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はじめてのこんかつ  作者: 大橋 由希也
かいそうへん
33/39

はじめてのどろぼう

「なッ……!?」

 流石の久遠も動揺を隠せなかった。

(……璃梨の婚活の動機は、戸籍ロンダリング!? あれほど異常に結婚に拘るのは、自分と家族の命が懸かっているから!?)

 思い出してみれば、確かにあの時、殺された研究者の名字は凜咲だった。あの映像はニュースで全国放映されたから久遠も観ている。偶々同じ名字なのではなく、璃梨は本当にあの時殺された研究員の娘だったのだ。

(……ぐっ。これは俺には重過ぎるっていうか、首突っ込んでいい話なのか? い、いや)

「うっうっうっ……」

 璃梨の話を打ち明けた愛梨も、話ながら小さく嗚咽を漏らしている。

(……コイツは意を決して話したんだ。逃げるわけにはいかねえ! と、とにかく、もう少し情報収集してみるか)

 久遠も覚悟を決めてより詳細な経緯の確認に入る。

「そ、その、璃梨が結婚するって話は、お前の親も知ってるのか?」

「い、いえ。言って無い。私一人の秘密……」

「何で言わないんだ?」

「言えなかったのよ! 璃梨は家で料理も掃除も頑張るわ。裁縫まで出来るの。それを見て、お父さんもお母さんは璃梨は良い子だって言ってる。あんな事件の後で、璃梨と仲良く暮らして行けるか心配だったけど、もう安心だって。でも、璃梨があんなに必死になって家事を頑張るのはそれが花嫁修業だから。一刻も早く家を出たいからだって、そんなこと言ったら私たちの家族は一体どうなっちゃうのよッ!?」

(……ぐぐっ。璃梨のヤツ、そこは段取り踏んでやがる。婚活開始に向けて用意周到に準備を重ねやがったんだ。執念が半端無えッ!)

「そ、それで、あの事件から一年。花嫁修業の成果が出たと考えた璃梨は、遂に婚活に向けて動き出して、そして俺にぶつかった」

「き、気をつけてはいたのよ。私なりに。出会い系サイトは見れないようにしたし、スマホで行動もチェックしてる。パソコンでも変なサイトは見れないようにした。でも、あの子は頭がいいの。まさか、ゲームの通信機能を使うなんて……」

(……そうか。コイツはまだ璃梨が婚活業者に登録して婚活してるってことは知らないんだ。ゲームのチャットなんてレベルじゃねえよ。まあ、ゲームで知り合ったってのは俺が言い出した嘘なんだが……。それもいい加減話すべきか?)

 少し考えてみたが、

(……いや、あれは俺と璃梨、二人だけの秘密だ。それに、姉に強制介入させたんじゃイタチごっこだろう。璃梨から進んで退会するように分からせるのが最善だ)

 婚活業者の件については黙っておくことにした。

「そ、それで、あの事件から一年経って、実際に何かあったのか? 石投げられたとか、学校でイジメられたとか」

「い、いえ。璃梨があの事件の関係者だってことは誰にもバレてないわ。黙っていれば分かるもんじゃないし。それに、あの事件を機に世間も静かになったから……」

(……だよな)

 確かに薬害事件が広がりを見せた当時は、関係者を皆殺しにするべきと言わんばかりの日本中総バッシングだった。しかし、璃梨の父親が殺されたことを機にやり過ぎだったという空気が広がり、事態はは一気に沈静化へと向かったのだ。今は粛々と裁判を行っているはずである。

「ん? じゃあつまり、璃梨が婚活とかしなくたって、別に何の危険も無いってことじゃねえか。そりゃ当時は切羽詰まってたかもしれないけど、今はもう必要無いだろ。何で未だに婚活なんか……ッ!?」

「うっ、うっ、ううーーーー……」

 久遠が途中まで話した所で、遂に愛梨がポロポロと大粒の涙を流し、声を上げて泣き始めてしまった。

「ちょ、お、おい、どうし……」

「ううーーーーーーーーッッッッッ!!」

「え、ちょ……ッ!?」

 久遠が心配して半歩前に出ると、何と逆に愛梨が久遠の方に歩み寄り、その涙に濡れた顔を久遠の胸に埋めてしまった。

(……お、おいおい。どうすりゃいいんだよ、これッ!?)

 如何に草食系の久遠と言えども、同じ歳の女の子が泣いて抱きついてきたら動揺する!

