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ブレベたん~ブレイブ・ベルの小さな冒険譚~  作者: 高岡やなせ
第一章 「ギルド」後編~林応都市ベルホーミ・ターズ大森林~
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第11話

 女の方は髪を掻きむしるだけで喋り出す気配はなかった。


「…………」

「…………」


 沈黙の二人に遠く雑踏の賑わいが聞こえる。広場からはかなり離れたせいか聞こえる声は町特有の楽しそうな響きだった。まだあの広場では完全に騒ぎが収まったわけではないだろうがここまで届くことはなかったようだ。


 そして最初は転んだアカサを気にしていただろう遠くに見えた通行人達も今は歩き出してもういなかった。


「あの…」


 互いにどこか目線さえ合わすことなく、それでいて動くわけでもなく時間だけが過ぎていき…ついにアカサがもう一度試みた。


「貴女はあの即売所でみせの人に弁償するって言ってましたよね?余計なこととは思いますけど…早い方が絶対にいいですよ」


 アカサが沈黙の最中、考えたあげくに出た言葉がそれだった。


 女はアカサの言葉にようやくアカサと視線を合わせた。


「そうしたいのはやまやまだがよ…そうはいかないだろうよ」


 また女は俯いてしまった。しかし今度はすぐに顔をあげた。


  「今、アタシが行ったところで怯えさせるだけだぜ、兄ちゃん。せっかくの提案を悪りぃがよ…アタシは今は受けらんねぇ」


 と、女は言った。アカサも女の言う意味が理解できるので何も言えなくなってしまった。確かに今戻ったところで売り子の女性にまともに話を聞いてもらえる可能性は低く、さらに下手をすると本当に呼ばれているかもしれない憲兵達が周辺を彷徨いている可能性もある。悪戯に近付けばそれだけで問題が悪化する可能性がある事をどうしても捨てきれなかったからだ。


