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〔 二 〕

 母ちゃんが浜に足をつけた。

 よいしょ、っていうふうに大きな布のつつみをかかえなおして、ぼうっと立ってるおれのところまで歩いてくる。あんなに楽しみだったのにおれは動けない。

 うつむいてたら母ちゃんの着物と足が目にはいってきた。海からきたのにぬれないんだ、ってどうでもいいことを考えてると、母ちゃんがからだをかがめた。

「健太、きたよ」

「うん」

 髪につけてる草の油のにおいがした。なつかしい母ちゃんのにおいだ。それでやっと顔を見られた。

 やわらかいしわのある顔。やさしい顔。

「母ちゃん」

「はいはい」

 母ちゃんがうれしそうにうなずく。おれは背中がくすぐったくてつまらないことをいってしまう。

「母ちゃんは海わたるのうまいな」

「もう何度もきとるがね」

「つつみ、かして。家まではこぶ」

「重たくなかね?」

「おれ、力ついたで。おじいの手伝いもしとる。薪の束も持てるようなった」

「そら偉いこと」

 海に背中をむけて、一緒に浜を歩いてく。

 母ちゃんはなんだか歩きづらそうだ。おれは心配になる。

「足、痛いか」

「少しひざを悪くしてね。もう平気よ、砂がつきるから」


 この島は北の方だけ土が盛りあがってて、みんなの家があるとこはなだらかだ。母ちゃんは道のわきに建つよその家をちらりと見た。

「どこもお客がきとるねえ」

「母ちゃん、顔出すか」

 おれはみんなに母ちゃんを自慢したい。けど母ちゃんはきっぱり首を横にふる。

「よしとこ。きょうは家のもんで過ごす日やけ、邪魔したらいけん」


 やぶの道をぬけて家の前につくと、おばあが表に出てきた。

「はい、海からようお越し」

 まがった腰をさらにまげてお客をむかえる。母ちゃんも手をそろえて頭をさげた。

「おまねきあずかりました。変わりなかね」

「こっちは静かなもんでな。健太おいで、荷ほどきするけ」

 おれが「はい」っていって土間をあがると、おばあはおかしそうに笑った。

「なんね、やたらお行儀よくして」

「おれいつもいい子や」

「はいはい、みぎわの日はねえ」


 母ちゃんがおじいにあいさつして、四人でごちそうをかこむ。

 干し魚に木の実、もち米の蒸したやつ、おれの大好きな夏柑もある。母ちゃんが持ってきてくれたからよけいにうまい。夢中でほっぺたふくらませるおれを見て、母ちゃんはにこにこしてる。

「健太、おいしいかね」

「うん。母ちゃんどうした、ちっとも食べとらん」

「いまはお腹が満ちてるよ。健太たくさんお食べ」

「したら、おれもっと大きくなる!」

 元気よくいったら、母ちゃんは黙ってしまった。どこかに気持ちをおいてきたみたいな顔してる。

 あれっ、て思ってたらかわりにおじいが答えた。

「おう、なれなれ。浜の男はでかくて強うないと」

「体に追いついて、潮も読めるようになるがね」

っておばあもいう。ふたりともすごくやさしくて、なんだかおれが失敗したのをはげましてるみたいだった。


 ごちそうをすませると、食べすぎたおれはどうしても眠たくなってしまう。

 起きて母ちゃんの横にいたいのに、いつのまにか雨戸をあけた座敷で上掛けをかぶってる。みぎわの日はいつもこうだ。

 母ちゃんやおばあの声がとぎれとぎれ聞こえてくる。

「あの子にひとえを仕立ててきたから。着せてやって」

「もういくつになるかね」

「これで五枚やけ」

「着物の数やなかよ」

「ああ、そんなら……」

 ぼそぼそいった数はなんだかやたらと多い。母ちゃんまちがえんといて。なあ、その子守唄はちっちゃい子のもんや。おれもうじき十になるんよ……



 いけん、寝すぎや!

 おれはぱちっと目あけた。母ちゃんはお日さんが沈むのといっしょに海に戻ってしまう。昼寝なんてしてたら時間がもったいない。上掛けけっとばして起きあがる。

 雨戸はぜんぶあけてあった。

 座敷は夏柑と同じ色の光でいっぱいだ。お日さんがだいぶかたむいてる。

 うちわを持った母ちゃんが軒下に出てて、空を見あげてた。おれはあわてて起きあがる。

「母ちゃん。まだ戻らんよな」

 ふりむいた母ちゃんは、こどもみたく目を丸くしていった。

「健太。お日さんが動かんがね」

「ええっ?」

「お母はずいぶん健太と添い寝しとったよ。ついうとうとして。何度か目さめたがね、途中からお日さんが進まんようなった。ずっとあそこや」

 母ちゃんがうちわで空をさす。おれは座敷のきわに立ってそっちを見た。

 よそん家の屋根とやぶの林。そのむこうにある遠い海に、たまごみたいな黄色いお日さんが落っこちそうになってる。

 けど、落ちんって。

 こんなのはじめてや。おれはどきどきした。床をどたどたいわせて土間に走ってく。

「おじい、おばあ! お日さんが沈まん」


 暗がりに座ってたおじいがひどくゆっくり顔をあげた。

「ああ…… こがんなこともある」

 となりのおばあは手をあわせてなにかつぶやいた。朝にやるお祈りや。きょうは忘れてたんかな。

 おじいがおれの肩をぽんぽんした。

「これはな、掟やぶりだで。島にきたもんが悪さしとる」

「ふうん、そうか」

 おれはおとなのまねをしてうなずいたけど、母ちゃんといられるならこのままでもいいなと思う。

 おばあがお祈りをやめて、おれの気持ちが見えてるみたいに手をはらった。

「だめだめ、お日さんは沈まんといけん。健太、お母といっしょに、掟やぶりが誰やか探してこらんね」

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