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ブレベたん~ブレイブ・ベルの小さな冒険譚~  作者: 高岡やなせ
第一章 「ギルド」後編~林応都市ベルホーミ・ターズ大森林~
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第13話

 宿の件についてアカサは自身にも多大に非がある事もあり、結局アウンとアーシス両名を案内する事となった。そして、そうなってくると昨日の宿の食堂及び町中の食事処の事を思いだし、宿に行く前に夜の食事を済ませた方が良いと提案した。


「ではでは早速参りまショウ」


 昼間と同じくアーシスが一番楽しそうに広場を見渡した。


 広場は時間帯によって姿を変える。


 朝、まだ日の光が薄く靄さえかかるような時間帯は声を静かにそれでも表情明るく営む者達で溢れる。売られる品は殆どが付近の村から運ばれた新鮮な野菜や果物、獣肉や魚介だったりする。買い手も普通の町民もいるが新鮮な食材目当ての調理技術者が多くなるのもそのためだろう。


 昼前、一回目の変化が訪れる。食材を売り切り、場所が空き始めた頃に段々と店舗を持たない者達の即売所でみせが犇めき始める。売り物の品種は午前の比ではない。食材を始め材料になり得るもの、装飾、服飾、雑貨など生活品、さらには技術者達による調理や加工、鍛冶や製造の技術提供に至るまで様々だ。これを目当てに沢山の人々で広場が埋め尽くされていく。


 そして、日が暮れる。


 陽の傾きと共に昼間賑わっていた広場の即売所でみせはその姿をゆっくりと潜めていく。入れ代わるように姿を見せるのが酒系統アルコールやそのつまみとなる食べ物を多く揃える即売所でみせだ。明るかった時間と違い暗がりの広場を照らす照明は各即売所(でみせ)の蝋燭、提灯などであり朧気な光は幻想的でさえあった。


 そうして迎えた夜の入口。点り始めた小さな明かりは目を楽しませ、昼とは一風違う料理の芳しい香りは鼻を喜ばせた。


 三人は何を食べようかと話しながらぶらついて、その場の雰囲気を込みで味わった。


「にしてもよ、アーシスは本当によく食べるな」


 現在進行形で口を動かすアーシスを横目にアウンは染々と呟いた。当の本人としては「そうデスカ?」と軽く微笑み返しをし、手に持った魚介類の串焼きを堪能していた。


「いや、いんだけどさ…その串で何本目だ?」

「よく食べるのは健康的だと思いますよ…で、そう言うコーキュさんは何杯呑みました?」

「今日は沢山歩きマシタ。だから尚更かも知れマセンね」


 アカサに舌をペロリと出したアウンの隣で、ご馳走さまデスと串を近くの屑入れに入れ、アーシスはまた辺りを見回した。


「まだなんか食べんのか?」


 後ろに手を組み、アウンが問う。アーシスはアウンに向き直り首を振った。「食べようと思えば食べれマスが…」と発言しアカサとアウンを驚かせながら切りだし、


「綺麗デスよね、この夜の即売所でみせの明かり…」


 とうっとりと魅了されたように呟いた。つられるようにアカサとアウンもアーシスの視線の先、視界に広がる広場を見た。


 確かに綺麗だ。アカサも思った。


 アカサもこんな時間帯にこの広場ばしょに居ることは珍しくいままでなかった。訪れたとしても昼に用事を済ませ、夕方までには村に帰るからだ。


 だからだろうか。隣畑のおじさんでもおばさんでもなく、愛やアルフアでもない。今日という日に初めて出会ったこの組み合わせで見る夜の明かりがより一層幻想的に見えるのは。


 アカサはどこか夢を見ているような感覚に包まれた。


「本当ですね」


 気がつけばそんな言葉を口にしていた。


 アウンも静かに目を細め、佇んでいる。アーシスと隣り合うように立つ二人の姿は一枚の絵画のようにとても様になった。


「ありがとうございマス。とても楽しかったデス」

「おう。悪くなかったぜ」

「では、アカサさん。すみマセンが案内をお願い出来マスか?」


 アーシスの一言で三人は宿への道のりを踏み出した。





「大丈夫でした」


 アカサは宿の玄関前で待たせていた二人に声をかけた。念のため、という事でアカサが先行して宿の受付の女性の元へ向かい確認していたのだ。受付の女性は紹介所のおじさんの言う通り、借り主がいいなら何人でもその部屋に泊まっても構わない、と言ってくれた。ただいくつか、条件を付け加えてだが。


