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ブレベたん~ブレイブ・ベルの小さな冒険譚~  作者: 高岡やなせ
第一章 「ギルド」後編~林応都市ベルホーミ・ターズ大森林~
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第12話

「アタシはさ、王都の方から来たんだ」


 アウンは一口麦芽酒(ビール)をすすり喉を潤す。そしてペロリと舌だけで口回りの泡を取ってから組んだ足に肘をつき手に顎を乗せた姿勢になった。


「そこで…まぁ、闘技場やらで日銭を稼いでその日暮らしを楽しんでたんだけど…」

「闘技場デスカ?…アウンさんは契約闘士なのデスカ?」

 

 アーシスがアウンの闘技場ことばに首をこてん、と傾げて尋ねた。アウンは遮られたのも気にせずにあははと軽く笑う。


「違うよ、アーシス。アタシにゃ契約なんて縛りはしんどいだけだ。言ったろ?その日暮らしの小銭を稼げりゃそれで良かったんだよ」

「そうデスカ…確かにアウンさんには契約闘士というのは窮屈そうに思えマスね」


 うんうんと頷きアーシスは微笑んだ。アウンの人となりをアーシスなりに感じるところがあったのかそう呟いた。


「あれ?ってことはコーキュさんは当日参加者なんですか!それで稼ぐって…賞金が貰える程に強いってことじゃないですか!」


 しばらく聞き手に回っていたアカサが腰を浮かせ驚きに声をあげた。二人も突然のアカサの声に驚いたようだった。


「そんな驚くことかい、兄ちゃん」


 アウンはなんとも無い風に言うが、アカサは聞いたことがあった。契約闘士というのは闘技場側が雇った強者の事で、謂わば警備要員兼優勝候補者のことだ、という事を。残念ながらその試合自体は観戦した事が無かったが村でも闘技場に足蹴に通う者もいて暇なときにおじさん達と話に花を咲かしていたのを覚えていた。だからこそ驚いたのだ。


