忍者と勇者殿
勇者サイド。
我が輩は勇者である。
最近、夜に眠れない日が続く。
次の町へ辿り着かない限り、私達は野宿を強いられる。それが恐ろしくて堪らないのだ。
勇者が何をそんなに魔物を恐れているのか、と思われただろうか。
違う。
私が恐ろしくて堪らないのは、魔物なんかではない。
奴と一緒に夜を過ごす事なのだ。
「勇者殿。一体何用でござるか」
「勇者様。私、とっとと寝たいんですが。話ならすぐに済ませて貰えますか」
「忍者、そして僧侶よ。済まない。すぐに終わらせる」
今、私は火を焚いた位置から少し離れて、僧侶と忍者の三人で話をしている。
今回、僧侶は同伴して貰って此処に居る。決して彼女に寝込みを襲われるのが恐ろしくて、命乞いをしに来た訳ではない。彼女はむしろ保険。いざとなった時に助けて貰う為に呼んだ。
そう。今回問題なのは忍者だ。
パーティーの頼れる諜報員であり、屈指の素早さを持つ頼れる仲間であり、私に忠誠を誓っている最も忠実な部下だ。
戦闘でも強いし、近距離遠距離何でも熟すし、道具を盗む事もできれば、敵のエンカウントを抑える技も持っている。
こんなに優れた仲間に何の問題があるのか。
私が疑問を抱いたのは、彼の『忠誠心』だ。
「忍者よ。私が今日、話があったのはお前だ。あ、僧侶はでも帰らないでくれ。お前は最後までいてくれ。後で私の『形見のペンダント』あげるから」
「マジですか勇者様。あのきらきらしてるやつくれるんですか。親の形見じゃないんですか」
「あげる。私は今に生きる」
「分かりました。残りましょう」
僧侶は懐柔できた。両親の形見を差し出す事になったが、自分の命には替えられない。いや、命は言い過ぎかも知れないが、私の人生が懸かっているので出し惜しみはしない。
もしかしたら、形見って事で遠慮してくれるかもしれないし。いや、それはなかったな。
「拙者に話……喜んでお聞きしましょうぞ」
布で隠した顔は見えないが、妙に嬉しそうだ。やめろ。嬉しい話じゃない。嬉しがられると余計に怖い。
というのも、私の今回の懸念は……
「忍者よ。お前の私に対する忠誠心は、本当に部下故のものなのか?」
私が抱いたひとつの疑問。
忍者の忠誠心は、部下故のものではなく、違う感情から来るものなのではないか。
私の問いに忍者はハハッと笑った。
「当然でござる。拙者は主君として、勇者殿をお慕いしているのでござる。何故そんな事を?」
押したい……? いや、お慕いか。
この質問では駄目だったか。
ならば、やはり直接聞くしかないようだ。
私は恐る恐る口を開いた。
「忍者よ。お前……男色の気があったりしないか?」
私の忍者に対する懸念。
忍者は私を、性的な目で見ているのではないか。
何言ってんだお前とか言うな。勘違いなら凄い恥ずかしいから、私とて確証なしに言い出しはしない。むしろ確証が多すぎて耐えかねたのだ。
「そんな事はないでござるよ」
忍者は真顔で言った。さっきまで笑ってたのに。怖い。
「何故、そんな事を」
撫で? ……いや、「何故」か。
いや、ちょっと待て。お前いつもは「何故」って言うよな。何で今に限って言い方を変えた。
しかし、そんな所を指摘しても忍者の牙城は突き崩せないので、触れる訳にはいかない。
「勇者様。残念ながら私は腐ってないので、こんなもの見せられても困るのですが」
「違うのだ僧侶よ。別に私達の絡みを見せつけに来たのではない」
私の横で不満げ……というより不快げに顔をしかめる僧侶に私は耳打ちをした。
そうじゃないのだ。別にそういうのじゃなくて、僧侶ならそういうのにも割と真顔で耳を傾けてくれると思ったから呼んだのだ。いざとなったら守って貰おうと思って。仮にも女だから、危険はないだろうし。
僧侶は深く溜め息をついて、ひそひそと私の耳元で囁いた。
「知ってますとも。勇者様はノーマルだという事くらい。つまりはいざ身に危険が走ったら、私に守れと。そういう事ですね」
僧侶は意外と察しがよい。普段の不敵な態度は恐らく私を舐めくさってるからだろう。だからこそ、彼女が例え回復魔法を使わずとも解雇することがなかなか出来ないのだ。他のメンバーは有り得ないレベルで察しが悪すぎるし。
いざというとき頼りになる女、僧侶。勇者一行のヒロインは伊達じゃない。
「しっかりペンダントは戴きますから」
しかし、貰えるものは遠慮なく貰う。流石、強かな女である。
だがむしろこうなった方が心強い。見返りを求めない人間の好意ほど、恐ろしいものはない。見返りを求めている分、その働きぶりには期待できる。
「何をひそひそと話しているでござる」
忍者の声に私達はびくりと身体を震わせた。
忍者は真顔だ。
幸い会話は聞かれていなかったようだ。……いなかったと思いたい。
しらを切るつもりならこちらにも確証がある。それを突きつけていけばいいだろう。
私は新しい街道に入ってからの、魔物との戦闘を思い返した。
「忍者よ。何故、この前の戦闘の時、私の尻を触ったのか」
魔物と戦っている最中。私が攻撃をして後ろに戻ってきた時に、忍者は次ターンで前進して攻撃を行った。そのすれ違いざまに、忍者はさわっ、と私の尻に触れていったのだ。
「虫がついていたのでござるよ」
「戦闘中、毎ターン、戦闘一回につき平均三回もか」
「ええ」
私達はこの辺りの魔物を大体三ターンで倒せる。毎ターンこいつは触ってくるのである。
