はじめてのしょじょ
「わ、分かった! お見合いしよう!」
物騒な単語を連発して大騒ぎする璃梨を止める手段はこれしか無かった。その途端にコロッと璃梨は上機嫌になって、大人しく言うことを聞くようになった。
「お兄さんとお見合いできて、璃梨は嬉しいです♪」
三分後、久遠と璃梨はホテル内にある喫茶店の前に来ていた。今は二人で手を繫いでニコニコニコニコ、非常に機嫌が良い。
(……やれやれ。黙っていれば可愛い子なんだけどな。仕方無い。子供の遊びにくらい付き合ってやるか)
そして、二人は喫茶店の中に入った。中に入ると、目に入るのは滝が流れる石像や、高級そうなイス、ソファー。テーブルも暖かみのある木材で作られている。中世ヨーロッパ風のイメージな、ルネッサンスな雰囲気のする高級な喫茶店だった。久遠もそうだが、璃梨もこんな店に入ったことは無いらしく、「わぁ」と感嘆の声を上げて目を輝かせている。
(……やっぱり可愛い子だよな)
少し勢い余り過ぎな所があるが、璃梨は年齢相応に純真無垢な子供のようだ。璃梨が喜んでいる顔を見ると、何となく久遠も気持ちが上向いてきた。
二人は喫茶店の店員に案内されて、窓側の席に座った。
窓からは明るい太陽の光が入ってきて、これから見合いをする二人にも明るい未来が待っていそうな最適な場所だ。久遠がこの喫茶店を選んだのは、別にデート経験に優れているわけではなくて、婚活業者の指示に過ぎない。婚活する男性達にはこの手の判断を苦手とする者も多いので、見合い前に婚活業者のエージェントからどこどこの店に行くように指示が来るのだ。最初は婚活業者なんて半分詐欺じゃないかと疑っていた久遠だが、やはりプロの判断は間違い無いのだな、と関心した。
(……さて、次の段取りは何にするかな)
今、二人の前には店員が持ってきたグラスだけがある。中身は氷水だ。普通であれば最初は飲み物を注文する事が段取りであるが、今回は状況が特殊である。璃梨はさっきから久遠の事を『お兄さん』と読んでいる。名前を知らないのだ。であれば、最初に名前を名乗って、それから「飲み物はどうする?」とでも尋ねるのが段取りであろう。
(……うん、最初は自己紹介だな)
そう決めて、久遠は一口、グラスの氷水を含んだ。
「私、処女ですッ!」
「ブボゴッ!?」
盛大に水を吹き出し、テーブルが水浸しになる。何事かと周囲にいる客や店員の視線が一斉に久遠に突き刺さった。
「男の人はみんな処女が好きって聞きました! 私は処女ですッ! 処女ッ! 処女ッ! 処女ッ! 処女ッ! 処女ッ! 処女ッ! 処女ッ! 処女ッ!」
「おい、やめろ!」
「しょモギョッ……」
もう面倒だ! 久遠は璃梨の頭と口を押さえて無理矢理黙らせた。周囲の客や店員ら全員が訝しげにこちらを覗いているが、静かになったと見て、徐々に視線を外し始める。
(……ふう、何とかセーフか)
「モギョモギョ……」
璃梨が苦しそうにしていたので、ゆっくりと押さえている手を離した。
「私は処……」
「分かった! 分かってる! 初めて会った時から、俺はお前はそうだと思っていた!」
黙らせないと本当に変質者として捕まりかねない。何とか璃梨が納得しそうな言葉を選んでみたが、どうやら正解だったようだ。
「ですよね~。分かって頂けてとても嬉しいです。男の人はみんな少女が好きだって聞きました。そこを最初にアピールしなければ、と思ったのです」
(……え、少女? 聞き違い!?)
『処女』と言っているように聞こえたが、よく聞いてみると本人は『少女』と言っているつもりのようだ。おそらく、『処女』の意味が分かってない。
「世の中には非少女とは結婚しない、という男の人も多いと聞いたのです。でも、安心して下さい。私は本当に少女です!」
璃梨はニコッと正真正銘汚れ無き輝くような笑みを見せた。
(……ビビらせやがって! とんでもねぇな、コイツ!!)