 当日参加者が優勝候補者を倒して賞金を貰う…それは何よりも実力者の証だ、という事実に。


「驚きますよ!コーキュさんってとっても強いんですね!」


 目を見開き、アカサは純粋に憧れを込めた視線でアウンを見た。アウンもその熱のこもった視線を感じとり、


「…大したことねぇよ」


 とそっぽを向いて素っ気なく言った。「そんなことないですよ!凄いです!」と続けるアカサにアウンはますます向こうを見る。


 アウンのそんな行動の心理を読んでか、


「アカサさん。アウンさんが照れて話が進みマセン。一度落ち着いて下サイ」


 アーシスがアカサに声をかけた。アカサもしまった、と思い、


「あっ、すいません!」


 と直ぐ様、謝罪に転じた。


「ばっ!照れてねぇよ…兄ちゃんもそんな事で謝んなよ!」

「す、すいません」


 やはり恐縮したようにうつむき謝罪の言葉を述べるアカサにアウンは、くっと心機一転するように簡易筒コップを傾け麦芽酒ビールを一呑みした。それから、


「だ、だからよぉ…あぁ、もぉ…っとに…。で、どこまで言ったっけな?」

「アウンさんが王都で日銭を稼いでいた、というところデスヨ」


 癖なのか髪をくしゃくしゃかきむしりアウンは一拍考える。その間にアーシスが答える。


「だったな。そこで…まぁ、色々合ってアタシャ王都を離れる事にしたんだ。で、何処行こう…って考えてたときによ、国営組織マスギルに寄ったんだよ」

「マスギルに?」

「兄ちゃんは旅とかすんのかい?」

「いや、僕はこの町と自分の村の往復くらいです」


 アカサはアウンの質問に答えた。そういえば昨日、愛とアルフアと三人で色んな国に行ってみたい、と話したばかりだったのを思い出しながら。


「恥ずかしい話、鉄道も使った事がないんです」


 照れた様子のアカサにアーシスがあら、と静かに考える仕種を見せた。


「では午前中に駅前でお会いした時は?」

「妹…達の見送りです」


 一瞬だけ迷ったが間違いではないよな、そう思い判断した。アーシスもなるほど、と軽く頷いた。


「そっか、それならざっくり言わせてもらうが…国営マスギルならある程度の地域の情報を得られんだ」

「らしいですね。詳しくは知りませんが…」

「おう。その情報の中によ、アタシらみたいな闘士っつうならず者候補向けの仕事もあるんだよ」

「ならず者候補なんて…アウンさんはお優しい方だと思いマスよ」


 アーシスの台詞にアウンは鼻を鳴らした。それが照れ隠しなのは見ていた二人にもわかった。


「と、とにかくだ!国営マスギルで見かけたんだよ。ベルホーミ(このまち)が多くの闘士を募集してるってよ」


 声を大きくアウンは言った。それで話は終了だったのかアウンは置いていた野菜と麺の炒め物(焼きそば)をがっつき始めた。


 話を聞き終わりアカサは納得していた。今日見てきたメインベルホの飲食店で並び立っていた戦闘職業と思われる旅姿の人々の事を。それとその流れてきただろう人々の対処で民間総合グレギルの受付担当者が増援を余儀なくされた事を。


 アーシスも同じ事を思ったのか視線を合わせたと同時に首を一度縱に振った。


「それで内容って聞いても大丈夫ですか?」


 アカサは身を乗り出すようにアウンに尋ねた。アウンは口の中の物を咀嚼し飲み込んでから「かまわねぇよ」と答えた。


「大した内容じゃねぇし、民間総合グレギルでも同じことを聞けるだろうしな」


 アウンの言葉を聞きアカサはそうか、と思った。民間総合グレギルならばまず国営組織マスギルとの情報は共有が当然だ。ならば個人的な依頼ではなく公的な依頼ならそういった風に遠くの場所でも知ることが出来る。慣れないアカサにとってはそんなやり方がある、と解っただけでも有力な話だった。


 アカサはさらに身を乗り出す。


「内容は確か…ターズ大森林の林業補助だったか?何でも最近は木の成長が滅茶苦茶早いらしくってその伐採を手伝うってことらしいぜ」

「ターズ大森林デスカ?」


 アーシスは考え込むように呟いた。聞き慣れない地名に疑問符を浮かべたようだった。


「アタシも名前は知ってるが詳しく無いな。そっちは兄ちゃんの方が詳しいんじゃねぇの」


 アウンはそう言ってアカサに話をふった。アカサも首肯し「だと思います」と言った。


「ターズ大森林はベルホーミ(このまち)から川に沿って西に向かった先にあるデイキーユ(このくに)のモンスタースポットなんです」


 そう簡単に説明した。アーシスは「そうなんデスネ」と相槌を打った。アカサの話を聞きながら残りの菓子パンを口に運ぶ。そして飲み込むと、


「しかしモンスタースポットは規模や地域差はありマスが…大抵が危険区域に指定されてマスよね?何故そんな場所が林業と関係するのデスカ?」


 と尋ねた。アウンも聞き手の姿勢で待つ。アカサはどう言ったものか考えながら、


「えと…ですね。ターズ大森林は木々自体がモンスタースポットを造り出しているんです」

「それは大変危険デスネ」

「ええ、その為に定期的に伐採の必要性があるんです。で、ですね。同時にその樹木から出来る素材はとても高価な値で取引されてるんですよ。聞いたことがありません?ターズ材木とかベルホーミ製木工品とか」


