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骸骨と死生観

魔王サイド。魔物にとっての死とは何か。




 我が輩は魔王である。


 私は今、喪服を着てとある会場を訪れている。

 お察しの通りだ。今日はとある魔物の葬儀に訪れている。

 

「本日はご多忙の中、今は亡き四天王『怠惰のスケルトン』の為にご弔問いただき誠にありがとうございます」


 喪主の、何だかよく分からない立ち位置の魔物、『道化師のピエール』が涙を押し殺しながら言葉を発した。

 そう。先日、私の優秀な配下、四天王の一人である魔物、通称『怠惰のスケルトン』が死んだ。享年40歳だった。

 葬儀に訪れた魔物達はほとんどが泣いていた。それだけで、奴の人となりがよく分かるようだった。ピエールによる粛々とした進行の中、魔物達はそれぞれ奴への想いを吐き出した。


「今ひとつ、あなたが死んだという実感が湧きません」


 ラミアンが冷めた様子で語りかける。その目に涙はなかった。冷静で冷酷、それがこいつの強さだ。泣くに泣けないのだろう。多くの魔物達の見ている前では。


「仮にもあなたは四天王ですよ。何死んでるんですか。しかも、階段から転げ落ちたってどういう事ですか。せめて戦いの中で死んだらどうですか。あなたは間抜けですか。間抜けなんでしょうね。脳みそ腐ってたんじゃないですか」


 魔物の中でも上位に位置する四天王の一人が、そんな戦いとは関係のない事故で死んだ。この世の中はなんて無情なのか。いくら強い力を持とうと、死は平等に訪れる。

 神が居るなら問いたい。

 これが本当に当たり前のことなのか、と。

 スケルトンを罵るラミアンの目にも、気付けば涙が溜まっていた。一瞬、ざわ、と魔物達の中から声がこぼれた。

 あの冷徹な女が涙している。信じられなかった。

 それを見て、一部の泣いていなかった魔物も泣き崩れた。ずっと耐えていたのだろう。ラミアンの涙はそんな魔物達に、今日は泣いてもいいんだと、そう語りかけているようでもあった。泣いていないのは私と喪主を務めるピエールだけとなった。


「……ごめんなさい……もう無理」


 顔を押さえてラミアンは下がった。

 そんな彼女の肩にそっと手を添えた後、ぼろぼろと泣きながらゴードンが想いを吐き出した。


「本当に何をやっているのですかスケルトン……」


 大きな身体をぶるりと震わせ、ゴードンは叫ぶ。


「四天王の一番手は私なのです! 勇者達と最初に刃を交える事になるのは、私だったのです! 何故、私よりも先に逝くのですか! 何故、私に先に逝かせてくれないのですか!」


 ゴードン、真面目なこいつが此処まで大きな声で叫ぶのは初めて聞いた気がする。

 それ程に、ゴードンも納得がいっていないのだろう。

 しかし、やめてくれ。お前達の誰一人失いたくない私の前で、そんな悲しい事を言うのは。


 魔物は勇者達と違い、一度死んだら二度とは蘇らない。


 沢山エンカウントする魔物達も、個体数が多いだけ。ボスを務める魔物達は、一度出現してやられたら最後、二度とは姿を現せない。当然だ。

 死んだら終わり。

 その当たり前が私の胸を締め付ける。


 神よ。貴様は何故そこまで残酷なのか。


「……せめて最後に、あなたの血も涙もない残虐な戦いを、見せてほしかった」


 ゴードンは静かに締めくくった。

 彼と入れ替わりに、ロドリゲスがドスドスと地面を踏み鳴らして前に出る。スケルトンの眠る棺にまで歩み寄った彼は、ピエールに必死で止められながらも棺に向かってものすごい剣幕で怒鳴った。


「安らかに眠れなんて絶対に言わないぞ! 今すぐ起き上がれ! 眠るなんて絶対に許さないぞ! 起きろ! 起きろ! 起きろ! 起きろお! 最後なんて認めないぞ! お前はまだまだ終わっちゃいないんだろお!」


