慢心せずにまた一歩
全力で走っていた私は、唐突に襟ぐりを掴まれて後ろに引っ張られた。前に向かっていたため、慣性なども乗ってしまい、首が絞まる。
「うげぇっ……」
「何してんの」
私の襟ぐりを掴んでいたのは、京花ちゃんのアバターであるキュクノスちゃんだ。長いので、私はキューちゃんと呼んでいる。キューちゃんは、金色の短髪で赤い瞳をしている。身長は160センチくらいだから、私より10センチ小さい。これも現実通りだ。
私よりもずっと前からプレイしているから、装備は豪華だ。軽装備で大鎚を武器にしているらしい。
「キューちゃん……」
「何か向こうの方から全力で走ってたみたいだけど、追われてるの?」
「う、ううん……」
「って事は何かやったって事ね」
キューちゃんが手を離して歩き出すので、その後を追って横に並ぶ。キューちゃんは付いてこいとは言っていないけど、幼馴染みなので言いたい事は分かる。
「何したの?」
「えっと…………路上ライブ……」
「はぁ!?」
キューちゃんは驚いた表情をしながら、私の事を見てきた。キューちゃんからしても路上ライブは想定外だったみたい。
「そんな機能あったっけ……」
そもそも機能からして知らなかったらしい。攻略とかにも載っていないものなのかな。あの図書館のお手伝いクエストをやっていれば、楽譜が貰えると思うのだけど、そんな物好きなプレイヤーは少ないって感じかな。私がやっている時も他のプレイヤーは見なかったし。
「や、役所で申請したら出来るよ。と、図書館のお手伝いのクエストを繰り返してたら、司書さんからこれを貰ったの」
キューちゃんに楽譜を渡す。それを見たキューちゃんは、眉を寄せていた。そもそもキューちゃんは音楽は聴いてもやってはいない。渡されても楽譜は読めない。でも、楽譜である事は分かると思う。
「この情報は知らない……攻略サイトにもあったような気がしない。それにこれってPVの曲?」
歌詞と曲名から、曲は分かったみたい。
「うん」
「へぇ~……これで路上ライブねぇ」
キューちゃんは楽譜を返してくれながら、じっと私の目を見る。キューちゃん相手なら、じっと見られても特に動じないけど、その中に何か探るようなものがある気がする。
「う~ん……本当かぁ。路上ライブねぇ。歌えたの?」
「う、うん。一応……目を瞑ってだけど……」
「はぁ……そんな事だと思った。でも、半歩前進はしてるのかな。それで、目を開けたら人がいて逃げてきたって感じでしょ?」
「せ、正解……でも、ちゃんとお礼は言えたよ。投げ銭も貰えたんだ。3万マニーくらい貰えたよ」
「おぉ……大分貰えたけど、最初の物珍しさもあるかな。毎回気前よくくれるとも限らないし、少しずつお客さんを増やしていかないと。そのためには新曲も作らないといけないね。出来るの?」
「う、うん……が、頑張る……」
実際にはやる必要はないけど、キューちゃんが言っているのは、これから先続けていくなら、それくらいしないといけないという事だ。
ただ歌うだけなら、路上ライブなんてする必要もない。路上ライブを続けるという事は人に歌を届けるという事。その大変さは、多分私が想像しているよりも遙かに上だと思う。
それでも、私は少しだけやりたいと思う気持ちがあった。その気持ちが芽生えた理由。それは、目を開けた時のあの光景にあるのかもしれない。皆が拍手をしてくれた。その瞬間にあったのは、多分昂揚感と幸福感かな。すぐにいっぱいの人に見られていたって気付いて羞恥心の方が強くなっちゃったけど。
「お、お母さんに曲を作って貰う!」
「おばさんに? まぁ、作りそうではあるか……」
キューちゃんは苦笑いしていた。うちに来た時にお母さんと話したりしているので、お母さんがどういう人かはよく分かっているからだ。
「な、何曲かはお母さんに作って貰って、私の方でも作ってみるつもり……」
「なるほどね。適度に新曲を入れないと飽きられるし、おばさんも忙しいから良いと思う。昔作ってた曲は? 『ぷるぷるメタル』とか」
「そ、外で軽いメタルは……」
『ぷるぷるメタル』は、他のゲームをプレイしている時にスライムに飲まれて倒された経験から作りだした曲だった。絶望と死の恐怖からデスボイスを入れたら、お母さん達が大爆笑していた。京花ちゃんにもかなりウケていた。
ただ、そのせいで大分がなりが多い曲になっている。ここで披露するには周囲への迷惑が大きい気がする。後、そこまでウケないと思う。
「じゃあ、『うさちゃんモード』」
「よ、幼稚園の時の曲だよ? 路上ライブには物足りないと思う……」
「まぁ、昔作った良さそうな曲があったら、歌ってみたら? 全部リラのだし」
