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ブレベたん~ブレイブ・ベルの小さな冒険譚~  作者: 高岡やなせ
第一章 「ギルド」後編~林応都市ベルホーミ・ターズ大森林~
10/18

第10話

m(__)m「ここまで前編を読んで後編を読もうとしてくださった方々、この場にて感謝致します。ありがとうございます」


m(__)m「さらに、ブックマークをしていただいた方々、本当に感激でした。ありがとうございました」


( 〃▽〃)「ではでは後編、始まりです」

 アカサは民間総合グレートギルドでの用件が済み、また快い受付の対応に気を良くしながら宿のあるサウスベルホへと歩いていた。


 何もかもが順調にいくとは限らないぞ、そう自身の心に訴えてはみるものの実際に最初の段階を終わらせたことに安堵を覚え足取りが軽くなったのも事実だった。しかし、その足をアカサは止めた。


「そうだ…」


 歩きながらアカサは一つやれば良かったことを思い出したからだ。それは現段階で「異世界からの召喚、返喚に関する情報」の有無がどれだけ存在し、自分達でどの程度まで確認が出来るかの質問…だった。


 あの受付の眼鏡の男を思い出しながらアカサは戻るか否か考えていた。


 今なら顔も覚えてもらえてるだろうから…。


 そう考えていざ来た道を戻ろうとした時、アカサは声をかけられた。


「ああ、やっぱり貴方は…」

「っ?」


 声のした方をアカサが見ると見慣れない人物がそこにいた。


 青光する顎下で揃えられた髪型。どことなくおっとりとした感じの可愛らしい雰囲気をした女性で、その手には錫杖つえが握られていた。アカサは女性の顔よりもその錫杖の輪っかの部分、大きさ違いの半円が重なった紋様を見て…、


「あっ!今朝の…」


 思い出した。午前中、駅前の停留所で出会った女性だったということを。そして、やはり名前も知らない人物だった、ということを。


「午前中はお世話になりマシタ。貴方のお陰で無事、都市管理役所セントラルクラブに辿り着き事を成し遂げることが出来マシタ」


 アカサの内心を構うことなく丁寧すぎる程の口調と態度で謝意を示した。深々と頭を下げた女性の仕草にアカサはどぎまぎしながらも、


「無事に行けたんですね、良かった」


 と言うことが出来た。


「ハイ」


 女性はそう言って顔を上げると可愛らしい顔によく似合う優しい微笑みをみせた。


 改めて見ると…とても目をひく可愛らしい人だな、アカサはそう印象付いた。


「ところで貴方はどうしてメインベルホ(コチラ)に?」

「ああ、僕は民間総合グレートギルドに用事があって…」

「そうなんデスカ。これからデスカ?」

「いえ、もう終わって帰るところです」


 なんとなく立ち話を始めてしまったアカサは仕方なく民間総合グレートギルドに戻ることを一旦諦めた。


「ええと…貴女はこれからどうするんですか?」


 話す内容を探してアカサは無難な質問をした。


「私デスカ?私はこれから遅めですが昼食を摂ろう思ってイマス」

「へぇ、そうなんですか」


 会話終了。…続かない。アカサは口の端を少しひきつらせ冷や汗が頬をつたるのを感じた。


 どうしたものか、そう思考を働かせていると、


「貴方は昼食はお済みデスカ?」


 と女性の方が話しを続けててくれた。アカサは反射的に素直に答えた。


「まだなんです。僕もこれからでどうしようかな、と考えていたところです」


 嘘にはならない。心の中で付け加えながら、戻るという選択肢をアカサは隠した。別段意味はないが、折角話題をふってくれたのに合わせないのも悪いな、と考えてしまったからだった。


 その良し悪しはかわからない。しかし、今後の行動にこの時のこの言葉が分岐点だったのは間違いがなかった。何故なら、


「そうデシタカ。では、是非ご一緒にいかがデスカ?先程のお礼もかねて…」


 そうなったからだ。


 アカサからしたら場所を教えることなど大したことの無いことなので「そんなことしてもらうほどの事はしてないですし、悪いですよ」と正論を述べ、内心焦りつつやんわり断ってみた。しかし、女性は笑顔を崩すことなく喋り続けた。


