訪問者の誘い
連れて来られて初めて、部屋を出て屋敷の中を歩いてみる。
恐々と出てみたものの、屋敷の広さの割に人の数はそれほど多くはない。
たまにすれ違う人たちは皆、ラウラに軽く会釈をする程度で、誰に見咎められることもなかった。
屋敷を一回りし、中庭へと出て太陽を仰ぎ見る。
(太陽はこんなにも眩しかったのですね)
部屋に差し込む光をただぼんやりと眺めて過ごしていたから、体に降り注ぐ陽の強さに驚く。
村で見上げた太陽と同じはずなのに、一人きりで見上げるそれは、まったくの別もののようだ。
「こんにちは。耳長族のお嬢さん」
「!?」
太陽に気をとられていたラウラは、現れた男の存在に気が付かなかった。
いつの間にか、目の前には軍服姿の男が立っていた。
「……」
「そんなに怖がるなって。別に取って食うわけじゃないんだからさ」
今にも踵を返し逃げ出しそうなラウラの様子に苦笑する。
「イセン国に来る時の荷馬車に、一緒に乗ってたんだぜ? 覚えてないか?」
男の言葉に警戒心を宿らせた瞳を向けたまま、小さく頭を振る。
あの時は、恐怖と絶望で周りを見回す余裕などなかった。
ユーゴ以外の人間など覚えているはずもない。
「そうか。まあ、いいさ。それより、俺はあんたに話があって来たんだ」
「?」
「あんた、ここを出る気はないか?」
唐突な問いに意味が分からず男を見返す。
「ユーゴをあまり信じない方がいい」
「え?」
「あいつは出世のためには手段を選ばないような男だ。あんたも、そのうち利用されるぜ?一月近くも閉じ込められているのがいい証拠だ」
そう言い距離を詰めようとする男に、ラウラは数歩後ず去る。
「……あの方を悪く言わないでください」
もうずっと姿を見ていない相手。
話したことだって数えるほどしかない。
ユーゴの何を知っているのかと問われれば、何も知らない。
それでも、今目の前にいる男と比べれば、ユーゴの方がずっと信頼できる。
理屈ではなく、それは直感ともいえるもの。
強く澄んだラウラの眼差しを受け、男は一瞬表情を歪めたものの、すぐに優しげな笑みを浮かべる。
「まあ、あんたにとっては恩人だもんな。だが、あいつはあんたの仲間の所在を教えてくれたのか?」
「え?」
ラウラの反応に、男は“やっぱりな”というように肩を竦ませる。
「何も知らされてないんだろ」
「知っているのですか!?」
ユーゴの口から、他の者たちの所在について語られたことはない。
いや、もう何日も顔を合わせていないのだ。
話を聞く機会もなかった。
「ここでは誰かに聞かれる可能性がある。一応、軍部の機密事項なんでな。知りたければ、一緒においで」
「で、でも……」
「別に遠くに行くわけじゃない。ただ、この中じゃ誰に聞かれているか分からないから」
「……」
「余計なお世話だというなら、無理強いはしないさ」
躊躇うラウラにそう言い放ち男は踵を返す。
「ま、待ってください!」
仲間の所在を一刻でも早く知りたい。
気が付くと男を引き留めていた。