は並の騎士でも難しく、慣れない愛の疲労は相当なものだった。


「チッ。退けっ、愛っ!このままではやられるぞっ」


 アルフアが愛に叫ぶ。愛も悔しそうに顔を歪める。「なんで…」溢れる言葉も敗北の気配(まけ)を予感してか弱々しくなっていた。


 愛は一度、怪獣てきと距離を置くためにアカサ達の近くに下がった。


「なんで法纏、解けんのっ!」


 疲労以上に自身に対する憤りに地団駄を踏む愛。眼前ではアルフアとアウンが一進一退、決定打にかけるように戦っていた。唇を噛み締めながら、


「なんで…」


 とまた溢した。


「愛…」

「アカサ…ごめん。私…役に…立てないかも…」


 アカサが声をかけるが愛は悔しさと歯痒さに顔を俯かせた。アカサもこんな時に何も言えない自身に拳を握りしめる事しか出来なかった。


 戦闘を行う者達の放つ音や声以外が掻き消される空間もりの中。そこへ柏手を打つ音が響いた。


「ティアント…さん?」

「愛さん。原因はあのお猿さんのような怪獣が原因だと思うのデス」

「…多分…だとは思ってる」


 アーシスが合掌した姿で愛に語りかける。愛は頷きながら猿モドキを見上げた。しかし、


「でもさ、アーシスさん。法纏が解かれるって事はさ、私の力が」「デスから」


 どうすればいいのかわからない、そう伝えようとする愛の言葉を遮ってアーシスは続け、


「法術ならば霧散されないのでは?」


  と提案した。それに「 「法術?」」とアカサと愛の言葉が重なった。


「なんでですか」


 呆然気味の愛より先にアカサが尋ねる。アーシスはコクりと首肯した。


「あのお猿さんの奇声。あれはおそらくは発音媒介式の法術デショウ。しかし上手く術に成っていないのデス」

「発音…媒介式?」

「その上手くいかずに放たれた力の波動が愛さんやアルフアさんが纏った法力を打ち消す役割を果たしていたのデショウ」

「あっ、発音ナンチャラの方の説明は無しなんだね…でもさ、それでなんで法術?」


 手段があるのなら何とかしたい、知りたい。そう急く気持ちがあるのか愛は続けて尋ねた。


「法術として解き放てば維持する力も必要としませんし疲労は軽減されるデショウ。何よりも見る限り愛さんの方が法力自体は上のようデスし、未完成な術に負けるわけがありマセンよ」


 と、柔らかくニコリとしてアーシスは答えた。


「…どっちにしろ、ごり押しの力押しってわけだ…」


 釈然としないように愛は呟いた。しかし、次の瞬間ニヒっと笑った。


「でも、だね。簡単なのが、解りやすいのが、いっち番いいっ!」


 そう言うや否や、先程の悔しさは何処へ吹き去ったのか晴れやかな顔で剣を構えた。狙うは猿モドキ。愛は法術を操る。


「アカサ、前に約束したよね。私の法術見せたげるってっ。今がそん時っ!見てて、格好いい愛ちゃんをさっ」

「う、うん」


 アカサが答え終わるとほぼ同時に愛が操る法力の気配が渦巻く(・・・)のを感じた。


 風…愛の法力に反応してるんだ…。


 アカサの目の前で愛は足元に竜巻を顕現させ空を舞うように猿モドキを目掛けて駆け上がろうとした。


「猿モドキぃ!覚悟しろよっ!」


 これが法術。


 アカサは愛の作り上げた竜巻を見て目を離せなくなっていた。だんだんと体を浮かせる愛は確かに法纏だけではなく、法術さえも使いこなしているようだった。


 法力を法術として外部へ放出する際、三つの手段と六つの属性がある。


「陣形媒介式」、「発音媒介式」、「法具媒介式」の三つの手段。そして「火」「水」「風」「地」「闇」「光」の六属性である。


 愛が使ったのは陣形媒介式もっともきその風属性の法術である。愛はここまでアルピジィガム(このせかい)に順応し、適応しているのか、 とアカサはまたしても驚かされた。自身など日常生活に必要な最低限の法力しか使えないのに、と歴然とした力の差に歯を食い縛るように俯きかけた。


