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蛇女と伝説の剣

魔王サイド。




 我が輩は魔王である。


 上司には、心を鬼にして部下に指導をしなければならない時がある。

 例え平穏を望み、怒る事を嫌う者であっても、時には叫ばなければならないのだ。


「お前、本当に何してくれちゃってるの?」

「私腹を肥やした」

「うん。知ってる。でも、そういう事じゃない」


 現在、魔王の玉座の前に跪いているのは、魔王の優秀な配下、四天王の一人であるラミアンだ。

 ラミアンは蛇の鱗を纏い、人間をも睨み殺すような鋭い瞳を持ちながら、逆に人間を虜にするような美しい容姿も持つ。更には四天王の中でも一、二を争う程の力を持つ女だ。冷静かつ冷酷で、仕事は確実にこなすという性格面でも頼りになる。


 そんな優秀な部下が、どうして私の前に跪いているのかと言うと……


「そういう事じゃない? ならば、『魔界に隠してある秘密の宝箱の中の最強クラスの勇者専用装備である伝説の剣を、魔界内の人間の隠れ里の普通のお店で売りに出して私腹を肥やした』、と言えばよろしいのでしょうか?」

「うん。そうだね。でも、詳しく話せとは言ってない。何してくれちゃってるの? というのは憤りを示す言葉であって、状況を話せという意味ではない」


 こんな時でも冷静だから、結構こいつむかつく。

 大体ラミアンが説明した通りだ。

 こいつはあろう事か、非売品で一度しか取得できないユニークアイテムを、勝手に宝箱から持ち出して、しかも売ってくれちゃったのだ。しかも、既に売りに出して手に入った金を飲食店で消費し終えている。


「お前、あれ買い戻せないんだぞ? 非売品なんだぞ?」

「お言葉ですが魔王様。あれ、あんまり売値高くありませんでしたよ。どうして伝説の装備が、最後の町に売っている装備の売値よりも安く売れてしまうんですかねぇ?」

「本当にお言葉だな、お前」


 もう、こいつふざけんな。

 流石の私もぷっつんきたぜ。

 

「お前は自分のやったことの重大性が分かっているのか?」

「分かっていますとも」


 得意気に言うな。


「勇者の戦力を大幅に削った。ご褒美は一体いくら貰えるのですか?」

「ふざけろ」


 何言ってんのこいつ。

 怒られてる自覚がないの? 私、舐められてるの?

 ご褒美なんて貰える訳ねえだろ。何? 勇者の戦力を大幅に削った?




 ……確かに功績だよ。


「何がおかしいのですか? 勇者がいずれ手に入れる筈だった危険な装備を、私が事前に確保し、二度と取り戻せない場所に売りつけた。非売品だから勇者は二度と伝説の剣を手に入れられない。これで、魔王様の敗北の確率は更に減ったではないですか。あの伝説の剣を装備したら勇者が覚える必殺技、魔王様下手したら四桁ダメージ食らいますよ? 私達と違ってイベント無敵入らないんですから」


 やめろよ。いきなり正論言うのやめろよ。

 怒りづらくなったじゃないかよ。

 いや、でもこれは怒るところだろうがよ。


「そういう問題ではない」

「お言葉ですが魔王様。魔王様はどうして各地に置いてある勇者を助けるアイテムを回収しないんですか。時折回復スポットを用意するのも理解できません。あなたは本気で勇者を倒すつもりはないんですか? 何なら勇者が旅立ってすぐに、四天王の総力をもって叩き潰せばいいのに」

「……そういう問題ではない」


 そうだよ。お言葉ですがはこうやって使うんだよ。

 くっそう、なんて冷静で冷酷なやつなんだ。

 何で説教する筈の上司が逆に部下に説教されているんだ。しかも、いくら魔王でも越えちゃいけない一線だろう。勇者の冒険を詰ませる為に私は魔王やってんじゃないんだぞ。

 しかし、実に正論である。正論だが、それは間違っている。


「ラミアン。お前は何か勘違いをしているぞ。我々はただ、勇者を叩き潰せばいい訳ではない」

「じゃあ、何ですか? 魔王様はやられてもいいと? ドMなんですか気持ち悪い」

「お前、本当にちょっとは遠慮しろよ」


 冷酷過ぎるだろこの部下。

 礼儀を知れよ強欲野郎。そう言えば、いくら正論言ったって、こいつが横領したのは事実だから。何負けてんだ私。

 しかし、私はドMな訳でもないし。何か反論すべきだろう。


「違うな。やられてもいい、などと俺が本当に考えていると……お前は思ったのか?」

「いいえ、そのような事は。何よりあなたに死なれては、我ら魔物は生きてはいけません」


 ちょっと威圧的に喋ったら、割と普通に返してきた。

 何だ。やればできるじゃないかラミアン。ちょっとはその敬意をいつも持ってくれよ。

 と、まぁ、ここまではいい。後はどう上手いこと言えばいいかだ。


「当然だ。俺とて死ぬつもりは毛頭ない。なのに何故、俺は宝箱を各地に設置したまま部下に回収させなかったり、回復ポイント用意したり、勇者のスタート地点を中心に魔物の強さが徐々に上がっていくよう魔物を配置するような、勇者達を助けるような真似をするのか分かるか?」


 私も何でそんなシステムになっているのかは知らない。

 ラミアンは少し考えた後に、しかめ面で答えた。


「舐めプ、ですか? お言葉ですが魔王様。今の時代、舐めプマイナー構成も、テンプレガチ構成同様叩かれますよ。相手に敬意を示した本気と、ある程度の個性を持った構成で戦うのが最善なのでは?」

