はじめてのなみだ
ここから新章「かいそう編」です。
欝ストーリーですが、ご容赦を。
「よく回るコーヒーカップでしたね♪」
「うっ……。俺は少し酔った……」
時間は十六時。久遠と璃梨はコーヒーカップのアトラクションから出て来た所だ。
その後、久遠と璃梨の遊園地デートは順調に進み、夏だからまだまだ明るいものの、時間はもう夕方だ。この遊園地の閉園は二十時だが、そんな時間まで小学生を連れ回すことは出来ない。後一つか二つ、アトラクションに乗ったら帰るのが妥当だろう。
「もう結構いい時間だな。今日は楽しかったか?」
「はい。とっても♪」
「そりゃ良かったぜ。けど、それはそれとして、俺って何か忘れてる気がするんだよな」
「何かって?」
「何だっけなぁ。結構大事なことだった気がするんだが」
「それはきっと……、あれです!」
璃梨が指を差したのは遊園地中央の大観覧車だ。
「きっと久遠さんは、夕暮れ時の今、あの観覧車で私と二人っきりの時に……、きゃ~」
(……それは絶対に違う!)
璃梨は何かを期待しているようだが、久遠が忘れている何かがそれでは無いことだけは明白だった。
「まあいいや。最後に観覧車に乗るか?」
「はい♪」
楽しかった遊園地デートもこれで終わり。最後に久遠と璃梨が目指すのは観覧車だ。しかし。
「ん~。並んでるな」
「ですねぇ」
観覧車の所に行ってみると、案外人が並んでいた。
「最後は大観覧車ってのはお約束なんだな」
「でも、静かに二人っきりの時間を過ごせる場所はここしか無いのです!」
「仕方無え。並ぶか。並んで出て来る頃には丁度良い時間だろ」
「はい♪」
そして、久遠と璃梨は列の最後尾に並ぶ。恐らく二十分程で乗れるくらいの長さだと思う。だが、その久遠と璃梨の目の前にはどこかで見たような家族連れが並んでいた。
「…………」
「璃梨、起きてるか?」
「起きてまーす」
(……あの娘も璃梨って名前なのか)
朝方、メリーゴーラウンドに並ぼうとした時に見た家族連れだ。どうやら娘の名前は隣にいる婚活少女と同じく璃梨らしい。この家族連れも最後に観覧車に乗るらしいが娘は疲れ果たらしく、父親に背負われて目を瞑っている。今にも寝そうである。
「……ッ!?」
ふと隣にいる方の璃梨を見てみると、また顔色を悪くしていた。
「ん? 大丈夫か?」
「い、いえ……」
璃梨は何事も無いかのように気丈に振る舞うが、やはり顔色が優れないことに変わりは無い。しかし、待つこと数秒。ギュッと胸を握り締めて、何かを決意したかのように顔を上げた。
「あ、あの、久遠さん……」
「どうした?」
「あ、あの、ほ、本当は、本当は、私……」
とそこまで言いかけた時だ。
「むにゃむにゃ。お父さん、大好き。結婚するの……」
「ん? な、何だ!? もう寝たのか?」
「相変わらずお父さん大好きねぇ」
「当然だな」
「ダメよ、璃梨。お父さんはお父さん。ちゃんと将来は素敵な人と結婚するのよ」
ポロポロポロポロ……。
そんな会話が聞こえると、急に璃梨の両の瞳から止めどなく涙が流れ始めた。
「え、ちょ、お、おい……?」
「あっ、あはは。え、えっと、ごめんなさい! わ、私、トイレ行ってきます!」
璃梨は涙を流し続けたまま笑みを作ると、話を打ち切ってトイレの方に走り去ってしまった。
(……な、何なんだ、一体!?)
久遠も心配になって追いかけたが、璃梨は言葉通りにトイレに入ったようだ。恐らくは中でまだ泣いているのだろう。しかし久遠が女子トイレに入っていくわけにもいかないので、しばらくはここで待つしか無かった。
(……何故!? 一体何が地雷ワードなんだ?)
