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戦士と馬車メンバー

勇者サイド




 我が輩は勇者である。

 今、丁度馬車待機メンバーからの陳情を受ける所である。

 馬車は控えメンバーの待機場所のような場所なのだが、私は比較的メンバー全員に出番を割り振っているので、全員を平等に扱えていると思っていた。なので、まさかこんな状況になるとは思ってもみなかったのだ。


「勇者様。話を聞いて下さって有り難う御座います」

「構わない。互いに不満があっては旅も辛いだろう」


 丁寧に頭を下げるのは、盗賊だ。盗賊の癖にやたらと礼儀正しい男なので私は結構心を許している。敵から道具を盗む時も「失礼します」という挨拶を忘れない紳士な男だ。小柄ながら心も広い。

 馬車会議の前に、現レギュラーメンバーは私、勇者と僧侶、戦士に魔法使いなのだが、このレギュラーメンバーはこの話し合いの場に呼ばないで欲しいと盗賊に言われた。どういう意味だろうか?


 町での休憩時間を利用している為、馬車メンバーも全員が揃っている訳ではない。陳情の場にいるのは盗賊、魔法使いその2、騎士、犬の四人である。

 四人と私の馬車内での話し合いが始まった。


「この度は勇者様にお願い申し上げたい事が御座いまして、お手数をお掛けした所存」


 騎士が呟く。鎧を着ているので声がくぐもっている。馬車の中でくらい脱げばいいのに。


「メンバー編成に対する要求なんですけども」


 魔法使いその2が手揉みしながら言う。いつも営業スマイルのような胡散臭い笑顔を浮かべている怪しい奴だ。その1こと、現パーティーメンバーの魔法使いと違って扱いづらいので、結構馬車待機の頻度は高い。

 私は眉間に皺を寄せて言葉を返した。


「メンバーに均等に出番は与えている筈だが、その2よ」

「そういう事ではないのです」


 盗賊が首を振る。

 彼が言うのならそうなのであろう。

 盗賊は顎をぽりぽりと掻きながら、申し訳無さそうに目を逸らした。


「実は、戦闘メンバー編成の事ではあるのですが……メインメンバーに私達を入れろ、という訳ではないのです」

「なら、どういう訳だ?」


 メインメンバー入りを望むのではない、メンバー編成の問題。まるで訳が分からない。

 戦いたくないから戦闘に出すな、という訳か? しかし、割とパーティーメンバーはノリノリで戦闘に参加している節があるのでそれはないと思っていた。あまりにも楽しそうに魔物を虐殺しているから、私がどん引きするレベルだったのに。

 盗賊が意を決した様に口を開いた。


「戦士さんは常に戦闘パーティーに入れているようにして欲しいのです」

「戦士を? パーティーに?」


 ここで戦士が出てくるとは思わなかった。

 あの筋肉モリモリマッチョマンのバーサーカーが一体どうしたというのか。

 私が解せぬという表情を見せていると、騎士が仕方あるまいと呟き、がちゃりと鎧を鳴らした。


「はっきりと申しまする。あの男を馬車に乗せないで欲しいのでありまする」

「馬車に?」


 馬車は十分に広いはず。あの筋肉モリモリマッチョマンのバーサーカーが乗ったところで、狭くないと思うのだが。

 やはり解せぬという表情の私に、犬は抑えきれぬ感情を爆発させる。


「わん!(あいつが汗臭くて堪らねぇから、頼むからこの狭い密室に戦士を押し込まないでくれって頼んでんだよ!)」

「汗臭い……だと?」


 確かに戦士は汗臭い。

 常に運動していて汗を流しているだけでなく、かなりの汗っかきだ。クーラーの効いた喫茶店でも一人汗を流すレベルである。しかも良く水を飲む。

 しかし、流石の私もここで黙っている訳にはいかなかった。


「お前達。そういう事言うのはやめろ。汗っかきなのは体質なのだ。仕方がないのだ。それに、戦士はああ見えて繊細だから、そういうこと言っちゃいけない」

「だから、戦士さんはこの話し合いに入れないで下さいと頼んだのです」


 成る程。盗賊がやたらと申し訳無さそうにしていたのはこういう訳だったのか。

 戦士がこの話を聞いたら、多分ちょっと泣くだろう。

 筋骨隆々のあの男、ちょっと怖いが実に繊細なのである。お花を愛でるのが大好きな心優しい男なのである。


「しかしだな……」

「わん!(マジであいつは汗臭えんだ! ほら! 今もこの馬車内臭ってるだろ!)」


 私はくんくん臭いを嗅ぐ。

 確かに臭い。この馬車臭うよ。

 嗅覚が人より優れている犬のことだ。彼の鼻には強烈なダメージが与えられているのだろう。

 しかし、それでも……


「しかし、何とかならないか? ファブれば布の臭いは取れるだろうし、何なら私がリキを買って来よう。だから戦士を傷付けるような事を言うのはやめてくれ」

「しかし勇者の旦那。残念ながら、『ファブってこの結果』……なんですぜ?」


 私はその2の一言に衝撃を受けた。

 ファブってこの臭い……だと?


