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Melt Color

作者: 琉依

僕が高校3年生のときの話をしましょうか。日本には四季があるね。でも、僕に、僕の心には四季なんてなくてずっと「冬」だった。心を閉ざしていたわけではないんだ。そうだなぁ…。心が凍ってたっていうのが正しいのかな。とても不思議だけど、「冬」の色しか知らなかった僕の心に「秋」の色が届いた話。


また季節が変わった。凛々しく誇らしくこの世界の全てを分かりきったようなかおをしている黄金の草原をよそに、若々しく健全だった少年少女の小さな手は見る見る間に殺し合いを始め、鮮血に染まり、また時間が経てば酸素に触れた紅の色は黒に侵されいずれは力尽きる。そんな残酷な木々を人は好んで見に行くから現実も残酷なんだろうな。何が面白いのか、何がきれいなのか。僕には理解できない。むしろこの世界にきれいなものなどあるのだろうか。


何気なく何にも興味を持たず、ただ毎日を送って、いつの間にか高校3年生も後半になっていた。それなりに身長があってそれなりに細身、黒髪の無口な真面目くんみたいな僕。こんな変な考えの持ち主と知ってか知らなくてか、僕に興味を持つ女子もいたが、「好きだ」なんて言われても、そんな言葉、僕にとっては魔法の言葉でも何でもない。言葉の無駄遣い。全く興味を持てない。あくまでも僕は僕。君は君。自分は自分。他人は他人。自分が何者なのかとか、友達が必要なのかとか、ましてや恋人が必要なのかとか。全てにおいて興味がない。他の人に興味を持つなんて到底不可能な話だ。こんな僕だが自分から命を絶とうと思ったことはない。自分の命を自分で絶つ人ほど愚かな人はいないと思う。


時計の針が指すのは16:00。授業終了のチャイムが鳴り響く。担任が教室に来るのも待たずに昇降口に向かう。階段を下りてるときに誰かとすれちがいぶつかった。「すいま…」みたいな言葉が聞こえた気もするがまぁいいか。人目につきにくい通りを通って家へ帰る。その途中にRPGゲームにでも出てきそうな広い草原に1つだけ木がぽつんと立っているようなところへつながる小道もある。そこの草原はまるで季節がないようにいつも緑が広がっている。どこの庭にでもある芝生みたいな感じだ。それでも、風はその季節の匂いがちゃんとする。たまに風に当たりたくて足を運ぶが今日はそんな気分でもない。大人しく帰ろう。家に着いても特に何をするわけでもない。すぐにお湯を沸かし、カップ麺にそれを注ぎ、食べたら、横になって時計の秒針のカチカチと動く音をずっと聞き流してるだけ。いつの間にか眠って、カーテンの隙間から入るうざったい日の光で目を覚ます。シャワーを浴びて、適当にあるものを食べ、学校へ向かうの繰り返しの毎日。別にこんな毎日でも僕に飽きはこない。


時計の針は16:00ちょうど。いつものように教室を出て家路につく。今日は草原の方にでも行ってみようかという気分だった。冷めきった僕の心を余計に冷たくしようとして嘲笑いながら過ぎていく、最近、一気に温度を下げた風に当たりたい気分だった。路地から離れて1分も歩けば緑が広がる。この季節だが何故まだ緑が広がっているのだろうか。そんなことを考えている時間が十分にあるほど、その1分はとても長く感じる。何故なのかは分かるわけもなく、何か特別な力でもその場所にはあるのだろうという答えに誰もがたどり着くだろう。まぁそんな草原の謎に関しても特に興味は持つほどのことではない。僕にとっては。ただそんな僕なのにほんの塩ひとつまみぐらいだが気になる。この1分間に今日は違和感をほのかに感じた。むず痒い感じが残る中、草原に着いた。

「あぁ、こういうことか…。」

ぽそっと呟き、ポケットに手を入れ、草原に背を向けた。それと同時に歩き出そうとしたとき、

「あ…あの…っ!」

人の気配に気づいたらしく、可愛らしくどこかで聞き覚えのあるような声が背中にぶつかってきた。そう、今日は先客がいたのだ。稲穂色の視覚だけでやわらかいと分かる髪をして、同じ高校の女子の制服に身を包んでいる、日本人ではないような顔立ちの女の子。

