久太郎の失恋
少女の楽しげな笑い声がやがて遠ざかり、消えていった。
萌菜加は俺が握った真奈の反対側の手を掴んだ。
「ちっくしょお~ 」
雨の水滴で滑ってあんまり力がでねぇ。激しく叩きつける雨の滴が俺のおでこに貼られたお札を剥がして、地面に落ちた。
「きゃっ」
萌菜加が悲鳴を上げる。
霊体の俺は真奈の身体を掴むことができない。
「真奈!」
そう怒鳴ったのは俺じゃない。
俺とは似ても似つかない筋肉質でイケメンの男が、息急きって中央塔の最上階バルコニーのドアを開けた。
無事に救助された真奈は、イケメンの胸の中で泣いている。
「恐かった……。最初は祐樹が助けてくれたんだと思って。だけど飯島君だったんだね」
俺は二人に背を向けた。
激しく叩きつける雨が、なんだか俺の代わりに泣いてくれてるようにも思えた。
萌菜加は真奈を助ける際に怪我をしたってことで、今は保健室で手当てを受けていた。保険医は席を外しているらしく、部屋には萌菜加しかいない。
左の二の腕のあたりに巻かれた白い包帯が痛々しい。
「あ~、大丈夫か?」
こほんと咳払いをし、ぶっきら棒に尋ねる。
「う、うん。これくらい日常茶飯事だし」
萌菜加もぎこちなく応えた。
「それより、あんたのほうこそ……その……」
「お、俺は別にって……」
そう言いかけたとき、ふわりとなにかが降りてきた。
「泣いて……いいから」
優しく甘い香りがして、俺は萌菜加に抱きしめられていた。
「うわあああああああああああ。くやしいよぅ」
堪え切れす、堰を切ったように大泣きをした俺の背を、萌菜加はずっと撫でてくれてた。俺が生きてさえいたら……。いや、もし生きていたとしてもこの恋はきっと終わりを迎えただろう。俺は、俺じゃない誰かの隣に並ぶ真奈を祝福しなくちゃならない。そしてそうすることにきっと罪悪感を感じるであろう真奈にきちんと伝えてやらなくちゃならない。
ちゃんと前を向いて歩いて欲しいって。そしたら俺は……。
「なあ萌菜加、俺さあ、成仏ってのをしてもいいかなって思うんだ。真奈にちゃんと気持ち伝えて、そいでもって真奈たちに悪さしないように、せっちゃん道連れにしてさあ」
白壁から、幼女の手が伸びて萌菜加の首を這った。