「いえ、是非。私が時間と労力を無駄に使わないですんだのは貴方のお陰である事実ことは変わりマセン」

「はぁ、そうかも知れませんが…」

「何より私のニヤ教の導師としての直感が貴方にお礼を…と訴えてイマスので」


 そうズズイ、と一歩近づいた。


 アカサは女性のニヤ教の導師として、という言葉にやはりか、と納得した。


 ニヤ教…その宗教自体はアカサは聞いたことがある程度でしかないが確か新興宗教だったはずだ。記憶によれば遠く北の大地、カリード大陸で産まれた…らしい。それ以上はよく知らない。そもそもアカサはデイキーユ発祥のリューオ教でさえろくに知らないのだ。仕方がなかった。


 それはともかく。宗教家のこう言った誘いの場合は大抵が勧誘だ、と隣畑のおじさんが言っていたのを思い出していた。


「でも、やっぱり」


 アカサなりに断ることを試みる。しかし、女性の方が上手だった。


「安心してクダサイ。私達ニヤ教は勧誘などはしておりませんし、近年の宗教の勧誘活動は一部を除き制限がかけられてイマス。…戦争に繋がる可能性が有りマスシ…」


 自身の潔白と共にその理由を述べ、最後の方は柔らかな表情に陰りをみせた。それは多分宗教導師としての含むところがあったのだろうとアカサは察した。


「あの、そういう訳じゃなくて…」


 実際には勧誘断ち(そういう訳)だっのだが、何となくアカサは罪悪感を抱き言い澱んでしまった。なので、


「では是非に」

「あの」

「一人で食べるのもしのびないデスシ」

「えと」

「これも何かの縁と思って」

「…はあ」


 ついには、


「では何処へ行きまショウカ?」


 推しきられる形で連れ立つ事になった。




 食事の出来そうな店を道なりに探しながらアカサと女性は並んで歩いていると自然と会話は自己紹介の流れになった。


 互いが午前中に一度きり、しかも初対面であった者同士だったので当然の流れと言えば当然だった。


「今さらですけどね、アカサ・ターナーって言います」


 相手に名乗らせる前にアカサは名乗った。女性相手には特にそうするべきだ、という隣畑のおばさんの言葉に従ったからだ。


「申し遅れマシタ。私はアーシス・ティアント。ニヤ教に所属する導師で今は一から自分を見直すために一人、旅に身を投じる者デス」


 申し遅れるもなにも自己紹介こんなことをするとはアカサ自身だって思ってもいなかった。だからお互い様だろう、と意味を込めて笑って返した。


役所クラブにはニヤ教の関係で行ったんですか?」

「ハイ。旅の途中で寄ることがあるだろうからと教団に頼まれてマシテ」

  「そうなんですね…ところで…」

「ハイ?何デスカ?」

  「今日は結構人が多いですね」


 メインベルホは役所クラブ総合組織グレートギルド産業施設コーポレーションなどの都市の中枢を担う建物及び職業の人々が集まっている。もちろんそれを見越した商工者の経営する店舗があり、食事処もそれなりにあるはずだった。時間も遅くなったとは言えまだ一時を回った程度だった。


 それだと言うのに見つける食事処は何故か一杯だった。しかもこのメインベルホで働く商工者達であろう人々は当然として何故か、ここには普段は用の無さそうな旅姿の剣士や闘士の姿が目立った。