一瞬振り向き、女の子を見るも、また向き直して僕は1歩2歩と歩き出した。

「まっ…待ってください!」

「…なんだ?」

足を止めて女の子に問いかける。

「あの…いつも階段ですれちがって…そして、昨日…ぶつ」

「用があるなら早くしてくれ。」

人との会話などこの世界で1位2位を争うほどめんどくさいものだ。

「…なんで…なんでそんなきれいな()をしてるんですか…?」

呆れた。意味の分からぬ質問だ。僕は女の子を無視して歩き出し、家へ向かった。


答えようのない質問だ。きれいな瞳?誰に向かって言っているんだ。「何かに興味を持ちなさい」という言葉にうんざりしている僕の瞳がきれいなわけがない。笑えてしまう。なんて考えを巡らせているうちに家に着いた。いつものように眠りにつく。


雨が降っている。水滴のオーケストラの演奏によって目が覚めた。時計の針は10:19。日の光で目を覚ましている僕にとって今日のように天気のすぐれない日は、学校の時間に間に合うように起きるなんて無理な話だ。こんな日は午後から学校へ行くか、学校は休んで雨が降ってようが止んでようが散歩へ出かける。今日は午後から学校コースだろう。

身を起こし、風呂場へ向かう。たまたま鏡の中の僕と目が合った。

「きれいな瞳…んなわけ。」

鏡に近づいてまじまじと自分の目を見るという僕らしくない行為をした。

「はぁ…。」

溜め息を吐いて、いつもの通りシャワーを浴びた。

制服に身を包み、家を出る。雨は止んでいるようだ。それでもまたすぐに泣きだしそうな顔をしている。そのおかげで無駄な荷物だが傘を持ってきた。傘を杖のように使いながら歩いていく。


草原につながる小道を少し過ぎたころだった。誰かがすれ違いざまにぶつかってきた。

「すい…ません…でした…。」

か細いまた聞き覚えのある女の子の声だった。その声の主は最期の時を迎える場所へ向かうネコのようによたよたと歩き始めた。女の子の右手には銀色に光る何かが握られていたが、その時の僕は気にも止めなかった。

また僕も歩き出した。どのくらい歩いたときだろう、小雨が降り始めた。僕は傘をさす。

そういえば、さっきの子は傘を持っていたのだろうか。右手に何か持っていたな。あれは傘か。いや、銀色に光っていた…何となく鋭利だった気もする。

僕の身体全体に嫌な予感が走った。


他の人のことなどどうでもいい。そんないつもの考えは何故かなかった。

傘や持っていた鞄を投げ捨て僕は走り出した。

何が僕を走らせているのか、何が僕をその場所へ行けと言っているのかは分からないけど、ただあの場所へ走った。

―あの場所。どこかこの世界ではないような場所。あの女の子が僕に理解のできない質問をかけた、あの草原。


秋の風の匂いがする。その風が緑を揺らす。しかし、その緑は紅葉を始めた葉のように無造作に赤く染まり、あの女の子のか弱い手は朽ち果てる寸前の黒いもみじとなっていた。

「何でだよ…何でだよ!」

目の前に愚か者がいるという憤りと、理解のできない恐怖や不安に駆られ、女の子のところまで狂ったように叫びながらかけよった。

「おい!おいっ!」

女の子のまだほのかにぬくもりのある身体をゆすった。

「…きれいな…瞳…の持ち主…さん。ほら、きれい…でしょ…?」

分からない。どうして僕の視界が霞んでいて、目から水滴が落ちているのか。

「まだ…あなた…は涙を流せ…る。」

その少しの水は僕の心の氷が溶けだしたものだったのか、僕の中に「やりきれない」という感情が生まれていた。

切ない香りをのせた風が吹く。女の子の誇らしい稲穂色をした髪がなびく。きれいな紅は周りの緑と僕を止めどなく侵していく。

季節のない草原に「秋」の色が届けられたようだ。

僕の心にも「冬」以外の季節が来たようだ。これは「春」なのか。

いや、僕の心の季節はちょっとだけ逆回転したようだ。「秋」の色を見つけた。


真っ白で真っ黒な「冬」。誇らしい黄に、無力な緑、そして残酷な赤の「秋」。

僕はあと2つ。「春」と「夏」の色を見つけに行かなければならないらしい。いや、見つけたいんだ。



女の子が何者で、何故自ら紅に染まったのか、僕は何故女の子を気にかけたのはわからないままなんだ。

もしかしたら彼女の心も「冬」の色しか持ってなかったのかもしれないね。同じような僕には他の季節の色を知ってほしいという彼女の願いだったのかもしれない。


「春」、「夏」、本当の「冬」の色に出会っても、あの日の「秋」の色ほどきれいな色はない。

あの色を僕は一生忘れない。


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