はじめてのけいぞく
「ただいまー」
「くーちゃん、お帰り♪」
夕方、久遠が無事に家に帰ると、母が嬉々として台所から出て来た。
「それで、お見合いはどうだった? どんな人だった?」
「あ、ああ、そうだな……」
(……そうか。母さんは普通の見合いだと思ってるんだな)
よくよく考えたら、久遠にとって先ほどの見合いは婚活を中止する為の口実作りとして一回か二回、実績を作っておく為というものだった。
つまり、最初からやる気が全く無い。にも関わらず相手が本気の大人の女性だったら申し訳無い所だが、相手が璃梨で助かった。あんな結婚なんて冗談にも程がある子供が相手だったので罪悪感に苛まれなくて済む。
「結構可愛いヤツだったぜ。それより腹減ったよ。ご飯にしようぜ」
久遠は深く考えず、この厄介な母にそう返事をしてしまった。
それから一時間後、露里家は夕食に入っていた。焼いたサンマと、味噌汁、煮物、漬け物というありふれた献立だ。父は残業で帰りが遅いから、母と久遠、二人の夕食である。
「それでそれで、どんな話をしたの?」
「ん、ああ。ゲームだな。向こうも同じゲームやってたよ」
「きゃー。趣味が合うなんて最高じゃない!」
母は見合いの事を根掘り葉掘り聞いてきて、すっかり有頂天だった。久遠は璃梨が八歳だということは伏せて置いて、他はありのままに話した。
「で、最後に次に会ったら遊園地にでも行こうかって」
「ってことは、くーちゃん、お相手のコを気に入ったのね?」
「ああ、楽しいヤツだったぜ」
と、深く考える事無く思ったことを口にしてしまったその時、リリリリン! と家の電話が鳴った。
「はい。露里です。まあ、エージェントさん!?」
(……ん? 結婚相談所からの電話か!?)
母が受話器を取ったが、電話の主は結婚相談所のエージェントらしい。
久遠はこれが初めての見合いなので知らなかったのだが、結婚相談所を介しての婚活はこのようにアフターフォローがあるのだ。結婚相談所というのはただ見合いをセッティングして終わりではない。見合いの運びはどうだったか。交際を継続したいか。相手のどのような所が気に入ったか。これからどういう風に婚活を続けようと思っているか。というような話を電話で聞いて、今後の活動に繋げてくる。
恋愛沙汰に奥手な性格の人でも結婚に漕ぎ着けられるように、あの手この手で背中をグイグイと押してくるわけだ。
「はい。今日のお相手の方はとても素晴らしい女性だったようで……。はい、はい! もちろんです。ぜひお願いします! ああ、良かった。これで私も安心だわ~。そうなんですよ! そうでもう、私ったら家でずっとハラハラドキドキ、今晩の食事はどうしようかと……」
母はエージェントとすっかり話し込み始めてしまった。
久遠から見て、女性には一つ共通点がある。話が長い! 男だったら要件だけ聞いて終わりなのだが、女というのはそこから色々話を膨らませてくるのだ。ちなみに電話の向こうにいる結婚相談所のエージェントも女性である。母はまるで友達と話すように長々と電話を続ける。
久遠は耳を傾けるのも面倒になって、そのままご飯を食べ終える頃、ようやく母の電話が終わった。
「それで、エージェントさんは何だって?」
「見合いはどうだったかって。それでお母さん、くーちゃんは今日のお相手の人と絶対結婚したいって言ってるって伝えておいたわ」
「ぶっ!?」
久遠は最後に飲み干そうとしたお茶を盛大に噴き出した。
「ゲホッ、ゴホッ! ちょ、おいおい! 俺は結婚するなんて言ってねえだろ! これからどうなるんだよ!?」
「これからね、エージェントさんが、くーちゃんは今日のお相手の人をとても気に入って大好きって言ってるってことをお相手の人に伝えてくれるのよ」
「え、ええっ!?」
「くーちゃんは恥ずかしがり屋さんだから、面と向かって好きって言えないでしょ。そういう人の為にエージェントさんが頑張ってくれるのよ。良かったわねぇ」
「おいおいおいおい!」
(……そんな電話が璃梨の所に行ったらどうなるんだ!?)