 アカサは手振りを加えて二人に伝える。アカサの言葉に二人は思案し、互いに頷いた。その反応を見てアカサも続けた。


「思い当たるのがありました?」

「聞いたことがある、って程度ならな」

「私もデス」

「充分です。だからこのベルホーミは昔から森の増殖という形での拡大を防ぐため、そして町や国をあげての特産品として収益を求めて林業が盛んになった…らしいですよ」


 と締め括った。アーシスは納得したようにレモン水をすすり「やはり知らない土地にはその土地なりがあるんデスネ」とアカサに返した。アウンは少し考えているようだった。


「コーキュさん?」

「ん、どうした兄ちゃん?」

「いや、何か難しそうな顔をしてたから…」


 アカサの言葉にああ、と生返事ぎみにアウンは動いた。


「兄ちゃんの話を聞いてベルホーミと林業の関係は解ったけどよ」


 顎に手をかけ納得いかない顔付きで口を開く。


「闘士が必要な程なのかい?言っちゃなんだがたかが木だろ?そんなに危険なら切ったり焼いたりした方が早いんじゃねぇか?」


 かなり物騒な事をアウンは真顔で言った。アーシスも「やり過ぎな気もしマスが…危険性を考えれば…一つの手かも知れマセンね」と小さく肯定した。それにたいしアカサはゆっくり首を横に振り、静かに否定した。


「それが無理らしいんですよ」

「なんでなんだ?」

「ターズ大森林の木々は並の炎では焼き払えない…そう聞いてます」

「法術でもか?」

「多分」


 アカサの言葉にアウンはまた考えを巡らせているようだった。そこに口を挟んだのはアーシスだった。


「おそらくその森の木々も怪獣…もしくはナリカケのような存在なのデショウ」


 目を伏せ静かに自身の考えを述べた。実際にその通りであるのでアーシスの言葉の説得力は相当なものがありアカサもアウンも合点のいく顔をした。


「そっかそっか。その木自体がモンスタースポットであり怪獣モドキか。そいつは手強いはずだ!」

「ですね。しかも一本の木を伐採するのにだいたい慣れた開墾者の集団でも一日から二日はかかるって聞きました」

「そんなにかよ」

「さらに加工には一週間。製品化にはどれだけ早くても一月近く必要だって…」

「それは確かに高級そうデスネ」

「加工や製品化はともかく丸一日もモンスタースポットに入りゃ、そりゃ闘士を雇うわな」

「危険デスからネ…そして何らかの原因が合って今はその大森林の木々の成長が早い…」

「だからベルホーミは国営マスギル民間総合グレギルを使って大々的に闘士の募集をした」

「いやぁ、林業の手伝いなんて言うからどんなものかわからなかったけどよ…それなら納得だぜ」


 アウンはスッキリしたように笑った。アカサは不思議に思ってアウンを見た。


「疑ってたんですか?」

「いや、日給が良かったんだよ。そいつに釣られなきゃここまで来てねぇって」


 と手をヒラヒラさせるアウン。そこでもう一度アカサは疑問が浮かんだ。アウンはベルホーミにその依頼を見てきたと言っていた、だとしたら、


「…コーキュさんは依頼を受けなかったんですか?」


 と尋ねた。アウンは静かになった。アカサがそんなアウンの顔を覗き込むように見ると、


「…明日からやろうと思ったてたんだよ」


 ぼそぼそと小声で言っているのが聞こえた。


「子供ですか、コーキュさん!」


 本当に子供じみた言い訳にアカサは思わず声を大きくした。あうう、と何処か情けないような声をアウンは出し、


「だってよ、始めての場所って…何かんか、こう、見て回りてぇって思わねぇ?」


 恐る恐るともとれるような感じてアカサに告げる。


「だってって…」


 アカサは呆れたように呟くが、


「わかりマス、アウンさんのその気持ち!私も新しい場所に着けば美味しいものがないかワクワクシマスし」

「だろっ」


 瞬間、ガシッとアウンとアーシスは手をがっしりと合わせた。「ティアントさんまで」とアカサは頭を抱えたが、


「…旅ってそんなに楽しいですか?」


 昨日の話もあり何気無く聞いてしまった。


 それに二人は顔を見合せ、


「ならよ、アタシの島の話を聞かせてやるよ」

「私もそんなに旅を経験したわけではありマセンが…是非とも聞いていただけマスか?」


 互い互いに話し始めた。


 アウンはやはりアルピジィガムの中央の南北に点在するティオレールの一島、「船上拠点」と謳われる漁業と闘士の盛んなレジェの出身だと言った。自身も海で鍛え、漁業で培った身体能力はステータスメモが出せる頃にはレジェでも屈指の強さになったのだ自慢気に言う。そしてある時、アウン曰く「忘れた」らしいがさらに闘士としての強さを磨くために島を出たのだ、そう語った。


