第14話
愛とアルフアが王都より戻ってくる当日、アカサは昼頃を目安に辿り着くようにと、駅のあるノースベルホへ向かい歩いた。
この日は曇天が広がり雨の可能性も心配だった。なので約二時間かかる距離を町馬車を使わずにすまそうという思惑と混じり自然とアカサの足は早まった。
早足で来たとはいえアカサの体力的に予定通り、昼を過ぎた頃に駅へと辿り着いた。二日前に見た建造物はやはり村にはない雄々しさで建っており、まだ二度目であるアカサの目には珍しさも重なって形以上に大きく思えた。
「早いとこ入ろうぜ」
「その方が良いデスネ。雨が振りだす前に動きたいデスから」
「…………」
そんな漠然とした感動に囚われたように駅を見上げて立ち尽くすアカサに、アウンとアーシスが急かすように声をかけた。
沈黙のまま、アカサの視線がゆっくりと二人に移行する。二人はその視線を受けても何を気にするていもなくアカサを置き、入口まで先行してからアカサの方を振り返った。
「…………」
「おぉい、兄ちゃん。早くしろって!妹さん達がもう待ってるかもしんねぇだろ?」
「お待たせするのは申し訳ないデスよ。とにかく中に入りマショウ」
そして尚も微動だにしないアカサにもう一度声をかける。
アカサは深呼吸とも溜め息ともとれる風に息を吐き、重そうに足を進めた。一歩、二歩と二人に近付く。そこで、
「あの…」
小さく声を出す。
「ん、なんだ」
「どうしマシタ?」
二人はアカサを迎え入れるように間を開けて向き直した。アカサは普通に聞き返してくる二人に眉を寄せた。
「本気で二人とも僕の妹達に会うつもりですか?」
アカサは最終確認のつもりで問いかける。
「あったり前だろ?その為にわざわざここまで来たのによ」
わざわざ頼んだ覚えは、残念な事にアカサにはなかった。
「アカサさんにはお世話になりマシタしね。時間もありマスし、ご挨拶だけでもしたいと思いマス」
大した事はしてないから、とアカサは何度言っただろうか。
そもそもこのやり取り自体がこの駅に着くまでに数回繰り返されてきた。
遡ること数時間前。
当初、アウンが朝のうちに民間総合に行くと言っていたのでアカサは後学の為に着いて行くことを決めた。アーシスも特別行き先を決めていないとのことで同行する運びになった。
「ほんじゃ、見てくるか」
メインベルホ、民間総合の施設を前にアウンは鼻唄が聞こえそうなほど気軽に呟き、施設に入って直ぐの受付へは行かず横隣の部屋へと出向いた。
この間アカサは入って直ぐに受付の方へ行ってしまった事と、不慣れな事とで気が付かなかったがそこには依頼内容が張り出された掲示板が壁三面を隠すように立てられていた。掲示板の手前には書類と思われる冊子が置かれた長机も各々に設置されていた。
「ここは?」
「ここか?ここは見ての通り一般依頼を紹介、仲介してるとこだぜ」
アカサが初めて入った場所に疑問を口にすると壁を眺めながらアウンが答えてくれた。「へぇ」とアカサは呟き、自身もアウンに倣って壁を眺めた。
確かにいろいろあるな。アカサは端から依頼内容を覗いた。そこには張りだし期間、依頼料、依頼内容、受託条件、依頼主の最低限の情報等が書き込まれている薄い板のようなものが掛かっていた。
「このクライタを持って受付に行けばよ、依頼が受けられるぜ」
アウンが説明してくれる。アカサは聞きなれない言葉に「くらいた?」と呟き、依頼が書き込まれている板を一枚手に取ってみた。
「ああ、依頼情報端末って言ってな、みんなクライタって呼んでんだ」
「クライアントタブレット…」
アカサはアウンの言葉を繰り返した。そして手に持ったクライアントタブレットを返したあと、別のクライアントタブレットを眺めながら歩いた。
「どうデスカ、アカサさん。よい依頼はありマシタか?」
物珍しそうに眺めるアカサを眺めていたアーシスが微笑み尋ねてきた。
アカサは「いやぁ…」と後頭部をかき、
