はじめてのきす
「ほ、ほら、これ飲めよ」
「ううっ……頂きます」
エスプレッソの苦さに錯乱している璃梨に、久遠は一先ず自分のアップルジュースで口直しさせた。そうこうしている間に店員が来て、零れたエスプレッソを拭き取ってくれた。しかもサービスでもう一回入れ直して貰えたので、エスプレッソは元の量のままだ。
「だ、大丈夫か?」
「は、はい、何とか……」
そう言いつつも、璃梨はアップルジュースのストローから口を離そうとしない。少し頬を赤らめ、それからようやくチュポッとストローから口を離した。口を離したストローの先には璃梨の唾液がトロッとついていて、滑らかな光を放っている。
「これって、間接キスですよね。ポッ……」
「そんな事で赤くなるんじゃないッ!」
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
「そ、そうか。まあ、良かったぜ」
そう言って、璃梨はアップルジュースを返却してきた。二人で飲んだので大きく減っているが、まだ一口分くらい残っている。
(……え、残りは俺が飲めって意味か?)
返却されたアップルジュースを何となく手に持ってしまったが、直前に璃梨が間接キスとか言うのでこのまま飲むことに凄く抵抗を感じる。前を見れば、璃梨がジーッと決して目を離さず、瞬きもせずに、久遠がストローに口をつける瞬間を今か今かと凝視しているではないか。
(……や、やめろよな。気になるだろうッ! ど、どうする? 飲むべきか、飲まざるべきか!?)
しかし、すでに手に持ってしまったジュースに口を付けないというのは不自然だろう。飲まない為の理由が無い。となれば、
(……何気なく飲むしか無い。そうだ、相手は子供だし、特に深い考えも無く飲んだってことにする。コイツが大騒ぎした場合はギャグか冗談の流れに持って行く。これしかねえッ!)
再度璃梨の様子を確認したが、片時も目を離さずこちらの様子を伺っている。璃梨が余りに真剣な様子なので久遠まで心臓がドキドキと高鳴ってきた。
(……どうする、璃梨? 本当に飲むぞ。止めるなら早くしろ!)
ドキドキドキドキドキ……。
璃梨に動きはない。最早駆け引きは終わりだ。
(……行くぞ! 飲むぜ? いいんだな!? 行くぞ!)
遂に、思い切って久遠もストローに口をつけた。そして一気に飲み干す。飲み干す際のズズズッという濁音が二人の間に響いた。
(……さあ、どう来る、璃梨ッ!?)
「…………」
「…………」
「…………」
「……ッ……」
初めは真剣な眼差しをしていた璃梨だったが、次第に顔がカァッと紅潮して、遂にはモジモジと無言のまま恥ずかしそうに目を逸らした。両腕で自分の胸を抱きしめて、ホゥッと艶めいた溜息を吐く。
「何か言えよッ!」
「ゴ、ゴメンなさい! 無理です! わ、私にはオトナ過ぎでした!! わ、私、男の人とこんなことしたこと無くって……。私から見ると久遠さんは凄く憧れちゃう大人の男性です! やっぱり八歳で婚活するのは早過ぎたかも。それに、女の子が結婚出来るのは十六歳からじゃないですか! こ、ここはやっぱり、まずはお友達から初めて、私が中学生になったら付き合い初めて、十六歳の誕生日に結婚というプランで……」
「今更何言ってんだ、こらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッッッ!!」