 いくらなんでも多いような、アカサは思った。


「そう何デスカ?。私はなにぶん初めてなもので…」


 アーシスはそう言って回りを見渡した。


 アカサも似たようなものだったが、


「そう言えば昨日の即売所でみせの広場もやたらと多かったな。久々過ぎて考えもしなかったけど…」


 昨日、愛の言っていたリマジハ村の住人と同じ数を見た、という言葉を思い返した。


 いくら付近の村の人々が集まりやすいとはいえ…確かに多かったかも知れない。


「それにさっきも」

「さっき…デスカ?グレギルに行かれたんデスヨネ」

「ええ。そこで受付をしてくれた人が実は資料担当だった…と。最近になって受付をするようになったったって言ってました…気付かなかったけど人手が足りなかったのかな…」

「…あ、思い出しマシタ。今朝の赤い髪の方も稼ぐ、とか言ってマシタね。あの方は確か闘士だったと記憶に有りマスが…」

「そうですね、確かにそうだ」


 アカサはアーシスの言葉に頷いた。


「つまり戦闘職業の方々が集まっている…という訳デスネ」


 そしてアーシスが一つの結論を導き出した。が、


「……何故でショウカ?」


 最終的に首をコテン、と傾けて頬に手を当て不思議そうに呟いた。


 一つ一つの行動がやたらと可愛らしいな、と思いながら、


「さあ…何ででしょうね」


 アカサは言った。


 戦闘職業の人々が集まる内容は大抵が揉め事、荒事、厄介事と決まっており普段ならアカサもあまり気に止めることは無かった。


 だが、今回は少しだけ違った。


 今のアカサは戦闘報酬を含む多目的団体(ギルド)の一員─正確には責任者マスター─である。ならばまず、戦闘職業の人々が集まる理由が気になった。そこには戦闘により発生する報酬が存在する依頼があるからだ。もしかしたら遠方からの来訪者や総合組織グレートギルド内の受け持ち変更の意味を考えるなら国家マスター経由の依頼かもしれない。出来たらその内容を知りたかった。


 しばらくアカサがそんな事を考えていると、


「ターナーさん。どうかされマシタ?」


 アーシスが声をかけてきた。アカサはどうやら自分が立ち止まりボウッとしてたのだと気づいた。


「す、すいません。少し考え事をしてて」

「ふふふ」


 するとアーシスはニコニコと笑った。


「駄目デスヨ、ターナーさん。女性といるときはちゃんと女性の方を気にしないと」


 そう言ってウインクした。アカサはそれを見てドキっとした。それほど魅力的な仕草だった。さらにアーシスは続けて、


「そうダ、ターナーさん。私その即売所でみせの広場へ行ってみたいデス。行きマショウ」


 と錫杖を持っていない方の手を差し出してきた。アカサは一瞬何事か、と思ったがこんなときおじさんの言葉がよみがえった。その言葉を読み上げるように、


「案内役をさせてください、アーシスさん」


 軽く手を取り会釈した。満足そうにアーシスは頷いた。




 結局、アカサは二つの情報の確認の為に総合組織グレートギルドに戻ることを諦めてアーシスと並びサウスベルホまでの道のりを歩いた。


 メインベルホで空いている食事処が見付からなかったこととアーシスの要望に応える為に。


 並んで歩いていると十人中十人とは言わないがやはりアーシスは人目、特に男性陣おとこども視線を集めた。その容貌もさることながらアカサが気づかない一因がったからだ。それは火の月辺りの強めの日差しにより明るみになる事となった。


「暑いデスネ、デイキーユは」


 法衣ローブの胸元をはたき風を送りながらアーシスが言った。


「歩き通しのうえ、晴れてますしね。ティアントさんの出身地は涼しいんですか?」

「そうデスネ。私はカリード大陸、モーハーの生まれなんデス。あそこは地の三ヶ月がとても寒いのデスガ、その代わり他の月々は過ごしやすい日が多いのデスヨ」


 アカサはアーシスがモーハーと聞いて納得した。あの国の出身なら暑さに弱いのとニヤ教の関係者だという事が結び付くからだ。


「でも…本当に暑いデスネ…。デイキーユに着いてからこの服に着替えたのですが…もう少し涼しい服を探せば良かったデス」


 そうアーシスは呟いて苦笑しながらアカサを見た。アカサとしてはスリットが際どい位置まで上がっていて…なんというか、ある意味充分に魅力的かつ清涼感があるように思えた。強いて言うなら、


法衣ローブですかね」


 アカサは深く考えることなく言った。法衣ローブは教団側からの支給品なのか背中の方に錫杖と同じく重なった半円が縫い付けられていた。そして見たところ少し防寒仕様に見えた。


