突き付けられる真実
「自分の立場が分からないのはどこの誰ですかね?」
茫然とするラウラの耳に涼やかな声が掠める。
「なっ」
「ど、どうして此処に……」
その場の面々は、思わぬ人物の登場に騒然となる。
(どうして?)
顔を上げれば、その場にはそぐわないほどに落ち着き払った、ユーゴの姿があった。
男を殴り飛ばしただろう手を軽く摩り息を吐く。
「単純で馬鹿な一団がこぞって、軍部に姿が見えなかったものですから。来てみれば案の定だ。本当に単純で馬鹿な輩で助かった」
先ほどラウラに向けられた侮蔑的な言葉を揶揄し、ユーゴは事もなげに言葉を放つ。
「ふざけるなっ。お前一人で俺たちがやれるとでも思って……ぐわっ」
ユーゴに顔面に蹴りを入れられ、言葉を最後まで言うことが出来なかった。
その勢いで、周りにいる輩へも素早い動きで攻撃を仕掛けていく。
瞬く間にその場にいた者たちは戦意をそがれていく。
「!」
それに見惚れていたラウラを、男が後ろから羽交い絞めにする。
「くそっ。こいつがどうなってもいいのか!?」
殴られた痛みからなのか、劣勢に立ったあせりからなのか、醜く表情を歪めている。
ラウラを押さえつけながら、その首筋に刃を押し当てる。
「……」
それを静かに凪いだ瞳で一瞥、ユーゴは軽く息を吐く。
「分かっていますか? それは三下の悪役が口にする台詞ですよ? 末端とはいえ、国の軍に所属する者が嘆かわしい」
「うるせぇ! 俺たちはもともとこの国の人間じゃねぇんだ。こいつを売り払って、こんな国から出てってやる」
「……なるほど。敗戦国の取り込まれ兵ですか。どうやら、戦に負けて誇りも一緒に失くしてしまったらしい」
「知ったような口をっ。俺は本気だ」
ラウラに当てられた刃に力が込められ、肌に赤い筋をつくった。
「!!」
「チッ」
目を血走らせ興奮する男の様子に、ユーゴは動きを止める。
「はは。そうだよ。それでいいんだ。ここまでコケにされたんだ。ただで済むと思うなよ?」
ユーゴに倒された他の者たちも、おぼつかない足取りながら立ち上がり、ユーゴを取り囲む。
(ユーゴ……様っ。逃げて……)
自分が起こした浅はかな行動。
それに巻き込みたくはない。
ユーゴは人間の中で初めて、信じたいと思った人。
もう大切な人が傷つくのは嫌だ。
涙が溢れだし視界が歪む。
(ラウラはいつも何も出来ない。どうしてこんなにも役立たずなんだろう?)
泣くことしか出来ない自分が歯がゆくて情けなくて、消えていなくなってしまいたい。
“……。ラ……”
絶望的な想いのそのさ中、緩やかな風がラウラの髪を揺らし、微かな声が耳を掠める。
(え?)
垂れていた耳を上げてみる。
”……泣かないで。ラウラ”
今度ははっきりと聞こえた。
風と共に自分の名を呼ぶ声。
ラウラは空を仰ぎ見る。
その声には聞き覚えがある。
(ラウル?)
その名を心の中で呟いたその瞬間、風は大きな渦となりその場に吹き荒れる。
「なんだ!?」
その場には砂埃が舞い、一瞬視界が不明瞭となる。
「!」
その瞬間を見逃さず、ユーゴは素早い動きでラウラへと走りよる。
「ぐわっ」
躊躇いなく拘束する男を殴り飛ばし、そのままラウラを引き寄せ奪還する。
「……」
気が付けば、ラウラはユーゴの腕の中におり、いつの間にやって来たのか、幾人もの軍人が、周りの男たちを拘束していた。
あまりにも目まぐるしい事態に、ラウラはただ茫然とするのみだった。
「つむじ風に救われましたね」
ユーゴは小さく呟く。
「ラウルの……仲間の声がしたのです」
口に入れられた詰め物を外されたラウラは、そう言葉に出す。
はっきりと確かに聞こえた声。
それは確かにラウルの声だった。
「……首筋を切られましたが、それほど深くはない。痕は残らないでしょう。他に痛むところはないですか?」
ラウラの言葉を聞き流し、ユーゴは淡々と拘束を解いていく。
「大丈夫……なのです」
まるでラウラを助けるように、唐突に吹き荒れた一陣の風。
あれは本当に偶然だったのか。
「ユーゴ様には何か聞こえませんでしたか?」
「いえ。何も」
ラウラの問いに簡潔に答えてから言葉を続ける。
「それにしても、こんなところまでおびき寄せられるとは、あなたも軽率過ぎです。“人間“にはもう少し警戒するかと思いましたが」
「……村のみんなの居場所を教えてくれるって騙されて……。ご、ごめんなさい」
もしもユーゴが来てくれなければ、今頃は攫われて売りとばされていただろう。
確かに、今回のことは言い訳が出来ないほどに浅はかな行動だった。
「あの! みんなのこと、教えてください。どんなことでもいいのです」
「それは……」
「あははっ。馬鹿な奴だな」
ユーゴの言葉を遮り、連行途中の男が狂気じみた笑い声を出す。
「約束通り、俺が教えてやるよ。あんたの仲間の居場所をさ」
拘束されながらも身を乗り出し、狂気じみた笑みを浮かべている。
視線が合い、刃を突きつけられた恐怖が今更ながら甦る。
ラウラは青ざめた顔で、男を見つめることしか出来ない。
「あんたの仲間は全員、土の中だよ! 綺麗な死体は剥製にして売ればいいものを、お優しい宰相補佐官様の、全員埋めろっていう指示でね」
「え? な、何を……」
「分かんないかなぁ。お前以外全員殺されたんだよ! ははっ。あんたは独りだ。ざまみ……ぐわっ」
調子づいてさらに言い募る男を、ユーゴは思い切り殴りつける。
「連れていってください」
無表情のままそう部下へと告げると、ユーゴはラウラを振り返る。
「行きましょう。先ほどの風で一雨きそうです」
「嘘……なのですよね?」
「……」
「全員なんてそんなの」
すでに背を向けているユーゴへ縋るように言葉を放つ。
ユーゴが一言“嘘だ”と言えばそれを信じる。
「本当です。村民名簿を見つけました。あなたを除く村民の数と名簿の数は合致しました。残念ですが」
けれど、淀みなく帰ってきた答えは、あまりにも残酷で無慈悲なもの。
「!!」
視界が歪み、気が付くと膝から崩れ落ちその場に倒れ込んでいた。
頬に冷たい雫が伝う。
それは降り始めた雨なのか、自分自身の涙なのか。
心がバラバラに壊れかけたラウラには、それさえ判別することは出来なかった。