しかし、いくら考えても分からない。
「ち、ちょっと、何泣かせてるのよ!」
「あっ、お前!」
と、そこへ璃梨の姉、愛梨が現れた。
(……ヤベッ! 完全に忘れてた)
「お、お前、今までどこに居たんだ!?」
「ずっとあなたたちの後ろに着いてたわよ!」
「ずっとって、最初から今まで、ずっとか?」
「そうよ」
「あれから何時間経ったと思ってんだ! 朝の十時に入って今が十六時だから、六時間待ち? 何考えてんだ! そうか。お前みたいなヤツがいるから、何時間も並ぶような行列が出来たりするんだな!」
「そう思うんだったらちょっとくらい私の為に時間作りなさいよ! ずっと璃梨とベッタリだったじゃない! お陰で出て行くタイミングが全然無かったわ! っていうかあなた、絶対私のこと忘れてたでしょ!」
「い、いや、忘れてたわけじゃ。ほ、ほら、タイミングの問題で……」
「あっ!? 急に挙動不審になった! 図星だわ、図星! 本当に忘れてたんでしょ!」
「ち、ちょっとくらい、忘れてたかもな……」
「絶対嘘! 完全に忘れてたに決まってるわ! お陰で私はこんな炎天下で休憩無しで六時間も晒されて、熱中症で死ぬかと思った!」
「だったら途中で出てこいよ! お前、一体何の為にここに来たんだ! そのうち出てくるかと思ってたらこんな時間になっちまったんだよ!」
「そんな自分から出て行くようなはしたない真似出来るわけないでしょ! そういう時にこそ男の人がエスコートしてくれなきゃいけないの! それが女心ってものなの!」
「そんなの分かるか!」
「分からなきゃダメ!」
「分かるわけ無えって! そんなの心配になってついてきちゃったとか何食わぬ顔して出て行けばそれでいい……」
「ちょっと、君たち」
「「はい?」」
ふと気がつくと、隣から見知らぬおじさんに声を掛けられた。
「トイレの前で大騒ぎするのはやめなさい」
「はい、すいません……」
通行人に注意されたので久遠と愛梨はトイレの裏に移動する。
「と、とにかく、忘れてて悪かったな……」
「も、もういいわ。それより、一体何で璃梨は泣いてたの?」
「それが分かんねーんだ。アイツ、前から急にボーッとしたり、顔色が悪くなったりってこともあったけど、原因が全く分かんねー」
「その直前にあなた、何か言った?」
「いや、何も。特に何も言ってない。俺の発言が原因とは思えねえ」
「じゃあ、周囲で何かあった?」
「何も無かったと思うが……。そうだなぁ。目の前にアイツと同じく璃梨って名前の子供がいたってくらいか。普通に仲よさそうな家族ってだけだったが……。親父と結婚するとか言ってな。そういやアイツ、異様に結婚願望強いし……」
そこまで言うと、愛梨の顔からサーッと血の気が引いていく。
「お、おい! な、何だよ! 何がいけないんだ!?」
「し、静かに。それはマズいわ……」
「だ、だから何が……。い、いや、き、聞かない方がいいか?」
愛梨の様子が余りに深刻なので、久遠も踏み込んではいけない線を越えようとしているのかと不安になってくる。
「そ、それは……。い、いえ……」
愛梨もどうするか悩んでいたようだが、遂には口を開くことを決意したようだ。
「い、いい? こ、これは本気で繊細な話なの。へ、下手をすれば璃梨の命に関わるくらいに……。あ、あなたは律儀で口が硬そうだし、何より璃梨が懐いているから特別なのよ。あ、あなたを見込んでの特別なんだからね?」
「い、命に関わるとまで言うのかよ……」
久遠も洒落にならない事態だということは理解出来てきたが。
「わ、分かった。俺も今更責任放棄はできねえし……」
遂には久遠も決心したようだ。
「ほ、本当にいい?」
「約束した以上は守るぜ」
「そ、そこまで言ってくれるなら、私も……」
愛梨は深呼吸して息を整えると、その口から真相を語り始めた。
「わ、私と璃梨は、本当は従姉妹同士。姉妹じゃないの……」




