こんかつのしゅうえん
「ん……?」
(……こ、ここは……?)
久遠が目を覚ました時、そこは真っ白なベッドの上だった。天井も壁も真っ白である。病院の個室らしい。
(……そうか。ジェットコースターから落ちたんだったな)
状況から考えるに、恐らく転落後に救助され、救急車で病院に運ばれて入院となったということだろう。
(……ッ!? 璃梨はどうなったんだ!?)
「よ……ぐっ!?!?!?」
ハッと正気に戻った久遠が少し体を動かそうと僅かに体を捻ったら、その瞬間にズキィッと激しい痛みが背中に走った。どうやら背中に重傷を負っているようだ。よく見たら両手にもギブスが巻かれている。
(……ゲゲッ!? 俺って一体どんな怪我しちゃったんだ!? っていうかあれからどうなったんだ? 璃梨は? 姉は?)
頭が冴えて来ると、途端に色々と不安になってくる。
「久遠さん……」
「ん?」
名前を呼ばれたので右を見ると、璃梨がすぐ横に座って看病してくれていた。だがその表情は見ているこっちが居たたまれない程に暗い。
(……な、何だ。すぐ傍にいたじゃねえか。何やってんだ、俺)
イスに座っているという状況から考えて、璃梨は久遠程に大きな怪我は負っていないと考えて良さそうだ。久遠もほっと胸を撫で下ろした。
「やれやれ。何とか助かったみたいだな」
「久遠さん、あれから三日もずっと眠っていたのですよ」
「み、三日!? そ、そうか……」
三日も眠っていたと言われてもピンと来ない。何だかタイムスリップでもしてしまったような印象だ。
「お前、怪我とかしてないのか? 姉はどうなった?」
「私は、久遠さんのお陰で無傷です。お姉ちゃんは、助けが来るまでぶら下がってて助かりました」
「無傷かよ! お前、スゲェ強運だな。まあ、それが一番だもんな。ってことは、何だ。怪我したのは俺だけか」
「両腕の骨折と、背中と内臓を痛めて……、丸一ヶ月入院だそうです」
「そうか。夏休み潰れちまうな……。…………。な、なあ、背中って怪我しても後遺症とかって大丈夫かな?」
背中へのダメージと聞いて、久遠に嫌な汗が流れる。
「脊髄等の大事な部分は怪我してませんから、後遺症はありません。リハビリして体力をつければ、元通りになるそうです」
「そ、そうか。ならいいや。これを気に俺も体鍛えようかな。やっぱいざって時に体力無いと頼りにならないからな。ははは……」
「…………」
久遠は軽い話で場を取り繕おうとしたが、璃梨は相変わらず暗いままだ。
「久遠さんには、初めて会った時からご迷惑をお掛けしてばかりで、本当に申し訳ありません」
「い、いや。ジェットコースターは事故だろ。気にすること無いぜ」
「私は……いつもこうなのです。私を中心に大事故や大事件が起こり、私だけちゃっかり無事で、周囲の人が……」
(……そりゃそう思うだろうな)
璃梨も骨の一本くらい折れていれば気が楽なのかもしれないが、全くの無傷とは信じがたい。そうなるように守ったのは久遠だが、それでも無傷というのは神に祝福されているような幸運であろう。しかしその幸運が、璃梨にとっては呪いのように思えてしまうのだ。
(……さて、何て答えるかな)
少し考えて出て来た言葉は、
「ま、いいんじゃないか? それで」
「え?」
「みんなそれを承知でやってるんだろ? 俺は大怪我したけど、別に良かったと思ってるぜ。お前を無傷で守り切るなんてスーパーヒーローじゃねえか。やっぱりちゃんと段取り踏んだ結果だな。我ながら凄いぜ。多分、お前のお父さんもお母さんも、同じような気持ちだったんだじゃないか? お前を守れて良かったってさ」
「久遠さん……。ありがとうございます」
璃梨は少し俯いて唇を噛みしめる。少し体を震わせたようにも見えたが、すぐに顔を上げた。その貌には、またいつもと同じ笑みが浮かんでいた。
「久遠さん。私、結婚相談所は退会しました。お姉ちゃんには内緒で、こっそりと」
「お前もよくやるよなぁ。どうやったらそんなこと出来るのか、本当に不思議だぜ」
「書類を揃えたら、後はお姉ちゃんの声真似して電話するだけですよ。『もう、絶対に斬首してやるんだからッ!』」
「ゲッ、ほ、本当にそっくりだ!! 何で結婚相談所のエージェントは電話の向こうが小学生だって気付かないのかと思ってたら、そういうことだったんだな!」
「そういうことだったのです。でも、私にはまだ、婚活は早過ぎましたね」
「そうだな。やっぱ婚活は社会人がやることだろ。高校生の俺でも早過ぎる。俺も母さんに言って退会させて貰うぜ」
「お互い早過ぎだったのですね」
「そういうこった」
(……少し元気になったかな?)