「良い、悪い以上に色んな依頼があるんだな、と思ってですね」
そう言ってまた一枚を手に取ってアーシスに見せる。
「例えばこれ」
アーシスに見せたクライアントタブレットには「家の猫を探してください」と子供の文字で依頼内容が書き込まれていた。その文面に思わずアカサとアーシスは二人揃って顔を綻ばせた。
「それ以外にも」
そう言って手に持っていたクライアントタブレットを返し、また別のを手に取った。
「移動商工隊の期間付き警護や海辺にあるリナト村の海域の縄張り調査とかけっこう危なさそうなのもあるんですね」
内容をみればその危険度が一目瞭然だった。
「戦闘職者向けデスネ。あ、これなどは導師向け、と言えマスね」
アーシスもクライアントタブレットを一つ手に取ってアカサに見せた。
「えーと。あ、本当ですね」
内容は治療薬を作れる者、治療可能な者となっていた。
「私もせっかくなので目を通しておきマショウかね。滞在中に必要になるかもしれまセンし」
では、とアーシスはアカサに一言断り静かに眺め始めた。アカサも手に持っていたクライアントタブレットを返し、改めて眺め歩いた。
「っかしいなぁ」
ぼつぼつ壁沿いに見ながら歩いていると一人離れたいたアウンの元に近づいていたらしかった。アウンの呟きが聞こえ、アカサは声をかけた。
「どうしました、コーキュさん」
「あ、ああ…兄ちゃん。いやな、あのアタシが探していたクライタがなくってよ」
腕を組み、壁を見つめるアウン。アカサもその視線の先の壁、クライアントタブレットがかかる掲示板を一緒に見た。
「確かに林業補助…でしたっけ?ありませんね」
「だろ?」
アカサの言葉にアウンは同意を示し、ううんと少し唸る。「ってことは」と髪をかきあげると、
「直接、受付か…」
と渋い顔をして声を漏らした。
「直接は不味いんですか?」
「いや、不味ってわけじゃねぇんだけどよ。基本的に依頼契約ってのは早いもん勝ちだからな…」
「はぁ」
「直接ってのはだいたい予約っつうか、事前契約になるんだよ」
アウンはぽりぽりと頭をかいて軽く舌打ちをした。アカサの耳に面倒なんだよな、と聞こえた。
「結局どういう事なんですか?」
「ああ、つまりな。今日受付すませてよ、実際にはやるときに呼ばれる…みたいなさ」
「当日は出来ない…ってことですか?」
「そういう事になるかもなぁ」
っつうわけで受付いってみるわ、とアウンは片手を挙げてこの部屋を出て受付の窓口へと向かった。なんとなくアカサも覗き込むように受付を見ると、あの日、アカサのギルド申請を担当した眼鏡の男がいた。アウンはその眼鏡の男に話を聞き、一番奥の受付で話を始めたようだった。
アウンから何の気なしに眼鏡の男の方に視線を戻すと、向こうで男の方から軽く会釈された。アカサは慌てたように挨拶を返し、チラリと真剣そうに掲示板を眺めているアーシスを一度確認してから眼鏡の男に近寄った。
「この間はありがとうございました」
「いえ、仕事ですので。…ところで今日はこちらには仕事を探しに?」
「あ、いえ。後学の為に…です」
「それはそれは。民間総合の施設も使いこなせればきっと貴方の役に立つと思いますよ」
眼鏡の男は受付の向こうでアカサに顔を向けながら書類を両手で持ち、合わせて揃えながら言った。続いて片付けたかと思えば今度は座席の足元の引き出しから別の用紙を取り出した。
「…やっぱり忙しいですか?」
またカリカリと机に向かい始めた眼鏡の男にアカサは尋ねる。男は一度手を止めて眼鏡をぐい、と人指し指であげ、「そうですね」と少し思案するように顎に手を当てた。
「ここ最近は落ち着いてきましたね。先週まではこの一般も使って特別受付をしていましたし、それに比べれば」
そう言って、今アウンが話を聞いている受付の方を見る。つられてアカサも見る。いつの間にかアウンの後ろに二人、旅姿と思われる男達が並んでいた。
「今日は今のところあの方達だけですし。一般はいつも通りに戻りましたよ」
