踏み出した一歩の恩恵
メニューを閉じて楽器店に向かおうとすると、後ろから小突かれた。
「うぇっ!?」
振り返ると、そこにはキューちゃんがいた。ちょっと笑顔になっている。
「キュ、キューちゃん?」
「どう見てもそうでしょ。ところで、ライブ良い感じで出来たじゃん。逃げなかったの偉いよ」
「が、頑張ったよ……」
「まぁ、もう一曲歌えたら良かったけどね。おばさんが作ってくれそうだったけど、どうなの?」
「つ、作って貰ったけど、まだ練習してないの。だから……」
「『ぷるぷるメタル』は?」
キューちゃんは『ぷるぷるメタル』がお気に入り過ぎる。本当に好きな事は分かるから、ちょっと嬉しいけど。
「さ、さすがに……」
「まぁ、あそこでデスボイスやられたら皆びっくりだろうね。どこ行くの?」
「いっぱいお金貰ったから、楽器増やそうと思って。エレキで演奏した方が今の二曲は盛り上がると思うから。アコギは、アコギで曲調変える時とかに使うかな」
「へぇ~、まぁ楽器が買えるくらい集まったなら良いかもね。いくら貰ったの?」
「今日は40万マニー」
私がそう言うと、キューちゃんは少し驚いていた。キューちゃんが買ってくれたアコースティックギターも買える金額だし、一気にこの金額が手に入ったという事は予想外だったみたい。
「おぉ、良いじゃん。貯金も合わせれば、普通に新しい楽器は買えそうなくらいあるって事ね」
「うん。今日はギター使って初めての演奏だったが、物珍しさでいっぱい来てくれたんだと思う。明日もやるけど、今日ほどは来ないかな」
「まぁ、そこまで分析出来てるなら良いと思うよ。もう少し自惚れてもいい気がするけど、慢心して失敗するよりもマシか。じゃあ、私は攻略に行ってくるから。一人で楽器店頑張って」
「えっ!? キューちゃん来てくれないの……?」
「いや、一人で行こうとしてたでしょ。せっかくやってみようって気持ちになってるんだから、そこで甘やかさないよ。いってらっしゃい」
キューちゃんはそう言って、スタスタと行ってしまった。本当に一人で行くしかなさそうだ。こういうところは本当に厳しい。
でも、元々一人で行こうとしていた事も事実なので、何も言い返せなかった。
(大丈夫。だって、試奏させてもらって、金額と相談して購入するだけだから。うん。大丈夫。大丈夫なはず……)
さっきまでは路上ライブ直後の昂揚感でいけると思っていたけど、冷静になって考えてみれば、アコースティックギターを購入した時はキューちゃんがいたし、普段一人で買い物する事すら緊張する私がここでしっかりと楽器店で楽器を購入する事が出来るのだろうか。
店員さんがおすすめを押し付けてくるという事はないだろうけど、試奏をお願いする時とかに店員さんに声を掛けないといけないのは変わらない。
(いや、さっきのライブの要領で呼び掛けるなら……いや、普通に迷惑行為か……)
ライブの要領で大声を出していたら普通に迷惑行為になる。ゲーム内だから大丈夫だろうけど、何か気分的に嫌だ。そういう人だと思われたくもないし。
そうなると、本当に頑張らないといけない。
(いや……路上ライブよりも緊張する事なんてない! うん! この精神で行こう!!)
路上ライブで、あんな沢山の人に注目されるという実績を得た私に怖いものはない。そういう風に自分に言い聞かせる。自己暗示みたいな感じだ。
そうして楽器店に入って店員さんと目が合い微笑まれた瞬間、その暗示は彼方に消えていった。
「いらっしゃいませ。ギターに不備がありましたか?」
昨日購入したというデータが残っているからか、私の事を覚えていたらしい。昨日対応してくれた女性店員さんが私の方にやって来る。
「あ、い、いや……その……えっと、あ新しい楽器を……」
「楽器の購入でしたか。試奏されますか?」
「は、はい。え、ええっと……え、エレキギターを……」
「エレキギターですね。こちらからどうぞ」
値段が安い順で、試奏させて貰って予算と相談しながら購入するものを決めていく。試奏している間は店員さんも何も言ってこないので、少しだけ気が楽になる。試奏が終わったらまた緊張する事になる。緊張と弛緩の繰り返しって感じだ。
(これが新しいサウナか……)
変な思考になりながら、試奏を続けて良さそうなエレキギターを絞り込んでいった。予算との相談して、32万マニーのエレキギターと15万マニーのアンプを購入した。セット売りのエレキギターは、ちょっとだけ好みではなかったので、それより安くて好みのものにした。
「あ、あの……こ、これってシールドは……」
「アンプに付属しているこちらをエレキギターに挿して頂ければ、魔力で繋がります。先程試して頂いた通り、ノイズの抑制などもしっかりとされますので問題ありません」
やっぱり、この辺りはとんでも技術で解決されているみたい。まぁ、何でもかんでもリアルに作られるよりはやりやすくなるから良いのかな。
「わ、分かりました。あり、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
ある程度適切な距離感を維持してくれる親切な店員さんだった。それでも緊張してしまうのは、私の問題だ。これも乗り越えるべき壁かな。
店員さんに何度も頭を下げてから楽器店を出る。そして、気付く。
「どこで練習すれば良いんだろう……」
アンプの使い方とかもしっかりと練習しておきたいのだけど、それをやると昨日の夜と同じ事になってしまう。出来れば、防音室とかスタジオで練習したい。
こういう時、人に話を訊ければ一皮剥けたってなるのに。
「えっと……掲示板……ふっ、書き込めれば苦労しないよ……」
私をそこら辺の陰キャコミュ障と同じで考えて貰っては困る。匿名掲示板だろうと、私は書き込む事が出来ない。私の書き込みに反応する人が多くてもいなくても受けるショックは変わらない。
私の精神衛生上書き込まないのが一番なのだ。
「…………ぶっつけ本番か。よし! 図書館の手伝いをしてこよう」
いつも通りに図書館のお手伝いクエストを受注して、図書館に向かう。すると、私を見た司書さんがニコニコとしていた。
「今日もお手伝いありがとうね。こっちにまで噂が来てるわ。早速ストリートライブをしていたみたいね」
「ふぇ!? う、噂……ですか……?」
NPC間でも噂が出回っているという事に驚きを隠せなかった。ここでプレイヤーが噂をしていたとは考えにくいし、NPC間のもので間違いはないと思う。
「私の見立てに間違いはなかった。機会があったら、私も直接聴きたいかな」
「え、えっと……き、機会があれば……」
「ありがとう。それじゃあ、今日は二階のワゴンをお願いね。そのまま二階の掃除も」
「は、はい!」
何故か司書さんに期待されてしまい、若干困惑してしまうけど、仕事はしっかりとする。二階の整理と掃除を終わらせ、クエストカウンターで報酬を貰ってからログアウトする。そして、現実の方でギターの練習と自分での曲作りに没頭する。
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その日の夜。中央図書館の最上階にて司書はハープを見ていた。その瞳には慈しみのようなものが込められていた。
「さて、この一石はどんな波紋を生んでくれるのか。あの子の行く先が楽しみね」
司書はそう言いながら、小さく微笑み窓より少し高いところを見る。壁に阻まれて見えないが、その先にはパラユニ内に存在する衛星ユートルナが、大地を照らしていた。
そんなNPCの行動を見ているプレイヤーは、一人も存在しなかった。




