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はじめてのこんかつ  作者: 大橋 由希也
ゆうえんちへん
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はじめてのこんやく

「行きます! とうッ!」

 ガッ!

「ハズレだな」

「くっ……。もう一回行きます! とうッ!」

 ガッ!

 あえなく二投目も外れ、その瞬間、久遠は確信した。これは一個も入らない、と。

 輪投げというのは景品を輪っかに通す為、輪っかの円の部分が地面と平行になっていなければならない。だが、璃梨は投げる直前に手首を下に振る癖があるようで、このため輪っかは地面と垂直に飛んで行っている。これでは絶対に入らない。

 最初は四個あった輪っかも、今や残り二個だ。

「璃梨、後二個全部入れないとお前の勝ちは無いぞ」

「うぐぐ……」

 追い込まれた璃梨は呻き声を上げるが、だからと言って急にコントロールが上手くなるはずも無いだろう。

(……このままゼロじゃ可哀想だよな。よし)

 ガシッ!

「はい? 久遠さん?」

 久遠は璃梨の背後に回って、後ろから覆い被さるように体を固定した後、璃梨の右手に自分の右手を添えて輪っかを持たせた。

「いいか、璃梨。お前は投げる時の手首の動きがマズいんだ。このままゆっくり投げるフォームをやってみろ」

「えっと、こうやって……」

「ここだ!」

 璃梨がクイッと手首を捻るタイミングで久遠が力を入れて動きを止める。

「ここで手首が下を向いているだろ。だから……、……」

 璃梨のフォーム矯正を試みる久遠だったが、こう密着状態だと違うことが気になってくる。

(……女って、やっぱ臭いが男と違うっていうか、甘いって言うか……。こ、香水じゃないよな。こんな歳でも特徴って出てくるもんなんだな。肌もスベスベでツルツルだし。小っこくて柔らかいし……)

「あ、あの、久遠さん?」

「あ、ああ。だから、手首が下向いているだろ。そうじゃなくって、横に振るんだよ。そうすりゃスポッと入るんじゃないか? ほら、やってみろ」

「はい、頑張ります!」

 久遠に指導を受けた璃梨が、再び投射体勢に入る。

(……ヤ、ヤベー。こんな子供でもちゃんと女してるんだな。気をつけねーと)

「とうッ!」

 ガッ!

「惜しい!」

「くっ……」

 久遠の指導の甲斐あって、今度は輪っかは水平に飛んだ。だが、スポッと輪っかをくぐることは無く、端っこが引っかかってしまった。

 しかし、あの景品は縦長の形をしているので、もうちょっとで上手く通るだろう。

「ちなみに景品は何を狙ったんだ?」

「ペアでお揃いのミサンガです! ミサンガにお祈りしてつけておけば、切れた時に願いが叶うのです!」

「何てお願いするんだ?」

「もちろん、久遠さんと結婚出来ますように、です!」

「よし、分かった! だったら俺も璃梨と結婚出来るように願掛けしてミサンガ付けてやる! 二人でお揃いのミサンガだ。次で取れ!」

「はい!」

 そして、全ての願いをこの一投を込めて、璃梨が最後の輪っかを投げる!

「とうッ!」

 スポッ!

「やった!」

「きゃ~、やりました!」

 感極まって璃梨が久遠に抱きついてくる。久遠も璃梨を抱きしめたまま持ち上げてグルグルとワルツを踊るようにスイングした。

「おめでとうございます! レインボーミサンガ、ペアセットです!」

 スタッフから渡された景品は、虹色のミサンガだ。男女ペアでつけられるように二本セットになっている。

 久遠と璃梨はお互いの腕に結び合いして、お揃いのミサンガとなった。

「で、でも、今回のゲームは引き分けなので、結婚の約束は……」

「まあ、結婚の約束なんて出来ないからな。でも、このミサンガが切れた時、願いが叶うんだろ? 何年先に切れるか分かんねーけど、その時にはお前も大きくなってるだろ。そしたらまたゲームしような」

「は、はい!」

 口を滑らせてしまった無理な約束だったが、どうにか無難に丸めることが出来て良かった。

「王子様の方の景品はこちらでございます!」

 続いて、スタッフは一番最初に久遠が投げて取った景品を出してきた。掌サイズの小さな箱の形をしている。

「そう言えば、久遠さんの景品は何だったのです?」

「南京錠だな」

「な、南京錠? って、ドアに鍵をかけておくアレですか?」

「そうそう。こういう所で南京錠があるってことは、使い道は決まってるんだよ。スタッフさん、この南京錠ってどこで使えるんです?」

「この建物の屋上でございます」

「ありがとうございます。よし、璃梨。行くぜ!」

「は、はい?」

 久遠は意味が分かっていない璃梨を連れて屋上へと向かった。


「わぁ……」

 屋上に出た璃梨の前に広がっていたのは、落下防止フェンスに掛けられた無数の南京錠達であった。そして屋上の中央には金色の鐘が設置されている。

「な、何でこんなに南京錠が……」

「ほら、説明が看板に書いてあるだろ。読んでみろよ」

「え~っと。誓いの鐘。周囲のフェンスに南京錠を掛けて鐘を鳴らせば、二人の心はロックされて、決して分かれることはありません。……ッ!」

「な? ほら、ここにマジックで名前を書くんだ」

 璃梨が説明を読んでいる間に久遠がマジックを持ってきた。ここに久遠と璃梨、二人の名前を書く。

「こうやって二人の名前を書いてガチャッってやって、それから南京錠と対になっている鍵の方を捨てちまえば、もう外れることは無いっていうわけさ。ほら。鍵を捨てるぞ。ポイッと」

 二人は小さな鍵を一緒に持って、屋上から鍵を投げ捨てた。投げた鍵は建物の下の生垣に吸い込まれていく。生垣の周囲には無数の鍵が散乱していた。もうどれが自分たちの投げた鍵か分からない。あの南京錠は永遠に解錠することは出来ないだろう。

「久遠さん、私、感激です……」

「おいおい、これで終わりじゃないだろ。ほら」

 璃梨が感極まって泣きそうになっている璃梨を元気付けて、鐘の所に連れて行った。

「最後に鐘を鳴らして神様に誓いを立てるわけだな。誓いの内容は……」

「お客様、写真を一枚如何ですか?」

 鐘を鳴らそうとしている久遠と璃梨の元へ、カメラを持った屋上のスタッフが現れた。鐘を鳴らす瞬間を撮ってくれるらしい。

「はい、ぜひお願いします。何かポーズも取るか。よっ!」

「きゃっ!?」

 久遠は璃梨を右腕で膝を抱えるように持ち上げ、左手で鐘に繋がる綱を持った。璃梨は両手で綱を握る。

「よし、鐘を鳴らすぞ。誓いの内容はどうする?」

「もちろん決まってます。私と久遠さんは、絶対に、絶対に、結婚しますッ!」

 ガランガランガラン!

 誓いの鐘の音色が屋上に響き渡る。

「はい、写真もバッチリ撮れてますよ。どうぞ」

「おっ!」

「完璧です!」

 ポラロイドカメラから出て来た写真、それは正しく、将来を固く誓い合った二人の婚約者達の姿だった。

次回より、璃梨の婚活の動機が明らかになる過去回想。

「かいそうへん」です。

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