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第一話:ニューカマー

「遍く存在する五元より外れし力よ──」


 白い炎が闇の中に輪郭を浮かばせる薄暗い空間を、凛然たる声が満たしていく。

 可憐だが力強く厳かな声だ。

 薄暗く広い部屋には、声の持ち主を含め五人ほどの男女が居た。

 内の四人は声の持ち主である少女を見守る様に控えている。部屋の中心に少女という位置と、衣服とを合わせて見れば、この人物達の上下関係が見えてくるという者だろう。

 ──高価そうな正装に身を包んだ五人の男女。その中でも部屋の中心で(うた)を紡ぐ少女は、より豪奢な白のドレスに身を包んでいた。

 頭にティアラを乗せている少女は、まるで神話の姫君の様で──事実、この国を治める王女であった。


「理を超えし超常の力を今こそ我らに貸したまえ」


 呪文が一つ、また一つと紡がれるたび、少女を囲むように控える男女の緊張は膨らんでいく。

 もし、なにも起こらなかったら? もし、何かが起きてしまったら。

 不安は頭に暗雲を呼び、暗雲は未来を暗く押しつぶしていく。

 

 ……この国、サーフィリザは危機を迎えていた。

 病ではない、戦乱ではない、しかし国を──世界を揺るがしかねない強大な危機だ。

 サーフィリザは魔術に優れた大国である。長く戦争を経験していない平和な世界にあっても、武力・経済力共に大きな力を持つ世界の中心だ。

 正直にいえば、今のところかの国を侵し得る要素は、この世界には未だないだろう。


 だが、それは『未だ』無いだけの話である。

 かつてこの世界には暴虐の限りを尽くす魔族の王が居た。

 今ではその姿は書物に輪郭を残すのみだが、この世界ははるか昔、滅亡の危機を迎えていたのだ。

 しかしこの世界は現在も存続し、平和を勝ちとっている。

 それを成し遂げたのが、今でも歴史書やおとぎ話に輝かしい姿を残す、勇者と呼ばれる者であった。


 魔族の王の力は絶大だった。腕利きの魔術師を集めても、幾千幾万の屈強な兵を集めても太刀打ちが出来ないほどに。

 このままでは世界は魔の手に落ちる。滅亡を背にした世界が最後の賭けとして呼び出したのが、この勇者という存在だ。

 ──異界より勇ある者を召喚し、魔王の討伐を願う。

 伝説として伝えられる、存在するかも分らぬ魔術。結論から言えばその伝説は──存在した。

 黒き衣を身に纏った光の戦士。勇者の姿はそう伝えられる。

 勇者は類稀なる力を持って闇の大地を進撃し、ついに魔王と対峙する。

 そして、激しい戦いの末に勇者は魔王を封印したのだ。


 ……ここまでが、世に語られる勇者の伝説である。かつてこの世界を救った英雄の話を知らぬ者は、この世界には居ない。

 だが、ごく一部の者のみ、この伝説には続きがある事を知っている。


 千年の時の後、魔王は復活する。英雄譚を破滅の預言書へと変える、最後の一文を。


 そして今。王国歴2198年こそ、魔王の時代よりやがて千年を迎える時だったのだ。


 この部屋に集まった者達が行っている、儀式の様な行動は、正しく儀式であった。

 破滅を齎す邪悪の化身を打ち倒しうる唯一の存在、勇者を呼ぶための、大魔術である。

 

