集中は程々に
キューちゃんと別れた私は、ベンチがある中央区の広場にいた。そこでちょっとステータスを確認する。さっきの路上ライブで何かスキルを得られているかもしれないから。
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リラ Lv3 職業:ストリートシンガー
HP:30/30
MP:10/10
力:5
防御:25
速度:5
器用:17
魔力:5
運:5
SP:30
スキル:【歌唱Lv1】【掃除Lv4】【整理Lv8】
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「やった……」
予想通り【歌唱】のスキルを得られていた。条件は、一曲フルで歌うとかかな。あの時は表示とか片っ端から消していたし、得たという報告ウィンドウもその中に含まれていたのだと思う。レベルは上がらなかったけど、クエストをしているわけじゃないから、こればかりは仕方ない。
そして、念願の職業が出来た。まさか、ストリートシンガーというピンポイントな職業とは思わなかったけど。
「よし……ちゃんと一歩踏み出してる……」
職業は、スキルの獲得しやすさに繋がる。そして、何よりもクエストを受けられるかどうかにも関わってくるものだった。今の職業で何が受けられるのかは分からないけど。取り敢えずモンスター討伐系は無理かな。
ここから他にも職業は得られる。それは職業控えに入るから、いつでも入れ替えられるけど、無職だけはこの段階で消える。
「後は継続だけ……キューちゃんに買って貰ったんだもん……ちゃんと継続しないと……」
キューちゃんに買って貰ったのに、途中で諦めましたは、キューちゃんに失礼過ぎる。もしかして、キューちゃんは私がそんな思考になるって分かって、こうしたのかな。キューちゃんは私の思考回路なんて熟知しているだろうあり得ない話じゃない。
ちゃんとキューちゃんの期待に応えるためにも、しっかりと練習はしておかないといけない。アコギを取り出して、軽くチューニングしていき『The Parallel Universe』の練習をしていく。
練習していると段々と集中してのめり込んでいく感覚に溺れていく。何度も何度も練習をして、しっかりと譜面通りに進められるようにしていると、集中が途切れたタイミングで喧騒が聞こえてきた。
「ん?」
前を向いた瞬間、そこにはさっき路上ライブをした以上の人だかりが出来ていた。そして、私の視界の端にはまた投げ銭の金額が出ていた。
許可証を持つ人が、街中で音楽などの活動をした瞬間から路上ライブの判定が生まれるらしい。歌っていないし、路上ライブをするという意識がなかったから、これは想定外だ。
自分の集中力の高さが憎くなってくる。ギターに夢中で、周囲に人が集まっている事に気付けないなんて思わなかった。
私は頭が真っ白になってしまう。だけど、すぐに京花ちゃんが呆れている表情が頭の中に過ぎっていき、意識が復活する。
「あ、ああああありがとうございました……!」
ベンチから立ち上がって、ギターをインベントリに仕舞い頭を勢いよく下げる。そして、全力で走ってその場を後にした。
(うわぁ~ん! また逃げちゃったよぉ!!)
ちゃんとお礼は言えたのだけど、そこから逃げずに何をして良いのかわからなくなってしまい、結局逃げるという選択をしてしまった。投げ銭で貰ったお金は、10万マニー。本当に物珍しさで皆がお金をくれるけど、こんなちゃんとした演奏じゃないのに貰った事に罪悪感がある。
でも、ここで投げ銭を返却するというのもしてくれた人に失礼なのではと思ってしまうので、罪悪感を覚えながら次はちゃんとした演奏をしないとと思いつつログアウトした。
椅子で起きた私は、部屋から出てリビングへと向かう。すると、お母さんがタブレットを弄っていた。
「お母さん」
「ん? どうしたの、伊織」
「防音室借りて良い?」
お母さんの仕事関係で、実際に楽器を演奏する事もあるので家には防音室がある。お父さんもアーティストで練習のために使うけど、家にいない事の方が多いので基本的にお母さんが使っている。
だから、ちゃんと許可は貰う。
「良いけど、失敗したの?」
私がゲームをプレイしているという事はお母さんのタブレットからも分かる。私がゲームにいるのかどうかを確認するために共有しているみたい。
「う~ん……成功は……したよ。目を瞑って歌ったりしたから」
「成功とは言い難いわね」
お母さんに言い切られてしまった。実際、成功と言って良いのかは微妙だし、私も何も言えなかった。
「後、京花ちゃんに楽器を買って貰ったの。その練習をしてたら、それも路上ライブ扱いになっちゃって……いっぱい投げ銭された……」
「ギター?」
「うん。アコギ」
「覚えてるの?」
「うん」
お母さんの確認はちゃんとバンドスコアを覚えているかどうかの確認だ。ちゃんとギターだけじゃなくて、ベースもドラムもキーボードも全部覚えている。こういう物覚えは良い方だから。
「まぁ、夜遅いから、そこまで熱中しないようにね」
「は~い」
お母さんに許可を得て、防音室に入り、立て掛けてあるアコースティックギターを手に取って練習をする。そうして、現実でやってみてゲームとは違うという事がよく分かる。パラユニの方が結構楽に弾ける。あっちはゲームだから色々とサポートされているのかもしれない。
でも、運指の練習はちゃんと出来るので、パラユニの方の練習にもなるはず。向こうでは単純にギター練習だったけど、こっちではしっかりと弾き語りの練習をする。もう一つの曲である『レリックシンフォニー』の練習もしていく。
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伊織が練習しているのを確認した母親の星虎は、スマホで伊織の練習風景を撮影する。そして、撮影した内容を京花に送る。
『伊織練習中』
『継続してライブが出来るかが問題ですね。見守りで』
『了解。伊織にきっかけをくれてありがとう』
『いえ、こちらも伊織に友達が出来て欲しいので』
星虎と京花の共謀。京花の考えでは、京花が積極的な協力をせずにゆっくりプレイする中で知り合いとなるプレイヤーが増えてくれるのではというものだった。それとは全く異なる形になったが、路上ライブでの経験は伊織に良い経験を与えるだろうと京花も考えている。
(この経験が現実にも活きると良いわね)
練習に夢中の伊織に気付かれないように扉を閉めた星虎は、自分の作業室へと向かって行く。
(伊織の刺激になるような曲でも作るかな)
最愛の娘のために、星虎はしっかりと一肌脱ぐ事にした。今後いくつも作るわけではない。伊織が作る曲の方針の一つを示すものになる。
練習を進めていた伊織は、自分の歌を録音しながら出来ていない部分の修正を重ねていく。恥ずかしがり屋で内気な伊織は、だからこそ完璧を目指して努力していくのだった。




