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踊り子と体調管理

勇者サイド


 我が輩は勇者である。


 朝方、今日のパーティー編成を決定し、忍者を通してそれをパーティーメンバーに通達。町の前にとめた馬車前で集合という事で私は宿を出て待ち合わせ場所へと向かった。

 この辺りで少し魔物との戦いが厳しくなってきたので、レベルを上げて一旦今日はまた同じ町に戻ってくる予定である。


「さて。気合いを入れて稼ぐとしようか」


 意気込み馬車前に到着した私の前に二人、今日の戦闘メンバーが待っていた。

 今日の戦闘メンバーは忍者、盗賊、踊り子の三人である。アイテムも盗みながらレベルアップを目指そうという魂胆だ。

 他のメンバーは既に馬車内待機をしている。そこで私は疑問を抱いた。


 何故、戦闘メンバーが二人しか待機していないのか。


 今居るのは忍者と盗賊。踊り子がいない。


「勇者様。お早う御座います」

「お早う。盗賊よ。踊り子が見当たらぬようだが、遅刻か?」


 盗賊は申し訳なさそうに「あっ」と声を漏らした。


「……風邪引いたので今日も病欠するそうです」

「……あー」


 踊り子は病弱である。

 そう言えば昨日も腹を出しながら踊っていた。あれで身体を冷やしたのだろう。

 厚着すればいいのに、とは言わない。

 言ったらパーティの男連中どもから大ブーイングだ。

 それ程に、踊り子のへその魅力は恐ろしいのだ。


「勇者様。何を鼻の下を伸ばしているのです」

「僧侶よ。勝手に馬車から降りるな」


 無駄に察しがいい僧侶。その察しの良さを他に活かせばいいのに、とは言わない。

 戦闘中に背中に毒矢を撃たれるからだ。

 私はそれっぽいことを言ってみる。

 

「仲間が病んでいるのだ。心配しない勇者がいるものか。それがもし僧侶、お前であっても私は落ち着いてなど居られないだろう」

「……ほう」


 お、なんか説得できたみたいだぞ。やったね。


「だから私は見舞いに行く。心配だからな」

「さいですか。私は風邪移されたら嫌なので行きませんが。どうぞご勝手に。当然、その間は自由行動でいいんですよね? 有給扱いでいいんですよね?」


 こいつ、非情か。それこそどうぞご勝手に、である。

 私は「うむ」と頷き、踊り子の見舞いに行くことにした。

 男連中が自分も行く、とこぞって名乗りを上げたが、それら全て撥ね除けて。




   ----




 踊り子が取っている宿の一室をノックする。


「踊り子。大丈夫か」

「ゆ……勇者様……少々お待ち下さい……」


 か細い声がドアの向こうから聞こえる。その後、ほんの少しどたばたと忙しそうな音がした後に、弱々しい「けほけほ」という咳と共に、少しの間を置いてドアが開かれた。

 パジャマに半纏を羽織った踊り子が、申し訳無さそうに頭を下げてから、白いマスクで覆われた顔を上げた。


「申し訳……ありません……身体壊してしまって……」

「いいのだ。無理はするな。見舞いに来たぞ」


 死にそうな声で「ありがとうございます」と絞り出し、踊り子はふらふらとベッドに戻っていった。

 パジャマと半纏を纏っても分かる抜群のスタイル。今は大分顔色が悪いが、かなり美人さんでもある。

 そして、少し踊ると体調を崩すというこの弱々しさ。何だか薄幸の美少女という呼び名が似合う、何だか守ってあげたくなる娘である。


「汗はちゃんと拭けよ。ちゃんと食べているか。ほら、早く横になれ」

「申し訳ありません……」


 汗に濡れたパジャマが妙に色っぽい、野郎共を連れて来なくて正解である。

 私は早速包丁と林檎を取り出し、皮むきを始める。


「着替えとかは大丈夫か。着替えるなら部屋から一旦出るぞ」

「申し訳ありません……朝着替えたので大丈夫です……」

「そう謝るな。ほら、林檎食べるだろう」


 けほけほ、と咳き込みながら、「申し訳」と言い掛けて、踊り子は「ありがとうございます」と言い直した。この毒気のなさが実に良い。


「しかし、大丈夫か。ただの風邪なのか。インフルとかじゃないのか」

「はい……ただの風邪と、あと昨日腰を振りすぎて痛めてしまって……」


 風邪引きやすいだけじゃなく、踊り子はよく身体も痛める。身体が全体的に弱いのだ。どうして踊り子やってるの? と僧侶に興味本位で聞かれただけで「申し訳ありません」と泣き出しそうになってしまうのでなかなか聞けないが、本当にどうして踊り子やってるのか分からない子である。

 それはともかく、確かに昨日の踊り子は腰を振りまくっていた。魔物も男連中も大ハッスルである。

 剥いた林檎を切り分けて、持ってきた更に乗せて差し出す。


「ほら。林檎だ。あと、腰も痛めたのか。湿布は貼ったか」

「はい……あ、ありがとうございます……」

「あ、あまり身体を起こせないか。なら、無理せず横になっていろ」

「あ、あ、はい……」


 けほけほと咳き込み、再び横になる踊り子。

 