「…でも…」


 何て言えばいい…思い浮かばない。


 しかし、何か言葉にしなくては…アカサはたどたどしくも喋りだす。


「貴女は…やり過ぎたところは…あるのかも…知れません。けど…どうしても貴女が…悪い人とは思えないんです」


 結果として自身の希望的意見を多大に含む事しか言えなかった。それでも言葉にするうちにアカサは段々とはっきりするものがあった。


 それは、


「だから…せめて…どうしてあの広場であんな事をしたのか、その理由だけでも教えてもらえませんか?」


 アカサは言いきった。女は何度めだろうか、髪を掻きむしり溜め息をついた。そして、


「…兄ちゃんには関係ねぇだろ」


 静かな声で答えた。


 アカサは困ったような表情で女を見た。やはりその拒絶するような一言に納得したのと、もう一つ理由があったからだ。…女が少しだけ悲しそうな表情かおしていたからだ。


 また二人の間に沈黙がうまれた。


 アカサも今度こそ言葉を探しあぐねていた。女も暫くはアカサを見ていたが…フッ、と表情を崩して苦笑した。


「まぁ、なんだ。ありがとな、兄ちゃん」


 そう言って手を挙げ、後ろを向こうとしたとき二人に近づく足音が聞こえた。その足音の人物はある程度まで近づくと、


「やっと追い付きマシタよ、ターナーさん」


 聞きなれ始めた声でアカサを呼んだ。


「ティアントさん」


 アカサは振り返りその足音の人物の名を呼んだ。


 呼ばれたアーシスはアカサと目を合わすとあの柔らかい笑顔を見せてくれた。


「思ったよりも近くでシタネ」

「あ、ええと…僕が転んでですね」

「ええ!スミマセン、術が効きませんデシタか?」

「すいません。逆です…」


 アカサが申し訳なさそうに呟くと、


「そうデスカ…。でも、ターナーさんは目的を果たしたんデスネ」


 そう言ってアーシスはアカサを通り抜けて進み出た。そして後ろ姿を見せ歩き始めていた女の背中に声をかけた。


「あの、貴女に二つだけ言わなくてはならない事がありマス」


 女はアーシスの言葉に歩みを止めたが振り向くことは無かった。それでもアーシスは続けた。


「まず貴女が助けようとした女の子(・・・)の怪我は大したことがありマセンでしたよ。もう傷一つありマセン」

「…え?」


 アカサは驚いて声が出た。が、アカサよりも最も驚いた人物がいた。その人物は…ゆっくりと振り返った。


「…………ほんとか?」


 女は絞り出すように言った。


「ハイ。私こう見えて導師としての腕は確かなんデスヨ」


 アーシスは女に向かって微笑んだ。暫く女はアーシスを見つめていたが…「はぁぁ…そうかよ。なら…良かったよ」と座り込んだ。


「ハイ。それと二つ目、貴女にお礼を言っていまシタヨ…ありがとう、と」

「よせよ。大したことどころか、逆にややこしくしただけだぜ」

「それでもあの子はとても感謝していまシタ」

「…………ああ、伝言は確かに受け取ったぜ」


 女はスッキリしたように座ったまま空を仰いだ。


 アーシスも満足そうにそんな女を見つめ微笑んでいた。


 こうなってくると状況がわからないのはアカサだけだ。急な展開に脳が、思考がついでいかない。


「え…と、ティアントさん。これは一体、どうなってるんですか」


 情けないとは思いながらアカサはアーシスに尋ねた。


 やはりアーシスは柔らかな表情を崩さぬままアカサに向き直り、「ターナーさんの言う通りでした」と話し始めた。


「彼女があの方を攻撃ふきとばしたのは…あの方が気づかぬうちに女の子を傷つけていたからデス」

「へ?」

「あの人混みの中、女の子は横柄な態度で歩いていた闘士であるあの方の武器にぶつかり怪我を負ってしまっていたのデス」

「大変じゃないですか!」

「エエ。大事に至らなかったもののあの場の近くで蹲っていマシタ。ターナーさんと別れた私は一度広場に戻りそこでその子に会ったのデス」


 とアーシスは言った。アカサはあの後そんな事をしていたのか、とアーシスの機転を利かした行動に驚いた。


「そんな事が…」


 アカサは呟くのがやっとだった。〃何かあるだろう〃とそこまで考えたのも事実だったが、それを確かめる術として追いかける事しか出来なかった。しかしアーシスは追うアカサとは対照的に、一度現場に戻ってそこで理由を探した。それは直感的な行動手段のアカサと理知的に判断を下したアーシスの違いだった。そうしてアーシスはその〃理由〃を探し出したのだ。

 

「エエ。戻った私は目撃者を探し出す事も出来ました。と言ってもその子を介抱していた方に話をうかがっただけなのデスガ」


 とそこで少しだけ眉を寄せてアーシスは言った。


「え?じゃぁ、その人に理由を説明してもらえば…」

「よせよ、兄ちゃん」


 アカサの言葉を女性が遮る。「何で…」とアカサは女性を見るがその困ったような表情かおに言葉を詰まらせる。それを察したのか女性の方が話を続ける。


「結局あの場を荒らしたのはアタシだってのはかわんねぇよ。それよりもあの子の怪我が治ったって聞いただけでもアタシャだいぶスッキリしたよ」


 そう言ってグッと組んだ両手を挙げて伸びをした。確かにどこか気負いがなくなったような表情かおになっているようにアカサにも思えた。


喧嘩事こんなときの後始末、闘士の自分にゃなぁんも出来やしねぇ…導師の姉ちゃん、ありがとな。あとはあの即売所でみせのおばちゃんに弁償だけだなぁ」


 体操のような腕の動きをしながら女性は言った。アーシスは黙って微笑んだ。


 アカサはその闘士を名乗る女性に対してなんとも言えない思いにかられた。


「やっぱり、戻りましょう?今なら…」

「あ…ああ、そうしたいけどよ、やっぱりなぁ」

「長引くと…かえって気不味いですよ…」

「……何で兄ちゃんの方が困った顔をしてんだよ」


 アカサの顔を見て女性の方が苦笑した。気がつけばアカサの方が困ったような表情で話していたらしかった。アカサは思わず慌てて「あ、すいません」と言った。その様子が可笑しかったのか女性は笑い始めた。


