はじめてのちぇっくめいと
「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ! ……ふぅ……」
「お、おい、璃梨!?」
極度の緊張と興奮、羞恥心で限界を超えたのだろう。力を使い果たした璃梨は虚ろな目をすると、そのまま久遠にもたれかかるように気絶した。
「え、ちょ、おいおい、マジか……痛てっ!?」
久遠の頭にガンッと何か固い物が当たった。何かと思って落ちたそれを見ると、コーヒーの空き缶だった。
「馬っ鹿野郎! お前、小学生になにしてくれてやがるんだ!!」
「この変態野郎が!」
「単なる不良かと思ったら、マジキチじゃねえか!!」
「死ね!」
何と、周囲を囲んでいたホテル客が璃梨の話を真に受けて大激怒している!
「おい、あ、あんたら、ちょっと落ち着け……あ、危なっ!?」
缶やらボールペンやら、身の回りにあったものが次々と飛んでくる。それらが璃梨に当たらないように久遠が庇うが、どうにも収まる気配が無い。
「痛ててててててっっっっっ!? お、おい、姉! 助けろッッッ!!」
「はっ!?」
自失呆然としていた愛梨だったが、久遠の活で我を取り戻した。
「ちょっと、あんた達! それやり過ぎ! 璃梨に当たったらどうすんの!? やめなさ……きゃあっ!?」
余りに酷い有様に愛梨が止めにはいるが、乱暴に振り払われてしまった。すでに集団が暴徒化していて手がつけられない有様だ。
「お、おい、あんたら! いい加減にしろ!!」
「やかましい!」
「いい加減にするのはお前だろ!!」
ガシッ!
「ぐげっ!?」
身の回りの物を投げつけていた周囲のホテル客だったが、すぐに投げる物も枯渇したらしく、今度は直接革靴で踏みつけてきた。
(……これはマジでヤベェ!?)
空き缶の投げつけと革靴の蹴りでは威力が全然違うではないか! 集団リンチという言葉が久遠の脳裏をよぎる。これは洒落になっていない。愛梨も事態が想定外の暴動に発展してしまってどうしたら良いか分からないようだ。
(……こ、このバカ姉、責任取れよな。お前が保護者だろ! 肝心な所で抜けてやがるぜ。だが、まあいい。段取りは全て整った。そろそろタイムアップだ!)
ピピピピーーーーッッッッ!!!!!!!!
(……来た!)
少し離れた距離から笛の音が聞こえた。周囲のホテル客も何事かとそちらを振り向き、久遠から注意が外れる。
(……これが最後の一手! チェックメイトッ!!)
「おーーーーーーーーいっ! 助けてくれぇぇぇぇぇッッッッッッッ!!」
「あっ!?」
「なっ!?」
「何ぃ!?」
「て、てめえッ!?」
久遠が大声で助けを呼んだ瞬間、愛梨も周囲のホテル客もやられたと察しただろう。久遠が助けを求めた相手、それは駆けつけた警備員であった。
「こ、こちらフロント警備! 少年少女が集団暴行を受けている模様。至急応援を!」
『了解。二階警備隊、急行する』
『三階警備、了解』
久遠が今いるこのホテルの喫茶店の前は、大きな吹き抜けの一階にある。駆けつけた警備員は二人しかいなかったが、そのうち一人が無線で応援要請すると、すぐさま二階と三階から応援の警備員が各階の吹き抜けの周囲から顔を出した。警備員の数は一気に十名程にまで膨れあがり、それらが全速力で階段を降りて久遠の元に集まってくる。
警備員を味方につける。これが久遠の段取りの完成形だ!
「おい、お前ら! 何やってるんだ!!」
「や、やべえッ!」
「逃げるぞ!!」
警備員の出現で一階は蜂の巣を突いたような大混乱に陥った。久遠を取り囲んでいたホテル客も散り散りに逃げ出していく。そして最初に来た一階警備員の二人が久遠の元に駆け寄った。
「君、大丈夫かね!?」
「は、はい。ありがとうございます!」
「ここは危ないから、その娘を連れて下がってなさい!」
「はい。行くぞ、璃梨!」
久遠は未だ気絶したままの璃梨を抱っこして立ち上がった。
「あっ、ど、どこ行くのよ!? ちょっと待ちなさいよ!」
璃梨を連れて行こうとしたので愛梨が制止しようとするが、
「待つのは君だろう」
「一体何で竹刀なんぞ持っているのかね?」
「あ、いえ、これは、妹が……」
竹刀を怪しまれて警備員に止められてしまった。
(……何も知らない警備員から見れば、竹刀振り回しているお前の方が怪しいに決まってんだろ。あばよ、バカ姉!)
そのまま久遠は璃梨と共に現場を離脱した。