「お、おい! な、何で急にッ!?」

「だ、だって、璃梨が……璃梨が……」

「璃梨が、何だって?」

「り、璃梨が婚活しているのは……」

「璃梨が婚活している理由?」

「け、結局、家に居たく無いんだわぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!!」

 愛梨の想定する、璃梨が婚活する結論はこうだ。

「り、璃梨は、養子だから! 自分が邪魔者だって! 家に居ても迷惑だって! そ、そう思ってるから、家を出たい。そう思ってるんだわぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!!」

(……そういうことかッ! た、確かに、一番辻褄合ってるな)

 戸籍ロンダリングなどというとんでもない理由よりも、家に居場所が無いから出たいだけと考えた方が自然である。

「わ、私は……、お父さんも、お母さんも……、ぜ、全然、そんなこと思って無いのにぃぃぃぃぃぃッッッッッ!!!!!!!!」

 つまり、璃梨は未だ愛梨の家族と打ち解けておらず、心を閉ざしたままだ、と。それがショックで愛梨は泣いているのだ。

(……って、コイツの家庭内の空気なんか俺知らねーし。ここでどうやってフォローすれば……。っていうか、本当にそうか?)

「おい。お前の家がどうかは知らねーけど、端から見てそれは無えよ」

「えっ?」

「この前、お前らホテルで超大喧嘩してたじゃねえか。心に壁作ってるヤツはあんな喧嘩しねえだろ、普通」

「そ、そうかしら?」

「そうだって。璃梨が婚活している理由は別にある。邪魔者だと思い込んでるからじゃねえよ。だから無くなって!」

 久遠がそう励ますと、愛梨も少し元気になったようで、まだ目は赤いものの顔を起こして小さく笑みを浮かべた。

「あ、ありがとう……。あ、あなたって、やっぱり優しいのね……」

「そ、そうか? ま、まあ、顔ほどワルじゃ無いとは思うが……」

(……泣き止んだのはいいが、コイツはいつまで抱きついているつもりなんだ?)

「なら、璃梨は何で婚活してるの?」

「それは俺が聞きたいくらいだが、特に婚活しなきゃいけない理由があるわけでも無いんだから……趣味?」

「趣味?」

「ああ、好きでやってんじゃないか?」

(……話を引き延ばす前に離れろよ)

「い、言われて見れば、料理とか掃除とか、あの子好きかも」

「だろ? 家事が特技なんだったら、誰かに腕を見せたいんじゃないか?」

「な、なるほど。そ、そうよね。きっとそうだわ。」

(……早く離れろって)

「わ、私ったら何を悩んでたのかしら? 確かに、璃梨ったらこの一年で凄く家事が上手になったもん。それを人に見せたいんだわ。それに、あの子ってちょっとませてるから、せっかく身につけた家事の特技を男の人に見せたいなぁ、とか思ったのかも。で、でも、結婚はやり過ぎよ! 璃梨はまだ小学生だもん。最低でも高校卒業までは彼氏なんか作っちゃダメだわ。そんな頃から彼氏なんか作って遊んでたら教育に良く無い! やっぱりお姉さんであるこの私がそろそろ一回ビシッと言って勉強に専念するよう……」

(……おいおい。コイツいつまで……ん?)

「何で、お姉ちゃんがここに居るんですか?」

 長話に飽きてきた久遠がふと横を見ると、璃梨がすぐ隣に立っていた。

「げっ!?」

「り、璃梨ッ!? い、いつからそこにッ!?」

「久遠さんが居ないと思って回りを探してみたら、何だから聞いたことのある声がすると思って来てみれば……何で久遠さんとお姉ちゃんが抱き合ってるんですか?」

「はっ!?」

 璃梨に指摘されて、ようやく愛梨が飛び跳ねるように久遠から離れた。

「ち、違うの、璃梨! こ、これは……」

「せ、せっかく私が久遠さんと結婚目前まで辿り着いたというのに、それを姉が横から掠め取ろうするなんて……。この、泥棒猫ッ! シャァァァァァァッッッッッ!!」

 愛梨を泥棒猫とするならば、本当にネコミミを着けている璃梨の方は、まるで化け猫のように爪と牙を出して襲いかかる体勢に入った。

「ち、ち、ち、違ッ……。ち、ちょっと、あなた! フォローしなさいよッ!」

「お、おい、落ち着け、璃梨ッ! 俺達は別に何も……」

「どいて下さい、久遠さん! その泥棒猫を殺せませんッ!」

「こ、こら、お、落ち着けッ!?」

回想編終了。

次回より最終章「だんどり編」です。

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