「何で兄ちゃんが謝んだよ。別に兄ちゃんは悪い事いってる訳じゃないだろ?」


 逆にアカサは励まされる始末だった。それでもアカサは何か言いたかった。


「あの……………僕も…謝ります!」


「はぁ?」


 アカサの決死の台詞に女性はあからさまに意味がわからないの、といった風に顔をしかめた。それでもアカサは続けた。


「もし、一人が嫌なら……僕でよければ、一緒に…」

「で、出来るわけねぇだろ!んなことよっ!」


 アカサの勢いに女性も慌てたように断りを入れる。「で、でも」となおも続けようとするアカサに、


「いや、気にしてくれんのは嬉しいけどよ…こりゃあ、アタシの問題だ。兄ちゃんには…関係ねぇよ」


 優しく、その女性が初めてみせる顔で言った。


「…………」


 アカサは黙った。が、その沈黙は直ぐに破かれた。アーシスの言葉によって。


「ターナーさんだけでは足らないと言うのなら、是非とも私もお付き合いシマスよ」


 錫杖を脇に抱え、両手を合わせたアーシスは嬉しそうにそう言ったのだ。


「いや、誰が足りない…とかじゃなくてよ」


 何度目かわからない髪の掻きむしりをしたあと、女性はアーシスに言う。アーシスは小首を傾げて、


「三人では駄目デスカ?」


 と聞いてきた。「だからよ、人数じゃなくてよ」と女性は少し悩みながら、


「なんつうのかな…。さっき、その兄ちゃんにも言ったようによ、アタシ等、何の関係もないだろ?」


 そう言った。アカサはその関係性ことばに黙らされた。


 しかし、アーシスは違った。嬉しそうに、


「それなら大丈夫デス」


 と微笑んだ。「え?」「何を言ってんだ、姉ちゃん」と戸惑う二人を置いて続ける。


「私達はもう充分過ぎるほど知り合った…そう、思いマスよ。先程の広場の件にしても、午前あさの駅の停留所の事も」


 アーシスの話を聞き、アカサは考えた。広場はともかく午前あさとは…、と。


 駅前、停留所、女の人…そこまで思い出してアカサは「あっ!」と声をあげた。女性も何かしら気づいたらしく目を丸くしている。


「まさか、停留所でティアントさんと一緒にいた赤髪の闘士の女性ひとっ!」

「駅前で会った兄ちゃんと姉ちゃんかよっ!」


 二人はほぼ同時に言った。


 その言葉を皮切りにお互いに顔をよく見る。アカサは正直女性の顔をあまり記憶していなかったが、女性の綺麗な赤色の髪と両手に装備していた銀の手甲(シルバガレット)を思い出した。


 納得しつつまじまじとその女性の顔を見ると、アーシスとは逆の鋭い雰囲気をもった女性だった。


 その鋭さは少しつり上がりぎみの双眼によりつくられており、強そうな意思を感じさせた。褐色の肌も、赤い髪色もその意思を増長するように女性を彩り、アカサはそこに美しさを見た。


 それは見ていると段々と自身の方が恥ずかしくなるほどだった。そこへ、


「なんだよ、兄ちゃんと姉ちゃん知り合いだったのかよ」


 と女性が言い出した。なのでアカサは、


「いや、あのあと僕らも偶然あって…」

「ハイ。導師としての直感を信じ共に行動をさせていただきマシタ」

「そうかい」

「ハイ。そして、こうしてまた再び貴女と出会えたのも何かのご縁…どうでショウか?」


 アーシスは再度自身の理由を持って進み出た。


 女性は暫く間を置き、


「兄ちゃんはそれでいいのか?」


 アカサに向かって尋ねた。アカサは女性の言葉を噛み締めて、


「行きましょう…三人で」

 

 手を伸ばした。


「………アウン・コーキュってんだ…よろしくなお二人さん」


 アカサの手を取り赤い髪の女性ことアウンはニッと口の端を持ち上げた。





「くっそぉぉぉ、しっかりと取りやがってっ!」


 広場にて即売所でみせの売り子の女性に謝罪後、弁償の件を済ませて距離を置いたアウンは震えながら宣った。その勢いは地団駄さえするのではないかと思われたが、そこはさすがに自身に非がある事を自覚してかその言葉だけで溜め息と共に落ち着いていった。


