見えなければいないも一緒
ログアウトした私は、リビングでお母さんと夕食を食べていた。
「ゲームは楽しい?」
お母さんはパラユニの話題を振る。
「うん。まだ図書館のお手伝いしかしてないけど……でも、お手伝いの報酬で楽譜貰ったんだ。だから、路上ライブとかが出来るみたいなの」
「路上ライブ? やれるの?」
お母さんはそこから疑ってくる。私の性格をよく知っている一人であるため、的確に痛いところを突いてくる。
私は絞り出すように声を出す。
「や……れ……る……」
「まぁ、アバター被るんだから出来ない事はないわよね。曲はいくつあるの?」
「二曲くらい? 貰った楽譜がPVの歌のやつだったの。後もう一曲くらいはあったよ」
「アカペラ?」
「楽器は見た事ないから。楽器屋さん探せばあるのかな」
「さすがに楽譜があるなら、楽器はあると思うわよ。ギターがあれば、弾き語りが出来るわね。せっかくだから、何か曲を作ってあげようか?」
お母さんは曲作りをお仕事にしている。作詞も作曲もやっているから、私のために曲を作ろうかというように言ってくれた。趣味でもやっているから、その延長線だと思う。
「えっと……まだいいや。続けるかも分からないし……」
「そう? 後はゲーム内でシンガーソングライターとかしても面白そうだと思うわよ? 伊織も出来るんだからやってみたら?」
「えぇ~……」
確かにお母さんの影響で私もやっていたりするけど、本当に趣味の範囲だ。曲を作っても表には出していないし、披露するのは家族とか京花ちゃんに対してくらいだ。
「伊織は歌も上手いから人気が出そうね。京花ちゃんの思惑とはちょっと変わるかもだけど。伊織がやるっていうから色々と調べたけど、冒険以外にも色々と出来るものみたいじゃない? きっと音楽活動も出来ると思うわよ」
「う~ん……考えてみるけど……そもそも人前で歌えるか分からないし……」
「さっきやれるって言ったじゃない」
お母さんは的確にこっちの隙を突いてくる。見逃される可能性もあったけど、お母さんは見逃してくれなかった。
「や……れる……」
「別に現実のように歌手を仕事にするわけじゃないんだから、気楽にやりなさいな。ゲーム内で手に入れた楽譜なら権利上も問題ないだろうし、オリジナルで作っても問題はないと思うわ。最悪権利申請しても良いし」
「そんな大掛かりな……」
「大事よ。ちゃんとやるならね。ともかく頑張ってみなさい。せっかく京花ちゃんがくれたチャンスなんだから」
「う、うん……頑張る……」
夕食を食べ終えた後にお風呂を済ませて、もう一度パラユニにログインする。明日からはゴールデンウィーク。ちょっと夜更かししても問題ない。
だから、頑張って役所に向かう。ユートアルパの施設は基本的に二十四時間営業だ。夜しかログイン出来ない人がいたら、施設を一切使えないとか困るからね。
鉄のような重さをした足を何とか持ち上げて、ゆっくりと役所に向かっていく。徒歩五分も掛からず行ける役所に三十分掛けてやってきた私は、中に入ってから悩みを抱いていた。
(入ったは良いけど、どこで手続きするんだろう……)
そもそもの問題として、役所のカウンターがいっぱいありすぎる。どうすれば良いのかと思っていると、役所の職員さんが来てしまった。
「ご用件は何でしょうか?」
「あぅ……え、えっと……」
ここまで来て逃げ出す事は出来ない。ここで逃げれば、絶対に再び来る事は出来ない。私の精神的に。だから、なけなしの勇気を絞り出す。
「ろ、路上ライブの……許可を……」
「路上ライブの許可ですね。こちらへどうぞ」
案内されたカウンターに着くと、目の前にウィンドウが出て来る。必要なマニーが500マニー。それで発行が可能らしい。このくらいは全然問題ない出費だ。出費は問題ない。問題は私の心持ちだ。
二度深呼吸をしてから、発行の文字に触れる。
「はい。承りました。こちらが、許可証となります。有効期限はありませんが、紛失した場合再発行料と紛失分の補填代を頂きます。また許可証の確認時に許可証を提示できない場合、罰金及び一日拘留が発生しますのでご注意下さい」
「は、はい」