「確かに…法衣これはモーハーでのものなので少し厚着になりマスネ」


 アーシスはそう言って手で仰いだ。


「広場に着いたら食事もですけど冷たいもの探しましょう」

「ハイ、そうしマショウ。あ、そうデス」


 アーシスは何かに気づいたように声を出した。アカサは「どうしました?」と尋ねた。


 この時だ。要因、アーシスの男性陣ひと視線を集める原因が明るみになったのは。


 アーシスはアカサの言葉に答えるよりも先に法衣の前に手をやり、留め紐を全てほどいた。するとすっぽり包むように閉じられていた前方が完全に明け広げられた。


開け(こうす)れば良かったのデスネ」


 アーシスが微笑みアカサへ振り向いた。


 振り向いたとき、アカサもようやく気づいてしまった。その存在感を余すことなく主張しているもの(・・)に。


「ど、どうしマシタ?ターナーさん!」


 突然に噎せ始めたアカサに心配そうにアーシスが近寄る。しかしアカサはさらに慌てたようにそれを強く拒んだ。


「だ、大丈夫です!全っ然問題ないです!だから、ある、歩きましょう!前を向いてっ!」

「ハ、ハア…わかりマシタ。確かに大丈夫そうデスネ」


 訝しみながらもアカサがすすんで歩き出したのでアーシスも素直に続いた。


 アカサはとんでもないものを見てしまった、とずいずい突き進む。その顔は赤面していた。


 目の前が、頭の中が一瞬とはいえそれ(・・)でいっぱいになってしまった。


 ……お、大きかったな…ティアントさんの…、とそこまで考えてからブンブンと首を振って頭の中のものを振り払った 。


 アーシスは法衣ローブに白いスリット入りのスカートを履いているのはアカサもわかっていた。しかしまさか、それが胸元の大きく開いたロングドレスだとは思ってもいなかった。そのうえその少ない布地めんせきに包まれたアーシスのもの(・・)の大きさは予想外、想定外だった。


 アカサは本当に理解した。通り過ぎ様に振り返る人達おとこどもの視線が上下に忙しく動いていた理由が。正面からはわかったのだろう。法衣ローブに隠しきれていなかったその大きさが。


 赤面する顔を押さえながらなんとも言えない気恥ずかしさに自然と早足になったしまった。


 それでも後ろに続くアーシスは不思議がりながらも静かに着いて来てくれるのだった。



 アカサが冷静さを取り戻すのに多少時間がかかったのは…仕方がなかった。アカサは自身が落ち着いたのを確めるように一度深呼吸をした。


「すいません、急に早歩きなんかして」

「イイエ、私は大丈夫デスヨ。これでも一人身で旅を続けてきたのデスカラ、結構体力には自信あるンデス」

「そうですか、良かった」


 歩速を緩めアーシスがアカサの隣に再び並んだ。


 結局二人が広場に辿り着いたのは二時を回った頃だった。


 広場には朝方の静かな賑わいとう独特な雰囲気と違い勢いに溢れたみなぎる程の活気になっていた。


「やっぱり人が多いなぁ」

「そうデスネ。メインベルホもそうデシタがここもやはり闘士の方々が多いようデスネ」

「昨日は気付かなかったけど…あ、それよりも今は食べ物を探しましょうか?」

「ハイ、是非。それと冷たい飲み物があると嬉しいデスネ」


 アーシスはそう言って手の扇で晒された胸元に風を送っていた。


 その仕草…どこか艶っぽいと言うか、色っぽいと言うか…。アカサは思わず目を反らす。


 そしてアーシスからアカサは視線を外して気がついた。周囲の男性陣ひと視線がアーシスの一点に集中していたのを。


「じゃ、じゃぁ早く冷たい飲み物探して体を冷やしましょう!そして法衣ローブをしっかりと閉めましょう!」

「え?ええ、デスガ、暑…」

「ティアントさんは色白ですね。デイキーユの日差しは強いから肌を守る為です…お願いします」


 アカサは強く推した。


 本人がどこまで意識してやっているのかわからないが…はっきり言って…情緒に悪い。だからアカサは必死に冷たい飲み物を探した。


 最終的に砕き氷菓(かきごおり)のメロン味を食べてアーシスも暑さがひいたらしく大人しく前を閉じてくれた。


 それから何を思ったのか、


「慣れない土地での道案内から肌の心配、さらには砕き氷菓(かきごおり)まで…やはりターナーさんをお誘いした私の直感は間違いではありませんデシタ」


 と、アーシスはいたく喜んでくれた。


 同時にアカサは少しだけ疲れつつあった。いい人ではあるんだけどもう少し自身の魅力に気づいてほしい…これが今のアカサの気持ちだった。特にこんな人が多く、しかも戦闘職業という血気盛んそうな人々が集まっている中では…。


