下心はほんの僅か。本当に僅か……
午前授業が終わるのと同時に、私はそそくさと家に帰る。こういう時家まで近いと楽で良い。昼食を食べて、一時間ほど防音室で練習をしてから、パラユニにログインする。
今のパラユニでやる事は屋敷の掃除クエストを終わらせる事。なので、すぐに屋敷に向かって中に入る。昨日掃除した外は変わらずなので、掃除したらそこはその状態で維持されると見て良さそう。
「今日から中かな」
屋敷の扉に触れると中に入るかどうかの確認ウィンドウが出て来る。ここも扉を開けるのではなく転移で移動するタイプみたい。
「うっ……」
中の惨状は凄まじかった。家具は壊れているし、埃は積もり過ぎて一つの層になっているし、蜘蛛の巣が張り巡らされているし、何か変な汚れっぽいものも見える。幸いなのは、床が壊れていない事かな。
「掃除道具は……」
近くにあるのは雑巾、バケツ、はたき、掃除機、脚立だった。ここで箒とちりとりとかじゃなくて良かった。
「このバケツは……水を溜める感じだよね。水道探さないと。水は通ってるのかな。はたきを使うレベルの埃じゃないし、雑巾で一気に拭いちゃいたい」
バケツと雑巾を持って水道を探しに向かう。すると、入って右側に進んだ最初の部屋に洗面所があったので、そこの水道を使わせて貰う。一応家の中にも水は来ているみたい。ちゃんとバケツに水を溜められたので、雑巾を濡らしてから洗面所の掃除をしていく。
脚立を持って来て高いところの埃から取り除いていく。
「電球……割れてはないみたい。でも、大分古いだろうし、まだ使えるのかな?」
「LEDなら使えるんじゃない?」
「あ、なるほど……うわっ!?」
普通に返事をしてしまったけど、この場に人がいたという事に驚いて脚立から足を踏み外してしまう。
「ちょっ!?」
フォルティさんの姿が視界の端に映って、ただ単にフォルティさんが来ただけという事に気付いたのとフォルティさんが私を受け止めて下敷きになったのはほぼ同時だった。
「ぐえ……」
私はすぐにフォルティさんが退いて離れる。私とフォルティさんの身長差は大分ある。つまり、それだけ体重にも差があるという事だ。私が重い。その分、衝撃だって凄かったはず。
「あわわわわ!? ご、ごごごごごごご……」
焦りすぎて舌が回らず、ごめんなさいが地鳴りのようなものになってしまった。そんな私の口に、フォルティさんは人差し指を当てる。口の全てを塞がれている訳ではないのに、それだけで私は口を閉ざしてしまう。
そして、フォルティさんは安心させるかのようにこっちにウィンクする。
「大丈夫だよ。ゲームの中だから、別に痛みとか全然ないし。私の方こそ、いきなり声かけてごめんね。ちゃんと挨拶してからするべきだったね」
「う、ううん……わ、私が驚き過ぎちゃったから……ほ、本当に大丈夫?」
「うん。そうだ。練習の録音送ってくれてありがとう。帰りにお礼を言おうと思ってたら、気付いたらすでにいなかったからびっくりしたよ」
「あっ、ご、ごめんね……わ、私、す、すぐに帰っちゃうから」
「本当だよ。校門出たら道が違うけど、校門までは一緒にいられるんだから」
フォルティさんはそう言いながら立ち上がる。私はこれに対してどう捉えれば良いのだろうか。校門までの短い道でも、私と一緒にいたいとか考えて良いのかな。いや、自惚れか。
「さてと、洗面所は任せても良い? 私は別の部屋の掃除をしてくるよ。部屋の数は、一階が五部屋に、二階が六部屋、三階が三部屋、地下に大きな部屋が一部屋って感じだから、地上階の部屋を全部掃除してから廊下とエントランス、地下って順番で掃除が良いかなって思ってるんだけど」
「う、うん……も、もう屋敷を見て、ま、回ったの……?」
「ん? ううん。マップで分かったよ」
「あ」
