コミュ障最初の正念場
翌日。朝ご飯を作って食べた私は、ちょっとだけフィットネスバイクを漕ぐ。お父さんがダイエットのために購入したものだけど、お父さんは一昨日から海外ツアー中なので家にいない。私が使うという事で、色々と買い足されて、ちょっとしたジムっぽくなっている。
そういう事もあり、お父さんがいない間は、いつでも使い放題だった。
「こっちの運動も向こうに関係あるの?」
作業室から出て来たお母さんが欠伸をしながら訊いてくる。
「ううん。でも、運動はしないとだから」
ダイエットとかするような体重じゃないけど、健康のために時々適度な運動はしないといけない。だけど、外に出て走るなどの運動は私には厳しいので、こうして部屋の中で出来る運動をしている。
「ふわぁ~……そういうストイックさをコミュニケーションでも出せれば良いのに」
「うっ……」
我が親ながら突く場所が毎回酷い。京花ちゃんもよくハイスペック陰キャとか言ってくるし。
「そうだ……伊織の新曲のデータ送っておいたから、パソコン確認しておきなさい。お母さんは寝る」
「は~い」
どうやらお母さんは徹夜で私のための曲を作ってくれていたみたい。元々趣味で作っていたものを方向転換させたのかな。一日で作ったって事は多分そうなのだと思う。
お母さんにも曲を作って貰ったとなると、益々逃げ道がなくなる。作ってくれた事には感謝しないといけないけど、その分のプレッシャーが掛かる。
「頑張ろう……」
取り敢えずは、後四キロくらい漕ぐ。運動を終えたら、お母さんに言われた通り、パソコンに送られていた曲を確認する。
「わぁ……やっぱりプロは凄いなぁ……後ろ向きの歌詞。そっか、歌くらいは明るく歌おうと思ったりしてたけど、こっちの方が私らしくもなる……方向性かぁ……」
私が軽く考えていた歌は、ポップで明るい曲だった。でも、お母さんの曲は、胸の奥の言葉を吐露するような曲だった。ただ、これでも完全に暗い曲ってわけじゃない。歌詞が後ろ向きなだけで、歌自体は明るさが満ちている。後ろを向きながらも、前に進もうという感じだ。
「そっか。感情を吐き出してすっきりする感じだ。ある意味ギャップは生めるから、これはこれで有りかも」
曲をダウンロードして、防水イヤホンで聴きながらお風呂で汗を流す。その後に昼食を作って、早めの昼食を済ませてからログインした。お母さんの分も作っておいたけど、ちゃんとお昼に起きるのかな。まぁ、そこはお母さん次第だ。
今日はゴールデンウィーク初日。新規プレイヤーも増えてくる時期だと思うけど、お昼前という事でプレイヤーの数は少ないはず。
沢山の喧騒と溢れんばかりのプレイヤーがいるけど、これでも少ないと信じたい。まぁ、ライブする場所は居住区だから、プレイヤーも少ないはず。そう信じて居住区に来ると、やっぱり人の数は少なかった。
(良し。ちょっと奥の方でやって、ここを行き来する人の迷惑にならないようにしよう)
人が多くなっているので、ちょっと奥の方にある広場に陣取る。まだ人はいないので、これで良い。最初からあの人数に囲まれていたら、演奏する前に逃げたくなるから。
アコースティックギターのチューニングしておく。ゲーム内でパラメータが見えるから、チューニングが少しやりやすい。
そして、軽く曲の練習をする。向こうでの感覚をこっちに持ってくるイメージで、ズレを調整していく。続けて軽く口ずさみつつ、声を出していく。こうしてギターを鳴らしていれば、その音に釣られて人が集まってくる。
このゲームに街のBGMはない。店に入れば、その店が掛けている音楽が聞こえるという事はあるけど、街特有のBGMはない。だから、私が奏でるギターの音が他の音楽にかき消される事はない。人の喧騒には飲まれるけど。
二度、三度と深呼吸を重ねていき、意識をギターに集中させる。見てくれる人じゃなくて、別のものに集中しておけば、その間は気にならない。若干小細工が過ぎるかもしれないけど、今の私には重要なものだ。
この段階は、まだ飛ばしてはいけない。飛ばせば、私の足が勝手に逃走を選んでしまう。小さな事からコツコツと頑張る。
最初は『The Parallel Universe』を歌う。多分、パラユニをやっている人の四割くらいが知っている曲になる。PVを通る人もいれば、他の人から聞いて始める人もいる。誰でも知っている曲じゃないという事を念頭に置き、そんな曲を知らない人にも届くように心を込めて歌う。
「……ふぅ……っ!」
歌い終えて正面を見ると、大きな人だかりが出来ていた。昨日の夜に広場で練習してしまった時と同じくらいの人だかりだ。人を認識した瞬間に、正面から私の身体を強く押す圧を感じる。
圧の正体は視線と拍手。多くの人の視線が突き刺さり、拍手が衝撃波となって降りかかる。私には、それが正面から押し寄せる圧縮機のように感じられた。私をぺしゃんこにしようとしている感じだ。
昨日と同じく頭を下げてお礼を言って逃げ出したい。頭の中には、逃げたいという言葉が縦横無尽に暴れ回っている。
でも、私の足をその場に縛り着けるものがあった。それは、手に持ったアコースティックギターだ。キューちゃんに買って貰ったアコースティックギターが、私の足に大きなペグを刺している。それは私の心理的なペグだ。
(駄目……駄目……逃げちゃ駄目! ここで逃げたら、また振り出し! 京花ちゃんとお母さんに何て言い訳するの! 何とでもなりそうだと思っても駄目! 踏み出せ……これまで踏み出せなかった一歩! 逃げるのと逆の道を!)