恐らくは、璃梨はエージェントの言葉を思いっきり真に受けて事態が複雑化する。あの電話には自分が出るべきだったと後悔したが、時すでに遅し。再びリンリンと電話が鳴る。
「今度は俺が出る! はい、露里です」
「私、結婚相談所でエージェントをやらせて頂いている者ですが、露里 久遠さんで宜しいでしょうか?」
「は、はい。僕が久遠ですが……」
(……ど、どうなったんだ!?)
恐る恐る電話の続きに耳を傾けると……。
「おめでとうございます! お見合い成功です!!」
(……げえええええええッッッッッ!?)
「お相手の方、凜咲 愛梨さんも久遠さんのことをとてもお気に入りになられたようです。愛梨さんもぜひ結婚したいとおっしゃってます! こんなにベストなカップルは私のエージェント経験の中でも一番です。素晴らしいです!」
「ど、どうも……」
「では、今から凜咲 愛梨さんの携帯電話の番号をお教えしますので、メモの準備は宜しいですか?」
「は、はい……」
ここに婚活の厳重ルールがある。どれだけ互いが意気投合しても、見合いの現場で電話番号を交換してはならない。婚活者同士でのトラブルを防ぐため、互いの連絡先は厳密に守られている。互いの携帯電話の番号を交換するのは、このように互いの了承を得た後、結婚相談所を介して行うのだ。久遠は言われるが儘に電話番号をメモした。
「では、すぐに電話して下さいね。絶対うまく行きます。自信を持って下さい!」
「は、はい。どうも……」
そうして電話は切れた。
(……ど、どうすんだよ、これ!?)
電話のエージェントは愛梨の名を呼んでいたが、それは璃梨が偽の履歴書で結婚相談所に登録しているからだ。この電話番号は璃梨のスマートフォンの番号と考えて間違い無い。電話した瞬間に璃梨が出るだろう。
(……電話しないって選択肢は無いな。しかし電話した所で何言えばいいんだ? 俺と結婚しろって? ありえねえだろ! っていうか、こんな無理なことやってたら本当にいつか大問題……ん?)
「ええ、そう。私はくーちゃんのお母さん! そうよ~」
ふと気がつくと、母が自分のスマホでどこかに電話している。そして母の手には先ほど久遠が電話番号を記したメモが握られていた。
「こらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ! 勝手に電話すんなッッッッッ!!」
「あっ、くーちゃんがあなたとお話したがってるわ。代わるね」
母は一回スマートフォンから口をはずして、
「はい、くーちゃん。とっても可愛い声の良い子そうな人ね。お母さん、気に入っちゃった。こんな子がくーちゃんのお嫁さんになるなんて、お母さん幸せだわ~」
「いいから早く貸せって!」
母からスマホを取り上げ、母に会話を聞かれないように自分の部屋に移動して、久遠は電話に出た。
「はい、もしもし」
「きゃー、久遠さん!」
(……やっぱりお前か!)
予想通り、あの番号は璃梨のスマホだったようだ。
「死ぬほど嬉しいです! 私って久遠さんと比べると凄く年下で子供で、久遠さんはもっと大人の女性の方がいいのかもって不安でしたけど。でも、久遠さんも絶対私と結婚したいだなんて! 璃梨、感激です!!」
「お、おい……」
「大丈夫ですよ! 今は私は八歳ですけど、十年経てば十八歳です。その時、久遠さんは二十七歳。これなら普通ではありませんか! お母様とも少しお話しましたけど、凄く良い人そうですね! 私、お母様とも仲良くやっていける自信があります! 私、料理も掃除も凄く得意ですよ。とっても役に立ちます! あ、でも、急に私がそちらに引っ越ししても、寝る所が……。で、出来れば、久遠と一緒に……。だ、大丈夫ですよ! 私は小さいからシングルベッドでも十分に二人で寝れます! それで、起きる時と寝る時はお互いのほっぺたに優しくチューを……。きゃ~」
……。
…………。
………………。
それから、果てしなく長く電話は続いたが、細かいことは覚えていない。だが、久遠の感想を表現するには一言で十分であった。
(……ダメだ、こりゃ)