これを持っているだけで、いつでも路上ライブをして良いらしい。プレイヤーはインベントリがあるから、そこに入れておけば紛失の問題はないかな。というか、許可証の提示が出来ない時の罰が割と怖い。罰金の金額とかも気になるけど、一日拘留って、そこに拘束されるって事だから、プレイヤーからしたらたまったものではないと思う。
ただ、それで拘留される場所を調べるとかの物好きプレイヤーとかは出て来そうだけど。
許可証が更新制じゃないから、何度も役所に来なくて良い事だけは有り難い事かな。
役所を出た私は、なるべく人がいない場所に向かって行く。ユートアルパは南が外へと出る門となっている。その門前区はプレイヤーがいっぱいいるので論外。逆に北は王区と呼ばれる場所で、この街の王様達が住んでいる。大きな門に塞がれているので中には入れないし、中に入ろうとも思わない。
東の二区は工業区で武器屋とか防具屋とかが並んでいる。こっちもプレイヤーが多い。そうなると自然と西にある二区のどちらかになる。そのうち一方は、農業区なのでもう一つの居住区に向かう。
雑用系クエストの中にあるお使いクエストは、この居住区の人達から受ける事になる。ここの人達が欲しいものを届けるって感じだ。
でも、お使いクエストを好き好んでやるプレイヤーは少ない。結局、モンスターを狩った方が早いから。だから、ここが丁度良いはず。
少し広場になっている場所に立った私は、深呼吸をする。楽譜を何度も見直して、ちゃんとメロディなどを把握する。
「よし……よし……よし……」
さっきから何度よしと言ったか分からないくらいに口にしている。そうやって、自分の心を落ち着ける。よしの数だけ、確認しているという事だから、安心感がある。まぁ、これでちゃんと落ち着ければ、普段からもっと人と話せると思うけど、やらないよりはマシだ。
何度も深呼吸をしてから、真っ直ぐ前を向く。私の前を素通りするのはNPCばかり。プレイヤーの姿はない。これなら晒されるリスクは少ないはず。勝手に人を撮るようなマナーの悪いプレイヤーばかりではないだろうから、そこまで心配する事じゃないかもだけど。
「あ~……うん。よし! 行くぞ……」
そうして歌い出そうとして、目の前をNPCが通った瞬間、喉が詰まってしまった。お母さん達や京花ちゃんが相手なら、普通に歌えるのに、たった今一人のNPCが近くを通っただけで、歌い出せなかった。
(駄目……これじゃ駄目……頑張れ……頑張れ……今の私は伊織じゃない。リラ。私であって、私じゃない!)
心の中で自分を鼓舞して再び前を向いてから、再び俯く。
(無理……無理! 緊張が……いや、大丈夫。酷評なんてされない……折れるな! いや、始まってもないから折れるもなにもないんだけど……ああ、もう! 自問自答終わり!)
そうやって目を瞑って前を向く。すると、さっきまでよりいくらか楽になった。当たり前だ。人を目視しなければ、自分を見ている人を観測出来ない。つまり、自分が見られているという感覚が無くなるという事。
(そうだ。この状態で、目の前に京花ちゃんがいると考えよう。そうしたら、いくらかマシなはず)
真っ直ぐ前を向く。でも、目は瞑っているから、前は見えない。そこに人はいない。いるのは、私の妄想が作り上げた京花ちゃんだけだ。かなり呆れた表情をしているけど。このタイミングで京花ちゃんを呼び出せば、確実のこの顔をするだろうから、この妄想はよりリアルになる。
そうして、私は歌い出した。このゲームの代表的な歌。『The Parallel Universe』を。
一曲歌い終えたところで、目を開くと、沢山の人が集まっていた。完全に人の壁が出来上がるくらいに。そして、ほとんどが一斉に拍手を送ってくれる。
「へ?」
NPCもいるけど、プレイヤーも結構な人数がいた。人だかりを見つけて、集まってきたみたいな感じなのかな。
そして、私の視界の右隅に見た事のない表示があった。それは投げ銭箱というもので、ライブ中にプレイヤーが投げ銭をしてくれた額の合計が出ている。その金額は大体3万マニー。普通にクエストをするよりも遙かに多く貰えている。
「あ……ああ、あ……ありがとうございましたあああああああ!!」
羞恥心の限界を迎えた結果、勢いよく集まってくれた人達に頭を下げた後に、私は勢いよく走り出した。