 儀式はじきに終わりを迎える所まで差しかかかっていた。

 少女を中心に膨大な魔力が集まっていき、足元に巨大な魔法陣を描く。


「今こそ、我らの前に遣わせたまえ! 勇ある戦士──勇者をここに!」


 呪文の終わりの一文を結び、少女は身体に持てる魔力の全てを解放した。

 国で五本の指に数えられるような魔術師の全開の魔力は、屋内の部屋に嵐を生み出し、豪奢な服を舞いあがらせる。

 しかしそれを気にする者はいない。荒れ狂う風から目を守りながら、それでも全員の視線は少女に集められていた。

 部屋を照らす白い炎はその身を躍らせるも、消えるどころか激しさを増していく。

 光と風。その二つが術者である少女の瞳をも焼こうとしたその瞬間──突如として白い焔を混ぜた風が少女の前に集まり、視界を遮った。

 同時に、従者たちの緊張は最高に達する。

 姫の身に何かがあれば、この身を呈してでも。主である少女を除く全員の心が一致したとき──あっけなく、風は掻き消えて行った。


 白焔の竜巻は、まるで役者を隠す幕の様に。

 あっさりと取り払われた炎のカーテンのその奥には──黒き衣に身を包む、少年の姿があった。


 ──成功だ。全員がそう思うのは、必然の事であった。

 黒い衣に身を包むが故か、少年の身は猫科の肉食獣を思わせ、スマートな印象を与えていた。

 細さに見合った長身。黒一色という地味な服装に身を包みながらも、少年は演劇の女形を思わせた。

 また、一同が警戒を忘れて見惚れたその端整な顔立ちだ。

 一瞬男か女か見紛う程の線の細さに、繊細な目鼻立ち。

 しかし彼の剣の様な鋭い瞳が、少年を男だと主張していた。


 一目見て、部屋の者達は緊張も警戒も忘れ、意識を束ねられていた。

 美しい。少年を見て思ったのは──いや、感じたのは、只管シンプルな衝撃であった。


 選ばれし勇ある者。伝説に伝えられるに相応しい姿を持った少年を見て、勇者召喚の儀は失敗だったと言える者はあまりいないだろう。

 それほどまでに少年の第一印象は強烈だった。


 ……なんとか、役目を果たす事が出来た。

 そう安堵したのは、勇者召喚の儀を取り行った美しい少女、フレドリカ=エルヴェスタム=ド=サーフィリザだ。

 サーフィリザを治める王族として受け継いだ、サーフィリザの名。それを汚さずに済んだと少女は心を落ち着ける。


 若くして国を取り仕切る女王。フレドリカは類稀なる才と美貌、そして慈愛の心を持って成功を重ねてきた賢君だが、未だ十七歳の少女なのだ。

 国の未来を、ひいては世界の未来を左右する儀式を無事に終える事が出来たのだ。

 安堵してしまうのも無理はないだろう。


 しかし、まだ女王としての、召喚者としての仕事は終わったわけではない。

 勇者に協力してもらうよう頼んだり、異界から呼び出されてこの世界の事を何も知らない勇者にこの世界の事を伝えたり──することはまだまだある。

 見れば勇者も混乱しているようだ。端整な顔をせわしなく右へ左へと動かす様からは困惑が見て取れる。

 まずは落ち着いて頂こう。会話を試みる為、フレドリカは召喚された勇者に声をかけようとした。

 

 ──その時だった。


「あ、あら? ここはどこ? ……アタシの翔太君はどこいったの!?」


 この場に似つかわしくない女性の言葉が、野太い声で響く。

 一瞬誰が発したのか分からなくなる声は、部屋の中心から聞こえてきていた。


 ……部屋に集まった国の重鎮たちは、凍りついたようにその動きを制止させた。

 それは今まさに勇者へ声をかけようとしていたフレドリカも例外ではない。


「いやだわ……アタシ夢でも見てるのかしら。なんか魔法陣みたいなのとかヘンテコな服着た人たちが見えるわ~」


 だが思考を停止させることで目をそむけてきた現実は、いかなる時でも逃がしてはくれない。

 フレドリカ達は確かに見て聞いた。召喚された勇者の口から、野太い声で女性の使う言葉が飛び出すのを。


 ……失敗、かもしれない。

 また一つ、フレドリカ達の思考が重なる。

 

 召喚された勇者は──オカマだった。

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