これは友達と言って良いのか
家に帰って来た私をお母さんが迎えてくれる。
「ただいま」
「おかえり。ん? 伊織、ちょっと待ちなさい」
「え?」
部屋に着替えに行こうとしたら、お母さんから呼び止められる。直後に両頬をがっしりと掴まれた。
「一体いつの間に……色付きリップね?」
「え、う、うん……」
「伊織に合っているものを伊織が買う……? いや、七美ね!」
私が絶対に色付きリップは買わないという謎の信用により、お姉ちゃんが疑われた。でも、今回は全く違う。
「いや、学校のクラスメイトに罰ゲームで」
「罰ゲーム?」
お母さんは怪訝な表情をしていた。娘が罰ゲームを受けたって言われたら、当然の反応なのかな。
「罰ゲームにしては選択が的確過ぎるような……少なくとも虐めじゃないわよね?」
「あ、うん……多分? 視線を逸らさないゲームで負けて、罰ゲームで望みを叶えるって」
「これが望み?」
「みたい?」
「なるほど……まぁ、虐めじゃないなら良いわ。それにしてもそんな友達がいるなんて初めて知ったわね」
「ああ……うん。今日初めてまともに話した。隣の席だけど……」
「…………」
これにはお母さんも何とも言えない表情になっていた。学校が始まって一ヶ月近く。隣の席の人とすら、まともに話したのが初めてという完璧コミュ障だという事を証明しているから。
「で、でも、連絡先交換したよ」
「伊織が?」
「うん」
「伊織が京花ちゃん以外の人の連絡先を……それじゃあ、お祝いに今日の夕飯は伊織の好きな蕎麦ね」
「やったぁ! って、喜んで良いのか微妙な気が……」
「まぁ、恥ずかしくないなら喜んで良いんじゃないかしら」
「うぅ……着替えてくる」
「お昼はテーブルにあるからちゃんと食べなさいね」
「は~い」
自分の部屋に戻って制服から着替えて、手洗いうがいを済ませる。そして、テーブルに置いてある炒飯を食べる。その最中に鷲衣さんからメッセージが飛んで来た。
『十四時からログイン出来そう。今日は一緒に出来る?』
早速一緒にプレイしようと思ってくれているみたい。私が炒飯を食べながら、どうやって返事をすれば相手に不快感を与えないか考えていく。
「大丈夫です。中央区のベンチに集合しましょう。これで良し!」
しっかりと集合場所も提案する事で、こっちも了承しているという事が伝わる。大丈夫だけでも良いけど、こうする事でこっちも楽しみにしてますよ感があると思う。
炒飯を食べ終えて食器を洗った後、自室に戻りパラユニにログインする。十四時前なので、まだ鷲衣さんはログインしていないはず。SNSをリンクさせてあるので、鷲衣さんに連絡をする事も出来る。
(こ、ここで鷲衣さんと遊べば、京花ちゃんにも良い知らせとして報告出来る。それに友達になれるかもしれない。そう。これはチャンス!)
このチャンスをここで掴めなければ、私には一生友達が出来ない。そう一世一代の勇気を出す。踏み出すべきは、この瞬間だ。鷲衣さんが私を虐めるために接近してきたとは思えない。
そこだけは何となく分かる。そういう感じはしなかった。だから、信じて良いと思う。
ベンチに向かおうとすると、既にベンチに座っているプレイヤーがいた。
(背丈は鷲衣さん……鷲衣さんってあのくらいの背丈だっけ? くっ! ここで人をあまり見ていない事がネックになるなんて……鷲衣さんに連絡……いや、鷲衣さんがリンクしているとは限らないし……そもそもログインしていなかった場合催促しているように思われるんじゃ……うん。ベンチを巡ってそれらしき人がいなかったら、ベンチに座って待つ事にしよう)
一通りベンチを巡っていった後、最初のベンチに戻ってくるとさっきのプレイヤーが消えていた。
(あ……危ない……知らない人に話しかけるところだった……)
最初のベンチに座って、鷲衣さんを待ちながら一つ気付いた事があった。
(あれ? 一緒にプレイって何するの?)