「レジェですか」


 アウンの話からその島の情景が浮かぶようだった。潮風に煽られ波を乗りこなす漁業の開墾者達と、そこ特有の鍛練により強さを身につけた闘士達。


 なるほど、確かに見てみたい…そう思わされるほど楽しそうだった。


「旨いもんもそこそこはあるしな」


 ニッと歯を見せ懐かしむようにアウンは呟いた。


 続いてアーシスが語り出す。


「私はアカサさんには先程述べた通りカリード大陸はモーハーの生まれです」


 カリード大陸。アルピジィガムに存在する大陸としては三番目に巨大な陸地である。しかして国を始め、都市町村、住人の数が多いかと言えばそうではない。何故ならターズ大森林が木々が茂る地帯がモンスタースポットだとすればカリード大陸は人が住まない場所以外全て(・・・・・・・・・)がモンスタースポットだからだ。その規模は最大であり最古、未だ前人未到の未知なる領域さえ存在するほどたった。


「そいつはすげぇな」


 アウンは呟いた。アカサに至っては言葉もない。


 そのカリード大陸においてアーシスは首都と呼べる大港都ラヴァンに生まれたと言う。そしてその地に根付くニヤ教を学び育ったと。


 ニヤ教は他の宗教と違い一つの崇拝する神、または象徴を持たない。それは人と人との繋がりを何よりも重んじ、その努力や絆の中にこそ尊ぶものがある、という教えのもとに作られたものだからだ。