書類をアカサに見せてフッと表情を和らげた。
「書類仕事が多いんですか?」
「ええ。元々、資料管理が専門ですので暇なときはこうやって片付けてるんです」
「ああ、言ってましたね。…あ」
「どうしました?」
アカサの声に眼鏡の男が尋ねた。
「資料とかって見れたりするんですか?」
この間、戻るのを諦めた日の事を思いだしアカサは男に聞いた。眼鏡の男は「ああ」と頷き肯定した。
「出来ますよ。情報を含め必要な資料は受付を通していただければ貸し出しも可能です」
「そうなんですね!」
「……ただし、有料のものがほとんどですが…」
「……そうなんですね」
アカサがあからさまに声の調子が落ちる。それを見た眼鏡の男はクスクス笑った。
「あ、すいません」
アカサの視線に気がついた男は笑顔のまま謝罪した。アカサはいいですよ、と最近笑われる事の多い自身に苦笑した。
「謝りついで…というわけではないですが…」
今度は男の方が声の調子を落として辺りを見渡しアカサに寄るように指示した。アカサは男に指示されたように顔を近づける。
「もし私が管理している資料でよければ値段は抑えさせてもらいますよ」
「え!いいんですか!」
アカサは声を出した。そこまで大きな声ではなかった為に後ろや隣にに控えていたグレギル職員は大して気にした様子もなかったが眼鏡の男は「静かに」とたしなめた。
「すいません…でも、それって」
「まぁ、あまりいいことではありませんが…」
男は一度そこで言葉を区切った。そして和らげていた表情に少し意地悪小僧のような笑みをのせ、
「初めて私が受け持ったギルドですしね、それくらいは構わないかと」
と囁いた。
アカサは男の言葉に体を震わせた。
「ありがとうございます!」
「お礼は早いですよ。私が管理していない資料、若しくは通さないものについてはきっちりといただきますので」
「はい、もちろんです」
アカサの謝意をコクりと首を縦に振ることで応え、男は書類にまた目を落とし最後に、
「これも何かの縁でしょう」
仕事をこなしながらアカサにそう付け加えた。アカサは「そうですね…」と呟いてから、思わず声を漏らして笑ってしまった。笑われた事を不審に思ったのか眼鏡の男が視線だけでアカサの様子を伺っている。アカサもそれに気づき、「あー、えーとですね」と濁しながら話しだした。
「昨日からその言葉をよく聞くなぁ、と思って」
「そうなんですか」
眼鏡の男は理由を聞いてどう考えたのか軽く頷いただけで後はまた書類に目を戻した。それから、
「だとしたら貴方は縁を結びつける才能があるのかも知れませんよ」
と呟いた。アカサは言われた言葉の意味を考えて「縁…ですか?」と返した。男はアカサの言葉に静かに首肯して書き上げたらしい書類を冊子に挟み閉まった。
「ギルド…という一つの多目的な団体を纏めあげていくうえで欠かせないものだと思うんですよ」
「…いや、僕にはそんな大したものは…」
「ですが貴方に関わろう、関わっても構わない。そういってくれる人がいるのでしょう?」
「まぁ、いや、でも皆さんがいい人で…………」
「……私も含めて……ですか?」
眼鏡の男が姿勢をただし、アカサに向き直る。アカサは「はい」と照れ臭そうにはにかんだ。男はその表情を見て、
「まぁ、何はともあれ、貴方がどう思おうとも、私がそう思っただけですので」
と、ふと時計を見た。そして「すいません、そろそろ交代の時間なので…」 と立ち上がった。
「ああ、はい。あの、仕事中にいろいろとお話ありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ。言ったでしょ?今日はいつも通り……」
眼鏡の男はキョロキョロと辺りを見て声を潜め、暇なんですよと微笑んだ。アカサも目を細め歯を見せた。
立ち去り際、隣の同僚に声をかけてから、
「出来たら貴方が得た縁を大切にしてください」