 ロドリゲスは受け入れられないようだった。いや、受け入れたくないのか。

 馬鹿なこいつでも、死はどうにもならない事を知っている。

 スケルトンが死んだ、そう認めた時にやつは本当に死んでしまうのかもしれない。

 それを馬鹿なりに、ロドリゲスは本能で分かっているようだった。


「いつも死んだような目をしてただろお! 今死んでいるというのも嘘なんだろお! まだ話は終わってないぞ! 離せえ!」


 ゴードンとその他力自慢の魔物達に抑えられ、ロドリゲスは最後まで叫びながら戻っていった。

 四天王最後の一人、エミリーが入れ替わりで前に出た。目を腫らした少女は、既に涙を止めていた。


「スケルトン。あなたとお話していたこと、昨日のことのように思い出せるよ」


 声は震えていたが、力強い声色だった。

 やつの最後を見送る為に、ただただ頑張っている姿が私の心を打った。


「あなたは言ってたよね。『人生にリセットボタンはない、という奴がいるが、それは大嘘だ。人生は死ねばリセット。リセットボタンはある』」


 息を大きく吸って、エミリーは言葉を詰まらせる。

 心の奥底で、私は「頑張れ」と彼女を応援していた。


「……『だが、人生にセーブポイントはない。リセットすればデータは全て消えてしまうのだ。やり直しなんてできないのだ。自分ではない新しい誰かが、新しいゲームの主人公になるだけなのだ。だから、我々は必死で生き抜かなくてはならない。リセットボタンを押してはならない。ゲームオーバーになるその日まで、足掻き続けなければならないのだ』。ほらね、ちゃんと言えたでしょ?」


 エミリーはまた涙を流し始めていた。

 やつの言葉をなぞる事で、スケルトンの事を思い出してしまったのだろう。

 震えながら、殆ど聞こえないか細い声でエミリーは続けた。


「スケルトンは、ゲームオーバーになるまで足掻き続けたね。自分からリセットボタンに手をかけなかったね。……あたしも、絶対、リセットボタンは押さないよ。スケルトンの分まで、足掻いて、足掻いて、足掻き続けるよ。あたしが生きている限りは、スケルトンはずっと主人公だから。他の誰かが、新しい、主人公になんて、ならない、から……」


 耐えきれなくなって、エミリーはわんわんと泣き出した。

 泣き叫ぶ彼女を、私はそっと後ろに下がらせる。

 そして、私も前に出た。

 あの馬鹿たれに、一言物申してやらなければ気が済まない。


「誰が死んでいいと言った、スケルトン」


 私は冷めた目で棺を睨んだ。


「お前の命は誰のものだと聞いている。勝手に落として許されるものなのかと聞いている。誰に許されてお前はそこに入っているのかと聞いている」


 私は悲しんでなどいなかった。

 私の中にあるのは苛立ち。

 勝手に死んだ、馬鹿で無能な部下に対する憤りのみだった。


「俺の質問に沈黙で答えるな」


 俺は怒りに任せて立てられたマイクスタンドを掌で消し飛ばす。


「お前の命は俺のものだ。勝手に落として許されるものか。そこに入る事も、俺は一度も許した覚えはない。俺の質問には、無言を返すな、質問を返すな、戯れ言を返すなと最近言い始めた筈だ。お前は俺を舐めているのか? 俺を舐めるな。スケルトン」


 あちこちから漏れていた嗚咽や、すすり泣く声が今は消えている。

 沈黙が逆に、私にほんの少しの冷静さを呼び戻させた。

 

「俺は絶対に謝らない。戦いの中で死なせてやれずに済まなかったなどとは決して言ってやらんぞ。間抜けが。不届き者が。裏切り者が。この骨なし野郎が。お前の死に、最大限の侮蔑を贈ろう。お前は俺を失望させた。頭を下げてももう許さん」