「助け合わなくては生きていくことも儘ならなかった時代の教えなんでショウね」


 アーシスは微笑み、そんなニヤ教の教えを好きだと言った。アカサは出会った時に思った偏った宗教家の想像を恥ずかしく感じた。


 そんな風に生まれた宗教ものがあったなんて…。


 世界を知らない事は恥ではない。しかし、知らない事を最初から否定的に受けとることは恥ずべき事なのかも知れない、そう思えた。


 二人の話はアカサにはとても新鮮で、斬新で、興味深く、自身の知識の浅さを知らしめさせた。


「二人の話、とっても面白かったです」


 アカサは飾ることの無い賞賛的感想を二人に告げた。二人も満足そうに受け取った。


「どうだい?旅をしたくなったかい?」

「はい…興味…わきました」

「今は鉄道も船も…気球船は高いですが色々移動手段がありマスからネ」

「歩いて行ける範囲でも僕にはたくさんありますよ」


 アカサも楽しそうに旅をする自身を思い浮かべた。その隣には…。


「実は昨日、今日見送った妹…達ともそんな話をしてはいたんです…一人が見てみたいって」

「へぇ、いいんじゃねぇの」

「楽しいと思いマスよ」


 二人の言葉にアカサは目尻を下げた。明日二人が帰ってきたら「いつか」ではなく「必ず」行こう、と言おうと思った。愛がこの世界にいるのであれば必ず…。


 と、そこでアカサは思い出した。他の国には愛のような事例が無いかを聞けるのではないか、という事を。


「…あの、良ければもう一つ聞きたい事があるんですけど」


 アカサは遠慮がちに切り出した。


「今さら何遠慮してんだよ、兄ちゃん」


 アウンは遠慮カベを突き破るような態度で残りの麦芽酒ビールを飲み干しながら言った。


 アーシスに至り何も言わないが、何でも聞いてください、と顔で言っていた。





「……って風に人を別な世界から連れて来ることって出来るんですか?」


 愛の事を省き、とりあえず「異世界からの法力による移動法があるのか」をアカサは二人に尋ねた。


 二人は黙り考えているようだった。


 先ずはアーシスが口を開いた。


「すみマセン。私の知識の中にはそういった事に関する記憶はありマセンね」


 困ったような表情でアーシスが言うのでアカサは手を振って応えた。


「いや、いいんです。ただ…どうかな、と思って」


 アカサも申し訳ない気持ちになった。そこへ考えが纏まったのかアウンが、


「ナナロッカ教に似たような話が合った気がするんだがな」


 と呟いた。


「本当ですか!」

「あ、ああ…だが悪ぃけどよ、アタシはほとんど知らないんだ」


 勢いよく接近したアカサに驚きながらアウンは答えた。そしてその返答に「そうですか」とアカサは項垂れた。そこへアーシスの助言が入る。


「ナナロッカ教と言えばティオレールが有名デスネ」

「アーシスは知ってんのか?レジェでも少なからずいたからなナナロッカの信者は…アタシはあんま興味なくて知らないけどよ」

「いえ、私も名前を知っている程度で…しかしアカサさん」


 アーシスに呼ばれアカサは顔を上げる。アカサと目を合わせるとアーシスは優しい表情で言う。


「これで目的地も出来たのではありマセンか?」


 その言葉にアカサは光を見たようだった。


「そうですね、確かにそうだ」


 アカサは捉えた光で瞳を輝かせるようだった。なんでだろう、内側からワクワクする気持ちが溢れてくるようだ。


 アーシスの言う通り、ギルドだけに頼るではなく旅をすればもっと自分の目で、意思でたくさんの事を知ることが出来る。ギルドが収入源と情報収集が目的となる手段であれば、旅は効率は悪いかも知れないが楽しんで情報収集を出来る目標となる手段になり得るんだ、アカサは思った。


「二人はデイキーユ国内では他にも行ったことがあるんですか?」

「アタシは王都とデイキーユの港町くらいか?その前はティオレールを転々としてたからなぁ」

「私はモーハーからヘイラミに渡航してから鉄道で。デイキーユにはベルホーミクラブへ頼まれ事を受けていたので今こうしてここに居るのデス」

「そうですか…」


 アカサは一度言葉を切り、一拍置いた。


「…良ければ、今後の参考にもう少しだけ話を聞かせてもらってもいいですか」


 目を輝かせるアカサに対して二人は勿論やら仕方がないなとでも言いたげに頷いた。そして食べ終わった品を片付けて飲み物を補充、同じ場所に三人で腰掛ける。「旅」をテーマに第二回座談会の始まりだった。





 ふと、アカサが気がつくと休憩や食事に座り込んだり、同じように話し込んでいた人々の姿が消えはしないものの明らかに少なくなってきていた。


 この付近は広場内でも噴水回りに位置している。そして即売所でみせの数をかなり制限している為に作られた広めの空間であり、長椅子がかなりの数設置されてることもあり休憩や食事(もくてき)を持って人々が集まって来る場所になっている。


 つまり人の姿が減り始めていると言うことは、


「あ、もう五時を回ってる」


 広場の中心に人の身長約二人分ほど高くそびえる時計があり、四方からでも時計は見えるようになっている。アカサは時計で時間給を確認して声をあげた。人々が居なくなった…理由は時間的にも休憩や食事(もくてき)を済ませた人々の波が落ち着いたということでもあった。


「すいません、もう一時間近くも話し込んでしまって」


 アカサは二人を引き留めた事を謝罪した。しかし二人は気にすることもなかったように、


「気にしないですダサい。私もとても勉強になりマシタ」

「なっ。アタシも懐かし過ぎてつい話し込んじまったぜ」


 むしろ楽しそうに口々に言った。アカサはそんな二人に「…ありがとうございました」と感謝しながら礼を述べた。


「さぁて、じゃ、宿でも探しに行っかな」


 両手をグッと天に突き立てるように伸ばし、そのままアウンは立ち上がる。倣うようにアーシス、アカサも立つ。


「私も探さなくては」

「アーシスも?」

「なら僕は宿の紹介所まで案内しますよ」

 

