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はじめてのこんかつ  作者: 大橋 由希也
おみあいへん
14/39

はじめてのしょうめい

「お、俺たち、付き合ってるんだ……」

 ……。

 …………。

 ………………。

「は?」

 聞き間違えかと、愛梨が問い直してきた。

「じ、実は、周囲には内緒で、俺達は付き合っている……。そ、そうだろ、璃梨?」

「は、そ、そうです! 私たちは付き合ってます! もちろん、結婚を前提にです!! 私は久遠さんと結婚しますッ!」

(……結婚まで話を膨らませるんじゃない!)

 しかし、話を合わせてくれるのは都合が良い。

「な、な、な……」

 ポトリ、と愛梨は握りしめた竹刀を取り落とした。

(……やった! 形勢逆転だ!!)

 先ほどまであった愛梨の剣豪の気迫が嘘のように消え去った。どうやらこの手の話に免疫が無いと見える。体を震わせて立ちすくむのみだ。

「あ、姉のお前には秘密にしていて悪かったな。で、でも、璃梨にだって言い出し辛い所もあったんだよ。ゆ、許してやってくれ……」

「む、むしろこれを機に家族公認の仲にするのです! さあ、久遠さん! これから私の家に行って、お父さんとお母さんにも挨拶しましょう!!」

(……こらこらこらこら!!)

 璃梨は地べたに座り込んだ久遠の手を引っ張って連れて行こうとする。この手の話に免疫が無いっぽい愛梨とは逆に、璃梨は実にたくましい。話を合わせるどころか、逆に利用しに来ている!

(……な、何て女だ、璃梨! これ以上話を膨らませるのはマズい!! いつボロが出るか分からん。で、でもこの流れは使えるな)

「というわけで、俺達はこれで……」

 璃梨の言う『これから私の家に行って』という流れはチャンスだ。このまま璃梨の手を引いてここを立ち去ってしまえば後は何とかなる。尻餅状態だった久遠は、さり気なく膝に手を置いて立ち上がろうとするが、

「待ちなさいッ!」

「うおっ!?」

 いつの間にか、愛梨が取り落とした竹刀を持ち直して動きを制してきた。眼前に切っ先を突きつけられては動けない。

「そんな話、信じられるわけないでしょう!!」

「そ、そうだ! お前高校生だろッ!!」

「そっちの子はどう見ても小学生じゃないか!!」

「歳の差何歳だよ!」

「アホかッ!!」

(……ちぃっ、流石にこれが通る程甘くなかったか!?)

 やはり高校生と小学生が付き合っているというのは無理があり過ぎた。愛梨のみならず、周囲のホテル客まで激怒して久遠を責め立ててくる。

(……ど、どうする!? 他に何か言い逃れする道は無いか!? 考えろ、順を追って冷静に考えるんだ。何事にも段取りだ。無理の無い自然な流れに軌道修正を……)

 あくまで冷静沈着に事を押さえようとする久遠。それに対し璃梨は、

「ほ、本当ですッ! 私たちは付き合ってます! 愛し合ってますッ!!」

(……つ、強いな、コイツ!)

 璃梨はごり押し戦術だ。大の男数名と竹刀を振り回す姉に囲まれているというのに一歩も引き下がらない。度胸だけなら久遠が今まで会った女の中でも最強の部類に入る。

「マ、マジかよ、この子」

「そんなバカな」

「いや、でも、本人がそう言うなら……」

 こうなると男は弱い。子供とは言え、女がここまでキッパリ「付き合っている」「愛している」と言い張ってくると到底太刀打ちできない。それが男という生き物だ。食い下がって戦うのは愛梨だけだ。

「り、璃梨、バカなことを言ってんじゃないわ! 私とお母さんはあなたの行動パターンはちゃんと把握してるの! 誰かと付き合ってるなんてありえないッ!!」

「それがあるんです!」

「ありえないッ!!」

(……おいおい)

 本来の容疑者である久遠そっちのけで壮絶な姉妹喧嘩の様相を帯びてきた。余りに凄すぎる剣幕で、久遠と周囲一同、開いた口が塞がらない。

「あなたの行動はGPS携帯でチェックしてるって言ったでしょ! 行動パターンは把握済み! 璃梨は一人でどこかに行ったりしてないの!!」

「ふん。お姉ちゃんやお母さんだって、二十四時間スマホ見て監視しているわけじゃないのです。隙なんていくらでもあるのです」

「じゃあ、いつ、どこで知り合ったっていうの? 出会いは!? いつ、どこで、どういう形でこの男と知り合ったって言うの!? 言ってみなさい!!」

「……そ、それは……」

(……ここは俺が!)

 璃梨が詰まったので久遠が救援に入る。

「で、出会いは……ネットだ!」

「ネット!?」

「お、俺達のプレイしているゲームは、ネットを介してお互いの村に遊びに行ける。会話も出来る! た、たまたまゲームで出会った俺達は、家が近いからリアルで会って遊ぶことも多くなった」

「そ、そうです! いつも久遠さんが私の家の近くに来てくれるんです! だから私はお母さんやお姉ちゃんにも秘密に出来たんです!!」

「き、今日は調子に乗って遠くまで連れ出し過ぎた。す、すまなかった。そ、それについては、謝るぜ……。あと、ネットが出会いじゃ世間体も悪いだろう。今日まで言い出せなかったことについても、すまなかったな……」

「そ、そんな、そんな……」

(……おお、勝てるぞ!)

