白い袈裟の男
「『天神さんに参る』っていうのは、口減らしに間引かれる子供たちが恐がらないように、って、大人たちが使った隠語だったわけか……」
胸にどうにもやるせなさが残る。誰にぶつけることのできない痛み、悲しみ、憤り……。だけど、俺はせっちゃんの親を責める資格はねえんだ。自分の子供をその手で殺さなければいけなかった親の気持ちを俺は理解することができねぇから。
「せっちゃんはずっと、おっ父とおっ母のことを恨んで、それでお化けになったりもしたんだけど、久太郎のおにぎりを食べてて、 『おっ父とおっ母にも食べさせてやりてぇ』って思ったんだ。本当はおっ父とおっ母のほうが、せっちゃんよりずっとずっと辛かったのかもしれねぇなあって、今は思う。だから、もういいなあって。成仏するよ。萌菜ちゃん」
晴れやかなせっちゃんの横顔が斜陽に照らされていた。少し汗ばんだ首筋を風が一陣通り抜け、せっちゃんの黒髪が棚引いた。
「残念ながら、あなたの行先は阿鼻叫喚の地獄でもなければ、まして極楽浄土でもない」
夕陽を背に、男がひとり佇んでいる。
金の髪に群青の瞳、白い法衣を着ている異形の者。身につけている白い袈裟には、金糸で豪奢な娑羅双樹の刺繍が施されている。
萌菜加が男の前に進み出で、男を睨みつける。
「門下の者か?」
「ええ、そうですよ。あなたの大僧正就任を阻止する為に来たのです」
萌菜加が数珠を構える。
「確か就任の条件は、後ろの二名を成仏させることでしたっけ?」
男の手の中で、禍々しい妖気を放ち刀が具現化してゆく。
「童よ、お前が行く先は、光の全く当たらない暗黒の世界」
繰り出された切っ先が、まっすぐにせっちゃんを捉えた。上腕から斜めに抉られた幼子の身体から、血飛沫が噴き出す。
「せっちゃん!」
萌菜加がその傷口を修復するが、魂は戻らない。
「魂呼ばいか、無駄だ。この婆娑羅刀は魂を封印する。童は光の全く当たらない暗黒の世界へと旅立った」
せっちゃんの亡骸が鈍く光りだし、その身体から蛍が舞うようにして夕闇に溶けて消えた。
「これであなたは大僧正就任の条件をクリアできなくなったわけだ」
余裕たっぷりに微笑む美丈夫の頬に鮮血が伝う。