「……まっ、しゃぁねえな」


 そう言ってアカサ達を振り返るアウンはニッと口の端を上げて笑った。


「それよか姉…ティアント…さんだっけか?ありがとな。説明してくれてたんだな、お陰で話を直ぐに聞いてもらえたぜ」

「イエ、私はただありのままを聞いてもらい、話してもらっただけデス」


 アウンの謝意を笑顔で受け止めるアーシス。ここでアカサはやはり自身の無力さを痛感した。


「…本当にティアントさんはすごいと思います」


 だからつい本音が溢れてしまった。アーシスの手際の良さに比べて自身は何をしているのか。一緒に付き添うと言ったところで謝罪をするのはアウンであり、許諾するのは即売所でみせの女性であり、仲介したのはアーシスであった。それらを鑑みるにアカサ自身は何の役にも立っていなかった。そう考えると溢さずにはいられなかったのだ。


「僕はただただ付いていっただけでした」


 アカサは自身が困ったような表情かおで話してしまっているのを自覚していた。それでも言葉を止めることは出来なかった。


「ティアントさんがいてくれたからコーキュさんはちゃんとあの場を持てたんです。凄いと思います」


 そうアカサが言うと二人はアカサを黙って見つめていた。二人の視線に一瞬身構え、しかし耐えかねて「あ、あのどうしたんですか?」とアカサが口にすると、


「った!」


 アカサは返事よりも先にアウンに背中を叩かれた。なかなかの一撃にアカサは少し涙目になり、呼吸を整えるのに時間がかかった。


「な、何をするんですかコーキュさん!」

「兄ちゃんが湿気た顔をしてっからだよ」


 アウンは悪気のない顔で言いはなった。午前あさの事もありアウンが親しみを込めて背中を叩くのを理解していたつもりだったがそれでもアカサは軽く抗議した。


「湿気たって…これでも何かの役に立ちたかったと思ってたんですよ…」

「充分役にたってんじゃねぇかよ」

「役に…………え?」

「だからよ、兄ちゃんには感謝してるって言ってんだよ。ありがとな」


 もう一度叩かれた。今度は軽く優しく触れるような感触。アカサは唖然とアウンの顔を見た。


「ぷっ、兄ちゃん、随分な顔してんぜ」


 あはは、とアウンはアカサの顔を見ながらお腹を抱えて笑いだした。何で…、と頭の中に疑問を浮かべているとクスクスと声を口元を隠し、淑やかに笑うアーシスがいた。


「ティアントさんまでっ?」


 何で二人に笑われてるのかがわからないアカサはただただそんな二人を眺めている事しか出来なかった。そして半ば諦めながら「いいですよ、もう」と呟くと肩をがっくり落とした。そんな様子が面白かったのか二人は笑う事をやめなかった。暫くするとスッキリしたのかアウンが、

 

「そんな拗ねんなよ、兄ちゃん」


 と言った。アカサは事前に名乗ったのだがアウンは敢えて「兄ちゃん」とアカサを呼んだ。そこには僅かだが親しみが込められていたようにアカサは感じた。そう思いたかった。


「実際感謝してるんだぜ、これでもよ」

「…え?」

「兄ちゃんがアタシを追っかけてくれなきゃこんな風には成らなかったろ?」


 アウンの言葉に呆けたようにアカサは声を出した。それを気に止めることもなくアウンは目を細め、口角をあげながら続けた。


「そうデスヨ、ターナーさん。私だってあの時二人にのみ注意をし、本当の怪我人に気づくのが遅れてしまいマシタ…いえ」


 アーシス自身が不覚にも見落としていた事実を認めていたからの表情だろう、眉を寄せて笑いながら言った。そして目を閉じて今の自身の言葉を否定するように首を横に振った。


「もしかすれば、気づくことさえ出来なかったかもわかりマセンでした」


 目を開いた時、やっぱりアーシスの眉は寄っていた。


「そんな…」


 二人の言葉にアカサは気恥ずかしいやらもどかしいやら、どう対処していいのかわからなくなり、


「僕なんか…」


 謙虚を通りすぎ、弱音まで下ってしまうような事しか言えなかった。アカサの心中ではどうしても自身は役に立っていない、そういう思いが強かったからだ。


 だがしかし。それを打ち砕くような音が広場の空に響く。


 何度目だろうか。アカサの背中をアウンが打つ。


 これにやはり目を白黒させながら状況を飲み込めないアカサは背中の音のわりにはあまりない痛みを堪えながらアウンを見た。アウンはアカサの視線を受け、ウインクで返す。


「どうだい、ちったぁ気合いが入ったかい?」

「気合いって……」

「いいか、兄ちゃん、よく聞きなよ」


 なにか言おうとするアカサを遮りアウンは声を大きくする。腰に手を当て胸を張り、背筋は伸びその姿は凛とし堂々としていた。アカサは思わずアウンに引き込まれるように魅入った。