 そこへ「アカサさん」と、アーシスが声をかけてきた。アーシスはアカサが応えるより早く続けた。


「アカサさんは目を反らしてはいけマセンよ。愛さんやアルフアさん、勿論アウンさんの戦う姿から。弱いからと己を責め、諦めるのでは無く、弱さを認め、出来ることをする…」


 アカサとアーシスの目が交わる。


「貴方はそれを一度見せてくれたではないデスか」

「ティアントさん…」


 アカサが名前を呼ぶとアーシスは微笑み返した。アカサは「…はい」と小さな声で大きく頷いた。そして、猿モドキを目指し空を舞う愛を見上げた…が。


「っ!」

「え?え?どうしたんですか、アカサさん。何故、言った側から目を反らすのデスかっ!愛さんも見ててとおっしゃってマシタよ?」


 アーシスが戸惑うようにアカサに問う。しかしアカサはそれに答える余裕も無いように下を向いている。その顔は真っ赤になっていた。


 はて…とアーシスが困ったように頬に片手をあてて愛を見上げると、愛は猿モドキが居座っていた枝まで無事にたどり着いたらしかった。ただ、それをいち早く察知した猿モドキは他の枝へと飛び移り難を逃れた様子で愛は次の行動に移りかけていた。と、そこまでの流れを眺めアーシスはアカサが顔を赤く染め俯いた理由を理解した。


「愛さんは気にしないと思いマスよ…スカートを覗かれても」

「僕が気にしますっ…あぁ、もうなんでスカートで森なんかに…」


 自身も服装については注意していなかったがアカサはそれだけ言うと今度はアルフアとアウンに目を移す事にした。このままでは愛の格好いい姿…ではなく、あまり見てはいけない角度からの姿しか見れないから…というのが理由の大部分にあったからだ。


 白い下着なんて見てないっ。僕は見てないっ。


 必死で頭を冷やすように振って熊型怪獣と交戦中の二人を見る。


 人数に変化はあったものの未だ善戦しているのは流石二人の実力だろう。今度こそアカサは自身に出来ることを、と見つめることにした。


 すると横から、


「では私も少しだけですが自分に出来ることをさせて頂きマショウ」


 と、アーシスの声がした。直後、トン…と錫杖つえを地に突き鳴らし始めた。数回続くとアカサにもはっきりと光の波紋が空間に広がっていくのがわかった。


「これは…」

「これが先程言っていた発音媒介式の一つデスよ。錫杖を通して法力を音にのせマス。音にのせた私の法力が皆さんに触れれば、私の補助系統法術を皆さんに届ける事が出来マス」

「そんな事がっ…」


 アーシスの説明を聞きアカサは信じられないように回りを見渡した。確かに今、この森のこの一帯からはアーシスの鳴らした音によって広がった法力を感じる。しかし、アカサは間接的そんな法術があるなんて知らなかった。


 いや、当たり前か。


 アカサは下唇を噛む。自身は法術の使い方(そんなこと)等、知識として習った事さえほんの僅かしかない…と。しかし、だ。


 アカサはだからこそ(・・・・・)前を向くんだ。戦う人の姿をこの目に焼き付けるんだ…そう自身を奮い立たせた。


 アーシスの鳴らす錫杖の音が森に響き、ある一定の空間をアーシスの法力が満たす。それからアーシスは意思を研ぎ澄まし補助系統法術を繰り出す。


「アカサさんにはこの間使わせてもらいマシタね」


 アカサに語りかけ、さらにもう一度強めに錫杖を鳴らす。響く音につられるようにアルフアとアウン、二人の動きに変化が訪れた。


「お、こりゃ」「これは…補助系統の…」


 一段と素早く、そして力強くなったのだ。アカサは息をのんだ。


「すごい…としか、言いようがありません」

聖騎士アルフアさんの言葉を借りるなら…疑似法纏、というところですかね」


 アーシスが言い終わる頃には一進一退だった戦況に終わりが見えてきた。


 アウンの拳が熊型怪獣を捉え、その巨体を浮かしたのだ。そこをアルフアが逃すはずもなく、大剣を振りかざし跳ねた。


「いくぞっ」

「だありゃぁぁぁぁぁぁっ!」


 高く木の上では愛の怒号に似た叫びが聞こえる。遂に猿モドキを追い詰めたらしかった。


 二つの戦いにようやく幕が閉じかけて…。





「だ、めぇぇぇぇぇぇぇぇっ」





 響く悲痛そうな少女の声と共に巻き起こる炎の衝撃に、全てが白く染まりいくようにアカサの視界から消えていった。





 ─────





 セーラとダーディを一人見送りつつもカンナは自身の心にざわめく胸騒ぎに落ち着かなかった。それはいつも二人が留守の間、入れ替わりでカンナの護衛としてやってくるダーディの部下である狼型怪獣が現れても治まる事がなかった。


