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はじめてのこんかつ  作者: 大橋 由希也
かいそうへん
31/39

はじめてのさつじん

「姉妹じゃ無い? 養子ってことか?」

「そ、そう。璃梨は本当は私のお父さんの弟の娘。でももう叔母様と共に亡くなってるから、お父さんが引き取って養子にした。だから本当は従姉妹なの」

「そ、そうか。死んだお父さんとお母さんを思い出してたんだな。そうだったのか……」

(……地雷ワードは、家族。お父さんとお母さんだったわけか)

 そう考えて思い起こせば、璃梨に異常が起きたのは全部そのタイミングだ。なるほど、と久遠は納得した。しかし。

「り、璃梨の場合は、それだけでは済まないのよ」

「え、な、何だよ?」

 璃梨一人生き残っていることから考えて、久遠は交通事故か何かで璃梨は両親を同時に亡くしたのだと推測したが、どうやらそれだけではないらしい。

「あ、アルドホルム薬害事件って知ってる?」

「アルドホルム!? お、おいおい、あれは……」

「あれを作ったのが私の叔父様。つまり、璃梨のお父さんだったの……」


 ―――遡ること一年前。

『ただ今、戦後未曾有の薬害事件を引き起こしたアルドホルムの開発者、凜咲開発主任の自宅前に来ています!』

 テレビには璃梨の自宅が映し出され、その前には無数の報道員が集まっていた。

「……」

 そして、愛梨の家にはその中継を無言で見つめる璃梨と、その横で心配する愛梨の姿があった。

「璃梨、観ない方がいいわ……」

「いえ、いいのです」

 精神衛生上良く無いと思い、愛梨は中継を観るのを辞めるよう促すが、璃梨はテレビから目を離そうとしない。


 ―――アルドホルム薬害事件。

 アルドホルムとは、璃梨の父親が勤めるアルドホルム製薬株式会社の会社名を冠した主力製品にして、近年まで日本中に普及していた鎮痛剤である。当時、アルドホルム社は経常利益の大半をアルドホルムの販売によって得ていた。しかし、このアルドホルムには致命的欠陥があったのだ。

 鎮痛剤として開発されたこのアルドホルムという薬は、動物実験では何一つ副作用が確認されない安全な薬として認可され、老若男女問わず非常に幅広く使用された。この動物実験では異常が出ないという特性がアルドホルムの落とし穴で、実は人間の、それも妊婦に使用した時だけ致命的な副作用が発生する危険性がある。

 具体的には、妊娠初期の妊婦に使用した場合は高確率で流産し、以後、二度と妊娠は出来なくなる。一定期間経過した後で使用した場合は、低確率ではあるが生まれてくる子供に全盲、四肢欠損、全身麻痺といった身体障害が発生するというものだ。


『アルドホルムの副作用は動物実験では確認出来ません。これにより被害の原因がアルドホルムであることを特定出来ず被害が拡大し、被害者は数千人とまで言われています。しかしながら、アルドホルム社は薬に問題がある可能性を当初より把握していたにも関わらず、経営への影響を恐れ隠蔽した罪に問われています。すでに会長、社長ら経営層は逮捕され、本日、遂に開発責任者である凜咲開発主任の逮捕との情報が入り、ここ凜咲開発主任宅前には多数の報道陣が詰めかけています』

 テレビの前ではレポーターが判明している事実を詳細に説明してくる。決してテレビから目を離さず聞き入る璃梨だったが、その時、璃梨のスマホが音を鳴らした。

 プルルルルルル。

「ッ!? お、お父さんッ!?」

「やあ、璃梨。良い子にしてたかい?」

 電話の主は、璃梨の父親だった。璃梨の自宅は報道陣が押し寄せて生活出来ない為、璃梨は一人、父親の兄の家、つまり愛梨の家に預けられているのだ。電話の向こうには自宅に残っている父と母がいる。

「璃梨。もう知っているかもしれないけど、お父さんは大きな失敗をしてしまってね、しばらくは自由にならないと思うんだ。お父さんがいない間、お母さんの言うことを良く聞いて、良い子にしているんだよ」