なぜなら解散の理由の大半が志の違い…つまり目的の相違ですから、と小さな声で呟いて会釈と共に中へ下がって行った。
「お話は終わりマシタか、アカサさん?」
「あ、アーシスさん。すいません、待たせました?」
眼鏡の男を見送るアカサの後ろからアーシスが声をかけてきた。アカサはいつぐらいからアーシスが立っていたのかわからず反射的に謝った。
「イイエ、全然待っていないデスよ。それよりもあの方はアカサさんのお知り合いですか?」
「はい。この間ここにギルド申請しに来たときにお世話になったんです」
「アカサさん、ギルドを作ったんデスカ?」
アーシスはアカサの謝罪に軽く笑みで返し、気にした様子もなく話を続けた。そして驚いたように瞼を動かした。
「よお、兄ちゃん、アーシス、待たせて悪ぃ」
そこへ奥の受付から戻ってきたアウンが加わった。
「コーキュさん、どうでした?」
「ああー、やっぱ明日だってよ。受けるんなら明日、午前の部か午後の部のどちらかに参加証を取りに来いってさ」
「なら今日はお暇になったんデスか?」
「ん、まぁ、そうなるか」
アウンの言葉を受け、アーシスは問う。よく意味のわからないアウンは曖昧に頷いた。アーシスは嬉しそうに「では」と提案した。
「アカサさんの妹さん達を迎えに行きましょう」
アーシスの発言後、「別にアタシは構わないぜ」とアウンが了承し、アカサが眼鏡の男の「縁を大切に」との言葉と元来の優柔不断な性格による事もあり、あれよあれよという間に時は現在へと戻される。
「おーい」
足の遅いアカサに痺れを切らしたのかアウンが声を大きめに呼び掛ける。アーシスは隣で優しく見守るように待ってくれている。
アカサは内心の溜め息を表に出さぬよう気を付けながら足を早めた。
「アっカサ!お久っ!ってか、ただいまぁ!」
アカサ達が駅に入り中央広間から改札口に抜ける通路を歩いていると向こうから聞きなれた声が響いた。通路は室内ということもありよく通り、必要以上に聞こえ、周りの人々の視線を集めた。しかし駅という場所柄再開を確かめ会う声は珍しくないのか、その視線はすぐに消失霧散していった。そしてアカサは愛の姿を捉えた。
「おかえり」
「うん。帰ったよ…」
愛は…ちゃんとここにね、とアカサにしか聞こえそうにない声で付け加えてニヒ、と笑った。
「いやさ、しっかし王都、チョー凄かったよ」
「ちょぉ?」
「うん。チョー!なぁんかもお、一つの国みたいにいろんな場所があってさ、私達が行ったんは城下区ってとこだったんだけどさ!」
「待ってよ、愛。いっぺんに言われてもここじゃ聞ききれないよ」
「あ、だね。ごめんごめん…ちょい興奮し過ぎた」
あはは、と後頭部を撫でて愛は落ち着くためか深呼吸をした。アカサは愛が落ち着こうとするのを確認してアルフアの姿を探した。予定通りなら一緒にいるはずだったから。
居た。
アルフアはアカサや愛から距離を置いた所に俯き加減で立ち尽くしていた。その両拳は握りしめられ、僅かに震えていた。
あれ…………おかしいな。
アカサはアルフアの姿から既視感に襲われた。昨日の風呂場のことといい、思い当たる節があるような、無いような、アカサは思考した。そして、解答を導き出す前にアルフアがツカツカ早足で近づいた。
「ににに兄様、そそそその…った。何をする!」
いいどもるアルフアの後頭部を愛が軽く叩いた。アルフアは直ぐに正気に戻り愛を睨み付けている。愛はそれを面倒臭そうに受け流し、
「あんたさ、私の時もそうだったけどさ、一々それをするわけ?ちょ、うざいんですけど」
とアルフアに言い放った。
「だからと言って頭を叩くな、馬鹿。騎士鎧を纏っている限りは威厳というものが聖騎士にはあってだな」
「あんた、一回自分の行動を省みてみ?悶えるよ?…まぁ、それは置いておこう」
「……悶えるわけあるか。私は何一つ恥足る行為はしていない…お前との会話以外はな。しかし、確かにな。こんなやり取り、意味が無い」