「とりあえず浴場代はいるそうです。あと貸し出し品はその場での個人会計で、と言うことらしいですよ」


 アカサの説明に二人は了承し、いざ、その門を潜った。


 女性の歓迎の声を受け、アウンとアーシスが会釈で返すと女性の眼が一瞬厳しいような鋭さを見せた。かと思えばアカサをチラリ、下から上へと視線を走らせた。


 な、なんだろ。


 女性の視線を受けアカサは内心戸惑った。何か問題があったのだろうか。確認はしたはずだが。


 時間にして数秒だが、アカサはいろいろ考えて聞いてみようと試みるが女性はもうすでにアカサに興味を失ったように帳簿を見ていた。少し眉間に皺がよっているのは疲れているからだろうか。なんとも腑に落ちない気持ちに駈られたがアカサはまた聞く機会を失ったようだった。


「そうだ、兄ちゃん」


 アウンの声がやはり聞くべきか、と後ろ髪ひかれるアカサを諦めるに至らせた。


「アーシスが部屋行く前に風呂に入りたいんだとよ」

「汗を洗い流したいデス。ついでに浴衣を借りれれば…」


 法衣ローブの胸元を今にも開けようとするアーシスにアカサは慌てて二人の側へ駆け寄った。


 貸し出し品の置いてある部屋へより、三人はアーシスの要望通り浴場へと向かった。


 アカサは当然男湯へ。アウンとアーシスは勿論女湯へと入って行った。


 村での温泉施設とは違い簡素な造りではあるがお湯の量は充分張ってあり、貯まった湯船のお湯を桶で掬いまずは湿らす程度に体を流す。そして今度は備え付けの固形の石鹸を使い汗を落とすように洗う。


「ふう……」


 最後にお湯で泡を落とし、アカサはすっきりした。気持ち良く湯船に浸かろうとすると突然、



「おーい、兄ちゃん」



 薄い壁向こうから声が聞こえた。壁向こう、女湯の方から浴場内に響く声に男湯の中はざわめいた。声の主はアウンのようだった。


 ん、って言うことは。


 アカサは何故か既視感に体が震えた。あれ、この展開はどこかで…。


「あれ?っかしぃな」

「アカサさぁん?」


 アカサが考えてしまった僅かな時間、返答の無い事態を不審がった女湯むこう側からアウンに続きアーシスの声も聞こえた。


「誰だ、アカサって」

「おれ、昨日も聞いたぞ」

「そう言えば昨日も女湯から呼ばれてなかったか?」

「いや、待て。昨日はもっと若い女の声だったぞ」

「何!?違う女ってことか!」


 ざわつきの中、アカサはとても逃げ出したい思いだった。自身の名前をこんなに風に知られるという事がこんなにも羞恥に晒される事だったとは…と顔を俯かせながら。そして納得した。事前に感じた既視感の正体を。


 そうだ、昨日・・もこんな事があったんだった。


「な、なんですか」


 自らの過去を振り返りながら、さらに呼ばれる事を避けるためアカサはとにかく返事した。


「あ、アカサさんの声デスよ。アウンさん、やっと気づいてもらえマシタね」

「おう!すまねぇけどよ、兄ちゃん。アタシ等部屋がわかんねぇからよ、先に上がった時は待っててくれよな」


 二人は気にすることもなく要件を伝える為に声を響かせる。その声は男湯の中、反響効果を伴い全域に聞こえた。


「…どういう事だ?」

「向こうの女達と同室…っ事だよ」

「だがよ、昨日の声とは違ったよな」

「べ、別の女…しかも二人ずつ…だと」

「どんな奴だよ」


 ヒソヒソとアカサを取り巻く小さな囁きの声は男湯内でどんどん生まれていく。しかも聞いていると、あながち間違いではないような、それでいておそらく大きく思惑は外れているだろう内容にアカサは耐えきれず、


「わかりました。外で待ってます」


 戦線離脱、戦略的撤退。三十六計逃げるに如かず、落ち着く間も無く浴場を出た。


 二人を待つ間、アカサは壁に持たれつつ時間を潰した。二人は思いの外入浴を楽しんでいるのかなかなか上がってくる様子がない。その間、男湯から上がってくる男達がチラリチラリとアカサを横目に通り過ぎて行くのがわかった。