 そこまで考えてからアカサの思考は一時中断された。


「人が…飛んでる」


 アカサ達が今いる地点より向こう側で人が空を舞ったのを直視したからである。よく見れば〃吹き飛ばされた〃というのが正確だったが、そんなことは関係ない。


 辺りは活気とは別の騒然とした雰囲気に襲われた。


 アカサもその雰囲気に包まれてしまった。


 ど、どうしよう。


 気持ちは焦るだけで上手く考えられない。足も少し震えている感覚がある。アカサは人が飛ばされた方向をただ見ていた。


「ターナーさん、行きマショウっ!」


 アカサの停滞を打ち破ったのはアーシスの言葉だった。「え…」と戸惑うアカサだったが、


「理由はわかりマセンが、怪我人がいるかも知れマセン。私は導師。喧嘩の仲裁は無理でも治療くらいなら出来マス」


 アーシスの続く強い言葉を受け、


「…はい!」


 意を決して頷いた。


 そうだ、僕はこれから喧嘩の仲裁(こんなこと)を仕事にするかも知れないんだ。だったら…行かなきゃ。


 アカサはアーシスと一緒に人垣を払い除けながらその場所を目指して進んだ。


 現場はすぐにわかった。人の輪が出来ており、その中心部におそらく〃吹き飛ばされた〃方と思われる男と〃吹き飛ばした〃方と思われる女が対峙していたからだ。男の方はまだ立ち上がれず腰をついた状態で女の方を睨み付けていた。


「何すんだ、このアマぁっ!」


 痛みが強いのか肩で息をしつつそれでも声の限り叫んだようだ。言葉の後、男は噎せかえっていた。


「何…ってか?自分が吹っ飛ばされたってのもわかんねぇかな」


 女の方は赤い髪を掻きむしり苛立ちを隠さずに話す。


「てめぇはアタシの怒りを買った。そしてその結果が今のてめえの姿だ。それがわかったらとっとと消えなっ!」

「な、馬鹿な?俺が何したってんだ!」

「……気づいてねぇのかよ…ったく、救えねぇなぁ」


 女の方の目が鋭く細められた。男は「ヒッ!」と声を出し、痛みを堪えて立ち上がろうとして一度転んだ。そして女が自身の両拳につけた銀の手甲(シルバガレット)を鳴らしつけながら近づくと、