 アカサの申し出に二人は「お願いシマス」「頼むわ」と受けた。アカサは昨日、自分達が行った所へと二人を誘った。




 人混みも穏やかになり、昼過ぎに比べると随分と歩きやすくなっていた。付近の村の住人は早々に即売会でみせを切り上げて自宅へと戻ったのだろう。この町の住人も夕食の仕度に取りかかる頃かもしれない。旅で訪れた者達は宿や酒場、食事処を訪れて今日の疲れをとっていてもおかしくない時間帯だ。


 アカサ達三人は夕焼けとそんな雰囲気に包まれ始めた広場を足早に抜けた。




「えっ?無い!」

 

 紹介所にたどり着き早速アカサが昨日と同じ細身のおじさんに尋ね聞いた。すると無情にも空きはない、と言うことだった。


「私が引き受けている東部宿名簿の分はつい今しがた、使いの者の連絡で最後だったんです」


 その言葉に肩を落としたのはアカサだった。


「すいません、二人とも…僕が引き留めたばかりに…」

「いや、アタシ等も話し込んじまったってたしな」

「そうデスよ、アカサさんだけのせいではありマセン」


 アカサは自身を気遣ってくれる二人に何とかしたいと思い、


ここが駄目なら西へ」

「いやぁ、おそらく西も難しいと思いますが」


 考えた事を口にした瞬間、紹介所のおじさんににべもなく断たれた。


「な、なんで…」

「なんでも戦闘職業者が結構な数この町に流れて来ているようで…その為、観光客とも相成って、ここ連日こう言った事が珍しくないんです」


 その話しにアカサはしまった、と思った。二人を振り返れば、二人とも似たような顔をしていた。まさに自分達もその話をしていたところだった、と。


「本っ当に…すみません!」


 アカサは謝った。後悔した。もっと早めに気づいていれば、と。頭を下げ、思考する。どうすればいい。


「ま、野宿でもアタシはいいけどな…アーシスはどうするよ?」

「私ですか?そうデスネ…」

「なら、二人が、僕の泊まってる宿を使ってください!」


 二人の会話を遮るようにアカサは声を出した。


 二人は少し驚いたようにアカサを見たが、フッと力を抜くように肩を竦めると、


「気にすんなよ、兄ちゃん。アタシの方は酒場でも野宿でも慣れてるしよ」

「そうデスよ、アカサさん。気になさらずに。なんならアウンさん、酒場の方、お付き合いしまショウか?」


 とアカサを気遣う言葉をかける。アカサはそんな二人の優しさに歯を食い縛る思いだった。


「あの…」


「やっぱりどうか」

「いいから、いいから」

「あ、なんなら食事だけでもご一緒シマスか?」


「あのぉ…」


「でも」

「それより酒場知らねぇか?兄ちゃんも一杯くらい付き合えよ」

「食べ物も美味しい所がいいデスネ」


「あのぉ!!」


 切りの無さそうなアカサ達のやり取りに思わず声を荒げたのは紹介所のおじさんだった。本当はもう少し前から声をかけていたのだが、三人がなかなか気づいてくれずこうなった。