一回大きく深呼吸をした私は、真っ直ぐ聴いてくれた人達を見る。
「あ……あああありがとうございましちゃ!」
噛んだ。どもったのはもう置いておいて、思いっきり噛んでしまった。その羞恥心が更に私を逃走への選択肢に水を注いでいくけど、それを蹴り飛ばして留まる。
「も、もう一曲うた……歌います! き、聴いてください! 『レリックシンフォニー』!」
私が曲名を言うと、少しざわついた。それがPVの曲だと気付いたプレイヤーがいたみたい。でも、そのざわつきもすぐに消える。演奏が始まったらちゃんと聞いてくれるみたい。
しっかりと練習通り……いや、練習以上に演奏する事が出来た。私が歌い終えると同時に大きな拍手が響いてくる。さっきよりも圧が強いのと拍手の大きさが倍以上に膨れ上がっている事から、聴いてくれた人が増えている事が分かった。そもそも建物の屋根に乗っている人もいるし。迷惑が掛かるからやめてほしいけど。
「ふぅ……あ、ああありがとうございました!」
今度はちゃんと言えた。また大きな拍手が響いてくる。圧を感じるのは変わらない。でも、少しだけ満たされるような感覚も得られる。
一応、これで二曲をしっかりと歌う事が出来たから、路上ライブが終了なのだけど、プレイヤーの人達は動かなかった。
「あれ? もう終わり?」
人垣の中からそんな声が聞こえた。その瞬間に、頭から爪先に血が一気に落ちるような感覚を覚える。聴いてくれた人を満足させられなかったという事が、私の中で氷の刃となっていた。
「ご、ごごごめんなさい! ま、まだ、に、二曲しか出来なくて……」
「あっ、こっちこそごめんなさい。責めるつもりじゃなくて、次の曲があったら聴きたかったなって」
「俺も俺も!」
「同じ曲でもいいぞ!」
「新曲の練習でもいいぞ!」
申し訳ないと思っていたら、温かい言葉を贈って貰えた。これで気を遣わせて申し訳なく思ってしまうのだから、色々と向いていない。この辺りもちゃんと慣れないと。
「じゃ、じゃあ、ももう一度同じ二曲……いきます!!」
私がそう言うと、皆が盛り上がってくれた。ノリの良いプレイヤーが多い。私自身が暗いから、こうして盛り上がられると浄化されそうになる。
歌っている時は、歌に夢中になれるから少し気楽になれる。『The Parallel Universe』『レリックシンフォニー』を二曲続けて歌うと、やっぱり盛り上がってくれる。
「あ、ああありがとうございました! き、今日はこれで終わりでです!」
「明日はあるのかい!?」
「あ、えっと、だ、だ大体同じ時間にやります! ま、間に合えば新曲もやります! よ、よよろしくお願いします!」
皆がわぁーっと盛り上がってくれた後、流れで解散となった。私もアコースティックギターをインベントリに仕舞う。
今日の投げ銭は合計で40万マニーとなっていた。その詳細を見てみると、投げ銭してくれた人の名前が並んでいる。NPCとの区別が付かないから、どれがプレイヤーなのかNPCなのかは分からなかった。
(あ、この人……前回も今回も1万マニー以上投げ銭してくれてる。アルタさん……どんな人なんだろう)
今日なんて10万マニーも投げ銭してくれているので、とてつもない大金持ちなのではと思ってしまう。何にしても、図書館のお手伝いクエストとは比べものにならないほどのお金を手に入れてしまった。せっかくだから、楽器店に行って新しい楽器を買おうかな。