一頻り気がすんだのか二人は並んでアカサを見た。いや、正確にはその後ろ、アカサの背後に視線を送る。
「それで、兄様。伺い知りたい事があります」
「一体全体、その美人さん達は誰達さ?」
「お?掛け合いは終了かい?息が合いすぎて入れなかったぜ」
「本当に仲が良いのデスネ」
挟み撃ちのような言葉に紹介の機会を見つけられずにいたアカサは苦笑いを返した。
「そっか、アウンさん、そんな事があったんだ。大変だったんだね」
「おう、まぁな。兄ちゃんやアーシスには世話になったぜ」
「イイエ、私は遅れながら力になっただけデスヨ。あの時、アカサさんが駆け出さなければこの出会いは無かったデショウ」
「流石兄様…しかし今、人が流れ過ぎるているのも問題がある、というわけか」
黙って女性陣の話に対して聞き手に回っているアカサを含める五人は、駅内に設けられた給湯待ち合い空間の一角である円卓を囲うように座っていた。
喫茶用の売店もあり、各々が飲み物を円卓の上の自前に置き話を続ける。簡単な自己の紹介と事の成り行きは最初の方で手早く済んだ後だったので自然と女性陣の会話は昨日のベルホーミの件をもって一次終了の兆しを見せた。
会話中、アカサはほとんど自身からの発言は控え、相槌や返答するに留まったが一種の安心を抱いていた。それは愛とアルフアが出会った時のように少しばかり事が起こるのではないか、という不安要素があったからだ。
流石にそう何度もはないよね。
既視感が二度続いたせいか心配していたが杞憂に終わったようでアカサは安堵して話に聞き入った。
「そだ、アカサ!」
突然に愛がアカサに話を振ってくる。アカサは「どうしたの」と穏やかに返した。
「ギルドは?うまくいったの?」
「ギルド…ああ、うん。大丈夫。申請出来たよ。作れたよ、僕たちのギルド」
愛の問いにアカサは答えた。愛は満足そうに頷いた。
「そっか、出来たんだね。私らのギルド」
頬を両手で挟み嬉しそうに呟いた。アルフアも軽く首肯してからアカサに尋ねた。
「それで名義は何とされたのですか?」
「私もソレが気になってマシタ」
「アタシも興味あるな。何てぇんだい、兄ちゃん」
自然と全員の視線が集まってくる。アウンやアーシスはともかく、愛は期待に溢れた輝きを瞳に宿していた。
……どうしよう、緊張してきた。
アカサは多分大丈夫だろう、と思っていたがそれでも心臓の脈打つ音が体に響いた。
「兄ちゃん?」
「兄様?」
僅かな躊躇いが間を生んだようでアウンとアルフアが声をかける。急かすわけでもない二人の声は優しくアカサに届いた。そして、
「ブ……ブレイブ・ベル」
アカサは伝える事が出来た。ちらり、とアカサはゆっくり四人を見る。視線を交わしても四人は直ぐには何も言わず賑やかな空間の中にあって静けさが漂う。
「変…だった?」
アカサは四人におそるおそる問いかける。最初に口を開いたのは、
「ううん!そんな事ないっ!いい、スッゴクいい!私ゃ気に入ったよ、勇気の鈴…ブレイブ・ベル!!」
愛だった。興奮したように足をばたつかせ握り拳は円卓をとんとん叩く。破顔した口元は「くぅぅ」と嬉しさを噛み締めているようだった。
「ね、いいよねアルフア!」
「ああ。兄様、とても馴染む…良い名だと思います」
愛に促されながらアルフアも首肯し、アカサに視線を合わせ微笑んだ。アカサも照れながらも笑顔を返した。
「しっかし兄ちゃんよ」
アウンに呼ばれアカサは振り向く。アウンは面白そうに頬杖をつきニヤっと歯を見せ口角を引き上げている。
「悪かないと思うがよ、名前負けだけはすんなよ」
「そう…ですね」
アウンの言葉にアカサは頷く。アカサの態度にアウンは「だからと言って気にすんなよ」と目を細め続けた。近くに座っていれば昨日のアウンを知っているアカサは背中を叩かれただろうな、と思った。
「勇気の鈴…何か意味があるのデスカ?」
ふと、アーシスがアカサに尋ねた。
