優しいにおい
「今日もですか?」
ラウラが連れ去られかけて数日。
部屋から出て来たメイドが下げた、手つかずの食事を一瞥し、ユーゴは眉根を寄せる。
「はい。一口も」
あの日から、ラウラは食事に口を付けていない。
それどころか、ベッドから出てくることすらない。
「ユーゴ様。お願いでございます。このままでは、あの方は……」
滅多なことでは仕事へ私情を持ち込まないメイドが珍しく、感情を露わにユーゴへと懇願する。
「あなたはもう下がってください」
小さく息を吐き、ユーゴはラウラがいる部屋へと入る。
「……」
自分を見ることなく、ただベットの上にうずくまるだけのラウラの姿に、ユーゴは眉ねを寄せる。
「いつまでそうしているつもりですか?」
「……」
問いかけにも、視線すら合わせようとはしない。
「そうやって、何も飲まず食わずで死ぬつもりですか?」
「それで死ねるのなら……」
別に死ぬつもりで口にしないわけではない。
ただ、食べたいと思わないのだ。
その気力すらない。
けれど、それで死ぬことが出来るなら、それでも構わない。
そう思っていた。
もう大切な人たちは誰一人いない。
こんな世界に独り取り残されるくらいなら、死んだ方がどれほど楽になれるだろう。
死に羨望さえある。
「……来なさい」
ユーゴは小さく舌打ちし、ラウラを無理やりに立たせる。
「……」
あぁ、ついに呆れられて、追い出されるか、それとも売りに出されるのか。
と、ラウラは他人ごとのように思う。
「まったく世話のかかる」
「え!?」
ずっと塞ぎこんでいたせいか、足下のおぼつかないラウラを、ユーゴは乱暴に抱き上げる。
(軽いな)
抱き上げ、その軽さにユーゴは驚き眉をひそめる。
「ごめんなさい」
その顔を愚鈍な自分に苛立ったのだろうと解釈したラウラはボソッと謝る。
「謝るくらいなら、努力するべきだ」
そういいながら、ユーゴはラウラを抱き上げたまま歩きだす。
(やっぱり、この人からは優しい匂いがする)
態度も言葉もちっとも優しくないのに、不思議とユーゴのにおいは安心してしまうのだ。
これから自分がどうなるかの不安より、ユーゴの側を離れる寂しさに胸を締め付けられている自分に自嘲的な笑みが零れる。
(人間なんて嫌いなのに。変なの)
この人が殺してくれればいいのにな。
誰かに殺されるのは嫌だ。
自分で死ぬのは怖い。
だけど、ユーゴならいい。
ユーゴのぬくもりに包まれながら、そんなことさえ思っていた。