萌菜加とせっちゃん
今日はとりあえず雨ってことで、萌菜加の部屋に帰ることにした。夜10時を回ると、生身の体のせっちゃんはうとうとと萌菜加の膝の上で眠りはじめた。時計の秒針がやたらと耳を打って、萌菜加との会話も途切れがち。俺はちらりと萌菜加に目をやる。萌菜加のほうも上目づかいに俺を盗み見てお茶をすすってやがる。
「で? お前とせっちゃんは一体どういう関係なんさ? 俺の死因とどういう関係があるわけ?」
萌菜加がぽつりぽつりと身の上を話しだした。
「あたしは四歳の時に神憑きになって、両親に大福寺に預けられたの……」
永遠に続くようにさえ感じられた石段から、まっ白な太陽を見つめていた。そこはひどく孤独で空虚な場所だった。村人は私のことを神憑きだということで気味悪がって近づこうとはしない。
「やーい、神憑きが来たぞ!」
そういってたまに村の悪童に石を投げられたけど、私はそれさえも嬉しかった。額に石の礫が命中し、血が流れることもあったけど、そんな痛みは存在を否定される痛みに比べれば取るに足りないものだった。
「ねえ、一緒に遊ぼうよ」
額から流血しつつ、笑顔全開な私を見て悪童は心底ビビったらしく、以来目線すら合わせてもらえなくなった。
そんなとき、私はせっちゃんと出会った。せっちゃんは私にとっての生まれて初めてできた友達だった。年が近かったせいか意気投合し、ふたりでいつも一緒に遊んでいた。
「ねえ、萌菜ちゃん。ずっと一緒にいてくれる?」
ある日、せちゃんは真剣な眼差しで私の顔を覗き込み、そう言った。私は嬉しくて誇らしくて「うん」と大きく頷いた。
だけど私の異変に感づいた青年僧が、私の後を尾行して、せっちゃんを捕まえてしまった。寺のご神体である大きな楠に、せっちゃんはお数珠で縛りつけられた。
「萌菜加お前、わかっているのか? これは人に害を為す悪しき不浄の霊だ。このまま一緒にいると、お前も遂にはとり殺されてしまうのだぞ」
青年僧によって焚かれる護摩の煙に、せっちゃんは咽び泣いた。
「助けて萌菜ちゃん。苦しいよぅ」
私はこんなのは嫌だった。せっちゃんは霊だけど何も悪い事はしていなかった。霊だというだけでその存在を消し去ろうとする僧、神憑きだという理由で私を捨てた両親、存在すら否定してしまう村人の冷笑が脳裏をかすめて、そしたら体中が熱くなってなんだか自分でもわけがわからなくなって、気がついたら血まみれの青年僧がその場所で倒れていた。
私は無言のままに、せっちゃんに歩み寄ってお数珠の縛めを解いた。
「萌菜ちゃんの嘘つき! 友達だって言ったのに、せっちゃんのことだましたのね」
せっちゃんは大泣きしてその場を立ち去った。
青年僧は焦点の定まらない視線を私に向け、「鬼姫」と呟いた。