「意味…ってほどじゃないんですけどね」
「何さ」「何ですか」「なんだ?」
「愛が言ってた言葉…〃勇気の鈴が鳴り響く時、そこに涙は似合わない〃…ってやつ。あれからとったんだ」
今度は愛に視線が集まった。愛はキョトンとした顔になったが直ぐにあはは、と声を出した。
「アカサ、違うよ。いろいろ混じってる」
「え?嘘…間違ってた?」
「うん。……でもね、でも私さ、ソレ、いいと思うよ。かっくいい!」
「私も好きですよ、兄様。どこか暖かく…力を貰える言葉です」
愛とアルフアの言葉にアカサは喜びを感じた。それをアウンは面白そうに眺めており、
「なおさら二人の期待に応えなきゃな、兄ちゃん」
と片目を閉じて楽しそうに呟いた。アーシスはニコニコと話を聞いていた。
「……でさ、あのさ。これから頑張ろうって時になんだけどさ…」
愛が先程とはうって代わって声の調子を落とし、アルフアと目配せしつつ話し始める。
「実はさ、ギルドを作るってことでさ、一個だけ課題っての?問題をもらっちゃった…」
「問題?」
アカサはおうむ返しに聞いた。愛は頷くが黙って顎でアルフアを差す。アルフアはアカサが向くのを確認すると「ええ」と呟き首肯した。
「ある人からギルドを作るならこの依頼をこなしてみせろ、と預かり受けたものが」
そう言ってアルフアが外套の内側からクライアントタブレットと一通の手紙をアカサに差し出し「あるのです」と締め括った。
「ある人?」
アカサは受け取って差出人とクライアントタブレットの依頼人の名前が同一人物だということに気付いた。
「アン…姉…さんから?」
眉間に眉を寄せその名を呟く。愛とアルフアを見ると、詳しくは手紙を読め、とでも言いたげに何も言わずにアカサを見つめ返している。アカサは困ったようにクライアントタブレットに視線を落とした。
「私は直で会ってないから知んないけど…なかなか恐い人らしいじゃん?」
嫌そうにタブレットを見るアカサに愛が言う。んんん、と何とも言えない顔でアカサは愛に返す。
「恐い…って言うのは正しくないよ。ただ…自分にも身内にも…厳しいって感じかな」
「おじさんも姉上には頭が上がらないと嘆き、おばさんに笑われてました」
アカサに続くようにアルフアが付け加えた。ああ、と愛は軽く相槌をうって「なぁんか想像出来るわ」と呟いた。
「それでアカサさんはアンネイサン…デスカ?その方の依頼を受けるのデスカ?」
考えあぐねている様子のアカサ、苦虫を噛むようなアルフア、想像を膨らましている愛。そんな三人に一石を投じるようにアーシスが問いかけた。
「う…ん。アン姉さんが試験として依頼を出したなら…受けなきゃいけないですね…」
やはり困ったように「うちの家訓ですから」と笑った。アカサの返答にアーシスは納得したように首肯した。
「ならばアカサさん。頑張らなくてはなりまマセンね」
「はい。じゃ、早速宿に帰って…」
内容を確かめ…と、アカサの声がだんだんと小さくなる。そして、バッと立ち上がる。その勢いに四人が驚くようにアカサを見た。
「どした、アカサ」「兄様?」「便所か?」「どうしマシタ?」
四人の問いかけに答えずアカサはこの空間に設置された時計を探す。火連車の発着時刻を知るために見易い位置にあるのを見つけた。針は三時を回ったところだった。
「帰ろう、皆。早く立ってっ!」
「んん?」「わ、わかりました」「お、おう」「では、飲み干しマスね」
慌てたアカサに急かされるように立ち上がり、四人は駅を出ることになった。
駅の出入口、外はあいにく曇天から雨天になっており、道行く人々は雨具である雨装外套を羽織り歩いていた。
「あ、あれ知ってる。王都に売ってたのをアルフアに聞いたんだ」
愛が雨装外套の事をアカサに話しかける。愛の世界では〃傘〃と呼ばれる手持ち式の雨具が一般的であり、着込む型式の物は普段使わないらしい、とアカサの隣で説明してくれている。そして、その説明が雨装外套の利便性に差し掛かってきた時アカサは一点を見つめ声をあげた。