現状、私がパラユニでやっていた事は、図書館のお手伝いと路上ライブだけだ。ライブを手伝ってくれるって話だったけど、すぐにライブの練習とはならないはず。
(ライブじゃないとなると、ここから冒険する事になるのでは? 武器……というか、戦闘チュートリアルってやったっけ……諸々軽く説明を受けて、京花ちゃんには放牧されたからなぁ……)
自分が狭い範囲でしかゲームプレイをしていなかったという事に、改めて気付かされているところで、頬に何か感触が生じた。
それは人の指だ。唐突に頬に指を添えられたため、驚いて肩が跳ね上がった。
「こんにちは。リラさん」
そんな声掛けをした人は、紺色の髪の毛を項で団子したローシニヨンの女性アバターだった。同じく紺色の瞳をしており、私に優しく微笑み掛けていた。ちょっとつり目っぽい。
そんな女性プレイヤーは、私の耳元に口を近づける。
「天花だよ」
そう囁かれた事で、相手が鷲衣さんだと分かった。私の路上ライブを見ていたので、私の事は知っている。だから、すぐに自分の名前を言うという選択を取れていたのだと思う。
「改めまして、私はフォルティ。よろしくね」
「あ、は、はい! リ、リラです。よ、よよろしくお願いします!」
ベンチから立ち上がって頭を下げる。すると、下から私の両頬を掴んでフォルティさんが持ち上げる。強制的に前を向かされ、フォルティさんと顔を合わせられる。フォルティさんは、大体160センチ強くらいあるかな。京花ちゃんより少し高いけど、私よりは小さい。
「やっぱり、リラさんって背が高いよね。私も平均よりは高いけど。リアルと同じ?」
「あ、は、はい……」
「私も同じ。あまり弄りすぎるとリアルに影響が出るみたいだし。それにしても、一昨日のライブで見た時も思ったけど、初期装備だ。武器は何にした?」
「な、なにも……」
「え? あれ? じゃあ、本当に音楽をするために……あれ? でも、確かリラさんが初めて路上ライブを……ん?」
フォルティさんが混乱し始めていた。私が音楽のためにパラユニを始めたのかと言おうとしたみたいだけど、そもそも私が路上ライブの許可証を見つけている訳だから、目的がそれである訳もない。
フォルティさんは、笑顔のまま頭の上に疑問符を次々に浮かべていた。
「え、えっと……せ、戦闘は一度もしてなくて……図書館のお手伝いばかり……」
「ああ、雑用クエストでお金稼いで装備を集めてからってやつだ」
「は、はい……ただ、その中で楽譜を見つけて……げ、現在に至ります……」
「へぇ~、そういう事だったんだ。じゃあ、冒険はあまりしたくない?」
雑用クエストばかりやっていると言えば、冒険したくないと考えているだろうと思われても仕方ない。でも、私は冒険をしないつもりではない。次の街には行きたいから。
「あ、い、いえ、ち、近々やろうと……」
「それなら良かった。じゃあ、戦闘チュートリアルからやっていく?」
「い、いえ、ぶ、武器と防具だけ買わせて貰えれば……」
基本的にフルダイブ型VRゲームの戦闘方法は変わらない。自分の身体を使って戦うというだけ。後は武器のスキルとかが武器の振り方とかに補正を掛けてくれたりするくらいかな。
技のようなものは手に入れてから考えれば良い。最初から使いこなせるとも限らないし。
「でも、大丈夫? ここまで戦闘してないなら、戦闘は苦手なんじゃ」
「と、得意では……ないです……」
「じゃあ、これまでのゲームで使い慣れてる武器が良いと思うよ。見に行こうか」
「あ、は、はい」
フォルティさんは、私の手を取って歩き出す。手を取られているので、私も一緒に歩かないといけない。まぁ、人混みだったりするから離れないようにするには良い手段かもしれない?