「え?……と、どうかしました?」


 急なおじさんの声にアカサは驚きながらも代表して尋ねた。おじさんはようやく話を聞いてもらえる事に満足したのか商売用の笑顔を張り付けて喋り始めた。


「一つ、宿に泊まる確実な案がありますよ」

「本当ですか」


 アカサは喜んだ。


「どうするんですか?」

「いえ、簡単ですよ。お兄さんに昨日ご紹介した宿、大部屋でしたよね」

「…?はぁ」


 アカサは何故昨日の自分がとった宿の話が出てくるのか不思議に思って曖昧な返事になった。二人がそこを使ってくれるなら何の問題も無いのに…と思いながら。


「あそこは大部屋一つ借りておけば…人数には拘らないんですよ」

「…はぁ」

「確か備え付けの風呂やらの金額はとられるかもしれませんが……大部屋は何人泊まっても同額(・・・・・・・・・)なんですよ」


 未だに意味の追い付いていないアカサに紹介所のおじさんは丁寧に説明する。ゆっくりとアカサは紹介所のおじさんの説明ことばを噛み締めて…、


「つまりアカサさんのお部屋がまだ空いているのならご一緒に使用出来る、というわけデスネ」


 いるうちにアーシスがおじさんの言葉を解釈して告げた。紹介所のおじさんは商売用の笑顔で頷いた。


「へぇ、そりゃ助かる。兄ちゃん、大部屋ってくらいだ、まだ寝れるかい?」

「え?でも」

「これで私達も宿の心配をしなくても大丈夫デスネ」

「だけど、それって」


 アカサがあたふたとしていると、


「では、お嬢さん方も納得してくださったようですし、私はこれで」


 紹介所のおじさんが声をかけてくる。そしてそのまま流れるように立て札を直し、置いてある机に広げた書類、荷物を片付け纏め、「それでは」と最後に笑顔で会釈し立ち去って行った。


 後に残された三人は途切れ途切れの人混みに消える紹介所のおじさんをただ見送る事しか出来なかった。その去り際の手際の良さは長年の貫禄を見せつけるようだった。


「で、兄ちゃんよ」


 そんな最中、先ずはアウンが切り出した。アカサは向き直る。


「結局どうなんだい?アタシ等は泊まれそうかい?」


 アウンの質問にアカサは思い出す。「大の大人でも六人寝れる」事を売り文句にした大部屋だった事を。


「ま、まぁ…広さ的には何とかなると思い…ますよ」


 なんとも歯切れの悪いアカサにアウンが一瞬怪訝そうに眉を寄せるが、刹那、優しく響く柏手の音が聞こえる。


「では問題はありマセンね」


 アーシスが自身の手を合掌して言った。アウンは寄せた眉を戻してニッとして「だな」と答えた。


「いや、でも」

「何か問題がありマスか?」

 

 アーシスがシュン、とあから様に悲痛そうな表情になって尋ねた。アカサは罪悪感にかられつつもそれでも伝えなくてはいけない事を口にした。


「僕は男ですよ?」


「…………?」

「…………?」


 意味がわからないのか二人はアカサを見たまま呆然としたように立ち尽くしてしまった。


 無言の時間。アカサの方が挙動不審に陥りそうな時の流れを感じる。


「いや、だからですね。僕は男で、二人は女性で、見ず知らずで」


 アカサは後押しと思い、身ぶりを踏まえて自身の思うところを伝える。アカサは喋りながら赤面していくのが解る。何を言っているんだろ、内心でそんな言葉が浮かぶ。


「え…と、聞いてます?二人とも…」


 沈黙無言、返答皆無な二人にさらに追随する。二人はやはり反応薄く…いや、アウンがゆっくりと右手をあげた。


「ったっ!」


 本日何度目だろうか。アカサの背中が叩かれる。それが今回は連続した。


「ちょ、なんですか、コーキュさん!」


 痛くはないのだがしつこいくらいのアウンの絡みにさすがにアカサも振り払うような素振りを見せた。


「…ぷ、ははははは」


 しかしアウンはそんなアカサを気にする事なく声を出して笑う。気付けばアーシスも声に出してこそいないが肩を揺らしていた。


「な……だからなんで二人とも笑うんですか!」


 アカサの言葉にアウンは「悪い悪い」と返した。


 溜め息を交え、アカサは再度問う。


「笑うところじゃないと思うんですけど…いいんですか?見ず知らずの男と一緒で」


 アカサの問いにアウンは口にするより早く肩をがっ、と組む。


 押し付けられるようなアウンの肌の思わぬ柔らかさにアカサはドギマギしながら「コーキュさん」と少し高くなった声が出た。


 アウンはやはり気にした様子もなく、きわめて親しそうな表情を浮かべてアーシスを親指で差す。アカサは自然とアーシスを見る。


「兄ちゃん。今日のところはこれも何かのご縁(・・・・・・・・)と諦めようぜ」


 アカサに囁いた。


 アーシスはただただ穏やかに、よく似合う優しい顔で微笑んだ。


「そういう事デスよ、アカサさん」


 アカサにはそれを勝る反論は、今日に限り思いつかなかった。

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