「勇者様……風邪、うつしたら悪いので、もうお戻りになられては……」

「そうもいかない。放っておけるか」

「私ならだいじょ……ごふっ!」


 凄い咳が出た。血でも吐いたんじゃないかって咳が出た。

 死にそうな顔で、ガタガタ震えながら、踊り子が言い直す。


「だいじょうぶですから」

「どこがだ」


 ここまで痛々しい姿を見ると、流石に私も心苦しい。

 彼女にも生活があるから、解雇する訳にもいかない。

 しかし、戦闘に参加させるだけでこうなってしまうのであったら、少し対策を考えた方が良いのかも知れない。

 私は遂に以前から気になっていた事を尋ねた。


「踊り子よ。お前は何故、踊り子をしているのだ」

「え?」

「他のジョブを習得するつもりはないか」

「そ、それは私が踊り子を続けるのはご迷惑という事でしょうか……?」

「それは違う」


 踊り子の腰つきは素晴らしいものがある。あ、誤解無きよう言っておく。決して私の趣味ではない。

 しかし、それでも、これ以上彼女が苦しむ姿は見ていられないのだ。

 私は丁度いい感じの理由を考え、はっと思い付いた。


「実は今、パーティーに回復役が不足していてな。後衛の回復役を増やしたかったのだが、これ以上人員も増やすわけにはいかず……」

「あ、ああ……勇者様、そう言えばいつも薬草使ってくれてますものね。本当にありがとうございます」

「お前くらいだ、そういうの見ててくれるの」


 勇者はじーんと来たが、今は踊り子を励ましているのである。励まされてどうする。


「お前の踊りにメンバーが励まされているのは事実だ。しかし、そろそろお前自身、お前を気遣っても良いのではないか?」


 踊り子は目を伏せ、ほんの少し瞳を潤ませた。


「……お気遣い有り難う御座います。そんな事を言って下さった方は、勇者様が初めてです」


 お、うまくいきそうだ。

 私はほっと一安心した。


「でも、駄目なんです」


 おっとっと。

 私は思わず椅子からがくんと姿勢を崩した。

 何故だ。Why。何が駄目なんだ。


「何故」


 思わず口に出してしまった。

 すると、踊り子は元々赤かった頬を更に赤くして、目を逸らした。

 

「……忍者さんからお話を聞いています。勇者様は器の大きな方だと。なんでも受け入れてくれる男の中の男だと」


 いやん。すっごい聞きたくない名前が出てきた。

 別になんでも受け入れるとは言ってない。あいつ、マジ怖いからやめてくれ。

 しかし、何故踊り子が忍者とそんな話をしているのか。

 私は次第に大きくなっている嫌な予感を必死で否定しながら問う。


「何か受け入れて欲しい事があるのか」

「……このことをお話した事があるのは、斡旋所勤めよりも前からの付き合いがある、忍者さんと賢者さんだけです。でも、勇者様にもお話したいと私は思っています。本当は怖いんです。これを聞いた勇者様に、拒まれてしまうのではないかと」

「何を言う。たとえお前が何を隠していようと、私をお前を拒むはずがあるまい」


 勢いで言ったけれど、ちょっとヤバイ。

 怪しい雰囲気がしている。そもそも、忍者の奴と仲良しとか初めて聞いた。あいつとつるめる奴というだけで相当ヤバイ気がしている。それ程に忍者は怖い。

 踊り子は逸らしていた目をこちらに向けた。やめて。その綺麗な目。もう何か言われても本当に拒めなくなる。


「……勇者様。有り難う御座います。今までこの事を胸に秘めていた事、どうかお許し下さい。今、全てを打ち明けます」


 耳塞ぎたいけど、もう無理だ。

 そして、踊り子はパジャマの胸ボタンに指をかけた。


「お、お前いきなり何を……」

「実は私……」


 男です、とかマジでやめろよ。それで私の事が好きですとか本当にやめてくれよ。

 戦慄する私の前で、パジャマの前ボタンを外した踊り子の口から出た言葉は、想像を遙かに超えたものだった。


「肌を露出する事に、並々ならぬ悦びを感じるみたいなんです」

「……え?」


 バサッとパジャマを観音開きにして、踊り子は大きな声で再度カミングアウトした。


「私は、肌を露出する事が、大好きなんです!」


 衝撃の新事実!

 踊り子は露出狂だったのだ!


「腹を外にさらけ出す事を認められたジョブは踊り子しかないんです」


 別に認められてないです。


「だから、私は踊り子しかできないんです!」


 なんて不純な動機。


「勇者様が入ってくるから慌ててパジャマを着直しましたが、もう、私は、私を偽らない!」

 

 どたばたしてたの服着直してたのか。

 お前、さては風邪引いてるのに裸で寝てやがったな。

 そりゃ風邪引くだろ。今真冬だぞ。


「さぁ、勇者様! これが本当の私です! さぁ、どうです!」


 私は至って平静に答えた。


「と、ととと取り敢えず風邪引いてるんだから、い、今は服着た方がいいよっ!」


 勇者はピュアなのである。





勇者は硬派。


【登場人物紹介】


・踊り子

勇者パーティ女子メンバー人気投票ナンバーワンの美人さん。

ちなみに投票結果は男子メンバーのみの秘密である。

綺麗な肌に綺麗な腰つきの踊りは味方を鼓舞し、敵を惑わす。

身体が弱くすぐに風邪を引き、ちょくちょく腰を痛める。

肌を露出した背徳感と羞恥心に奇妙な悦びを見出す特殊技能を持っている。

忍者と賢者と仲良し。


装備:惑わしの腕輪、踊り子の服、体調不良

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