「確かに…実際に謝ったのは私だ。場を取り繕ったのはティアントさんで、最終的に勘弁してくれたのは売り子のおばちゃんだ!だがよ…それらを全部繋げたのは誰だ?」


 アウンの目が問う。アカサは問う瞳に自身の姿を写した気がした。しかし、だけどまさか…未だにその答えを否定する自身がいる。それを気づいているかのようにアウンが、


「兄ちゃんだろ」


 口の端を上げる特徴的な笑顔と共に答えをアカサにぶつけた。


「……」

「そうデスヨ、ターナーさん」


 言葉が浮かばないアカサにアーシスが声をかける。先ほどのように眉はよっておらず、こちらもアーシスらしい柔らかな表情になっていた。


「役に立つ、というのはきっと全てを取り繕う事ではないと思うのデス。誰かを思いやり、その助けとなる切っ掛けを造り出す事を成す…それも立派に役に立つ(・・・・)事だと…私は思いマスよ」


 そこまで言われようやくアカサは自身の中に満たされるものを感じた。と、同時に二人にここまで言わせた自身の情けなさも少なからず身に滲みる思いだった。ギルドを立ち上げ、これから責任者マスターとしてしっかりしなくては…と、思っていた矢先だというのに。本当に未来さきが思いやられる心境だ。


 だけど…いや、だからこそ、今、この日、この二人に会えて良かった。アカサはそう思った。多分、今この瞬間この二人には大事な事を教わった気がしたからだ。


 こんなとき、こんなときは何て言えばいいんだろう。


 アカサは考える。答えなんて直ぐに出てきた。


「お役に立てて何よりです」


 アカサの言葉に二人は頷き…笑った。


「さ、て、と」


 アウンは伸びをしながら二人を見た。

 

「お二人さんはこれからどうすんだ?」

「私達デスカ?私達は…そう言えばまだ、砕き氷菓(かきごおり)しか食べてマセン!昼食を摂りたいデス。私お腹が空いてしまいマシタ」


 アーシスが可愛らしく腹部に手を添える。心なしか声の張りもなくなっているようだった。アカサも自身が空腹であることに気づいた。


「僕もです。何か探しましょうか」

「…デスネ」


 アカサにアーシスが答える。そして、


「どうデスカ、コーキュさんもご一緒に?」


 アカサとアーシスが揃ってアウンを見た。アウンはニヤっと口角をあげ、


「いいぜ。これも何かのご縁だろしな」


 と言った。


「そうですね」


 アカサもその言葉に顔を綻ばせて返した。


「では、行きまショウか!」


 腕を突き上げアーシスが歩き出す。二人もそれに並んで歩き出した。


「ところで動いたせいか先ほどから暑いデスネ…やはり法衣ローブを脱ぎまショウかね」

「駄目です」

「しかし、ターナーさん。汗もかいてしまって」


 なおも食い下がるアーシスにアカサは想像する。汗ばむアーシスの胸部を。それに群がるであろう男性陣ひと視線を。


 ………。


「絶対に駄目です。冷たい飲み物があるところを探すんで待っててください」


 笑顔でやんわり止めさせた。

 

「お、なんだ。やたら強気だな、兄ちゃん」

「そうナンデス。ターナーさん、これに関してはとても厳しいのデス」

「何か理由あんのか?」

「私の肌を心配してくださっての事ナンデスが…とても厳しいデス」

「ああ、確かにティアントさんは肌白くって日焼けに弱そうだもんな…やるねぇ、兄ちゃん。優しいじゃないか」

「…………それでいいです」


 アカサの笑顔の真意に二人は気付く事は無かった。





 その後三人は三時を回った頃、広場にある噴水の近くのベンチに落ち着いて座れる場所を確保することが出来た。


 各々の手には即売所でみせである。各自が購入したパンの具挟み揚げ(フライサンド)野菜と麺の炒め物(焼きそば)、野菜の冷製スープと菓子パン、それに飲み物が持たれていた。