「…あいつだ」

「んあ、誰だっけ?」

「アカサ、とか呼ばれてた奴だよ」

「あいつが…って事は今、女を待ってるって事かよ」


 声が聞こえるが気にしない。向こうもそれ以上は特別何かする様子もないのでそれが一番だ、アカサはそう判断した。


 しかし、それはともかく。


 待ち時間、気を紛らわしたいアカサは明日の予定を考えていた。明日は愛とアルフアが帰ってくる事になっている。時刻表で覚えた記憶を便りに昼過ぎには駅まで行けば大丈夫だろう、と。そこへ、


「アカサさん、お待たせしマシタ」


 アーシスの声が聞こえた。


 次の瞬間、アカサが声のする方へ振り向くよりも早く、辺りがざわついたのがわかった。今しがたの男達が反応したのだろう。正直、また…とアカサは気恥ずかしさに困惑しながらも二人の方を見据えて……呼吸を忘れたように顔を真っ赤にし、口を呆然とさせて言葉を失った。


「悪いな、風呂つきなんて久々でよ。いや、と言っても三日にいっぺんは入ってたんだぜ」


 アウンが何かしら言い訳のようなことを口にしているがアカサはそれどころでは無かった。


 問題があったのだ。二人の格好に。


 宿には「浴衣」と呼ばれる羽織る形式の貸し服があった。前方で合わせ帯ひもと呼ばれるベルトで結ぶティオレール諸島の南部によく見られる民族衣装だという。現在では大きさや上下を用意しなくてもすむために宿の貸し服として一般的に浸透している。昨夜、愛とアルフアが着衣していたのも同様のものだ。


 だから二人の服装に問題はなかった。そう、服装に問題は。


 問題があるのは、着方だった。


 本来ならきっちりと前を閉め隠すような着方になるはずの浴衣を二人は完全に着崩していたのだ。崩しすぎてほぼ全開ではないか、というくらい。


 アーシスの場合は暑がりの性分が事の原因だろう。アウンは…湯上がりで暑がっているからなのか、そもそもきっちり着こなさない性分なのか本当のところはアカサにはわからない。ただ二人とも全開と言えるくらいには着崩していたのだ。


 二人とも湯船にて充分に温まったのか湯気がほんのり上がり、特に肌の白いアーシスは火照り具合がよくわかった。まだ乾ききらない髪は色よく肌にまとわりつくように絡み、光沢を見せた。


 何よりも着崩し、はだけ、露になった首筋からまだ残る水滴が零れ落ちるその場所こそが問題の到達点むなもとだった。


 アーシスはもとより、上半身をサラシで巻いていたアウンの双丘、いや巨山も封印から解き放たれた今、アーシスに勝るとも劣らないほどの頂を築き上げていた。そして二人とも歩く度に双山を競うように上下させており男なら思わず視線が…。


 ごくり。


 誰だろうか。もしかしたらアカサ自身だったのかもしれない。生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。


 アカサは赤く染め引き吊らせていた自身の顔を今度はしかめた。


 生唾の音がアカサを覚醒させたのだ。「お節介者(お兄ちゃん)モード」へと。照れている場合でも恥ずかしがっている場合でもない、と。


「二人ともちょっと待ってください」

「ハイ?」

「なんだ、兄ちゃん」


 アカサは声をかけ二人をその場に立ち止まらせる。そしてつかつかと側へ近寄ると、


「だらしないですよ、襟元を正してください!」


 自身の襟元を差して促す。急なアカサのお叱りにポカンと立ち尽くす二人に構わずアカサは続ける。


「ほら、前をきちんとする。ティアントさん、湯冷めしますよ。コーキュさんも、早く」

「お、おう」

「…すいマセン」


 アカサの勢いに圧されるように二人は胸元を隠すように着直す。その一瞬、見えてはいけない、見てはいけない山や谷が目に移った気がしたが…苦虫を噛むようにアカサは見なかった事にした。


「これでいいデスカ?」


 アーシスが帯を締め、アカサに自身の姿を見せる。次いで隣のアウンも「よっしゃ、これでいいだろ」とフフン、と見せつける。


「………はい、大丈夫です」


 アカサが納得し頷くのを確かめて二人も安堵したように顔を合わせた。


 どこからともなく「チッ、余計な事を」や「今あいつ、壁を作りながら目の前で見てなかったか?」等と聞こえたが…当然無視する。それよりも早くこの場から二人を離れさせたい、そう考えたアカサは、


「僕が借りてる部屋は三階なんで」


 と急かすように二人を先導し始めた。


 頭の中は、旅人っていう人達はもしかしたら羞恥に疎いのかもしれない。僕がしっかりしなきゃ、という決意に溢れていた。


 しかしその決意は階段を二回上がりきり、三階の自身の借りた大部屋の扉を開いた瞬間に跡形もなく崩れさってしまった。扉の向こう、部屋の中には忘れていた物が置いてあったのだ。


