すみれ荘204号室の怪
くすんだ白壁には、あちこちにヒビが走っている。
切れかけた蛍光灯がついたり消えたりを繰り返し、蛾が一匹羽音を立ててその周りを飛び回っている。ねっとりとした湿気が身体にまとわりついて、なんとも不快な夜だった。
すみれ荘204号室。その前で女は立ち止った。コンビニで弁当を購入しての帰宅なのだが、なんとなく気が重い。
少々古びてはいるが、駅近でこれだけの値段の物件は他にはなかった。不動産会社との契約時にはさして何も思わなかったのだけれど、いざこの部屋に住みはじめてみると、妙な違和感をぬぐいきれない。
「ただいま」
誰もいないのはわかっているのだけれど、とりあえずそう呟いてみる。暗闇の中でカーテンが風を孕んで揺れていた。
「あれ、私閉め忘れちゃったのかな」
女は足早にリビングを突っ切り、窓へ向かう。
革張りの白いソファーの上に滴る血痕に、女の悲鳴が凍る。
ソファーの足元に蹲る黒猫が、くぐもった鳴き声をあげ、その口に咥えられた小さな鼠が二、三痙攣したかと思うと目を見開いたまま動かなくなった。
「ちょっ……ちょっと、もうやめてよね」
黒猫はいつの間にかいなくなり、フローリングに放りだされた鼠の死骸を片して、女は部屋着に着替える。誰もいないはずの部屋で感じる妙な視線に、必死で気付かないようにしているのだが、テレビのスイッチを入れる際の手指の震えを抑えることはできなかった。
ニュース番組をつけて、風呂を沸かしに席を立つのだが、戻ってきたときにはなぜだかチャンネルは探偵ナイトスクープにきりかわっていた。女はもはや無言のままに弁当をむさぼり食らう。
曇りガラスの向こうの脱衣所で、女は衣服を脱ぎ捨てる。鏡に映る女の白い肌に、切り離された手首が這った。