「皆、町馬車が来たよ!あれに乗ろうっ!」
言い終わるや否やアカサは雨を気にせず駆け出した。確かに雨事態はたいした量ではないけれど…四人は流石に訝しみながら後に続いた。
馬車の中、雨の為に人が多いかと思われたが実際には外出を控えている為か少なく、五人はある程度纏まって座れた。そして、少し落ち着きを取り戻したアカサにアルフアが尋ねた。
「どうされたのですか、兄様」
「そぉだよ。せぇっかく、私が得た知識を披露したかったのに…」
アルフアの隣では説明半ばで終わらされた愛が頬を膨らませている。アーシスとアウンは愛の言葉に雨装外套の知識くらいで、と顔を合わせていたがそれ以上は不思議がる事もなくアカサの返答を待った。
アカサは駆け足で荒くなった息を整え四人を見る。四人は息が乱れた様子もなくアカサを見ていた。
「だ、だって…早くサウスベルホに戻らなきゃ…アウンさんとアーシスさんが」
「ん、アタシらかい?」「何でショウ」
アカサに振られ首を傾げる二人。構わずにアカサは続ける。
「宿…とらなきゃ。また、とれなくなるかも知れないから」
と、理由を述べた。アカサの行動の意味がようやく四人に伝わった。が、反応はいまいちだった。
「なぁんだ、んなことか」「焦りすぎデスヨ、アカサさん」
「いや、でも」
「アカサは心配性だね、まだ陽は高いよ…晴れてれば」「馬鹿、そこを含め兄様の良いところだ」
「……」
アカサはとにかく、サウスベルホに着いたら急いで案内所に行こう…例え自分一人でも、と心に決めた。
こうしてアカサ達を乗せた町馬車は雨の街道をサウスベルホへと駆け抜けた。
広場の時計を見て午後四時前だという事を確認した。人込みは流石に少なく、心持ち即売所も減っている気がした。
急ぐアカサにとってはこれは打ってつけでここ最近通いなれた案内所までの道のりが楽だった。
「すいません」
案内所にはいつものおじさんが鎮座していた。アカサは良かった、と思った。まだ片付けていないという事は空いている宿がある、という事だったからだ。
「おじさん、昨日の件なんだけど!空いている宿…」「ああ、お兄さん。申し訳ない、今日はとっくに埋まってるんです」「…はない…えっ!」
アカサの言葉が終わらないうちにおじさんは答えた。
「だってまだ四時前…」
「今日は雨でしょう?皆さん、早めに宿をとられたようです」
「ええっ!だって昨日は埋まったら帰って…」
「いえね、私、雨が好きでしてね。癒されません?」
案内所のおじさんは破願してアカサに尋ねた。…時と場合ですかね、とアカサは律儀に返し項垂れた。
おじさんに会釈しその場を離れ、歩いている愛達と合流した。雨装外套を羽織らないアカサは雨にさらされびしょびしょだった。そんなアカサに愛とアルフアが自身の雨装外套の端を持ち上げ雨から守るように側に寄せた。
アカサは顔をあげ、
「…今日も…無理でした」
結果を四人に伝えた。 肩を落とし項垂れて、水が滴るアカサは相当に気落ちしてるように見えた。実際にその通りなのだろう。愛とアルフアにはアカサの小さな溜め息が聞こえた。
「兄様…すみません。私も雨の事を想定していませんでした」
アカサに気を使ってか、それとも案内所のおじさんとの会話が聞こえていたのかアルフアが声をかける。アカサは首を振る。
「いや…考えてみれば朝のうちに探しておけば良かったんだよ…」
「兄様…」
アカサの声の調子に合わせるかのようにアルフアの声も小さくなる。しかし気落ちした負の気配が漂う中、愛の元気な声がそれを払拭するかのように四人の耳に届いた。
「アウンさんとアーシスさん。今日も私達の宿に泊まりなよ。いいっしょ、アカサ」
なんの気負いもない愛の提案。アウンとアーシスは互いに顔を見合わせながら頷いた。
「そりゃ、アタシらは兄ちゃん達さえ良けりゃぁよ…なぁ、アーシス」