 気迫で押す璃梨と、知性で戦う久遠。二人の関係は剛柔一体。剛と柔のバランスの取れた最強タッグであった。

 しかし、愛梨も易々とはやられない。最後の切り札を繰り出してくる。

「し……し……証拠は?」

「え?」

「証拠!?」

(……そんなもんあるわけねえだろ! 全部嘘なんだからッ!!)

 久遠と璃梨は最強タッグであったが、たった一つ、そして決定的な弱点があった。言っていることが全部嘘だということだ。よくここまで頑張ったと言えるが、どうしてもどこかでボロが出てくる。物的証拠が無いのは決定的な弱点であった。

 遂に久遠と璃梨、二人共に口が止まる!

「ど、どうなの? つ、付き合ってるなら、何かあるでしょう。写メ? プリクラ? それとも何かのプレゼント? 付き合ってるなら、何かあるはず! 見せてみなさい。ちょっとでもいいから、何かあれば信じてあげるわ。ほら!」

(……ぐ、ぐ、ぐうううぅうううう!!)

 これは無理だ。確かに今の時代、付き合っていれば写メの一枚くらいあるだろう。だが久遠と璃梨は今日が初対面。お互いの番号すら知らない仲だ。お見合い中の会話で得た情報だけでここまで話を作り上げたが、物的証拠は一切無い。

「き、今日は、たまたま、無い……」

「偶々? 変ねぇ。ちょっとだけでもいいのよ? スマホに何か無いの? 写メは? 通信履歴は? メールも送ったこと無いの? 付き合ってるのに?」

「ぐ、ぐ、ぐ……」

「証拠が無いのは当然! だって、あなたはついさっき、一人でいた璃梨を誘拐したばっかりなんだから!! 短時間でよく璃梨を騙くらかしたものねッ!! その罪、万死に値するわ。変態少年Aとして、社会的に死になさいッ!!」

(……あ、あと一歩、あと一歩なのにッ!! ち、畜生!)

 久遠は必死で知恵を絞るが、もう何も出てこない。おそらく愛梨は次に璃梨からスマホを取り上げて、通信履歴のチェックをするだろう。当然、スマホに久遠の痕跡は無い。二人が付き合っているどころか、付き合っていないことの確実な証拠になってしまう。それを防ぐ手は無い。万事休すだ。

(……いや、待てよ。そういえば璃梨はどうやって結婚相談所と電話していたんだ? 家族にバレないように、自分のスマホを使ったんじゃないか? 番号だって登録しているだろう。だったら、履歴を見られたら結婚相談所と電話していたことがモロバレ。おい、璃梨。お前、電話したらちゃんと履歴消してるんだろうな!?)

 チラッと璃梨の顔を伺うと、額に脂汗が浮かべ、ギリギリ歯を食いしばり、青ざめた顔色で愛梨を睨み付けている。おそらく、消していない!

(……ヤバイぞ。どうする、どうする、どうする!?)

 しかし、万策尽きた久遠に打つ手は無い。何も出来ないまま愛梨のターンだ。

「さて、じゃあ、璃梨。見せて貰いましょうか? あなたのスマホの履歴。もし履歴にこの男が入っていなかったら、今までの話は全て嘘という……」

「証拠ですか?」

(……ん、え? うげええっ!?)

 久遠は口から魂が抜け出る程に仰天した。

 俯いていた璃梨が顔を上げたその時、その眼差しには地獄の炎が宿っていた。こんな子猫みたいな小さな体に、高校生で強豪剣道少女の愛梨に勝るとも劣らない、余りにも不釣り合いな鬼の気迫に漲っていた。純粋無垢な八歳の優等生少女が、追い詰められて鬼と化した!

「そ、そうよ、証拠よ、証拠。あるなら見せてみなさい」

「いいでしょう。お姉ちゃん、並びに周囲にいる皆様。両目を見開いてよぉぉぉく、見て下さい。これが、これが……、これが、証拠だッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」

 ガシッ!

「えっ!?」

 地面に尻餅をついたままだった久遠の顔に、璃梨はその小さな両手で掴みかかった! グッと力を入れて顔を捻り自分の方を向かせると、有無を言わさずその唇を久遠の唇に重ねる!

「んんっ!?!?!?!?」

 その時の久遠の感想は、『小さいなぁ』だった。璃梨は体に比例して口も小さい。肉付きも薄いので柔らかいというよりもプニプニしている。顔を掴み止めるその手も小さく、全力で力を込めているようだが、やはりこの細腕では弱い。久遠の方から合わせて首を動かしてやらないといけない程だ。体、顔、唇、手、力。全てが小さく、そして弱い。やっぱり子供なんだなぁと、心から納得した。

 と、虚を突かれた久遠は思考が状況に沿わない方向に行ってしまい、周囲も余りの事に圧倒されて言葉も無い。それから長い長い十数秒が経ち、

「ぷはぁっ!」

 ようやく璃梨が唇を離した。ハァハァと肩で大きく息をし、その顔は灼熱するマグマのように真っ赤に燃え上がっていた。そして璃梨が口を開く。

「これが証拠です! 私と久遠さんの間では、これくらいはご挨拶程度。いつもはお姉ちゃんも知らないようなもっと凄っっっっごいこともやってますッッッッッ!!!!!!!! 分かりましたか? 私たちは、付き合ってるんです! 愛し合ってるんです! 私の体が証拠ですッ! 私は久遠さんと結婚しますッッッッッ!!!!!!!!!!」

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