「ひぇ、たす、助けてぇ」


 と地面を這うように人垣を抜けてその場を去った。


 アカサとアーシスはそこまでの一部始終を黙って見ていた。いや、口を挟む余裕もないほどあっけなかったので見ていることしか出来なかった。


 一体、何だったんだ…アカサは疑問に思っても声にならなかった。アーシスを見ても黙って輪の中心にいる女を見ているだけだった。すると、


「ありゃりゃ、闘士同士の喧嘩かよ…他所でやってくれよな」

「本当だよなぁ、いきなりだったもんな」

「あーあー、見ろよ。吹っ飛ばされた男がぶつかったせいで即売所でみせの商品が台無しになってるぜ」


 今まで輪を成して黙って野次馬と化していた人々がそう声を出し始めた。小さくない声は女の方にも聞こえていることは予測できた。


 女は再び髪を掻きむしりながらその台無しになった商品を片付けている即売所でみせに歩み寄った。


「な、なんだい…」


 売り子と思われる中年の女性が近づく女に警戒の声を出す。その狼狽える様子は明らかに女に対して怯えていた。


「あのよ」


 赤い髪の女は声をかける。周囲の野次馬はざわめく。


「あの女闘士、何するつもりだ…」

「おい、ヤバイんじゃね。だれか憲兵呼べよ」

「近くの自警衆でもいいから、早く」


 声は女にも届いたのだろう。「チッ」と舌打ちしたあと、


「必ず弁償すっから…悪かったな」


 そう言って女性に背を向けると人混みの中を駆け出した。


 それを見たアカサは…気がつけば追いかけていた。


「ターナーさん?」


 アーシスが声をかけるがアカサは止まらなかった。今度はアーシスが躊躇ったあと、意を決したようにアカサと女を追い始めた。


 アーシスは前述した言葉通り錫杖を持ちながらでもアカサに追いつく程の脚力を持ち合わせていた。


 並びアカサに問う。


「ターナーさん。何故、あの方を追うのデスカ?」

「あの…人……悪かったって…謝って…ました」


 息も乱れ、言葉は繋ぎ繋ぎだったがアカサは必死に答える。アーシスは並走しつつその言葉に耳を傾ける。


「必ず…弁償…するって…言って…ました。だから…さっきの…ことも…きっと…理由が…あるだろうから…それが…気になって…」


 アカサは言い終えるとあとはがむしゃらに走り出した。


 横に並ぶアーシスはそんなアカサに後れをとらぬ程の速度を保ちながら…微笑んだ。


「わかりマシタ、ターナーさん。ちょっとくすぐったいと思いマスガ…私に任せてくだサイ」


 アーシスはそう言うとアカサにそっと触れた。アカサは何事かわからなかったがとにかく走り続けた。任せてくれ、とアーシスが言うのであれば何かしら考えがあっての事だろう…そう思ったからだ。


 アーシスの触れた指先が動いたのがわかった。言われた通りなんともくすぐったい。


「アーシス…さん?」

「頑張ってくだサイ。私もあとからまた追いかけマス」


 思わず声を出したアカサだったがアーシスは言葉通りその場で立ち止まった。アカサは後ろに置いていくアーシスを振り返ろうとして、


「っな!」


 自身に突然訪れた変化に戸惑った。体の内部から急激に力が溢れて来るのだ。それがアーシスが施した導師の得意とする補助系統法術だとアカサが理解した時、アーシスは手を振り、


「また後で会いマショウ!」


 アカサを見送っていた。


「わかりましたっ!」


 待ち合わせも打ち合わせもしていなかったがそう約束すると、アカサはもう前だけを見て強く一歩一歩を踏み出した。すると、今までにないほどの速度で疾走し…あと少し、というところまで女に追い付いた。


 そして……力の制御に慣れないアカサはそのまま角を曲がる女の動きに着いていけず派手に転んでしまったのであった。


「痛た…」


 どうやらアーシスがかけてくれた補助系統法術は体力的な強化だけでなく肉体的な強化もしてくれたらしく痛いという感覚はあるものの幸いに怪我はなかった。しかしこれで女の行方は完全にわからなくなっただろう、とアカサは悔しがった。


「せっかくティアントさんが手伝ってくれたのに…」


 アカサは先程アーシスが触れた場所を見た。僅かに光を放っていたその場所は次第に輝きを失い、ついには消えてしまった。同時に溢れていた力の感覚も失われ、完全に法術の効果が消えたことを悟った。


「理由……聞けなかったな…」


 アカサは呟いた。


「理由?……そんなもん聞くためにこんだけ追いかけっこしたのかい?」


 すると思いがけず答えが返ってきた。驚きアカサは声の方を見るとそこには追いかけていた女がばつの悪そうな顔で立っていた。


「な、何で…」


 立ち上がり、戸惑いながらアカサが言うと、


「何でって。兄ちゃん、ずいぶん派手に転んだろ?大丈夫かよって…思ってよ」


 そう女は言った。


「あは、ははは」

「な、なんだよ!兄ちゃん、やっぱ頭でも打ったのか」


 そうだ、やっぱりそうだったんだ…アカサは確信した。


 やはりあの即売所でみせの女性に言っていた言葉通りこの目の前の赤い髪の女性は悪い人では無いんだ、と。


「僕は大丈夫です」


 服についた埃を払いながらアカサは続けた。


「それよりもあの広場で貴女はどうしてあんなことをしたんですか?僕はそれが知りたいんです」


 大きくはないが、はっきりとした声でアカサは女に尋ねた。


  女はどうしたものか、とでも言いた気にその赤い髪を掻きむしった。



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