はじめてのめざめ
ガタンゴトンガタンゴトン……。
ジェットコースターはゆっくりと登り続け、頂点に差し掛かろうとする。
「嘘です。あの子はセーフでした」
「おい!」
「ごめんなさい。でも、本当だったらどうでしょう? コイツはあの事件の当事者の娘だけど別に何の不自由もしていない。でもそれはコイツのせいじゃないから気にしないでくれ、で通ると思いますか?」
(……ぐぐっ。コイツ、現実を知り過ぎだろ!)
久遠は救援を期待して愛梨の様子を伺うが、ジェットコースターが頂点に迫る緊張感と会話の深刻さに耐えきれなくなったようで、すでに半分気絶しているような有様だ。何の役にも立ちそうに無い。
(……このヘタレ女がぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!)
「お姉ちゃん。起きて下さい。もうすぐ一番上ですよ?」
「はへ……」
璃梨の起こされて愛梨が寝ぼけて目を覚ます。
「り、璃梨ッ! あ、あなたの気にすることじゃ無いのよ!!」
「それはもう俺が言った後だ! 何を聞いてたんだッ!!」
「ああ、そ、そう言えば。えっと……」
(……何て役立たずな女だッッッ!!!!!!)
愛梨の土壇場での弱さは薄々気付いていたが、これは酷い。平常時が強くて期待を煽るだけに、この頼りなさを見た時の脱力感には言葉も無い。
「お姉ちゃんらしいです。ふふっ」
しかし、このやりとりが面白かったようで、璃梨の口から笑みがこぼれた。
(……おおッ!? 姉、よくやったぜ!)
実姉では無いにしても、姉は姉ということか。理詰めで物事を運ぶ久遠には無い力が璃梨と愛梨の間には存在しているようだ。
「二人共、心配はご無用です。もう……気持ちの整理は付きましたから」
「ほ、本当に大丈夫なのか!?」
「はい。私は……長く悪い夢を見ていたのです。私は一日でも早く結婚しなければならない。そうしなければ、またあの時みたいに、私の代わりにお父さんやお母さん、お姉ちゃんが巻き込まれてしまう。毎日毎日、朝も昼も夜も、起きている時も寝ているときも、そんな夢ばかり見ていました」
(……璃梨……。焦ってたんだな……)
「でも、それももう目が覚めました。だって、そんな理由で結婚なんてしたら、相手の男性の気持ちが台無しじゃありませんか。そんな結婚ありえません。私の目を覚ませてくれたのは、さっき久遠さんと一緒に鳴らした、あの誓いの鐘の音色です。あの鐘の音色を聞いて、私は思ったのです。私も、ちゃんとした結婚をして……幸せになりたいなって」
「璃梨……」
隣の席にいた愛梨は、片手を伸ばして璃梨の手を掴んだ。
「良かった。もう安心なのね……」
「はい。今、私の気持ちは、この青空のように晴れやかです」
丁度、三人が乗るジェットコースターが一番上まで来た所だ。この位置より高い建物は観覧車くらいしか無く、澄み渡った青空が見渡せる。
(……ん? ってことは、ちょっと待てよ?)
「目覚めた私が最初に乗るのは、過去の私が乗れなかったジェットコースターです。しかも乗組員は、私と、お姉ちゃんと、久遠さん。これ以上望むことはありません」
「うん……。良かった……」
愛梨の右目から一滴の涙が流れ落ちた。
ガタガタガタガタ……。
「おい、ちょっと待て。安心してる場合じゃ無いだろ」
「確かにその通りですね。準備は良いですか?」
「え?」
「もう落ちるぞ。ちゃんとバーに掴まれ。舌も噛まないように口も閉じてろよ」
「はい♪」
「よし、行くぞ!」
上昇を続けていたジェットコースターが水平になったかと思うと、間を置かず前のめりになって落下に入る。
「え、ちょ、ちょ、ちょっと待っ……きゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」