 なんでだろう。何がこんなに…。


 自身に問いかけてもわからない。わからないけれど、確かに、何かを不安に思い、心がざわめき、落ち着かないのだ。


 普通の狼よりさらにごわつく長い毛皮を撫でながらカンナは空を眺めた。


 そして、ふと、気づく。


 自身の事ではなく…セーラとダーディの事ではないか、と。


 出掛け際のセーラの様子を思い出す。セーラはカンナよりも長い間この森で生きてきた。だから森の声を感じることが出来るらしい。付け加えるとこの森に住まう怪獣達の声さえも聞けるという。


 そのセーラが〃何か〃をダーディと共に感じていた。


 いつものようにはしゃぐ様子もなく。空を見上げ、森の気配を肌で、耳で、目で感じとっていたようだった。


 何を。


 普段から二人は何をしている。


「見廻り」と言っていた。


 何を。


 中型の熊型怪獣であり、この一帯の実力者としてのダーディが治める縄張りの範囲を。


 何で。


 縄張り内での争い事の抑止力とナリカケに対する暴走の対処の為である。


 しかし、ここ最近は回数が増えている。特にカンナがセーラに自身の知るうる言葉ちしきを教えてから。


 何で。


「最近は森が元気過ぎる」とセーラは言っていた。


 急激な森の成長はナリカケを引き起こしやすく内部もりの勢力図を掻き乱す輩が多くなる、とカンナはセーラを通しダーディから教わった。


 だから、見廻りの回数が増えたのだ。


 では、何で森の成長が著しいのか。


 カンナは考えてみた。…そんなのは簡単な事だった。


 理由それはカンナがこの森に居る理由と同じだからだ。自身が抑える事の出来ない法力の漏れ、それこそが原因だった。


 自分がここに置いていかれる前に大人たちは何と言っていた。自分をここに置いていった大人たちは何と言っていた。


「まだ、メモも出せない年齢としにしてこの溢れすぎる法力は危険だ。もしかすれば人の身でありながらナリカケになるかも知れない」


 そう言っていた。


「ナリカケにならずとも災厄は免れまい…。この力は法霊獣をも呼び起こすかも知れない」


 そう睨み付けられた。


 カンナは身震いした。もしかしたら 制御出来ない法力(そんなこと)の為に自身を受け入れてくれた一人と一匹に迷惑をかけているかもしれない。もしかしたら一人と一匹が守ってきた森の秩序を破る何かがおこったのかも知れない。


 カンナは狼型怪獣に連れていって欲しい懇願した。


「お願い、どうしても、追いかけたいの」


 カンナの護衛を言い渡されていた狼型怪獣は最初こそ渋っていたが、最終的に根負けし、首を捻って背中へカンナを促した。


「あり、がと」


 狼型であり熊型のダーディよりも早く、木々を縫うように疾風の如く駆け抜ける怪獣はカンナの気持ちを汲み取るように急いだ。カンナ自身は息を潜めながら(・・・・・・・)


 そうして辿り着いた先、カンナは目にした。


 カンナの大切な一人と一匹(ぞんざい)が知らない人間に攻撃されているのを。そしてまさに今、決定打が放たれようとしているのを。


 予感は当たった。それも悪い方の。では、大切な存在を守るために自身に出来ることはなんだ。


 そんなこと、決まっている。


 だから、まだ完全に操ることの出来ない法力をにありったけ込めて叫んだ。


 この力が二人を守るように、と思いを込めて。災いと呼ばれた忌々しいこの力が二人の役に立つように、と願いを込めて。


 ありったけの声で。


 叫んだ。




「だ、めぇぇぇぇぇぇぇぇっ…!」






 それは炎の法術(かたち)となって敵対者に放たれた。

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