 扉を開けたまま不自然なほどに硬直するアカサを変に思った二人は、


「どうした?」

「アカサさん?」


 と声をかけつつ動かないアカサを横に部屋を覗き見た。そこに置かれていたのは、否、敷かれていたのは布団だった。二組・・の。


 アウンがアカサと布団を交互に見る。アーシスはこてん、と首を傾げて何か考えているようだった。


「確かアカサさんは、妹さん達とご一緒に宿泊されてたんデスよね?」


 そして確認をとるようにアーシスが尋ねる。


「…………はい」


 アカサの声は小さかった。


「ふぅん。で、兄ちゃんよ」

「…………はい?」

「何人で泊まってた?妹達・・ってくらいだ。兄ちゃん以外にまだいたんだろ」

「…………はい、二人」

「つまり、三人だな。で、よ。どうして布団は二組・・なんだ?数、足りなくねぇか?」


 アカサは大量の冷や汗が流れ落ちている気分だった。実際はそれほどでは無いのかも知れないが…それでも頬を伝う滴の感触は確かにあった。


「…………いろいろあって」

「ほぉ」


 アウンがにやにやしながらアカサを見ているのがひしひしと伝わる。


 何を想像しているのだろう。何を想像されているのだろう。


 アカサはある種の自分の失敗を悔やんでいた。何故、こうなったのか。理由は簡単だ。朝、起床したとき、バタつく事は無かったものの片付けなかったからだ。何故、そうしたのか。どうせ借りっぱなしならもう一日くらい大丈夫だろう、という怠慢だった。


「あんましよ、個人的な趣向ってのか?それをよ、どうこう言うつもりは無いんだがよ」


 アウンの前振りが耳と心に突き刺さるようだった。


 どこまで想像したのだろう。どこまで想像されたのだろう。


 心臓が、脈が、呼吸が乱れる。アカサは震えた。


「昨日はお楽しみだったのかい?」


 耳元で耳元で囁かれた。


 アカサは顔面を押さえつけ力なく膝をついた。 やっぱり変に思われるよな、強い後悔の念が、体を、心を締め付けた結果だった。


 普通に考えて三人で二組って…しかも間も開けてない状態なんて…おかしいよな。


 例え沈黙が肯定の意に捉えられようとも、上手い言い訳も思い浮かばずアカサはいまだ立ち上がれずにいた。


 そんなアカサの耳に今度はあの優しい柏手の音が鳴った。


「アカサさん達ご兄妹はとても仲が宜しいんデスネ」


 続くはアーシスの言葉。「お、アーシスはそうとるかい」とアウンは言った。


「まぁ、仲がいい(・・・・)ってのは色んな形があるよな」


 アウンがそう言いアカサの肩をポンと叩く。


「あ、あの…アウンさんが思ってるような事は一切有りませんから!」


 反射的にアカサは叫ぶように言った。それを見たアウンは楽しそうに口の端をにやりとあげ、


「アタシがどんな事を考えたと思うってんだい?」

「……………」

「どんな事を考えたのデスカ?」


 アウンの言葉に返答出来ずにいるアカサに代わりアーシスが尋ねた。


 アカサは別に何でも、と言いかけるがアウンの方が少し早く、ちょいちょいとアーシスを自身の側へ近寄らせた。そしてわざわざ耳元へそっと口を寄せて、


「………ってな」

「………まぁ」


 何事かをアーシスに囁いたらしかった。アーシスは口元を手で被うようにして「そうデシタか」としみじみとアカサを見て呟いていた。アカサはその顔の穏やかさが逆に辛かった。