話を聞いている限り、璃梨も過去のトラウマからは立ち直ったようだ。もう無謀な婚活を行うことは無いだろう。これで一安心だ。
「ところで今、時間は?」
「夜の七時です」
「結構遅いな。小学生はもう家に帰らなきゃダメだぜ」
「そうですね。そろそろお姉ちゃんが迎えに来てくれる頃かと。あと、久遠さんのお母様に、久遠さんが目を覚ましたって連絡しなきゃ」
「そ、そうだ! 最初に母さんに電話するべきだろ。完全に忘れてたぜ」
「私、外で電話してきますね」
そう言って、璃梨はスマホを手に取った。璃梨は久遠の母と電話したことがあるから任せて問題無いだろう。最も、あの時の璃梨は愛梨になりすましていたわけだが……。
「……久遠さん。私はこの電話で、婚活を終えることをお母様にも伝えようと思います」
「そ、そうだな。母さんは俺の婚活相手は姉の方だと思ってるからな。この電話でケリをつけないと正体がバレちまう。最後の締めだな。しっかり頼むぜ」
「これで……、私の婚活は本当に最後です。でも、でも……」
璃梨が再び俯いて体を震わる。そして数瞬間を置いた後、胸元で両手を握り締め、顔を上げて力一杯に叫んだ。。
「私は……、初めてのお見合い相手が久遠さんで、本当に嬉しかったです!」
最後にそう叫ぶと、力を使い果たした様に肩を落とし、璃梨は久遠に背を向けた。
(……やれやれ。これで俺達の婚活も終わりか)
最初に璃梨と見合いしてから半月も経っていない。高校生と小学生で、しかも婚活業者を介して見合いとかとんでもない話だった。そこに姉が乱入して竹刀で殴られ、ホテル客に蹴飛ばされ、姉の高校に行ったら集団リンチ。最後はジェットコースターに乗って転落して重傷とか、散々なことばかりだった。
だが、頑張った甲斐あって、璃梨も小学生で婚活はマズいと分かってくれたようだ。もう姉になりすまして婚活したりしないだろう。今の璃梨は八歳だから、恐らくは十数年後、婚活か恋愛かは分からないが、その時は久遠とは別の、もっと年齢も近くて自然な出会いをした相手と結婚して、幸せな人生を送るに違いない。
(……俺もどうすっかなぁ)
しかし、久遠は未だ、自分が将来誰かと結婚するなんて想像もつかない。余りそういう事に感心を払わない性格だからだ。同世代の女の子とデートしたことなど一度も無いし、面倒なのでそのつもりも無い。璃梨だけが例外中の例外である。
だが、璃梨との遊園地デートは、別にそれほど悪いものではなかった。確かに大変ではあったが、面倒とは思わなかった。子供向けの輪投げで勝負したり、将来の結婚を願掛けして鐘を鳴らしたり、それなりに楽しい時間だった。
今、久遠の右手にはギブスがはめられていて見えないが、この下には輪投げで獲得したミサンガが今も結ばれているはずだ。高校二年の夏の思い出として、このミサンガは大事に取っておこうと思う。
そして、ふと思った。このミサンガはペアになっていたはずだ。あの時、久遠と璃梨はお揃いのミサンガを身につけ、願掛けしたのだ。将来、二人で結婚出来ますように、と。
そして、そのもう一つのミサンガが今、どこにあるのかと言うと……。
(……ッ!?)
久遠の視線が背を向けた璃梨の右手首を捕らえた。そこには、あの虹色のミサンガがまだ身につけられている!
(……璃梨は、婚活は終わりだと言った。確かに言ったんだ。俺達の婚活は終わった。俺はもう婚活相手では無いんだ。じゃあ何故、璃梨はあのミサンガをまだ身に付けている? 今となっては何の意味も無いアクセサリーだろ?)
ドキドキドキドキ……。
久遠の心臓がかつて無いほど高鳴り、その鼓動が痛めた体に響く。
(……い、痛ぇ……。ど、どうする!? じ、人生最大のプレッシャーだ。何の自信も無いぞ。何故璃梨はミサンガを外さない? ただ忘れているだけ? そ、そうだな。そう考えるのが普通だ。ここはそういうことにしておいた方が無難……)
しかし、背を向けた璃梨がその小さな肩を少し落とし、右手首に巻かれたミサンガにチラリと視線を配ったことに気付いた時、普段の久遠からはとても考えられないことを無我夢中で叫んでいた。
「り、璃梨ィィィィィッッッッ! ちょっと待てッッッッ!!!!!!!!!!」
「はい?」
キョトンとした顔をして璃梨が振り向く。
「い、いいか。一度しか言わないからな。よく聞け……」
「は、はい」
「お、俺と結婚したいなら……ッ! 俺のことは……ダーリンと呼べッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」
静まりかえった夜の病院に、久遠の絶叫が響いた。
「……ッ………………ダッ……」
見る見るうちに璃梨は、その可愛らしい顔をクシャクシャにして、全力でベッドの上で横たえる久遠の胸に飛び込んだ。
「ダーーリーーーーンッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」
「ぎゃあああッッッ!? 痛てててててッッ!? こ、こら! お、俺は骨が折れて……」
「ダーリーンッッッッッ……!!」
病室のドアのすぐ外で、璃梨を迎えに来た愛梨が、そんな二人の様子を息を潜めて見守っていた。
(……な、何がダーリンよッ、馬鹿馬鹿しい! 心配して損しちゃった!!)
心の中で悪態をつく愛梨だったが、その目からは一点の光が静かに頬を伝っていた。
次回は最終回「はじめてのだんどり」。
エピローグです。
約9ヶ月に及ぶ連載でしたが、ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました。