「はい! 璃梨は、お父さんとお母さんの言いつけは、絶対に守ります!」

「うん、璃梨は良い子だから、将来はきっと良いお嫁さんになれるさ。その結婚式にお父さんは出られないかもしれないが……」

「そんな……。璃梨はお父さんと結婚するんです!」

「ははは。璃梨はお父さん以外の、もっとハンサムで良い人と結婚しなさい。じゃあ、そろそろお迎えが来そうだ。お父さんを見送ったら、お母さんもそっちに行くよ。困ったことがあったら助けて貰えるよう兄貴にもお願いしてあるから、くれぐれも良い子にしているんだよ。じゃあね」

 それだけ言って、父の電話は切れた。

「お父さん……」

 涙を流してスマホを握りしめる璃梨。だがその時、テレビの向こうで動きがあった。

『あっ、な、何ですか、あなたは?』

『ワシはこの家の鬼畜に人生ぶっ壊された者の代表じゃ!』

 テレビの向こうに髪を短く刈り上げ、無精髭を生やし、黄色く濁った目をした中年男性が映っている。顔が赤いことからしてアルコールも入っているに違いない。呂律も回っておらず、精神状態が正常ではないことは容姿から明白である。そして、その左手には先端にナイフが装着された猟銃が握り締められていた。猟銃を改造した銃剣だ。

『そ、その銃は一体何ですか!?』

『ええか? お前、ここの鬼畜野郎の作った薬のせいで、人生ぶっ壊されたヤツは何人いると思っとるんじゃ?』

『す、数千人と呼ばれておりますが?』

『それは薬を飲んだ母親の数やろ! その旦那や子供も含めれば三倍! 被害者は一万人以上じゃ!! 子供が死産するわ、目が見えへんわ、手足が無いわ、一万人の人生を一体どうしてくれるんじゃッ!!』

『げ、現在、民事訴訟の準備を……』

『金で解決する問題かい! そもそも、あの会社はもう潰れるやろッ!! 賠償金なんか一銭も貰えず被害者は泣き寝入りや! しかも何やッ!! 凜咲の野郎、あんな薬作っといて、自分の娘は健康優良児だそうやないか! あの薬がヤバいこと知っとって、自分とこには使わなかったんや!』

『そ、そのような疑いも持たれており、本日逮捕となるわけですが……』

『逮捕で済むと思っとるヤツなんか一人もおらんわ! だからワシが頼まれたんや。凜咲ん所の娘を、目ん玉くり抜いて、手足を切り落として、ダルマにしてからぶっ殺したってくれってな! 復讐やッ!! ほら、どきや!』

『え、ちょ、ちょ……』

 ドォーン!

 狂った男は銃剣を振り回して報道陣を追い払うと、家のドアの取っ手に一発銃を発射し鍵口を破壊した。

『おい、凜咲! 娘出さんかいッ!!』

 それから思い切り蹴りを入れてドアを破壊し、中に押し入っていく。

 周囲の報道陣は騒然となった。

『た、ただ今、銃剣を持った男が凜咲研究員宅に押し入りました。け、警察は!?』

『もう警察署を出てる! もうすぐ来るぞ!』

『け、警察が来るまで間もなく……あっ!?』

 ドォーン! ドォーン!

 中から二発の銃声が周囲に響く。

『銃声です! 銃声が二発聞こえました! あっ、さ、先ほどの男が出て来ます』

 中から出て来た男は全身に返り血を浴びて全身が真っ赤になっている。銃剣の先からはポタポタと血が流れ落ちていた。

『おい、どうなっとる一体!? 娘がおらんやないかッ!!』

『は? こ、ここにいないということは、親族か知人宅にいるのでは……』

『先に言っとかんかい! しゃあないから親二人ぶっ殺したったわ。おい、お前ら、何しとるんや! ワシが犯人や。さっさと警察呼びやッ!! あとカメラ、ちょっと来い』

 最後に、男はカメラを近くに呼び寄せ、目線を合わせるとこう叫んだ。

『おい、凜咲の娘! ようも上手いこと逃げおったな! 出所したら絶対殺したる。それが嫌なら自分で首吊って死にやッ!!』

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