 済まなかった。お前を戦いの中で死なせてやれずに。

 済まなかった。お前を不条理から救えずに。

 済まなかった。こんな言葉しか、お前に贈れない、情けない魔王で。

 決して口に出してはいけない。ただ踏ん反り返って玉座につく、それが魔王の仕事なのだから。

 だからこんな仕事は嫌いなのだ。


 しかし、私ももう魔王だ。嫌々押し付けられた仕事であっても、今は私が魔王だ。


 皆、スケルトンを繋ぎ止めたかろう。送り出す事は忍びないだろう。私とて同じだ。認めたくない。送り出したくない。別れたくない。終わらせたくない。


 だが、私以外に、誰がこいつを送ってやれる?


「度重なる俺への無礼。決して許す訳にはいかない。お前のような、使えぬ部下などもう要らない。お前は今日限りで四天王クビだ。四天王が四人になって丁度いい。魔王軍から出ていけ」


 私は適当な事を言った。

 誰がお前を要らないなどと思おうか。誰がお前を使えぬなどと言おうか。お前を四天王と認めない者が何処に居ようか。居たら私が殴ってやる。

 いつまでも魔王軍に居て欲しい。だが、死者には還るべき場所がある。


「……しかし、今までの功績を認め、今後の自由だけは認めてやる。何処へでも好きに行くといい。後を追う事などない。安心して過ごせばいい」


 まだ泣くな。自室に籠もってからだ。

 冷徹なラミアンが泣いたとしても、真面目なゴードンが叫んだとしても、私だけは魔王で居なければならないのだ。


「達者で暮らせ。スケルトン」


 私の最後の声は、ほんの僅かに震えてしまった。

 情けなかった。

 こんな情けない上司を、許してくれるかスケルトン。




 私の目の前に、一筋の垂れ幕がぶら下がった。



















『ドッキリ大成功!』





 テッテレー!


 陽気なSEと共に、棺をぶち破り、見覚えのある骸骨が飛び出した。


「我は不死なり!」

「ドッキリ、だ~いせ~いこ~うで~す!」


 喪主のピエールがフリップを持って、シルクハットを被った。

 私も含め、スケルトンとピエールを除いたその場に居る魔物全員が唖然としている。

 ピエールが『ネタ晴らし』と書かれたフリップを前に突きだし、話し始めた。


「実はスケルトンさんが魔王様や魔王軍の皆様をびっくりさせたいと仰ったので、今回のドッキリに私も協力させて貰ったんですよ~! いやあ~、ビックリしました? ビックリしました? スケルトンさ~ん! 大成功ですよ~!」

「当然の事だ。我こそは恐怖の王。世界に暗黒をもたらす魔王様の右腕『怠惰のスケルトン』!」


 ピエールとスケルトンがハイタッチしている。

 いまひとつ状況が飲み込めない。


「いやぁ~、今回は四天王の皆様と、魔王様の意外な一面を見ることができましたね! 私、ちょっとやられそうになっちゃいましたよ! 最初は笑いを堪えられるか自信なかったのですが、まさか泣かされそうになるとは!」

「ふはは」


 耳に言葉が入ってくるだけだった私も、次第に落ち着き現状を理解し始めていた。


「スケルトンさんが死んだって言いましたけど……スケルトンさん、元々死んでますし!」

「我は不死者なり!」




 この後、初めて魔王軍はスケルトンとピエールを除いて一致団結する。

 その場に居る全員が、全く同じ言葉を叫んだ。




「ぶっ殺すぞてめぇ!」




ちなみに、勇者一行は魔物をボコボコにするだけ。子供に優しい『倒した』仕様。




【登場人物紹介】


・スケルトン


 白い骸骨。神聖な攻撃以外で倒されてもすぐに復活する。回復魔法で逆にダメージ。全快魔法で一撃で昇天。回復役を入れたパーティーの前では基本的にすぐ死ぬ。というより元々死んでる。


装備:魔剣エスケレト・スケルトンボディ・銀の十字架

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