勇者と取り戻せぬ過去
勇者サイド。前回からの続き。
今回は私、勇者一行のヒロインである僧侶がお送り致します。
何だか強そうな敵とエンカウントした私達、勇者一行。
黒い鎧を身に纏った、人か魔物かも分からない男。
彼は『黒騎士』と名乗り、突如私達の前に立ち塞がりました。
驚くべきはその圧倒的な堅さ。
私達の攻撃ではまるでダメージを与えられません。
あ、これイベント戦闘だな~、と察して、しばらく流しで戦いを行ってきて数ターンが経過……
ようやくイベント戦闘に終わりが見えてきたようです。
「……思ったよりもやるな、勇者よ」
黒騎士が剣を収め、会話を始めました。
途中からダメージが通らないので、魔法剣士と一緒に泥団子ぶつけまくってたら、もの凄い勢いでマジ切れしてたけど、どうやら器の大きい男のようで……何事もなかったかのようにイベント戦闘終了後の会話に以降しました。
私は大人なのでもうやってませんが、今も尚魔法剣士の泥団子爆撃を受けているにも関わらず、今は見る影もない黒いぴかぴかの鎧を汚しながら黒騎士は語ります。
「私は少しお前を侮っていたようだ……魔王を倒すなどと息巻いている口だけの男ではなかったらしい」
「うぇーwww うぇーwww えんがちょーwww」
尚も冷静。何という強者。
だけど、鎧から覗く顔が鬼のような形相になっているので、結構キてはいる様子。こやつは我慢の男。まさにもののふ(騎士だけど)。
それにしても、仲間である私でもこいつうぜぇと思うわ魔法剣士。
勇者様も剣を仕舞い(使ってなかったけど)、道具袋もとい薬草袋(メイン武器)から手を離し、黒騎士を睨みました。
「お前は誰だ。お前の目的は何なのだ」
「お、おお。普通に会話イベント進めてくるのか。その隣に居る泥団子投げてくる糞馬鹿野郎を止めたりしないのか」
「こいつすぐに馬車に戻すので、巻きでお願いします」
「お、おお……」
勇者様は流石に魔法剣士の扱いに手慣れている。止めようとしたら、顔に泥団子ぶち込まれて逃げられるであろう事を、勇者様は見抜いているのだ。悪戯をした後、叱られる前に使う魔法剣士のとんずらは、経験値の旨いメタルな野郎共よりも速い。
黒騎士は諦めた。というかやっぱりむかっ腹立ってたのですね。でしょうね。
「我は黒騎士」
「見たまんまじゃねーかwww 泥団子バーンwww あっwww こwれwでw茶w騎w士wっwてwか
www」
黒騎士(茶色)がぷるぷると震えています。……やだ、ちょっと本当に可哀想。
勇者様はというと「巻きで」というジェスチャー。この人も相当に鬼です。
若干泣いてるかも知れません。
魔法剣士の「どうした掛かってこねーのかぁ?www 腰抜けへいへいへーいwww」という煽りにも屈せず、頑張って会話イベントのために黒騎士は声を振り絞りました。
しかし誰が予想していたでしょう。
ここでまさか黒騎士の反撃があるなどと。
「……貴様、名は何という」
勇者様の表情が一瞬で凍り付きました。
いけない。
勇者様とそれなりに付き合いの長い私は気付きました。
この質問、タブーです。
「……」
「どうした勇者。名乗れ」
勇者様が次第に険しい表情になっていきます。
「……」
「名乗れ。マジで早く名乗れ」
勇者様が若干泣きそうな顔になっています。
「……」
「巻きで。巻きでお願いします」
「はい」と「いいえ」しか言えない勇者のようになってしまった勇者様。
見かねた私は遂に口を開きました。
「黒騎士。その質問はスキップで宜しくお願いします」
「何故?」
察しろこの鎧愚図。
「勇者様には名を名乗れぬやむにやまれぬ事情があるのです」
私はやむを得ず事情を触りだけ話す事にしました。
しかし、黒騎士は察しが悪いようで、不思議そうに「ん?」とか言ってます。
正直、勇者様の抱える事情は、乙女の私にはとても口にできるような内容ではないのです。
……ん? おい、勇者。なんだその「誰が乙女だって」みたいな目は。モノローグ読むなや。
お前の為に私は泥を被ろうと……え? そこは頼む? なんでもするから?