「う、うん……考えとく……あ、そうだ。楽器が欲しいの。今だとアカペラだし、一人だから……」
「楽器? そういえば、楽器店があったっけ。趣味用かと思ったけど、こういう事に使うためでもあったのかな。でも、最低でも20万マニーくらいしたけど、マニーあるの?」
「ふぇ!? えっと……今は15万マニーくらいだから……図書館のお手伝いを五回くらいやれば貯まるかな……」
「はぁ……そのくらい出すから」
「え? でも……」
20万マニーは、初心者からしたらかなりの大金だ。図書館のクエストを二十回以上やらないといけないし。大分上位の方のプレイヤーになっているキューちゃんだって、大金とまではいかないにしても、装備を揃えたりするから、出費としては大きいはず。
「リラが一歩踏み出そうとしてるんだから、その応援くらいはさせてよ。私の目論見とは違う方面だけど、これもコミュ障を治すなら、このくらいの方が良さそう。ちゃんと出来ればだけど。次は逃げ出さないようにしなよ」
「うっ……む、無理……」
「はぁ……こればかりは慣れかな。ほら、行くよ」
「う、うん」
キューちゃんに付いていって、楽器店まで案内して貰う。楽器店は工業区の奥の方にあった。これは見つけにくい。そもそも工業区に用事がないから来てなかったけど。
「よく知ってたね」
「良いお店を探していた時に、たまたま見つけたの。武器になるのかは知らないけど、私は使わないなで、値段見てスルーした感じ」
「そうなんだ。立派なギター……エレキ?」
「ああ、うん。アコースティックギターもあったから、弾き語りならそっちにすれば? アンプも売ってるけど、全部高いよ」
ショーウィンドウにエレキギターとかが並んでいる。ベースもあるし、ガラスからドラムも見えるから、しっかりとバンドが出来るような感じだ。
店内に入ると、更に多くの楽器が置いてあって驚かされる。
「この世界って電気もあるんだね」
「まぁ、SFチックな場所もあるからね。そもそも電気を使ってるのかも分からないけど。この街にも向こうの方にホールがあるし、そこでライブ出来るんじゃない? そういう場所なのかは知らないけど」
「そ、そうだね……」
「まぁ、まだ早いか」
品揃えを見てみると、売っている楽器は、本当に種類が多い。バイオリンとかもあるし、フルートとかもある。本当に幅広いプレイが出来るようにしてあるみたい。
「うわっ……エレキとアンプで50万マニー……」
セット売りで50万だけど、それぞれで単品で買うと60万になる組み合わせなので、お得ではあるらしい。路上ライブでやるには、あのくらいは欲しいかもしれない。小型のアンプはあるけど、家で練習する時用のものだろうし。ゲーム内だから、どういう分類になっているか分からないけど。
「本当に娯楽用でしょ? ガチプレイヤー程買わないだろうね。ガチじゃないからこそ買うものかな。いや、ある意味ガチか。それで何にする? 歌ってなると、ギターかキーボードになると思うけど。やっぱりアコギ?」
「え、えっと……うん。アコギかな。最初はそこから始めたい。試奏は出来ないのかな?」
「さぁ? すみませ~ん! 試奏って出来ませんか!?」
キューちゃんが、少し離れたレジにいる店員さんに呼び掛ける。こういう時迷わず呼べる事自体が、私とキューちゃんの格の違いを表していた。
「は~い。どの楽器ですか?」
「ほら、どの楽器?」
「あ、え、えっと……こ、ここれを……」
「は~い」
いくつか試奏させて貰って、自分の手に馴染むものを探す。高いものも触らせて貰ったけど、やっぱり高いものの方が良い音がするし、何となく馴染むような感覚を覚える。
この辺りはゲームらしく高いもの程良いものなのだと思う。
「これかなぁ」
値段などと相談してみても、22万マニーのアコギが良いと判断した。見た目も好みだし。
「別にもう少し高くても良いよ? モンスターをしっかりと狩って素材売ってたら、このくらいは一日くらいで貯まるだろうし、クエストを並行したら確実だから」
「ううん。それは自分でちゃんと頑張るよ」
「そう。まぁ、ここはリラを尊重しますか。これお願いします」
「は~い」
本当のお店のようなやり取りはなく、キューちゃんがウィンドウを操作で代金を支払い、そのまま私への譲渡をしてくれる。それを了承して、アコギを受け取った。
「ありがとう、キューちゃん」
「どういたしまして。それじゃあ、音楽活動頑張って」
「うん」
ここでキューちゃんとはお別れだ。元々会う約束もしていなかったから、キューちゃんも予定があるだろうし。取り敢えず、キューちゃんにも報告出来て良かったな。




