勇者と神様
勇者サイド。勇者死す。
我が輩は勇者である。
「勇者よ。死んでしまうとは情けない」
今丁度、死んだ所である。
勇者が死ぬと神様の所に飛ばされて、その後生き返らせて貰える。
なんだ。死んでも生き返るのか。良かった~
……とは言わない。
「ん? 勇者よ。何故おぬしは鬼のような形相をしておるのだ?」
髭と髪の毛が繋がってるんじゃないかというレベルでもっさもさな白髪のじいさんが、怪訝な顔で私を見下ろした。ダボダボな白い布に身を包む、如何にも神様といった感じのじいさんだ。
「別に」
私はそっぽを向いた。
神様は「え?」と少し困った様に眉をハの字にした。
「えっ、勇者、おこなの?」
「おこじゃないですよ」
おこなの? じゃない。なんだこの神、腹立つ。
「えっ、絶対おこだよ。その顔は激おこだよ」
「おこじゃないって言ってんだろ」
「え、やだなにこわい。勇者激おこなんだけど」
神は口に手を当て、あたふたとした。
「チッ」
「あ、今勇者舌打ちした! もう、何! 何か神に文句ある!? 文句言いたいのはこっちだよ! すぐ死んじゃってさぁ! もっと頑張ってよ!」
勇者は激怒した。
「あのさぁ……あんた、俺の事情けない情けないとか言うけどよぉ……自分で魔王も倒しに行けない癖に何言ってんだ? 引き籠もって勇者に丸投げな神の方が情けなくないのかよ?」
「えっ、怖っ。勇者そんなキャラだったっけ。なになに。何で怒ってるの」
あたふたする神。
「それには私がお答えしましょう」
一人の女が、神の部屋のふすまを開いて現れた。
「僧侶!」
何で僧侶が神様の空間に入ってこれるのか分からないが、神の使い的な何かで入ってきているのだろう。
「勇者様が激おこなのには、神様がウザイ以外に理由があるのです」
「ちょっと待って僧侶。今、神がウザイって言ったよね?」
「話の腰を折らないで下さい。だからウザイと天使達にも言われるんです」
「えっ、天使達そんな事言ってるの?」
僧侶が再び語り始める。
「勇者様と私、その他大勢の勇者一行は、『迷いの森』を通っていました。そこで私達は出会ったのです」
僧侶がフリップを取り出した。実に用意周到である。
「新モンスター『キラービー』です」
「あ、ああ。いるねえそんなモンスター」
いるねえ、じゃねぇ。
黄色と黒の縞々。見た目普通の蜂。こいつがマジで許せない。
「なになに? この下っ端モンスターにやられちゃったの? ちょっと勇者、もうちょっと頑張って……」
「馬鹿も休み休み言えッ!」
「ひぃっ!」
「勇者様抑えて」
まさか僧侶に宥められる日がこようとは思わなんだ。
確かに冷静さを欠いては厳重抗議などままならぬ。
「神様。確かにこのキラービー、雑魚です。雑魚モンスターです。『そういうこと』にシステム上はなってます」
「そうだよね?」
「勇者様抑えて」
この白々しい糞爺に罵声を浴びせる前に僧侶に宥められた。
「確かに攻撃力、防御力、HPの観点から見ても、むしろこのエリアでは最下位に位置するモンスターです。実質、初見は魔法使いの全体魔法で勝手に死にました」
「そうだよ! やっぱり下っ端だよね?」
「話は最後まで聞くんだ、糞爺」
「僧侶!?」
私に代わって僧侶がキレた。
いい加減話の腰を折られるのにいらいらしている様子だ。
「問題はこのモンスターの通常攻撃にあります。正確には、通常攻撃に付与される状態異常にあるというべきでしょうか」
爺はとうとう喋らなかった。それでいい。
僧侶はフリップの一部をぴらっと捲った。
「そう……『毒状態』です」
「うん……え、何? 勇者、毒にやられたの?」
勇者は激怒した。
「毒ダメージで十割持ってかれるとかおかしいだろうがァッ!!」
「ひぃっ!」
「おかしいだろうが神様ァッ!」
僧侶も激怒した。
「『あ、こいつ弱いからMPもったいなくね』と手を抜いて、うっかりコイツに刺された勇者様が即死だよ!」
「しかも、主人公である私が倒れたらその時点でアウトなタイプのやつときた!」
「お陰で私達は森で馬車ごと取り残され、いそいそと近場の街まで戻る事に!」
「そして今、私は此処に居る!」
勇者と僧侶の怒濤のトークラッシュ。
神様は圧倒されている。
「勇者様が死んだら所持金半分減るんだぞコラァッ!」
「そっち!? 僧侶、気にするのそっち!?」
勇者は地味に傷付いた。
「べ、別に勇者様の事を心配してた訳じゃないんだからね」
「だろうな」
よくよく考えてみればそういう奴だった。
「夫婦漫ざ……ぐふぅ!」
何かを言いかけた神様の後頭部に手裏剣が刺さった。
「話は聞かせて貰ったでござるよ」
「お前は……忍者!」
忍者が神様の後ろの天井に逆さまに張り付いている。
こいつ、神様空間まで私をつけてきやがった!
「先程公式攻略ガイドを確認して参った。すると……このキラービーの通常攻撃の毒状態付与率は……」
忍者もフリップを取り出した。
こいつら準備が良すぎる。
「デデドン! 五割~」
「「ふざけんな!」」
私と僧侶の声が重なった。
五割の確率で即死とか序盤で出会っていい敵のレベルじゃない。
やはりこの神、ふざけている。
「どうして毒で即死するのだッ! 毒っていうのは、こうじわじわと削り取られて、気付いたら致命傷になっているようなものの事を言うんだろうがァッ!」
神は困惑している。
そして、ごくりと息を呑み、口を開いた。
「だって、殺人蜂の毒にやられたら、人は、死ぬ」
だからキラービーと呼ばれているのか。
ふむふむ、なるほどね~……
ではない。
「だからそのシステムを何とかしろっつってんだろうがァッ!」
「私達が聞きたいのは正論ではないのです! このキラービーって奴を含む毒を使うモンスターを全部没キャラにして下さいと言ってるのです!」
「でなければ毒のダメージ量を調整して頂きたく候! これでは冒険を続けられぬのでござるよ!」
私達は要求を伝えきった。
何か普段は冷静な私が、一番大人げなかった気がするのは、毒が一気に胸に来る苦しみの唯一の体験者だからである。
あれまじでふざけるな。
神はしどろもどろしている。しかし、ここで納得いく答えを返せないようだったら、私達にも考えがある。
こいつ以外にも神と名の付くNPCはいるのだ。こいつがいなくとも何とでも……
「……君達の言いたい事はよく分かったよ」
お?
お? お?
これはいい答えが期待できるのではないか?
事実、その答えは私達にも納得のいくものだった。
「そういう事は開発の関係の人とかに言ってくれない? 神、管轄外」
確かにこいつに言っても仕方がない事だった。
私達は仕方がなく、失った半分の所持金を神に補填させ、油断する事なく『迷いの森』を突破した。
人は、毒を受けると、死ぬ。
【登場人物紹介】
・キラービー
『迷いの森』に出現する雑魚モンスター。
初めて毒状態を扱う敵であり、多くのコントローラーを叩き割る難敵。
この世界の毒ダメージの調整はおかしい。
・神様
凄い神様っぽいおじさん。
勇者を復活させているように見えるが、
実は復活した勇者のリスポーンポイントにいて
駄目だしするだけのおじさん。
装備:神様っぽい布、神様っぽい杖、台本(神様)