……仕方ないですね。分かりましたよ。何とかします。
「……勇者様はこころない悪魔の手により、不名誉な名を与えられてしまったのです」
「プレイヤ……両親に、か?」
おう、こっちがメタ発言避けてるのにやめろや黒騎士。
しかし、こうまで言えば流石の鈍感鎧野郎も……
「して、なんという名を?」
話聞けやこの茶騎士ィ!
「大丈夫だ。私は笑ったりしない。恥じることなどないのだ」
恥じる恥じないとかいう話じゃない。
口にするのも忌々しい名前だと言っているのだ。
こんな時ばかりは無神経な魔法剣士にこの事実を伝えておけば良かったと心底思う。
いや、伝えたら一生勇者様苛められるけど。
「そもそも、それ程に恥じる名であれば、何故名前変更の女神の力を借りぬのだ」
馬鹿野郎。名前変更の女神様が「ふざけた名前を。あなたは一生○○です」と激怒するタイプの名前だからに決まってるだろうが。プレイヤーの責任なのに女神様に激怒されて泣いた勇者様の気持ちが分かるのかお前に。
困りました。乙女の私があの単語を口にしなければいけないという羞恥プレイに晒されています。ってか、私にここまで恥かかすくらいなら男見せろや勇者様。……とは言えないんですよね。頼りにしていた女神様にキレられた時の勇者様のガチ泣き見て、本気で可哀想だと思ったので。あれは流石の私の胸にも来ました。
しかし、それでも、私にも恥じらいというものがあって……おい、黒騎士、その「巻きで」の手ぐるぐるやめろ。
言うしかないか。諦めかけたその時、泥団子投擲を続ける目障りな魔法剣士が目に入りました。
……これだ!
賢い私は閃いたのです。そして、遂に口を開きました。
「えんがちょな名前です」
黒騎士が「えっ」と言いました。その後「あっ(察し)」と言いました。
ようやく伝わったようで、黒騎士は「あわわ」と言って口元に手を当てて、「ごめぇん」と言いました。
なんかリアクション腹立つな。
そして、今度はハッとして、そわそわしながら尋ねてきました。
「ゆ、勇者よ。最初の名前入力画面で、確か行方不明の兄の名前とか決める場所あったと思うんだけど、そこでどんな名前つけてたかとか覚えてる?」
「私は自身の名前が決まったその瞬間から、目を塞いで泣いていた」
勇者様が顔を伏せてぷるぷるしています。
その顔を、したから覗き込もうとにやにやしながら魔法剣士がサッ!サッ!サッ!と反復横跳びしながら纏わり付いています。「え? えんがちょな名前? え? どんな名前? どんな名前なん? ねぇねぇねぇねぇ!」とか言いながら凄い勢いで煽っています。
私はいたたまれなくなって、腕を広げます。すると勇者様は子供の様に私の胸に飛び込んできました。おー、よしよし。可哀想に。
魔法剣士に蹴りを入れて、私は黒騎士に告げました。
「…………基本、主要人物全員……下ネタです」
黒騎士が膝から崩れ落ちました。
そこまで哀れまなくてもいいのに。まさか、勇者様の血縁者でもあるまいし。
膝から崩れ落ちたから、戦闘に勝利したかと思いきや。黒騎士を倒した、というメッセージウィンドウが出ないので、あれは個人的なダメージによる撃沈のようです。
「帰りましょう、勇者様。黒騎士。今日のところはこれくらいで良いですか」
「…………うん」
黒騎士は、こくりと頷き立ち上がると、背中を向けてとぼとぼと歩き出しました。
あんなにも大きかった背中が、何故か小さく見えました。
こうして、誰一人として救われない、無情な戦いが幕を閉じたのです。
その戦いはあまりにも悲しかった。
【登場人物紹介】
・名付けの女神様
名づけ可能な勇者やその他の人物の名前を冒険途中でも変えてくれる女神様。
基本温厚だが、ふざけた名前を見るとマジ切れする。
本来、勇者やその他の人々には罪はない。
誰かに名前を与えるという事は、それだけで大きな責任を伴うのだと、世界中のプレイヤ……子供を持つ親には理解していて欲しいものだ。
装備:命名ノート、名づけペン、美容液