「舐めプではない。それにお前の言っている事は九割方理解できない」


 こいつ、「お言葉ですが」好きだな。上司に物申しすぎだぞ。

 私はぎろりとラミアンを睨んでにやりと笑った。


「例えば、俺がまだまだ成長途上の弱い勇者を倒したとして、周りの者達は『勇者よりも魔王が強い』と納得すると思うか?」

「強いんじゃないんですか? 勝てば良かろうですし」

「そこは納得するなよ。『勇者が全力じゃないから勝ったんだ』、そういう輩が出てくるやも知れぬだろう?」

「へぇ。そんなひねくれ者いるものですかね」

「そこは納得しろよ。話が進まんだろうが」


 こいつはいちいち面倒臭いな。しかも未だに真顔なのが腹立つ。


「いいか。真の勝利というものは、全ての者に認めさせてこそのものなのだ。敵対する全ての者が、負けたと認めた時に初めて、勝利は手に入るのだ」

「……真の勝利と、魔王様の舐めプに何の関係が?」

「舐めプじゃねぇって言ってんだろ。そんな事よりラミアン。お前は『敵に塩を送る』という言葉を知っているか?」

「あれですか。甘いもの好きの私に、塩を送りつけるって嫌がらせですか?」

「お前、本当にいちいち面倒臭いな」

「ふふ。悪評は魔物の褒め言葉です」

「上司にまで悪評広めんな」


 ふふ、じゃねぇ。何で得意気だ。こいつ、馬鹿か?


「冗談はさておき、知っていますとも。争っている相手が苦しんでいる時に、手を差し伸べる事でしょう? しかしこの場合は争い以外の困りごとを指しているので、勇者と戦う我々にとって、勇者を助ける事にそれを当て嵌めるのは愚の骨頂ではないのですか?」


 知ってるのかよ。上司に怒られてるのに冗談挟むなよ。

 しかも、割と正論を返してきたよ。何でこういう時だけ割とあってる事言うんだよ。その常識をもっと普段の行動に当て嵌めろよ。


「お前はやはり勘違いをしているな」

「何がです? 意味は間違っていないと思うのですが。インターネットの先生はそう言っています」

「その言葉の意味自体の話をしているのではない。それと、インターネットの先生って誰だ」


 こいつは本当に意味の分からない事ばかり言う。メタ発言も大概にしろ。

 しかし、勘違いしていた方なのは私の方なので、あまり強くも言えない。

 どうしよう。適当ぶっこいた。

 だが、この程度で怯んでいては魔王はつとまらぬ。まぁ、基本的に座ってるだけだけど。


 私はまた適当な事を言った。


「俺の、いや我ら魔物の目的は、勇者を倒す事ではない。勝利する事なのだ」

「一緒ではないですか」

「いいや、違うな」


 私はにやりと笑った。強がりである。


「勇者を倒すだけならば、簡単にできる。しかし、それだけでは、奴らに理由を無数に与える事になる。調子が悪かった。装備が弱かった。レベルが低かった。『次は勝てる理由』を持ち出せば、奴らは、人間は何度でも魔物に牙を剥くだろう」


 ラミアンははっとした。


「つまりは、敢えて奴らに力を与え、全力全開の状態の奴らを叩き潰す事で、『勝てる理由』を奪い去ると、たった一つの『魔物が人間を越える存在である』という敗北の理由を与える頃で、魔物の完全勝利を達成する事が目的だというのですか?」

「その通りだ」


 私はまたにやりと笑った。同じ笑い方しすぎである。


「『敵に塩を送る』という言葉も、『勇者との争い』自体が目的ではなく、『勇者を屈服させる事』が真の目的故に持ち出した、という事なのですか?」

「その通りだ」


 一応一個前のは思いつきで言おうと思っていたことだが、後のは正直深読みしすぎである。単に間違えただけだし。


「魔王様……まさか、そこまで考えていらっしゃったとは……私は魔王様を見くびっていたようです」


 魔王様を見くびるなよ。見くびってたのかよ。さらっと何言ってくれてんだ。

 まぁ、何はともあれラミアンに馬鹿にされないで済みそうだ。


「魔王様。これからも私、ラミアンは一生魔王様についていきましょう。それではこれにて失礼致します」

「ふっ。今後の働きに期待しているぞ」


 ラミアンは深く頭を垂れ、すっと立ち上がり魔王の部屋から出て行った。

 しかし、私は聞き逃さなかった。

 去り際に、ラミアンが吐いた一言を。




「こいつ、ちょろいわ」


 魔王は地獄耳なのである。


「お前ちょっと待て!」


 ラミアンは扉を出た瞬間、ダッシュで逃げた。

 そうだよ。横領の話をしてたんだよ。

 

 何てやつだ。


 良い感じで部屋から出しちゃったから、格好悪くて今更呼び戻せない。それを狙ってすっとぼけながら逃げるチャンスを窺っていたというのか。

 蛇の様に狡猾な女だ。ああ、そうか蛇だった。 


 この後伝説の剣は、私自ら人間街に出向いて土下座して買い戻した。


 部下の為に頭を下げるのも、上司の仕事なのである。





ラミアンさんは鬼畜生。




【登場人物紹介】


・ラミアン

蛇の鱗を持つ美しい女の魔物。状態異常『石化』を操る四天王でも特に厄介な強敵。加えて、「性別:男」のキャラクターを魅了するイベントのお陰でストーリー中でも屈指の面倒臭さを誇る。冷静で冷酷。非礼で無礼。時折魔王の財布から万札を抜き取っている真犯人。通称『強欲で暴食で傲慢なラミアン』。


装備:石の杖・蛇のドレス・呪いの瞳

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