伊織はライブが好き
屋敷に家具を設置し、地下室に楽器などを設置していく。そして、どちらからともなく楽器を手に取っていた。言葉はなくてもお互いに考えている事は同じだった。
この場所での演奏の感覚を掴んでおきたい。せっかく自由にかき鳴らせる場所なのだから。フォルティさんも練習を重ねてくれている事が分かるくらいにミスタッチが減っていた。
そして、確実に息が合うようになってきている。私が合わせるような形が多かったけど、向こうからもしっかりと合わせてくれている。しっかりと歌も合わせて練習をしていく。
「ふぅ……」
「お疲れ様。前のライブよりも良くなってるよね?」
「う、うん……あ、後は……」
私がちゃんとフォルティさんの目を見て息を合わせられれば、もっと良くなるはず。毎日鏡で自分の眼を見て練習していたけど、自分だから全く意味が無いという事を昨日お母さんに見つかってから気付いた。
「リラさん?」
「あ、ううん……わ、私の問題だから……」
「解決手伝うよ? 目を合わせれば良いのかな?」
「ほえっ!?」
私の悩みを言い当てられたせいで変な声が出た。マイクに繋いでいるから、その変な声が響く。
「分かるよ。何度もこっちを見ている気がしたけど、目は合わないから。目を見られたら、もっと合わせやすいって思ってくれたんでしょ? その練習なら手伝うよ。覚えてる? ペアワークでやったゲーム」
「あっ……」
鷲衣さんとこうして接するきっかけになったものだから、私も覚えている。視線を合わせたまま維持して逸らした方が負けというゲームだ。
「こっち来て」
フォルティさんに手を引かれて着いた場所は、購入したベッドを置いた寝室だ。そのベッドに座らされる。
「それじゃあ、罰ゲームも同じでやろうか。十秒ね」
「え、え、あ、う、うん……」
目を合わせる練習なので、このくらい強引にやってくれる方が良いかもしれない。荒療治だけど、私の意思でやるのを待っていたら、十年後になりそうだし。
フォルティさんに両手で頬を包まれて強制的に上を向かされる。そして、パッとフォルティさんと目が合った瞬間に、反射的に目を逸らしてしまった。
「はい。リラさんの負け。現実よりも短いよ?」
「うっ、い、いきなりは……」
「じゃあ、この状態からリラさんが目を合わせてくれてからスタートね」
「う、うん」
心を落ち着けてから、真っ直ぐフォルティさんと目を合わせて勝負が始まる。
改めて、見てみると現実の鷲衣さんとはまた違った方向に綺麗さが強い。こっちの方が大人びている感じかな。ちょっとだけつり目気味にしているのかな。ちょっと強気な感じが大人びている印象を与えるのかもしれない。睫も長いし、このゲームのこだわりが感じられる。
そんなどこからどう見ても美少女と言っても良いフォルティさんと目を合わせ続けるという事が段々と恥ずかしく思えてくる。
これはフォルティさんに対して失礼な想いがあるわけではなくて、フォルティさんも同様に私の事を見ているという事実が恥ずかしいという気持ちを強くさせている。
恥ずかしさが限界になって、視線が動いてしまう。それはフォルティさんと合わせていた目が逸れるという事を表している。
「はい。リラさんの負け。前よりも延びてるから進歩はあるね。次の罰ゲームはどうしようかなぁ」
この前の罰ゲームは、色付きリップを塗られるというものだった。今回はそれ以上の罰ゲームになるのかな。
「う〜ん、今度機会があったら買い物に付き合うこと。これが罰ゲームね。あっ、ちなみに琴坂さんのものを買うから」
「へ……?」
「はい。約束」
フォルティさんが、私の小指に小指を絡める。指切りだ、ただの指切りなのに、何故か艶かしく見える。
「さてと……ねぇ、琴坂さん。ログアウトする前にライブしに行かない?」
フォルティさんは悪戯っぽく笑いながら提案する。その提案は、私にとっても魅力的だった。
「う、うん……! い、行こう……!」
私達は屋敷から出て、いつもの広場に来る。そこでライブの準備をしていると、段々と人が集まってきた。
