はじめてのじょしこう
ここから新章。「あねへん」、つまり「姉編」に入ります。
露里 久遠は、長年の学校生活を経て、この世にはこの世には二種類の人間が存在すると考えるようになった。『リア充と、そうでない者』だ。そして彼は後者であると自覚している。
彼自身がリア充ではない人間であるし、その友達もみんな同類であるため、あくまでテレビ等から得た情報による推測でしか無いのだが、彼のリア充像とはこうだ。
まず、性格が明るい。そして流行のファッションとかにも強く、お洒落である。顔もイケメンな傾向にある。そして友達が多い。友達が多いから彼女も出来る。土日には二人で渋谷とか新宿とかに遊びに行って、夏には海に行って、冬はスキーやスノボーに行くだろう。互いの誕生日にはプレゼントを贈って、クリスマス等は言うまでも無い。家に帰ってもメールが頻繁に届いて、それに返信する。それも家族に返信するようなテキトーな返事ではなく、話が続くように文脈を工夫する。相手の機嫌も取らなければいけない。そのメールの往復で得られるのは、次の休みの予定である。そして土日に映画とかに行く。これを一生続けるのが『リア充』だ。
凄まじく大変ではないか? リア充は休日は遊ぶ日だと思っているが、彼は休日とは休む日であると思っている。土日は遅くまで寝ていたいし、午後はネットかゲームをして過ごす。夜はご飯を食べて、風呂に入り、それから程々の成績が維持出来る程度に宿題を済ませる。終わったらベッドに入って寝るまでゲームだ。こうして休日に十分な休息を取ることで平日も平穏に学校に通うことが出来るのである。
彼はこの生活を三十歳くらいまでは続けたいと考えている。流石にそれ以上の年齢になっても続けるのは良くないだろう。親もいることだし、結婚しないと色々とマズい気がする。だが、彼は現時点で十七歳の高校生だし、今から結婚のことなんて心配しなくてもいい。将来就職して、数年経って生活が安定してくる頃に考えれば良いことだ。
とにかく、高校生である今は、地元の国立大学に進学出来る程度の成績を維持することだけは注意して、それ以外は気楽に過ごす。彼女は無し。これが彼の考える平穏な生活を維持するための段取りであった。そしてこの段取りは極めて簡単、普通であり、何の問題も無く達成出来るものであると考えていた。
だが、この段取りには決定的な見落としが存在していた。非リア充である彼には絶対に発生しないと思い込んでいたイベントが発生してしまったのだ。それが今、対処に極めて難儀している大問題、『女性からのアタック』である。
「ゼハッ! ゼハッ! ま、間に合った、はずだ……ハァ……ハァ……」
あの見合いから一週間後、久遠は隣町にある高校の前に立っていた。聖十字女学院附属高校。通称、聖十字女子高校だ。
ギラギラと照らす太陽の下、久遠はこの女子校の前で息を切らせ、肩で大きく息をしながら校門から出てくる女子高生に目を配っていた。
今日は七月下旬。この辺りの学校はみんな今日で終業式を迎える。明日から長い夏休みが始まるわけだ。自分の通う高校の終業式が終わった後、久遠は自転車に飛び乗り、全速力でこの女子校に駆けつけてきた。校門の前に自転車を停めた久遠が時計を見ると、久遠の学校の終礼が終わってから、まだたったの十五分しか経っていない。
(……十五分! これだけ早けりゃ、まだ帰っていない生徒も多いはず。ま、まだ帰っていないよな、あのバカ姉は!?)
久遠がこんな一生縁の無いはずだったお嬢様高校を訪れた理由はただ一つ。この前の見合いで大騒ぎになった見合い相手の姉、凜咲 愛梨に用事があるからだ。
(……どこだ、どこにいる、バカ姉!?)
「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ!」
早く駆けつけないと帰宅してしまうと思ったため、久遠は短距離走でも出さないような本気の全速力で駆けつけてきた。このため激しく息が上がっている。横腹も痛くて苦しくてたまらない。
元から不良面である久遠だったが、苦痛に耐えて顔を歪める今はなおさら凶悪であった。まるで乱闘して負傷した後のチンピラのようだ。
「ハァッ! ハァッ! ゲハッ! ゲホッ!? ゲホッ!?」
(……二年生だってことは分かってるんだけどな。でも、ここは女子校だ。男の俺は乱入出来ない。早く出てこないか……)
久遠が校門から少し離れた所で出てくる生徒を注視していると、女子生徒達は久遠をまるでケダモノを見るような目で嫌悪し、近寄らないように離れていく。
(……くそっ。これだから女ってのは! ちょっと顔つきがワルってだけで差別しやがって。どこにいるんだ、あのバカ姉……ん?)
「ハァッ! ゼハッ! ハァッ! ハァッ! ゼッ! ゼッ!」
同年代の女子生徒から嫌な顔をされるのはもの凄く気分が悪い。さっさとこの場を離脱したいが、それでも愛梨には用があるからそうもいかない。と、その時、久遠は出てくる女子高生の集団に目をとめた。ぞろぞろと十名程が一塊になっており、全員が竹刀を持っている。これを見れば誰でも同じ結論を出す。
(……こいつら、剣道部員だな! こんだけ大勢で出てくるってことは、最後に部で集まって挨拶とかしてたってことか? だったらあのバカ姉も一緒に出てくるはず)
そう結論づけて、校門から離れた場所にいた久遠は停めた自転車を離れ、この剣道部員の群れへとゆっくりと近づいていった。
(……き、聞いてみるか。ここは女子校だからな。慎重に、慎重に……)
「す、すいませ、ハァ、ハァ、け、剣道、ハァ、剣道部員のハァ、人ですよね? ハァハァ。あの、凜咲ハァハァ、愛梨さんハァハァ、って人を知りま……ハァハァハァハァ」
「きゃー、変態!」
ドガッ!
「ぐわっ!?」
質問を最後まで言うことも出来ずに、思いっきり竹刀でぶん殴られた。
「変態よ!」
「不良!」
「キモい!」
「みんな、手伝って!」
剣道部員の集団が寄ってたかって倒れた久遠を竹刀でぶん殴ってくる。
ドガッ! ドガッ! ガッ! ガッ!
「痛ててててて! こ、こら、やめろ! ゲホゲホッ!?」




