はじめてのけはい
「さて、最初は何乗るかな」
「アトラクションは沢山あるのです!」
遊園地に入園した久遠と璃梨。
この遊園地は小規模であるので、某巨大テーマパークのように何日も通わなければ全部回れないということは無い。本気を出せば一日で全部回ることも可能だが、そもそもこれはデートだ。全速力で回りきる事に血道を上げる必要は全く無い。二人に丁度いいペースでゆっくり回っていくのが良いだろう。
(……体力的に無理の無いペースで、乗りたい所を優先して回る。それが段取りだな)
「よし、まずは地図を見て行く所を決めるか」
「はい♪」
そして、入園してすぐ近くに設置されている地図の所に来た。立て看板のように地面に立てられた地図で、久遠にとっては顔の正面に絵の部分が来るが、背の低い璃梨は大きく見上げる形になる。
(……いや、ここで真っ先にジェットコースターとか直行しちまうのは段取りとしてダメだな。まずはレストランとトイレの場所をチェックだ。璃梨は小学生だからな。昼時にレストランに入ろうとしたら超混んでて、並んでいるうちに熱中症で倒れるとかなったら責任問題だぜ。一番のリスクはトイレだ! お漏らしとかマジ洒落にならねぇ。でも夏場だから水は定期的に飲ませないといけない。ってことは、何度もトイレに行くことになりそうだな。だからトイレのある区域を渡り歩くように回っていくのが……)
久遠は本当に大した男で、同伴する璃梨が体力の無い女子小学生であることを決して忘れない。
璃梨が子供であることを差し置いても、一般的に女性は男性よりも体力が無い為、行動速度は男性が女性に合わせることが必須である。歩く速度を遅くするとか、定期的に疲れていないか尋ねるとか、そういったことが習慣的に出来なければならない。
久遠は今まで女の子とデートなど一度たりともしたことは無いが、そういった配慮をするには元から長じた性格であった。
「メ、メリーゴーラウンドに行きましょう! 白馬に乗るのです! 白馬に乗った久遠さんが私を迎えに来てくれるのです! そのまま一気に結婚しましょう!!」
「お、おいおい、そんなに急ぐなって!」
と、あれこれ考えて中々動かない久遠だったが、璃梨に手を引っ張られてメリーゴーラウンドに連れて行かれてしまった。
「やっぱり遊園地ともなれば私たちのようなカップルが沢山いるのです♪」
「そ、そうだな……」
璃梨に手を引かれてメリーゴーラウンドに向かっていると、璃梨が周囲をキョロキョロと見回して感想を述べてきた。どうやら璃梨の中では、自分たち二人は高校生や大学生のカップルと同格らしい。
(……しかし、どっちかって言うと家族連れの方が多いような?)
動物のコスプレをして入るという時点で、やっぱりこの遊園地は子供が主な客層ということなのだろう。カップルで来ている客もいるが、どちらかと言うと家族連れの方が目立っているように思う。
(……そういやコイツ、この遊園地はコスプレして入るとかよく知ってたな。ネットで調べたのか? いや、もしかして……)
「なあ、璃梨。お前って前にもここに来たことあるのか?」
「はい♪ 幼稚園の頃は毎年来てました♪」
「やっぱりそうか。だから色々と詳しいんだな。その時は親に連れて来て貰ってたのか?」
「…………」
(……??)
急に璃梨がボーッと上の空になってしまう。
「お、おい、璃梨?」
「え、あ、は、はい、はい。そ、そうです! あ、あの頃はお、お父さんと、お母さんと、三人で来てました! でも、カップルで来るのは初めてですッ!」
「ま、まあ、そうだろうな。でも、何だ、家族三人? 姉は来なかったんだな」
「ひっ!?」
(……ッ!??!??)
今度は一瞬、あからさまに怯えたような表情を見せた。心なしか顔色も青くなり、小動物のように体を震わせ、それが繫いでいる手から伝わってくる。
「お、おい、どうした? だ、大丈夫か!?」
「い、いえ、すいません。そ、そうです。お姉ちゃんは来なかったのです」
「そうか。まあ、休みの日でも部活とか忙しそうだもんな」
「そ、そうです。お、お姉ちゃんは剣道とか、受験とかで忙しかったのです。あ、あはははははははは……」
少し困ったように笑みを浮かべる璃梨だったが、青くなった顔色と、額に浮かんだ汗は隠せていなかった。
(……な、何だ、地雷踏んだ!? な、何かマズいこと言ったかな?)
自分は女心が分からない方だ、という自覚のある久遠は、改めて自らの発言を思い返してみたが、やはりどこに失言があったのか、心当たりは無い。
(……と、とにかく、この話はあんまり掘り下げない方が良さそうだな)
少し不穏な気配を察しつつも、小学生にだって秘密の一つや二つはあるだろうと思い、久遠がこの件についてこれ以上聞くことは無かった。