 飲み物はアカサが蜜柑果汁オレンジジュースでアーシスをレモン水、アウンが麦芽酒ビールであった。


「アウンさんは麦芽酒ビールにされたのデスネ 」

「ああ、やっぱ暑い日にゃビール(これ)に限るぜ。アーシスも一口いくかい?」

「まぁ、どうしまショウか…では折角デスので一口だけ」


 そう言ってアウンから簡易筒コップを受けとりゴクン、と喉を潤した。


「はふぅ、冷たくて美味しいデスネ…ありがとうござマシタ」


 アーシスはほっこりした顔になりアウンに簡易筒コップを返した。くくく、と喉をならしたアウンが、


「アーシスも行ける口だねぇ…どうだい、兄ちゃんは?」


 そう言ってくアカサに簡易筒コップを突きだしてくる。アカサは横で「美味しいものに目がないのデス」と今度は菓子パンを頬張るアーシスをちらりと見てから自身の蜜柑果汁オレンジジュースをかかげ、


「僕はジュースで充分です」


 と断った。「真っ面目だねぇ」と口にしただけで大して嫌な顔もせずグイっとアウンは簡易筒コップから麦芽酒ビールを喉に流し込んだ。そしてぷっはぁ、と色気のない吐息と共に口元に残った泡を払拭した。


 アカサはそんなアウンの持つ簡易筒コップを一瞬だけ見つめて思った。この人は僕が口をつけていてもこういう風に飲んだのだろうか、と。


 実際のところアカサが断りを入れた理由としては間接的にとはいえ他人の物を口に含めるか、というところにあった。そしてそれはアカサが潔癖と言うわけではなく、なんというか、気恥ずかしい感じがしたからだった。


 そしてこれは愛に対してもあった。愛が即売所でみせで見かけた美味しそうなものを一つだけ買う。それをアカサとアルフアの三人で分けるのだ。最初は断っていたアカサだったがついに「アカサは私が選んだものなんて食べられないんだ」等と膨れ始めた為やむなく降参、一口もらい始めた。それからアカサが買うものを二人に分け、また二人が買ったものをアカサはもらった。最後あたりアカサとしてはキョウダイみたいなものだから、と思うことにしていた。


 されど今、目の前にいる二人は極端な話、今日会ったばかりの全くの他人。色々合ってこうして並んで食事を摂っているが…どうしても恥ずかしさが勝ってしまった。


「あああ、死んでねぇのに生き返るとはこれいかに!」


 上機嫌で麦芽酒ビールを置き、買っていた野菜と麺の炒め物(焼きそば)を食べ始めた。


「屋台飯っていや、こういう組み合わせが上手いとアタシは思うんだ」

「そうデスネ…この付近は村が近いおかげでショウか?野菜も肉も魚もとても美味しいデス」

「確かにアーシスは見た目によらず大食漢だな…何食べったっけか」


 アウンはそう言って自身の指をアーシスの食べた物の数だけ折り始めた。アーシスはあらあらと頬に手を当て「私、とてもお腹が空きやすいのデス」と少し照れたように笑った。そして笑う先から菓子パンを口に運んだ。


「そのパンで五品目…いや六品目か!よく食べんな、アーシス。どこに栄養が行ってんだ?……胸か?」


 アウンは片目を閉じて観察するようにアーシスを捉えた。すかさず出したその答えに反応したのは…アカサだった。


「どうした兄ちゃん!?」

「な、な、な、なんでもないです」

「とりあえず飲み物をドウゾ」


 アーシスに渡され蜜柑果汁オレンジジュースを流し飲む。落ち着いた様子のアカサをみて、


「もしかして図星かい?」


 アウンがアカサの耳元に囁く。頬を染めるアカサの沈黙にアウンは口の端をニッと持ち上げる事で応えた。


 なんとも言えない状況にアカサは、


「い、いつの間にか二人は名前で呼ぶようになったんですね」


 と話題の変更に試行錯誤をこらした。そして話はアウンがこのベルホーミ(まち)にやって来た理由へと繋がっていった。


「アタシがベルホーミに来た理由ねぇ…大したことじゃねぇけどよ」


 そう前置きをして話し始めた。



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