その方法で屋敷の全貌を調べる方法もあったのに、すっかりと失念していた。これはオンラインゲームとかも変わらない手法で調べられるのに。ゲーム経験値の差なのかな。鷲衣さんにそのイメージはなかったけど、もしかしたら大分ゲーム好きなのかも。
「それじゃあ、隣の大きな部屋を掃除しちゃうね。私が入ったら、掃除道具がもう一式増えたから、エントランスにある掃除道具は使っちゃって大丈夫だよ」
「う、うん……あり、ありがとう……」
「それじゃあ、また後でね」
フォルティさんは、私に手を振るとそのまま隣の部屋に向かって行った。すると、少し籠もった声で、
『風呂場かい!!』
というフォルティさんの叫びが聞こえた。どうやらこの隣にあるのはお風呂場らしい。掃除が大変そうだし、こっちの掃除が終わったら手伝いに行こうかな。
現実と違い拭いた場所の埃は一気に取れていくし、雑巾も定期的にバケツで洗っておけば汚れが広がる事もなく綺麗に拭ける。水気も残らないし、水垢もない。
掃除機も埃が溜まってフィルターの取り替えをしないといけないという事もなくずっと吸ってくれる。こういうところはゲーム万歳ってところだ。
三十分くらいで洗面所の掃除を完了する事が出来た。それが分かった理由は、ウィンドウで掃除完了メッセージが流れたからだ。これが出てこないと気が済むまで掃除しちゃうから有り難い。
フォルティさんの手伝いをするためにお風呂場に入る。最初は温泉の脱衣所みたいな感じの場所だった。こっちの掃除は終わっているみたい。だから、浴場の方にいるのかな。
先に進んで行くと、まるで温泉施設のような浴室でブラシ掛けをしているフォルティさんの姿があった。何故かバスタオル姿だけど。
「あっ、リラさん。入らない方が良いよ。浴場のエリアは強制的に湯浴み着装備にされちゃうみたい」
バスタオルだと思ったのは、温泉とかで着る事がある湯浴み着だったらしい。
「で、でも……こ、ここは大変そうだ、だから……」
私が足を踏み入れると、本当に強制的に装備変更がされる。ここから装備を入れ替えるには、水着とかの特別な装備が必要になるらしい。自分の体型に合わせているから、若干恥ずかしく感じる。
「大丈夫?」
私が顔を真っ赤にしていたからか、フォルティさんが心配してくれる。なので、頑張って高速頷きをしておく。立て掛けられているブラシを手に取り、空の湯船に入りブラシを掛けていく。
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フォルティは、リラが恥ずかしさを紛らわすために無心で掃除をしている姿を横目でチラチラと見ていた。
(リラさんって、琴坂さんの体型と同じはずだよね……さすがに顔は違うけど。普段の制服姿だとそこまで目立ってなかったけど、本当にスタイルが良い……)
フォルティが注目していたのは、リラの容姿だった。その中でも身体付きに注目している。下心は僅かにしかない。
(これからゲーム内でバンドをするって考えたら、あの容姿もアピールに使う事になるよね……強調するような服は琴坂さんが嫌だろうから、適度な服を用意出来たら、演奏だけじゃなくて衣装で観客を飽きさせないって事も出来そう)
フォルティがリラの容姿に注目していた理由は、普段の初期装備よりも体型などがよく見えるようになったという事により、衣装を作るとした時にどういう形が映えるか考えられると考えたからだった。下心は僅かにしかない。
(グループだから、私も似たような服を……あれ? これってペアルックになるのかな……いや、他のメンバーも増える予定ではあるから……いや、意図的に服装に変化を持たせて、他のメンバーは他のメンバーで合わせる……いや、何か意図がバレバレになりそうだからやめよう)
フォルティは頭を振ることで、自分の中から雑念と邪念を追い出して掃除に集中していった。だが、身体は正直なもので、時折目がリラを追ってしまうのだった。




