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託されたもの


………………

………

……


「なんで?」


 連れて来られたのは、惨劇の現場。

 まだ色濃く残る狂気の爪痕。

 平和で長閑だったその場所は見る影もない。

 焼け焦げた家々。

 踏み荒らされた畑。

 死したものは埋められ、視界には入らずとも、未だひどい死臭が立ち込めている。

 嗅覚も優れている耳長族であれば、それは尚更のこと。

 胃は空っぽのはずなのに、吐き気に見舞われ、眩暈がして、倒れずにいることが精いっぱいだ。


「行きますよ」


 呆然とするラウラを半ば引きずるように、ユーゴは一軒の家に入る。


「あ…いや…。ここは嫌!」


 その場所を認識し、ラウラは小刻みに震える。

 全身で拒否するが、衰弱しきっているその体では、抵抗など無駄に等しい。

 引きずられるように家の中に連れ込まれ、ただその場に立ち尽くす。


「この先にある小屋の大時計の中に、あなたはいたのでしたね」

「……」


 ラウラはうつむいたまま、顔を上げることができない。

 それでも分かっている。

 ここは、いつもみんなで暖炉を囲んで集まった懐かしくも愛しい場所。

 そして、最期にみんなの姿を見た場所。

 耳に残るのは、大切な人たちの優しい声。

 目を閉じれば、大好きな人たちの笑顔を鮮明に思い出せる。


「そして、この部屋で年若い者たちが息絶えていました。一人残らず」

「!?」


その言葉に、ラウラは悲鳴にならない悲鳴をあげる。

「あ……う…」


ラウラの大切な兄姉たち。

 血はつながっていなくとも、この集落で本当の兄弟姉妹のように育った。

 そしてあの惨劇の日、みんなでラウラを守ってくれた。


「ここで、彼らは籠城したようですね」

「……」

「呆気なく看破されたようですけど」

「……」


 聞きたくなくとも静寂のその場で、ユーゴの低いその声はよく響く。


「窓から逃げてもよかった。別部屋に続く扉だってある。それなのに、ここから動かなかった」

「……」

「いえ、この先にある小屋へと続く扉の前から動かなかったんです」

「!?」


 ここに来て初めて、ラウラはユーゴの顔をみた。

 いつもと変わらない、感情が読めない無表情。


「馬鹿げていると思いませんか? それではまるで、その扉の奥に、大切な何かがあると教えているようなものだ」

「っ」

「本当に単純で浅はかで、バカとしか言いようがない」

「ラウルは……兄様や姉様は、ラウラの自慢の兄姉なのですっ。みんなを侮辱するのは許さないのです!!」


 嘲りの笑みさえ浮かべるユーゴに、ラウラは激昂しその胸を何度も叩く。

 自然と涙があふれ出す。

 怒りと悲しみが入り混じり胸が熱く痛い。

 久しぶりに感情を露わにした。


「……彼らはここで、戦ったのでしょうね。歯が立たないことなど分かっていたはずでしょうに、それでも逃げなかった」


 そんな様子を歯牙にもかけず、ユーゴは淡々と言葉を続ける。


「私がここに来た時には全員絶命していましたが、略奪者たちもひん死の状態でしたよ。窮鼠猫を噛むとは、よく言ったものです」


 よくみれば床にも壁にも、いくつものどす黒いシミができている。


「いやっ」


 それが何を意味するのか、その結論にいきつきラウラは、耳を塞ぎ目を覆いうずくまる。


「よく見なさい」


 そんなラウラを乱暴な手つきで無理やりに立たせ、目を覆う手をつかむ。


「なんで……こんな酷いことっ……」


 本当は分かっていた。

 あの惨劇で逃げ延びることなど、不可能なんだと。

 だけど、自分にこんな風に現実を突き付け、絶望に突き落として、この男に何の得があるのか。

 涙にぬれながらも怒りを込めた瞳でユーゴを睨み付ける。


「私があなたを引き取ったのは、彼らやあなたに同情したからではありません」

「……」

「彼らの強い想いを無視できなかったからです。その信念には尊敬すら覚えます」

「え?」

「そうまでして、彼らが守ったものに興味もあった」


 睨んだはずなのに、もっと強く睨み返されて、その強さに息が詰まる。


「命を賭して守った彼らの想いを、あなたはもっと理解しておくべきだ」


 深く青い瞳はその場に向けられる。


「彼らがあなたを守るために、どうしたのか。最期の場所であるここを、目を逸らさず焼き付けておきなさい」


 耳長族は争いを好まない。

 故に、戦い方など知らない。

 そのはずだ。

 それでも、兄姉たちは逃げずに戦ったのだという。


『妹を守るのは上の兄弟の務めだ。僕もお前の“兄様”の一人なんだからな』


 そう言ってラウラの頭を撫でたラウルの手は震えていた。

 瞳は潤んでいた。

 それでも……。


「わ、笑っていた。みんな、“大丈夫”だからって、心配はないからって……」


 泣きじゃくるラウラを慰め、諭すかのように。

 自分たちの未来が潰えることは、分かっていたはずなのに。


「命をかけても奪われたくなかったのでしょうね」

「ラウラにはそんな価値ない……。弱くて役立たず……」


 ただ言われるがままに、目も耳も塞ぎ震えていただけの自分。


「価値とは自分が決めるものではない。少なくとも、彼らには命を懸けるほどの価値があなたにあったのでしょう。それほどのものを、簡単に捨てようとするなど、彼らを“侮辱”しているのは誰でしょうね」

「!?」

「あなたが自分を卑下するのはどうでもいい。ですが、彼らの想いに目を背けるのは止めていただきたい。あなたの命は、彼らの存在の上に成り立っている。あなたの命には、彼らの命も含まれているのですから」


 それは静かに紡がれた言葉。

 それは叱責でも諭しでもない。

 ただその眼差しは強く強くラウラに注がれている。

 何よりも深くラウラの心を貫く。


「みんなの……命……」


 取り残され置いて行かれてしまったと思っていた。

 たった一人きりにされるくらいなら、一緒に死んでしまえたらと思っていた。

 けれど……。


「ラウラは一人じゃなかった……」


 胸元に手を置き、確かに聞こえる鼓動に涙が溢れだす。

 温かく優しいその音は、大切な人たちが守ってくれたもの。

 自分に託されたのは“未来”


「……」


 意を決してその場を見渡す。

 大切な人たちの命がついえた場所。

 心が悲しみではち切れそうになる。

 体がカタカタとひとりでに震える。


「!?」


 そんなラウラに、ユーゴは無言で上着をかける。

 いつかと同じように、その匂いに包まれ震えが止まる。


「あ、ありがとう……ございます」

「いえ……」

「もう……大丈夫、なのです」

「そうですか」


 ラウラの言葉にユーゴは静かに頷く。


 まだ涙を止めることは出来ない。

 大切な人たちを思い出し、悲しさと寂しさに震えることもあるだろう。

 それでも、今ここからは歩き出そうと思う。

 皆が守ってくれた弱虫で役立たずな自分。

 けれど、いつかそんな自分を好きになりたいと思う。

 だから、生きることを選ぶ。


(強くなります。ラウルや兄様姉様が誇れるように)


 優しい風が通り抜ける。

 まるで、その言葉に誰かが答えるかのように。


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