差しのべられた手
夜も更けた頃、たどり着いたのは大きな町。
見たこともない建物と、自分を見る多くの人々の好奇の視線。
馬車の片隅に座り込み、緊張と恐怖で立ち上がることすら出来ない。
「なんだとっ!」
暫くしてから、一際大きな怒鳴り声が響きラウラは飛び上がる。
見れば、怒鳴った男と対峙しているのはユーゴだった。
何事かとざわめくその場で、当事者であるユーゴは一人涼しい顔をしている。
「今回の討伐は宰相閣下に一任されています。故に彼女の処遇についても、私が決める権限があるでしょう?」
「常識でものを言えっ。賊の討伐で財を得た場合は、役所が預かるものだ。あれはそれ相応の価値がある。役所が引き取るのが筋だろうがっ」
男の血走った目が自分に向けられ身が竦む。
“身ぐるみをはがされ、その身すら売り物にされる”
大人たちから聞いていたこと。
それが今、自分の身に起きようとしているのだ。
逃げなければと思うのに動けない。
いや、ここは人間の町。
逃げ場などない。
絶望しかけたその時だった。
「彼女は“モノ”ではありません。私は耳長族の生き残りである少女を保護すると言っているのです。筋が違うのはどちらでしょう?」
「!?」
ユーゴは酷薄な笑みを浮かべる。
冷たく刺すような侮蔑の視線を向けて。
その視線に男は圧倒され暫し息を呑む。
「そういうことなので、彼女は私が連れ帰ります」
もう用はないとばかりに踵を返す。
「チッ。成り上がりものが偉そうにっ」
忌々しげに吐き捨てた男の言葉に動じることなく、ユーゴはラウラの下へと一直線にやってくる。
「一緒に来てください」
手を差し出され、ラウラは戸惑い固まる。
不思議と怖いとは思わなかった。
だが、ユーゴも人間。簡単にその手をとることに抵抗があった。
「不本意であることは分かります。ですが、此処に留まることよりはマシだと思いますよ」
まとわりつく嫌な視線と聞こえてくる言葉の欠片。
不快で気持ちが悪く眩暈がしそうになる。
「……」
暫くの重巡の後、無言のままその手を取ったのは、一刻も早くこの場を離れたかったからだ。
ユーゴを信じたからではない。
言い訳のように心の中で呟いた。