「……私も実はリキを買って置いてるんです」


 盗賊が申し訳なさそうに馬車の隅を指差す。

 リキってこの臭い……だと?


「勇者殿! あなたはいつも馬車に乗らないから、奴と同乗した時の苦しみを知らない!」


 騎士が怒声をあげた。鎧で声がくぐもって、良く聞こえなかったが多分そんな感じの事を言ったのだと思う。

 私は普段は静かな騎士の激昂を見て、こいつもいつも鎧着っぱなしだし汗臭いんじゃないかな、と思った。

 その後で、流石に事態は深刻であることを悟った。


「よし、分かった。お前達の気持ち、しかと受け止めた。善処したいと思う」

「わん!(善処したいと思う、じゃねぇ! 今すぐ解決策を提案して実行しろよ!)」


 犬が喚く。


「ぐるる!(お前ら人間はまだいいのかも知れねえが、俺に取っちゃあ死活問題なんだ! あの男の臭いを何とかしてくれ!)」


 一理ある。

 しかし、以前に僧侶から「犬が臭うのでパーティーメンバーから外しましょう」というえげつない要求をされた身としては、お前から臭いの文句を言われるのは若干なんかこうむっとする。


「……分かった。戦士と話をしてみよう」




 ……こうして、私は馬車メンバーの要求に応え、戦士に話をすることになった。

 殴られなきゃいいな。泣かせることにならなきゃいいな。私は神に祈った。

 しかし、この世には神も仏もいなかった。


「うっ……うっ……」


 戦士は泣いた。


「俺がそう思われてたなんて……」


 流石に可哀想になった。

 こんな図体して泣くなよ、とは言えない。

 これで戦闘パーティーレギュラーになっても、戦士は全く嬉しくないだろう。こんなことなら、黙ってレギュラーにしてやればよかったと今更後悔。私は素直過ぎるのだ。


 しかし、どうしたものか。

 汗臭いのは彼の体質だ。それに対して文句を言っても仕方がない。そして、それをどうにかして解決する事は難しい。


「泣くな、戦士よ。私とて、お前を除け者にするつもりは毛頭ない。お前を馬車に乗せないつもりはないのだ」

「勇者様……」


 とは言ったものの困った。

 ファブもリキも通用しないとなると、私には何の解決策も思いつかない。

 何故、消臭魔法がないのか? 私がこの時ほど制作者を恨んだ事はない。

 戦士は泣きながら私の手を握ってきた。


「有り難う御座います勇者様……そこまで、俺に……!」


 痛い。力が強すぎる。

 もうこいつ本当にレギュラーメンバーにしてやろうか。

 でも、この力で殴られたら死ぬかもしれないので私はぐっと我慢した。ただでさえ薬草でかつかつになりがちな私の財布を、これ以上死亡ペナルティで半分にする訳にはいかない。


 しかし参った。

 その場凌ぎの発言は、今までかなりしてきたが、割と誤魔化せたので良かったのだが、今回は相当まずい気がする。

 戦士を裏切れば殺されるだろうし、盗賊達を裏切れば所持金をスラれるかもしれない。もしかしたら魔法使いその2に陰湿な嫌がらせを受けるかもしれない。

 万事休すか。

 お金か命、どちらを取るかといえばそれは当然命を守る。命失ってもお金失うし。

 

 私は戦士の肩を持つ事に決めた。


 ぐっと手を握り返すと、戦士は泣きながら私に誓った。


「勇者様……これからは俺、毎日ちゃんと風呂に入ります。勇者様に誓って」




 ふざけるな。





大体登場人物が一人ずつ目立つという寸法。勇者も魔王も部下にいつも文句を言われる立場。




【登場人物紹介】


・戦士

勇者のパーティーで最高の物理攻撃力と安定した防御力で前線を担う頼りがいのある筋肉モリモリマッチョマン。ちょっと脳筋で口下手で、意外と繊細。勇者が恐れているメンバーの一人。汗臭い。風呂はあまり入らない。


装備:鋼の斧・肉の鎧・ガラスのハート

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