久太郎
「そっ、おばけだからQ太郎とかけて久太郎。かわいいでしょ」
「ふっふざけんな!」
物の怪は息巻くが、萌菜加は全く気にしない様子で寝室に向かうとその部屋のドアにお札を一枚貼り付けた。
「じゃっ私もう寝るから」
ドアを背に、萌菜加はため息をつく。
「あ~あ、なにやってんだか」
萌菜加は手に持った紫水晶のお数珠を見つめる。
総本山から下った命令は、不浄なる霊の浄化であって、一晩久太郎をこのお数珠で縛りあげればいいだけのこと、造作もない。この魂を浄化できれば、萌菜加は総本山の大僧正の正当後継者として正式に認められることになっていた。
萌菜加はベッドに身を横たえ、白けた蛍光灯をぼんやりと眺めた。
物の怪には物の怪の言い分があるのだ。何かの強い思いに惹かれるからこそ、そこに留まるのであって、それを無理やりあの世に連れていくのはなんだか嫌だった。欲しいのは魂の癒し。そのための供養なのだと思う。生きている人間も、死者もその心は同じなのだから。
「久太郎~ごはん」
キャミソールに短パン姿の萌菜加が、欠伸をしながらリビングに入ってきた。
「へ? 俺霊だし食わねーよ」
久太郎が間のぬけた返事をする。
「そんなことは分かってるわよ。私の朝食は? って聞いてるの」
10秒後、キッチンで朝食を作る哀れな物の怪が一匹。
「ねえ、久太郎。私今日から大学に復学するんだけど、一緒に行かない?」
ミックスサンドを頬張り、萌菜加がちらりと視線を久太郎に向けた。
「なにか、思い出すかもよ」
久太郎の顔が輝く。
「女子大かあ、行く行く。そりゃ勿論行くさ」
駅前の交差点に佇み、久太郎ははてと首を傾げる。
「俺は……この風景を知っている」