そんなに虫がつくものか。そう思って聞き返したら真顔で「ええ」って言い返してきた。こいつ、意外と手強いぞ。
「嘘をつきなさい。勇者様の尻に虫はついていなかった。後衛の私が証言します」
「僧侶よ。私もお前の前で尻とか言ったのは悪かったが、少しは恥じらいをもって言い方を考えたらどうだ」
しかし、僧侶が思わぬ所で証人となった。嬉しい誤算である。
忍者よ。これで認める気になったか。
「近付いた拙者にしか見えない大きさだったのでござるよ。後衛の僧侶殿は離れていたから見えなかったのでござる。しかも拙者、忍者故。目はとても良いのでござる」
あんまり上手くないけど返してきた。
いかん。強敵だ。
しかも、僧侶の証言に対して発言しているのに真顔で私の方をずっと見てくるのが異様に怖い。
「残念でしたね。私は『千里眼』のスキルを持っています。千里先さえ見通すこの目で、確かに私は勇者様の尻に虫が居ない事を見ていた」
初耳だぞ千里眼なんて。
しかも、千里眼で何を凝視しているんだこの僧侶。
し、しかし今回はこれが助けとなった。流石の忍者も千里先は見通せまい。
「虫は『透明化の術』を使っていたのでござる。故に目には見えなかったのでござるよ。拙者は気配を感じ取る能力がある。故に拙者だけが見えない虫に気付いたのでござる」
苦しすぎるだろその言い訳は。
『透明化の術』って何だよ。そんなのあるのかよ。しかも、『術』ってつくスキルを持ってるのって忍者しかいないんだぞ。お前がそんなの持ってるかと思うと怖くなってきたぞ。
少なくとも、そんな虫はいない。仮に居たとしたら、私の尻にそんなに執着してくる虫とか怖いわ。
しかし、此処まで苦しい言い訳をする忍者を見る事になるとは。
証拠はまだまだあったが、ここは少し手段を変えるべきかもしれない。
私は「もう良い」と低い声を出した。
「忍者よ。お前がそうでない事はよく分かった。しかし、一つ誤解しているようなので言っておこう」
忍者は一瞬はっとして笑いかけたが、続けて私が何かを言おうとした瞬間にまた真顔に戻った。その真顔やめろ。
私は忍者に語りかけるように、話を始めた。
「私は何も個人の趣味や想いに文句をつけるつもりはない」
「……と、言いますと」
本当はすごい文句があるのだが、ここは勇者らしく、寛容さを見せていきたい。
「私はお前を信頼している。それはお前がどのような趣味を持っていようとも変わらない」
「勇者殿……」
その見惚れるような目をやめろ。
私は動揺を見せずに続けた。
「だが、お前は本当に私を信用してくれているのか?」
「何を仰るか! 拙者は……」
「ならば、お前は私に対して嘘偽りなく話していると、胸を張って言えるのか」
忍者がはっとした。頼む。はっとするな。それはきっと気のせいだ。
「仮にお前が私を欺こうとしていたのならば、言わせて貰おう。勇者も甘く見られたものだな、と」
「な、何を仰るか……」
頼む。さっきの真顔でとぼけてくれ。
ここまで言っても否定してくれるのなら、私も安心して眠れるから。
「部下の事など全てお見通しだ。身近な仲間の想いに気付けずして、なにゆえ人々を救えるのか」
ちょっと格好良いことを言ってみた。
僧侶に鼻で笑われた。
しかし、忍者には大分効いたようだった。
忍者は震えている。
「…………勇者、殿……申し訳御座いませぬ!」
「謝るな」
本当に謝るな。謝るという事は、お前は嘘を吐いていた事を認める事になる。
それはつまり、私の尻には虫がいなかった事になる。
毎ターンのタッチが意図的に行われたものだと認める事になる。
「……流石は拙者がお慕いする御方……勇者殿にはもう、己の気持ちを偽る事などできますまい……」
やめて。
「勇者殿。拙者、勇者殿の事を、主君としてではなく……一人の……」
覆面の下で顔を赤らめるのやめて。
もじもじしないで。
やばい。取り返しの付かない事になってしまう。
――こうして、勇者の旅は終わりを迎えた。
というエンドロールを覚悟した私に、思わぬ助け船が飛び込んできた。
「まぁ、勇者様は文句は言わないとは言いましたけど、想いに応えるとまでは言ってませんけどね」
私と忍者は揃って僧侶の方を向いた。
その後忍者がこちらを見た。
私も忍者の方を見た。
私は思わずにこりと笑った。
「……は、ははは! 冗談でござるよ! 拙者に男色の気などないでござる!」
「そ、そうか。分かった。じゃあもう下がっていいぞ」
「それでは失礼致す!」
ザッ、と忍者が姿を消した。
私は僧侶の方を向き直り、深々と頭を下げた。
僧侶は涼しい顔で、ふんと鼻を鳴らした。
「ペンダント分の仕事はしましたよ」
「すまぬ……すまぬ……!」
この日私は僧侶という女をパーティに加えた奇跡に心から感謝した。
しかし、私はすっかり見落としていたのだ。
ちょっと格好良い事を言って見せて、余計にあの男の気を惹いてしまっていた事を。
そして、その日から、姿の見えない敵から背後を守る戦いが始まった。
忍者は後衛が好き。僧侶も最近割と後衛に入ってくれる。
【登場人物紹介】
・忍者
知る人ぞ知る闇に生きる者。海外で大人気。
変幻自在の術を操り、軽い身のこなしで敵を惑わす頼れる仲間。
い つ で も 勇 者 殿 を 見 守 っ て い る
装備:手裏剣・忍者服・巻物