「ハイ。しかし二日もたて続きにお世話になっては…」
アーシスがどうしたものかと思案顔を浮かべると、アカサは顔をあげて二人を見た。
「そんな、全然。むしろ…すいません。二人が良ければ…」
やはりだんだんと萎れていくアカサ。言葉の最後には俯き二人を見れなくなっていた。
「ったっ!」
そこに言葉よりも先にアカサに届いたものがあった。背中への衝撃だった。声は痛さよりも驚きにたいして響いた。
誰が。
いや、アカサにはわかっていた。この二日間で随分と慣れてきたから。愛とアルフアも顔を向けている。急な事で流石の二人も少々呆然気味のようだった。そこでアカサは名前を呼んだ。
「何するんですか、アウンさん」
アウンは口の端をあげ、歯を見せるようにニヒッと笑っていた。
「よろしく頼まぁ、兄ちゃん」
「お世話になりマスね、アカサさん」
続くようにアーシスも言葉を繋げ、頭を下げた。暫くは雨の音だけが聞こえたが、
「…こちらこそ。これも何かの縁でしょう」
そんな二人にアカサもようやく笑った。
その後「だな」「デスネ」と三人して笑い始めると愛とアルフアは歩きがてらその理由を聞くことにした。
「ほら、アカサ…ずぶ濡れなんだからさっさと宿、行こう」
「そうだな。そして、改めて昨日の話を聞かねば…」
こうして五人は宿へ向かった。
宿の受付は事情を話すと昨日と同じく問題無く了解を得る事が出来た。そしてずぶ濡れであるアカサは荷物を置いてくると言って部屋へ一旦向かった女性陣を置いて一人で先に浴場に行くことになった。すると、久しぶりに風呂をゆっくりと満喫する事が出来た。
浴場から上がる前、
「おわ、見てみアルフア!この二人…最終兵器を二つも持ってる…」「最終?何を馬鹿な……な、なんだと!!」「どうしたんデスか、二人とも?」「あっはっはっ!恐れ入ったか」
と聞いたことがある声が四つほど聞こえた気がするが、もうここに用事は無かったのでアカサは部屋に戻る事にする。
階段を上がり始めた頃、アカサの頭にはクライアントタブレットと手紙、そしてその二つの差出人の事で 一杯になっていたのだった。
─────
木々が茂る大森林の奥。普段ならこの場所は陽や月の明かりが差し込んでくる場所だった。しかし今日は生憎の空模様。月どころか星さえ見えず、辺りは雨音と闇に包まれていた。
「…………待ってて、今、火をつけるから」
闇の中、カンナの声が聞こえた。そして続くように「ふっ」と息を吐く気配がした。すると今まで包まれていた闇をかき消すように小さな炎が生まれ、それはだんだんと大きくなっていった。
最初にカンナ、次にセーラ、最後に巨体の怪獣の姿を見いだす程に大きくなった炎は三つの影を照らしながらそのまま留まった。そしてわかるのはそこが木の根元に作られた巨大な洞窟だったという事。
「やっぱりカンナちゃんのほーじゅつ、すっごぉい!」
「…………ありがとう、セーラ」
純粋に自身を誉め称えてくれるセーラにカンナは不器用ながら微笑んだ。セーラもそれにニコォ、と嬉しそうに返してから今度は頬を膨らませた。
「あ~あ、でも雨って嫌!」
「…………そう?私は雨も、嫌いじゃないよ」
「えぇ!だってさぁ、雨だったらあんまり洞窟から出れないもん」
「…………じゃあ、また、お勉強…する?」
カンナの言葉にセーラは口よりも先に眉が寄り、口が一文字に結ばれた。カンナは困ったように、
「…………勉強は、嫌い?」
そう尋ねると、コクンと首を縦に振った。ますます困った顔をするカンナ。それに「でも…」とセーラは呟き、
「カンナちゃんとお喋りするのは好きぃっ!」
そう言ってカンナに抱きついた。カンナはセーラの温もりを確かめるように自身も抱き締め返し、
「………私も、セーラとお話するの、好き」
そうセーラに囁いた。
セーラは満足そうにカンナに頬を寄せて目を細めた。
そして巨体な怪獣はその光景を穏やかな視線で慈しむように眺めているのだった。