(こうして集まってくれるのは嬉しいな。今日は前よりも多いかな。あれ? あの面布の人……もしかして……)
お姉ちゃんの話から顔を隠した人が歌姫だという事は知っている。ただし、ああいうファッションのプレイヤーという線も否定できない。でも、一つだけ気になる点がある。それはあの人が司書さんと話していた人に似ているという事だ。
(歌姫……仮に歌姫だとして、周りの人が反応しないのはなんで? お姉ちゃんの話だと、かなり人気の人だったはず……私達よりも注目が集まって当然だと思うけど……)
その人は人混みの中で、こちらに顔を向けている。隣にいる人達も何も気付いていない。
「リラさん?」
フォルティさんが小さな声で私を呼ぶ。私が少しぼーっとしてしまっていたからだ。
「だ、大丈夫……」
気になる事はある。でも、今はこのライブに集中しよう。『The Parallel Universe』『レリックシンフォニー』と私が作った『一歩踏み出せずとも』を披露する。ちゃんとフォルティさんも練習してくれているので、曲の完成度は上がった。
ライブが終わると、大きな拍手が鳴り響く。今日は三曲で終わりと最初に伝えてあるので、満足するまで拍手してくれた人達から解散していく。
プレイヤー達が中々解散することが出来ていないという点と投げ銭が60万マニーという点から、今日来てくれたプレイヤー達が多かったという事がわかる。
私達も撤収しながら、プレイヤー達が完全に捌けるのを待つ。動くに動けないからね。
「今回は良い感じに出来たね」
「う、うん」
今回のライブは、フォルティさんにとっても満足のいくライブだったみたい。実際ミスタッチもなく、しっかりと合わせられていたので良いライブだった。この前掲示板で文句を言っていた人達も何も言えないレベルにはなっている。
まぁ、これでも難癖をつけてくるって可能性はあるけど。でも、鷲衣さんが努力をした結果であることを私は知っている。誰かが文句を言っても私は知っているんだ。
プレイヤー達がいなくなると、さっきの歌姫も消えていた。まだ近くにいるかもしれないので、周辺を見回してみたけど、あの特徴的な見た目は見当たらない。
プレイヤー達の方が特徴的な格好だけど、それが故に目立つものもある。
「誰か探してるの?」
私がキョロキョロとしていたからか、フォルティさんが私の顔を覗きこむので、反射的に目を逸らしながら答える。
「う、うん……さ、さっき、う、歌姫みたいな人が……い、いたような気がして……」
「歌姫? それって、こんな布で顔を覆ってる?」
「う、うん……」
「私は見なかったなぁ……プレイヤーもフルフェイスの兜着けてたりするけど、あの布は歌姫くらいしかみた事ないし、すぐに分かりそうだけど……」
フォルティさんも私が見つけた事から、歌姫がいたという事を信じてくれてはいるけど、その歌姫を目撃はしていないらしい。結構目立っていた気もするけど、やっぱり見つけるのは難しいのかもしれない。
「でも、リラさんは目撃しているんだし……他の人も目撃していてもおかしくないのに……その話題は一切出てなかった。リラさんが人気で有名なプレイヤーになっているとはいえ、まだ歌姫の絶対的な人気には勝ててないと思うけど……」
「わ、私も……そ、そう思う……」
歌姫の人気がどこまでのものか分からないけど、お姉ちゃんやこの前の女性プレイヤーを考えると、その人気が熱狂的で絶対的なものであるという事は想像に難くない。
始まってから半年で築いた人気は、この数日で築いた私の人気を遙かに凌駕する。根強さとはそういうもの。
「何度か目撃情報はあるけど、路上ライブ以外での目撃情報って本当に少ないんだよね。もしかしたら、プレイヤーに認識されづらい何かがあるのかも。それを看破出来るような実力者くらいしか見つけられないとか考えられるけど……」
「わ、私は……」
「初心者だもんね……もう一つの条件として見られたい人は見えるとか」
「その通りよ」
私達以外の綺麗な声が聞こえて、私達はその方向へと同時に向く。私達の背後には面布の女性が立っていた。それは私が見た人と同じだった。




