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日常の終わり


「ラウラ」


 夜、眠りに落ちていたラウラは、自分を呼ぶ声で目を覚ます。


「え? ラウル?」


 目の前には、年近い従弟の姿。

 目を凝らさなければ姿が見えないほどに、周りは暗闇が広がっている。

 まだ夜明け前なのだろう。

 それなのになぜだろう? 

 外が騒がしい。

 ラウラの耳に、乱れた砂馬の足音や誰かが叫ぶ声が聞こえてくる。


「どうしたの? 外で何かしているの?」


 ラウルからはいつもの元気がない。

 暗がりでその表情はよく見えないが、明らかにいつもの様子と違う。

 騒がしい外の喧騒と関係があるのは明らかで、得体のしれない不安が胸に去来する。


「人間が……来た」


 片言に近い言葉に、ラウラは一瞬何を言っているのか分からなかった。

 小首を傾げラウルを見返す。


「来て」

「ラウル?」


 ベットから引っ張り出されリビングに入り、その場にいる面々を見て、ことの異常さを認識していく。


「どうして?」


 目の前にいるのは、昼間に会った面子そのままだった。

 つまり、耳長族の中でも年若い者たち。

 一様に深刻な思いつめた顔をしている。


「ねぇ? どうしたの?」

「ラウラ。よく聞いてね」


 その中でも、いつもみんなを取りまとめるリーダー役の少女が、ラウラの前に出て泣くように笑う。

 今までにみたこともない表情。


「姉さま?」

「人間にこの村が見つかってしまったの。しかも、とても悪い人間に」

「え?」


 あまりにも現実味のない言葉に、助けを求めるように、他の面々を見渡す。


「……」

「……」


 あるものは泣き出しそうに、あるものは悔しそうに唇を噛みしめ、握ったままのラウルの手は、痛いほどに強く、それが現状の緊迫さを物語っている。


「あのあの、みんなは? おじ様は? おば様は?」

「……大人たちは交渉しに出たのだけれど」

「聞く耳を持たなかった。多分、もうこの村はダメだっ!」


 叫ぶように放たれた言葉にも、ラウラの思考はついていかない。


「ラウルの家が一番村はずれだから。ラウルのお父さんが僕たちを集めて、ここに連れて来てくれて」

「そのまま、また引き返してしまった」

「逃げ道を探したけれど、村は人間に包囲されていて動けない」

「この家以外はもうひどく荒らされてしまっているわ」


 矢継ぎ早に放たれる言葉は、どれも現実味がない、恐ろしいことばかり。


「どう、なるの?」


 恐怖で舌が痺れる。

 ラウルの手の温もりがなければ、そのまま叫び泣いていたかもしれない。


「見つかれば、捕まって売られるか、殺されるか」

「そ、そんな……」

「大丈夫。ここはとても見つかりづらい場所だから」

「で、でも、おじ様やおば様たちは?」

「……」

「何で……どうしてっ」


 小さな沈黙で悟ったのは、もうすべてが手遅れなのだということ。


「泣かないで、ラウラ。あなたは絶対に守るから」


 優しく涙を拭いとり、柔らかくほほ笑む。なぜか、その笑顔に更なる不安が広がる。


「この家の裏小屋に大きな時計があるでしょう?」

「はは。昔は、かくれんぼの定番隠れ場所だったよな」

「ラウラは小さいから、まだあそこに入れるよね? そこに隠れていて」

「兄様や姉様。ラウルはどこに隠れるの?」

「隠れるのはラウラだけだ」


 きっぱりとした口調でラウルが告げる。


「い、嫌っ! どうして!?」

「安心して。念のためよ。大丈夫だけど、念のため」


 抱きしめ、赤子をあやすように囁くその声が掠れているのは気のせいではないはずだ。


「……ラウラは隠れない。みんなと一緒」


 優しい温もりから離れ、ラウラはイヤイヤと大きく首を振る。


「ダメだぞ。我がまま言うな」

「そうそう。年長者の言うことは聞いておくもんだ」

「うわぁ。お使いバックレ率ナンバーワンのあんたが言うと、説得力無くなるからやめてよね」

「げっ。そこはツッコんじゃダメなとこだろ!?」


 いつものように……いつものようであるかのように見せる為に、言葉が紡がれている。


「……」


 泣きたいのはみんな同じだ。

 それなのに、涙ではなく笑顔を浮かべる。

 自分を安心させようとしているのだと分かるから、尚更泣きたくなる。

 助けを求めるように、一番年近いラウルを見る。

 と、ニッといつものやんちゃな笑みを返される。


「妹を守るのは兄の務めだ。僕もお前の“兄様”の一人なんだからな。たまには、兄様らしいことさせろよな」

「ラウル……」


 そう言って握っていたその手を離し、ラウラの頭を優しく撫でる。


「かーっこいい! ラウル」

「うんうん。惚れちゃいそう」

「うーっ。茶化すな! 僕の見せ場が台無しだ」

「自分でそれ言ったら、更に台無しだぞ」


 ケラケラ笑われ、頬を膨らませるラウル。


「ふふ。そういうことだから、ラウルの顔を立ててあげて。ラウラ」

「そうそう。大丈夫だって。あくまで念のため」

「なんにも心配ないよ」


 諭すように優しい言葉の裏に見える強い決意。生まれた時からずっとずっと一緒にいるから分かる。

 みんなが同じ気持ちで、自分を守ろうとしている。

 優しい大好きな兄姉たち。


「おいで。僕が時計の蓋を締めてあげる。あ、もちろん開けるのも僕だよ。約束だ」


 ラウルの言葉にラウラは涙を拭いて小さく頷いた。


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