「と、とにかく!二人が想像するような事は一切喝采有りませんから!それに…あぁ、もお!」


 恥ずかしさに顔に手を当て目を閉じ、一度溜め息と間違えそうな深呼吸をしてから、


「絶対にお二人には変な事はしませんからっ!」


 誰に誓うともなく叫んだ。


「ぷ、ぷはははは」


 その宣誓を笑い飛ばしたのはアウンだった。お腹を抱え、とても楽しそうに笑っている。「え?え?」とアカサは困惑した。こっちは本気で言っているのに、と。


「悪ぃ悪ぃ、兄ちゃん。まさかあんなに大きな声で言うと思わなかったからよ」


 目に涙を浮かべアウンが謝罪する。


「冗談のつもりだったんだけどよ、気ぃ悪くしたなら本っ当に悪かったよ」


 そう言ってアカサの背中を叩いた。


「すみマセン、アカサさん。悪ふざけが過ぎマシタ」


 アーシスも眉を八の字に寄せて謝った。


 え…冗談。ティアントさんもわかってて。


 声にならない声だったがアカサは体から力が抜け落ちていくのがわかった。それでも膝を付かずにすんだのは誤解が解けた事への安堵の方の脱力だったからだろう。


「……腑に落ちない気もしますが、誤解が解けたのは良かったです」


 アカサは何とかそれだけ言って二人を部屋へ招き入れた。ある意味、この扉を潜り抜けるまでが今日一番疲れた気がする、と思いながら。


 どこかふらつくアカサの招きに応じ二人は部屋へと踏み行った。


「で、兄ちゃんは真ん中に寝るかい?」

「私達では妹さん達の代わりにはならないデショウが…」


 アウンとアーシスはアカサににこやかに尋ねた。それを聞きアカサは不貞腐れたように布団二組を二人に譲り、自身は自前の毛布を取り出して部屋の一番隅でくるまるのだった。




 ─────





 ターズ大森林。これが通称である事はおそらく付近の人々を始め、デイキーユ国内では周知の事実であると言える。しかしながらこれが正式名称からの別称である事を前提にすれば、既知とする者は減るのではないだろうか。


 正式名称、ターズ隔離管理保護区域。


 ターズ方面に生い茂る木々達と町とを距離的に隔離し、ある程度管理し、利潤のある部分を保護している区域である、という意味だ。


 その深きところは今だ危険区域とされ、ベルホーミの林業開墾者が伐採等の仕事を許可されるのは入り口のせいぜい三十メートル範囲内であった。


 加えるのなら、ベルホーミの中央管理役所セントラルクラブからの達しがあれば戦闘職業者、もしくは経験者を伴わなくてはその解放区でさえも立ち入る事さえ許されない場所であり、しかしそれらを踏まえて余るほど利益をもたらす場所でもあった。


 よってターズ隔離管理保護区域、通称ターズ大森林は中央管理役所セントラルクラブにより管理され、立入にはクラブの発行する立入証を必要とした。ベルホーミの林業開墾関係者は勿論全員が所持しているが、それを持たずに森に入ったとして原則的な罰則刑は存在しない。


 何故なら理由は単純だった。


 立入許可証を申請せずに勝手に森に入って死んだとしても自己責任じぶんのせいである、この一言に尽きるからだ。


 森の木々の厄介さ、怪獣の脅威、さらに未知数という恐怖。この全てに打ち勝つ信念と強さがなければ森の奥へとは進めなかった。だからこそ罰則等を必要とせずとも誰も立ち入る事はない。


 ………………はずだった。


 森の奥深く。解放区からずっと離れた森の中心部。木々がより一層生い茂り、空をも隠すほどの場所。


 まだ陽は高いはずだが明かりも薄く囀ずる鳥の姿も見えず、聞こえるとすれば木の葉の風に吹かれる音とこの森を縄張りとする怪獣の闊歩する足音のみの場所。


 そこに明らかに怪獣の重量からは想像できないペタペタという小さな足音が聞こえたのだ。


 その足音の主はせっせと小柄な体を進ませるため木々の間を上手くすり抜けて進んでいた。


 後ろに続く巨体の怪獣は、その小さな足音の主とは反対に一歩一歩、自ら道を作り上げる(・・・・・・・・ )ように細い木などを薙ぎ倒し、地響きと共に進んでいた。


 大小の足音の主たちはしばらくして木々が開けた環状の空間に出た。そこは数少ない森の中でも空が見え、明かりが多く射し込む場所だった。


「今日の見回り終わりだよぉ」


 小さな足音の主は可愛らしい声を出し精一杯に小さな体を伸ばす。隣では巨体の怪獣が「グルル」と一唸り、まるで返事をするかのように発した。


「…………お疲れ様、セーラ」


 すると木の影からもう一つ、小さな影が現れ大小の足音の主たちに声をかけた。


「ただいまだよ。カンナちゃん」


 セーラと呼ばれた足音の主は小さな影に笑いかけた。巨体の怪獣も「グル」と自身の存在を主張するかのように唸った。


「…お帰り…なさい」


 カンナと呼ばれた小さな影も笑顔で返した。


 その後、小さな影二つと巨体の怪獣は家族のように寄り添ってさらに奥へと消えていった。

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